どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「こんにちは、姫様! 貴女の大魔術師ユリウスが駆けつけたよ!」

 大声とともに入ってきた男は、見覚えがある顔をしていた。春を連想させる暖かな髪。月のような瞳。
 たが、一点だけは全く見覚えのないものが生えていた。大きな羊のように大きく渦を巻く角だ。
 クロードが電話をしに行った次の日。早朝のことだった。
 起き抜けに大声を出されたので、耳が痛い。あまり開かない目蓋を頑張って開けて彼を見つめる。

「あれ? いつものため息はどこに? 僕はあれを聞くためにこんな子供っぽいことをやっているのだけど。きちんと僕に反応してくれないと悲しいな、姫様。泣いてしまおうかな」
「……ユリウス?」
「もちろん、僕だ。こんな顔精悍な顔をした清族は僕以外にいないよね……。あぁ罪深いな。魔力も、顔も頭もいい。僕の神様は僕のことを寵愛し過ぎている」

 なんだ、この愉快な男。
 ……え、もしかして本当にこいつがユリウス?
 いや、顔はどこからどう見てもあのユリウスなのだけど、こんな性格の男だったか。というか頭に角なんかなかったはず。
 いや、どういうことだ?
 どうして、こいつが当たり前の顔をしてライドルにいるんだ? それに、清族と言った。このライドル王国の住人なのか……?
 ちらりと見るとうるうると目を潤ませて手を合わせて天に祈りを捧げている。

「と、これじゃあ天帝に祈りを捧げているみたいだ。僕としたところがうっかり。さて、と。クロード様にお伺いしたけれど、何だか呪われたらしいという話じゃないか。誰がそんなことをしたんだか。姫はかなり呪いを受けにくいはずなのにね」
「ま、待って。えっと、お前はユリウスなのよね?」
「ん? そうだよ。なんだよ、今更だな。姫とはそれこそ君がお腹の中にいたときからの仲だろう? 母体の体調管理を任されていたのは僕なのだし。ほら、筆頭王宮魔術師ってそういうのをやらなくちゃいけない面倒――もとい重要な地位だからね」
「ダンは?」

 筆頭王宮魔術師は、ダンが就任していたはずだ。なのに、ユリウスは自分こそそうだと口にした。
 引退したのか?

「ダン? 誰だったっけ?」
「ギスランの叔父で」
「ギスラン? いったい誰のことだろう。駄目だよ、男の名前なんて。クロード様が妬くだろう」
「トーマの叔父よ!」
「トーマ……トーマ。ああ、あの繋がった子か。知り合いだったっけ? その子のということは、反逆者の一人かな。僕はそういうの疎くって、あまり覚えていられないんだよなあ」
「反逆者?」
「そうだよ」

 目を丸くして、ユリウスは首を傾げた。

「困ったな。クロード様の話は話半分で聞いていたんだけど。本当に記憶が欠如しているのか。――今の国王陛下に変わったとき、そのダンって言う彼はクーデターを企み、処刑されているよ」
「――そんな」
「だけど、変だな。この二十年以上、筆頭王宮魔術師は僕が任命されてる。ダンはと尋ねるのは訳が通らない」

 二十年以上?
 だが、目の前にいる男はどう見ても、二十代後半の見た目をしている。若々しく、活力に満ちている。角があることを除けば、王都を忙しなく闊歩していたら、王都の人間と見分けがつかないはずだ。

「おかしなことだね。君は僕がユリウスであることは知っているようだった。だが、僕の存在には驚いたようだった。視線は角に集まっていたし。初めてみたような反応だったね」
「――っ」

 ひゅっと喉の奥が鳴った。

「僕と姫の関係はそれこそ君が物心付く前だった。けれど、僕とは初対面のように振る舞う。一方で、ダンだなんて、今や誰も覚えていない人のことを口にする。しかも、トーマだって? 思い出したけど、彼って戦時利用以外じゃあ『聖塔』を出られない体じゃないか。戦場に行ったことがない高貴な君が知るわけがない」

 猫のように、にいっと口を吊り上げてユリウスがじわじわと近付いてくる。

「なるほど、君には異常がありそうだ。けれど、記憶の欠如じゃない。別の何かだ」
「…………」
「おや、黙ってしまうのか。困ったな。そうだ、今開発中の重力魔法の実験になってくれないかな。力加減を間違えて、全身が潰れて気持ち悪い中身を撒き散らす奴らが多いんだけど、大丈夫、丁寧に、慎重にやるからさ」
「私に拷問をしようと?」
「――中身が違うだろ」

 月のような瞳が侮蔑を含んだ眼差しで私を見つめている。

「外側は完全にカルディア姫のそれだけど、中がぐちゃぐちゃだ。どんな術を使ったか知らないけれど、さっさと姫に体を戻せ」
「私、は……」
「ほら、早く。さん、に……」
「ま、待って!」

 叫ぶと、指を折っていた彼が不愉快そうに眉根を上げた。

「なあに、命乞い? やめてくれないかな。みっともなくて、僕は嫌いだ」
「違う。お前は私がこの世界のカルディアじゃないと分かるの?」
「……君の中がぐちゃぐちゃになっているのは分かるよ。魂の色が変質してる。――元に戻っていると言ってもいいかもしれないけど」
「元に? いえ、そんなことはどうでもいいわ。私がこの体の持ち主じゃないと分かるのね? ……よかった」

 そうだ、これはチャンスじゃないだろうか。この男は、私が違うと分かるのだ。もしかしたら、どうにか説明出来るかもしれない。

「よかった?」

 不快そうに首を傾げるユリウスは私を睨みつけたままだ。

「話をしましょう、ユリウス。人払いは済んでいる? 今から言うのはきっと理解不能で、お前は私の気が狂ったと思うでしょうけれど。それでも事実なのよ」

 そして、私は話し始めた。何回か、きれたユリウスが私のことを殺そうとしたけれど、なんとかなだめて、気をひいて最後まで話せた。


「……つまり、君は別の世界のカルディアだと? 僕を馬鹿にしている? こんなに屈辱的なからかいは初めてなんだけど」
「そうだとしたらもう少し賢くやるわよ……」
「……魔眼だなんだというのも全く、納得出来ない。君の目は普通――? あれ」

 急に、ユリウスは私の目を覗き込んで固まった。

「今、変な魔力反応があった? いや、消えた? こんなこと、初めてだ。おかしいな、妖精達が騒いでいるし、落ち着かない。……ともかく、君の目が魔眼だなんて代物にはなっていないことは確かだ」
「……それはこちらとしても謎に思っているのよね。ヴィクターはこれは生来のものだと言っていたけど。先天的なもので、何らかの障害があったから、見えなくなっていたはずだって」
「ヴィクター?」

 意外な反応を、ユリウスは示した。何というのか青褪めて、上を見たり下を見たり忙しない。やがて眉間を揉むと、ふぅと吐息を吐き出した。

「ヴィクターと仲が良かった?」
「そこまでは……。はなおとめと呼ばれていたけれど。あまりよくは知らないの」
「はなおとめね。……うわあ。いいか、僕が今からやることはクロード様には内緒だよ。じゃないと僕の首が胴体から離れることになる。人払いも声を消す術もやっているけれど、決して万能じゃない。誓えるかな。――まあ、誓わなくてもいいや。僕は君の秘密を知っている。僕らはいわば共犯だ」

 そういうとユリウスはナイフを取り出して自分の腕を切った。どろりとした血を床に垂らすと、艶のある声で何か言葉を連ねた。
 床から眩い光が放たれた。ぐるぐるとおかしな音が耳の中で鳴っている。
 しばらくすると耳を震わせていた音が途切れた。ゆっくり瞼を開くと、目の前には半裸の男がいた。

「……ユリウス、おまえはぼくのことを怒らせたいのか? そうならばそうだと言って欲しい。目をスプーンで抉り取って、角をアンティークとして加工してあげる」
「ま、待って。ほら、にこっとして。笑顔が足りていないよ。天帝だってそれを望んでいないはずだ。ねえ、ヴィクター。愛想が悪いと君の神だってお嘆きになるはずだ」
「残念だ、ユリウス。ぼくの神はいつだってお嘆きになることで忙しい。言っておくが、ぼくのことではないのは確かだよ。さて、何に加工されたいか決まった? ちなみに目玉はオクタヴィスに提供して人形にしてもらうつもりだ。彼の美しい人形として一生喜劇の主人公になるといいよ」
「嫌われ者のオクタヴィスの手にかかるなんて死んでもごめんだけどね!? あぁ、ごめんってば。料理中だった? 実験中だった? そうは見えないけど恋人との語らい中だったとか? 君の妹って、君のあまりの嫌われっぷりに愛想尽かして荷物持って出ていかなかったかな?」

 ヴィクター? ヴィクター・フォン・ロドリゲス?
 確かに、見た目は彼そっくりだ。髪の毛の色、長さ、背格好まで、見覚えがある。だが、あの特徴的な喋り方じゃない。
 つんけんしていて、柔和さの欠片もない。

「おおきなお世話だが? 喉を潰して、ぱくぱく口が動く子供用のおもちゃにしてあげる」
「待て待て、分かった。寝起きだね。口の悪さが三割り増しだ」
「正解。頭がいいユリウスには、祝福を贈ろう」
「わーい。でもそれって楽しいやつ? 背筋がゾクゾクするような嫌なやつ?」
「一回死んでも蘇るおまえみたいなやつにうってつけなやつ」
「特別な一回なんだけど!? 大体、死ぬってもっと特別なことだから。一度死んだらもう二度は死ねないんだよ。知ってた?」
「知ってる」

 男の深い紫の瞳が、色の濃ゆさを増す。

「だから安易な方法で殺してやろうと思って。ぼくの睡眠はお前の暇つぶしよりも大切なの。分かるかな」
「暇つぶしじゃないよ。ヴィクターだって、会いたい会いたいって言ってたから連れてきたんだけど」
「いつおまえに会いたいってぼくが言ったの。本当に頭がいかれて……」

 そうして、周りを見渡した。ここがどこであるかを確かめるように。
 私と目が合うと軽く会釈されて、視線が流れていく。ぎゅんと、視線が戻ってくると、信じられないという顔をして凝視された。

「は、はなおとめ?」

 ――こいつこっちでも私のことをはなおとめと呼ぶのか。
 真正面から見たヴィクターはやはり、私の知っている彼に見えた。表情がどことなく暗く見えるけれど。それでも、やっぱり見覚えがある顔だった。

「……え? ま。待って。ぼく、夢を見ているのか? それよりも挨拶……。ご機嫌麗しゅう、はなおとめ。貴女の可憐さにぼくは感激の至りです。えっと、宮廷らしい挨拶をメモした紙がどこかに……ない。ユリウスに勝手に呼ばれたせいで、何もない」
「うわ、やめて、ヴィクター! それ君が開発した魔銃じゃない!? 僕、銃殺だけはいや! 死体が綺麗じゃない!」

 ……いや、なんだこれ。

「とりあえず服を着て欲しいのだけど……」

 顔を逸らしながら告げると、ヴィクターはその声をどこから出したのと言いたくなるような悲鳴を上げた。

「ユリウス! 勝手に人を移動させたんだから、服ぐらい寄越せ」
「分かったから、銃をつきつけないで。ええっと、君の家から適当に持ってくるよ」

 また、ぴかっと雷のように部屋中が一度、光った。自分の影を見つめながら、これがどういう状況なのか、整理する。
 ユリウスが術で、ヴィクターを呼んだ。ヴィクターは、口調こそ違うものの、私の世界と同じように好意的のようだ。
 だが、ユリウスがヴィクターを呼んだ理由は定かではなかった。話の流れでヴィクターの名前を出したら、急に呼ばれたという雑な認識だ。
 ヴィクターの対応を見る限り、こちらと私と彼は接点がないのは察することができる。正直にどういうことだと問いかけた方が良さそうだ。

「なんでよりにもよって選んだのがこれ? 式典服なんて、きらきらしているだけで、実用性に乏しい」
「そうかな。僕は魔石がいっぱいつけられるから好き。きらきらしてるものって興奮するよね」
「しない。……素肌に式典ローブって、特殊性癖っぽい」
「大丈夫! とっても似合ってるから。それで、ヴィクター。この目の前の子は、君の言うはなおとめで間違いがない?」

 顔を上げて、そっとヴィクターを覗き込む。確かに素肌に豪奢なローブは凄い迫力があった。

「どういう意味? ぼくがはなおとめを間違えると思っている?」
「そのままの意味だよ。悪くとらえないで。ヴィクター、目の前の彼女は、はなおとめなんだね? だが、彼女の魂を見て。何かと混ざっていないだろうか。例えば、妖精のような。悪戯好きの彼らは、たまにそんな遊びをするだろう」

 紫色の瞳が、爛々とした光を放っていた。ヴィクターは、私を見透かすように見つめると、ふうと息をついて、首を振った。

「混ざっている、とは思えない。正直、元に戻っているように見えるけど」
「……その見解は僕も同じように思ったところ。……これは、眉唾だと思っていたけれど、本当のことなのかもしれないな」
「本当?」
「このカルディア姫は、別の世界の姫が中に入り込んでいる状況らしい」
「……は?」
「あっちでは君、名前を憶えて貰ってるぐらいかかわりがあるらしいよ」

 ヴィクターは数秒、かたまってそのままぱたんと後ろに倒れた。

「え!? だ、大丈夫!?」

 慌てて駆け寄ると、彼は口から泡を吹いて失神していた。
 え。ええ? どういう状態なの?
 寝室で、素肌の上にローブ着たヴィクターが倒れている。悪夢なのかと疑うほど現実感がない。

「……本当に弱ったな」

 春色の髪の毛を強引にガシガシと掻いて、ユリウスが一人呟いた。

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