どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

282(社外秘 h-2被験体観察記録No.■)

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「エルドルド卿」

 三番目の姉様の護衛騎士にエルドルドという人がいた。男爵の三男で、剣術に秀でていた。元々は二番目の兄であるマイク兄様の騎士団の人間で寡黙な方だった。
 彼はいつの間にかいなくなった護衛の代わりを勤めてくれた。
 こういうことがレオン兄様に保護されてからよくあった。侍女が変わり、護衛が変わり、ころころと近くにいる人間がいなくなる。
 レオン兄様はたいそう嘆かれて、申し訳ないと言って彼がやってきたのだ。

「はい、カルディア姫」
「エルドルド卿はお好きですか? ――その、このような装いは」

 社交界デビューのために、新調されたドレスは私には色鮮やか過ぎた。目がチカチカするほどだ。似合っているのかもよくわからない。童話に出てくるお姫様のようだからだ。

「よくお似合いです」
「お世辞ではなく?」
「無骨な男です。偽る口を持ちません」
「ふ、ふふ。無骨な男は無骨な男だとは言わないのではありませんか」
「……失礼いたしました」

 彼は無駄なことは一切喋らなかった。飾り物の甲冑のような方だった。
 夜空のように深い蒼は海のようで、見ているだけで安らいだ。彼という騎士を表しているように見えた。

「エルドルド卿のそういうところが好きなのです。申し訳ありません、侍女が行方不明になってしまって、かわりの者は忙しく、尋ねる暇もありませんでした。卿に尋ねるようなことではありませんでしたね」
「……いえ、お気遣いなく」
「侍女に、ノアかトヴァイスを呼んでくるように伝えて貰えますか」
「かしこまりました」

 そう言って出て行った彼は、困った顔をしながら戻ってきた。
 彼の横にはギスラン・ロイスターがいた。
 白い肌を薔薇色に紅潮させていた。

「ぎ、ギスラン」
「カルディア姫、お会いできて嬉しいです。エルドルド卿を護衛にされたのですか? ギスランではなく?」
「お前は護衛ではないじゃない。戦うことも出来ないのに。そもそも、エルドルド卿はただ、臨時で来ていただいているだけよ。レオン兄様が手配して下さったの」
「ギスランでも良いのでは?」
「だから、お前は騎士でも軍人でもないでしょうが。戦いにだって一度出たことがないくせに」

 この男突然来て何を言っているんだ。
 ギスランが出来るのは鹿狩りぐらいだろうに。

「エルドルド卿がカルディア姫のデビュータントも護衛なさるの」
「さあ、そればかりは分からないけれど。……お前、良からぬことを考えているのではないでしょうね」
「良からぬこととは? ギスランはいつも貴女様のことしか考えておりません」
「護衛騎士といっても、エルドルド卿はとても寡黙な方だからお話などしないし、特に面白いこともないわよ」
「似合っているのかと尋ねていらしたのに?」

 いつから聞いていたんだ!?
 全く、油断も隙もない。

「それはただの質問よ」
「では私にも尋ねてください」
「なぜ!?」
「はやく」
「…………このドレス、似合っている?」

 ギスランは思い悩むように顎に手をあてて考え込んでいる。
 そんなに難しい質問だったか?
 ……やはり、似合っていないのでは。

「似合っておりません」
「お前ね……。似合っていなくても褒めるところでしょうに」
「ギスランが選んで差し上げたかったのに」
「……お前、そんな悋気で似合っていないと言ったの?」

 エルドルド卿が呆れた顔でギスランを見遣った。
 この男は、本当に何をしに来たんだ。

「……はあ。とにかく、エルドルド卿の迷惑にだけはならないこと。マイク兄様の顔にも泥を塗るようなものなのだから」

 拗ねた様子でエルドルド卿を睨みつけるギスランの紫の瞳はぞっとするほど冷たいものだった。



「カルディア、アナタ、お辞儀が汚いわ」

 扇で口元を隠しながら、二番目のお姉様が言った。

「も、申し訳ありません……」
「お兄様達はこの拙さを許したのかもしれませんが、ワタクシは許しません。王族であるというのはお遊びではないのですから」
「は、はい」
「吃る癖もなんとしなさい。小心者のようで聞いていて不快だわ」

 申し訳ありません。申し訳ありません。
 何度、頭を下げても、お姉様は許して下さらない。

「アナタ、ずっと出来もしないから謝っているのでしょう。ワタクシを侮っているから」
「侮るなんて」
「いいのよ。どいつもこいつも兄様のことも、ワタクシのことも侮ってばかり。いい加減、腹が立ってきたわ」
「姉様」
「舌ったらずで呼ぶのをやめて。吐き気がする」

 持っていた扇を閉じて、姉様は首の裏を叩いた。じんとした痛みが走る。気持ち悪い子と言って彼女は部屋を出て行った。
 侍女達が私を笑っている。
 クスクス、影で笑い声がする。
 そうか、と妙に納得した。誰もが私のことを嫌っている。
 胃が燃えるように熱い。頭の骨が縮んだように痛む。舌の先が麻痺して動かない。

 吐き気がする。――胃液が口の中にこぼれる。
 大丈夫だと、呪文のように唱える。
 気持ちが悪くても、私は生きるしかない。



「ねえ、トヴァイス。お前、弟がいるの?」

 そう尋ねた時、彼は目を剥いて私を見た。王子様のような微笑がかき消えたので驚いてしまった。当時の私はトヴァイスのことを童話の中から出てきた王子様だと思っていたし、あの男もそのように振る舞っていた。
 トヴァイスは分かりやすく笑顔を浮かべてーー誤魔化そうとした。

「いかがされました、カルディア姫」
「ノアから聞いたの。弟がいるのよね」
「……ええ、まあ」

 知らなかった。あの男に弟がいたなど。
 こんなこと、いつ知ったのだろう?
 にこにこしながら、私は問いかける。それぐらい、興味深いことだった。

「名前は何というの」
「……名前」
「ええ」

 トヴァイスは陰りのある顔を見せて薄暗く微笑んだ。聖職者が浮かべるには、陰鬱なものだったのでいけないことを聞いてしまったのだと、気がついた。

「婚約者以外の男のことを気を傾けてはいけませんよ」
「そ、そう、ね」
「……自慢の弟です。カルディア姫には会わせたくありませんが」

 自慢の弟。
 自慢の……。

 トヴァイスはそれ以上、何も言いたくないとばかりに口を閉じた。私は心の中で反芻する。
 自慢の弟。家族に自慢と言われる人間。
 扇で首裏を小突かれることもない、愛人の子だと蔑称することもない関係。
 トヴァイスの自慢の弟と口にした時の柔らかな表情……。
 このように、愛とは匂い立つものなのか。眼差しや声色に、如実に含まれるものなのか。
 胸がずきりと痛んだ。
 そうか、この男は家族のことをとても大切に思っているのか。
 私とは全く違うのか……。

「ノア、カルディア姫のお心をあまり惑わせるな」
「惑っているのはトヴァイスの方だと思うけれど」

 トヴァイスはチッと舌打ちをこぼして、誤魔化すように笑った。
 彼が与えるものはとても優しかった。言葉も気遣いも。けれど、温かな愛だけは与えられなかった。婚約者というのはそういう存在なのかもしれない。
 愛を与えられるような人間にはついぞなれなかった。



「エルドルド卿」

 肩を揺すっても、彼は起きなかった。
 ある朝のこと。目覚めると、彼がバルコニーに剣を抱え込んで座り込んでいた。
 胸のあたりには血が広がってーーそれからは覚えていない。



「エルドルド卿はお姉様の護衛騎士に戻り、ついて行かれたのですか」
「……あぁ、そうだよ」

 レオン兄様が倒れた私を心配して見に来て下さった。
 エルドルド卿は、姉様の輿入れに合わせて旅立たれた。いい方だったのに、挨拶も出来なかった。
 彼に渡すハンカチも、準備していたのに。
 薔薇の刺繍が入った物だ。不出来ながら、私が作った。彼はたまに薔薇園を美しそうに魅入っていたから。
 不要になったハンカチはどうしたら良いのだろう……。

「レオン兄様は薔薇……あ、いえ」

 他人のために作ったものを渡すのは無礼なことだ。
 だから、言葉を引っ込めた。馬鹿げた言葉だった。

「何でもありません。何を持っていらっしゃるの?」
「お前の姉から受け取ったものだ。この間、酷くお前を叱責していたと落ち込んでいた。顔を合わせるのも申し訳ないから、預かったんだ」
「そう、なのですか?」

 名前をよく見ると二番目のお姉様からだった。
 手紙には沢山の謝罪の言葉と、体を気遣う文章が並んでいた。
 読み返して顔を上げると、レオン兄様は微笑んだ。
 良かったなと言わんばかりに。

「ありがとうございます、レオン兄様」
「お礼はお前の姉に言うように」
「はい」

 でも、レオン兄様の文字だった。
 レオン兄様が私に手紙を書いてくれた時の文字だった。
 筆跡など分からないと思っていたのだろうか。兄様の手紙を何度も嬉しくて読み返したから、間違えるはずなんかないのに。
 それでも、嬉しかった。家族のようだったから。
 拙い嘘さえ、愛情に思えた。

「ありがとうございます」


 エルドラルド卿が死んだと分からないほど子供ではない。
 だが、レオン兄様が私に死んでいないと思い込ませようとしていたのは事実だった。誰が殺したのかは分からないまま、卿の水葬はしめやかに行われたという。
 ロイスター家が彼の棺桶と花を用意し、溢れるほどの宝石が詰め込まれた。魔術のかかった宝石で、ファミ河の水に触れると、真っ赤な血のようになって溶け出した。王都の住人達は、貴族様が戯れで入れた宝石を求めて下流をさらったがそのせいでひとつも手にすることはなかった。
 ギスランは、誇り高い騎士には栄光を、と告げた。
 それがどういう意味だったのか、今でも分からない。

 ちりちりと頭の奥が疼いている。

 甲冑の中から這い出ると、エンドが水蒸気を吐き出していた。
 水煙草という奴らしい。実りきらない果実が放つような淡い匂いが部屋中に広がっている。

「お疲れさん」
「……また、戦ったの」

 血飛沫と神らしきものの残骸が床に転がっている。穴ボコだらけの壁には、斧らしきものが突き刺さっている。
 ヴァルハラと呼ばれていた神がまた襲いかかってきたのか。

「まあね」
「……今、何日目?」
「四十八日目」
「もう、そんなに経ったの」

 たまに痛みを感じて正気に戻りそうになると言いかけてやめた。
 正気とは何なのだろう。
 薬を使って自分の体に穴をあけていることを認識すること?
 真っ暗闇の中、痛覚を思い出すこと?
 今の状態は夢を見ているようなものだ。酷い傷でも、たちどころに治るし、痛みもない。
 これではいけないだろうと頭が警鐘を鳴らす。
 人の生き方じゃない。何か変なものに慣らされそうになっている。

「お前の腕は」
「作り直してくっつけてるよ。義手が好きだっていう奴らの話、今までろくに聞いてなかったけどちゃんと聞いとけば良かったかな。全身義肢化なんて他人事だと思ってたし」
「痛くないの?」
「痛みは薬で消せるから。メトロポリスでは治らないものはないし、満たせない欲求はないし、叶わない願いはないんだよ」
「…………」

 ちらりと部屋の隅を見遣る。相変わらず箱の中に自分を入れてミンチになる奴がいたし、透明人間が血飛沫の上を歩いたせいで足跡が出来ていた。しかもその足跡はおおよそ人間のものではなかった。一番近いのはーー馬の蹄だ。
 メトロポリスが満たせないものがないのならば彼らはいったい何をしているのだろう?
 問いかけるのは億劫で私は何も言わずに甲冑の中に戻った。
 自分で檻の中に戻る動物とはこういうものなのだろうか。
 そうして、四十九日目が始まった。
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