どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 気落ちしている心を紛らわせるために、部屋の中を見て回る。ヴィクター達にはもう話してしまったのだ。どうしようもない。
 過去には戻れないし、戻したところでどうにもならない。私はきっと二人に打ち明けていただろうから。

 この寝室には本棚がない。
化粧台らしきものはあるが、私は化粧をしないし、まだ一度も使ったことがなかった。

 中には使い方がよく分からないものばかり入っていた。見覚えがあるのは、白粉用の粉とそれを肌に叩きつけるためのブラシだ。けれど、このブラシ、明らかに細い。効率が悪そうだ。
 他にもないものかと奥に手をやる。すると、ふわりと広がったブラシが出てきた。毛先には粉がついていた。おそらく、これで顔に粉をつけていたのだろう。

 だが、そうだとしたら、この細いブラシは何なのだろう。別の粉をつけるものだろうか。だが、毛先は汚れていない。むしろ、毛の先とは反対側の方が塗装が剥がれている。
 不思議に思いながら、その下の棚を空ける。中には羽ペンと便箋があった。あちらの世界でも使っていた掻き心地のよいものだった。私が使い続けていれば、こんな風になるのではないかと思うような経年劣化が見られた。便箋のなかには鍵が入っていた。小指と同じぐらいの大きさだ。何の鍵だろう?
 最後の棚は開かなかった。鍵がかかっているのかと鍵穴を探すが見つからない。
 変だと思いながら、部屋の中を見て回る。だが、さっき見つけた鍵が使える場所は見つからなかった。



「何をうんうん悩んでいるんだ」

 紅茶色のシャツに灰色のベストというラフな格好をしたクロードが、呆れた顔をして部屋に入ってきた。

「この鍵は、どこの鍵なのかと考えているのよ」

 ちらりとクロードを一瞥して、手の中にある鍵に視線を戻す。この部屋のものではないのだろうか。どこかの扉の鍵……?

「どれどれ」

 クロードは手のひらを覗き込んで目を丸くした。

「この部屋の鍵だな」
「この部屋の……? でも、外側から鍵がかかっているのでしょう?」
「お前がこの部屋を出るときに使っていたもんだ」

 クロードが、寝台の上にごろんと横になった。会うのは一日ぶりだ。『聖塔』での一件を国王陛下に報告してくると言って、王宮に出向いていったぶり。
 顔色を伺う。悪くはなさそうだった。

「もう三年は使ってないものだな。どこにあったんだ」
「そこの棚の二段目にあった、便箋のなか」
「ああ……」

 頭を抱えるとように両手を頭の後ろに置いて、クロードが頷いた。

「そういえば、この頃、手紙を書いていないな。昔は、俺にも下手な詩を贈ってくれていたが」
「わ、私、詩なんて書いたことないわよ」

 貰ったことは何回かあるが、童話の方が好きなので、どうしても詩には反応が鈍くなってしまう。
 部屋の中がしんと静まり返った。彼は顔を隠すように横を向く。
 無言に、自分の言葉の惨さを教えられた。クロードにとっては詩は私からの贈り物の一つなのだ。

「……ごめんなさい」
「謝るなよ。別に、気にしちゃいないさ」

 鍵をぎゅっと握る。
 クロードが語っているものは全て私がやったことじゃない。早く、元の世界に帰りたいと強く思った。妻であるカルディアが、彼を慰めるべきだ。私じゃない。

「それに、お前に詩の才能はない。覚えていない方が幸せなことだってあるだろ」
「……そう言われると、クロードをあっと言わせるようなものをかきたくなるのだけど」
「っ……」

 クロードが、一瞬息をのんだのが、息遣いで分かった。

「そういうところ、記憶を失くしても変わらないものか。別に詩が下手でも構わんだろ。そもそも、詩が上手くてなんだというんだ」

 がばっと起き上がり、クロードが私に向かって手を伸ばしてきた。体をびくつかせた私に構わず、髪の毛をぐちゃぐちゃとかき回される。
 慰めているようで、からかっているのだろうか。

「そういえば、王宮でオクタヴィスと会ったぞ。あの人形師、お前に語って聞かせたい物語が出来たらしい」
「オクタヴィス……?」

 その名前、どこで聞いたのだったか。確か、ヴィクターが呼んでいたような気がする。だが、私の世界では会ったこともない男だ。

「それも覚えていないか。オクタヴィス。清族の一人だ。ユリウスやヴィクター・フォン・ロドリゲスと並ぶ英才。とはいえ、誰もがあいつを嫌っているがな」
「どうして」
「うすら笑いを浮かべる陰険な男だから、だな。それに、近寄るとぶつぶつ独り言を言う。お前には懐いていたが。熱心なカルディア教徒だからな。わたしの女神様と呼ばれていたぞ」
「…………わたしの女神様」

 なんとも言えない気分だ。私が女神様と呼ばれるような人間なのだろうか。

「お前が童話好きというのを聞いて、お前好みの人形劇をやるようになった。妊娠してからはそんな暇はなくなったが、そろそろいいだろうと声をかけてきたんだろう。……気になるか」

 気にならないと言ったら嘘になる。だが、正直に打ち明けてしまうとオクタヴィスのことが気になると言うよりは、人形劇の方に興味があった。私の好みの人形劇とはどんなものだろうか。
 想像するだけで楽しそうだ。

「王宮に行ってみるか」
「……いいの」

『聖塔』から戻ってきて、クロードは私が部屋から出ることをかなり嫌がっていた。侍女達を言い含めてこの部屋から出ないようにされていた。
 伺うように見つめると、クロードは戯けるように鼻を鳴らした。

「いつまでも閉じ込めておくわけにもいかんだろ」
「でも、お前、私が他の男に会うの、嫌いじゃないの。他の男の名前を呼ぶだけで妬くと言っていたでしょう」

 怪しげな笑みで、クロードが私を見上げた。

「オクタヴィスぐらいならば、いつでもお前を取り戻せるからな」

 当然のことのように言いのけたクロードに閉口してしまう。本当にそうだと思っているようだった。オクタヴィスと自分では話にならないと。自信過剰だと言えないところが憎い。私の目から見ても、クロードは確かに魅力的だった。とはいえ、知りもしない男と比べることなんてできない。

「ーーなんだ、それとも囲われていたかったのか?」

 クロードの顔には苦みが現れていた。閉じ込めることは本意ではないのだと、表情が訴えているようだった。私は少し目線を逸らして、冗談っぽく言葉を吐き出す。

「本ぐらい、自分で取りに行かせて欲しいとは思ったわね」

 部屋から出ないようにと、侍女達が言った本を持ってきてくれたが、版が違うものだった。このまま閉じ込めるようならば全部の本を寝室に移して貰おうかと思っていたところだった。

「では、寝室に本棚を作ってやる。童話集なら同じものがいくつあってもいいと言っていただろう。――王宮には俺もついていく。国王陛下がお前の容態を心配していた。安定したら、顔を見せに来いと言っていたぞ」
「国王陛下が、私のことを……?」

 そんなこと、ありえない。父王様は私の心配などしたことがない。……この世界の私は違うのだろうか。

「ああ、慌てふためいて、書類をいくつも書き損じていた。あの合理主義者がああなるのは少し、愉快だったなーーと、流石に不敬か」

 クロードの気安い言い草に苦笑を溢す。クロードの言葉に嘘はないようだ。きっとクロードの語ったこともこの世界の国王陛下の一面なのだろう。けれど、遠くの全く関わりのない人間の話にしか思えなかった。

「たまには顔を見せてやれ。……五日後ならば時間がとれる。もう少しは籠の鳥だな。何か読みたいものがあるなら今から取りに行ってやるが」
「……いい。お前、本を読んでいると邪魔してくるもの」
「邪魔していると分かっているなら、構え」

 構うと、本が読めなくなるだろう。クロードは、心得ていて、いいところで邪魔をするのだ。
 そうして、最後には寝かしつけられる。クロードに『聖塔』で何があったかを説明していたときも、気が付けば寝かしつけられていた。
 クロードの酷い歌が、どうしてか眠気を誘ったのだ。あれは、どういう仕組みなのだろう。リストのあの酷い歌は、眠れる気配すらないのに。
 クロードが私を手招いた。そっと近付くと、寝台の奥へ体を移動させる。ふかふかで大きい枕を自分の横に置くともう一度こちらへと手招きされた。
 一瞬考えて、首を振る。クロードは口の端を下げると、横に置いた枕をぐいぐい私に押しつけてきた。

「クロード」
「うるさい。お前は今日、俺の煙草の臭いに咽せながら眠れ」

 すんと鼻をならすと本当にかすかな煙草の臭いがする。けれど、それ以上にクロードの匂いがした。大人っぽくて、艶やかな香り。

「そこまで悪い匂いではないと思うけれど」
「……お前、それ以上口を開くと本当に寝台に引き摺り込むぞ」

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