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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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「ところでカルディア姫」
私の指を甘噛みしていたギスランが柔らかな声で名前を呼ぶ。
むっと眉を寄せたのは、この男が私を叱ろうとしているのを敏感に感じ取ったからだった。
こう言う時はあまり目線を合わせない方がいい。
「カナン・ルコルスとお会いになったとお聞きしました」
「ああ、三つ子の末の子にならば会ったけれど」
わざと遠回りな言い方をした。他人行儀な物言いが気に入ったのか、ギスランは少しだけ嬉しそうにした。
カナン・ルコルス。ルコルス家の三男坊。新聞社を持ち、自分も記者であると言っていたか。
「見惚れていらしたとか」
「は……」
告げ口したのはイルか!?
嬉しそうにしていたのは不愉快さを隠すためか、この男!
「だ、誰が」
「カルディア姫が。見惚れるほどの良い男だったのですね」
カナン・ルコルスは確かに顔の整った理知的な面差しの男だが。
いや、待て。違う、違う。
「歓待して差し上げたとか」
「貴族を冷遇するわけにもいかないでしょう」
「ふうん?」
「お、お前がききたいのはリナリナの話でしょう」
突然探りを入れてくるものだから何事かと思ったが、ギスランが話をしたいのは、リナリナ・イリーナの件だろう。
カルディアの名前を持っていたのに、自分でリナリナと名乗っていた少女のことだ。
ギスランがこの件を知らなかったとは思えない。カナン・ルコルスが知っていることをこの男が知らないなどあり得ないからだ。
「お前、あの女のことを知っていたのね? カルディアと名前を貰った女だと、知らなかったわよ」
「……知る者の方が少ないことですので」
「お前、改めて考えると私と同じ名前の女に手を出していたの? ふーん」
むっとしながら口にすると、ギスランが何を言ったものかと考えているような顔をした。
「手は出していません」
「ああ、そう」
「嘘ではなく。あのような年頃の娘、手を出すまでもないので」
「それはそれで気分が悪いのだけど。要はお前が甘く囁きかけてあそこまで好意を抱かせたということでしょう? ギスランと呼ばせていたようだし」
「拗ねていらっしゃるの?」
冷えた視線を送ると、ギスランは何故か恥じらい目を伏せた。
相変わらず、分からない男だ。
「どういうつもりだったの」
「リナリナについてですか? 気になっただけです。あのトヴァイス・イーストンが自領土から出しても守りたかった存在ですので」
「守りたかった? 誰から」
「それを知りたいと思ったのですが、詳しくは。ただ、イーストン卿にとっては珍しく弱点を晒したものだとは思いましたが」
「あの男に弱点?」
聞き馴染みのない言葉だ。トヴァイス・イーストンは嫌味で、傲慢で貴族然としたーーその癖愛情深い男だ。私はあの男が政敵に対して遅れを取ったり、卑屈になったところを見たことがなかった。
困難を鼻で笑い、引き摺り落とそうとするものを高みの見物しようとする。高潔で不気味なまでに人を足蹴にするのが似合う。
弱みを晒しても、それを弱みとは思わせない。あいつはそう言う男だ。
「馬鹿なことを。トヴァイス・イーストンにとって、リナリナは弱味にもならないでしょう」
「……カルディア姫は、トヴァイス・イーストンをよくご存知ですものね?」
「当て擦りはやめて。あの男が本当に守りたいならば、手中から出すわけがないじゃない」
そういう男だ。現にあの男の妻とて王都には滅多に顔を見せない。結婚は墓場だのなんだのと憎まれ口を叩いていたが、本当に嫌っているのならば社交に連れ回していたはずだ。
使えるものは使う。あの男はそういう無情さを秘めている。
……。
「だいたい、もうそのリナリナも死んでしまったのでしょう」
「切り裂き魔のことですね」
「王都に出没するという奴ね。本当の話なのだか」
「本当ですよ。しかし、誰も捕らえられぬ。姿を見たものさえおりません」
「もはや怪異のたぐいね」
リナリナのその後の話も怪異のようなものだけど。死んだはずなのに、蘇ったとカナン・ルコルスは言っていた。はなおとめと呼びながら。
「カナン・ルコルスの目的は分からないけれど、カルディアと名前を授けられた女がリナリナを名乗り、正体不明の切り裂き魔に襲われたと思うと興味を惹かれたのは分かるわ。あの男は好奇心で動いているのでしょう」
「ですが何故カルディア姫にお目通りを願ったのでしょう」
「生前のリナリナに交友があった者を訪ねているようだったけれど」
はなおとめと蘇ったとリナリナが言っていたからというのはどうにも胡散臭すぎる。カナン・ルコルスも本当にそれだけで来たのかどうか怪しい。
そう考えると、あの男は何を目的に私に会いに来たのだろう。
社交シーズンも終わるという頃、社交場に殆ど顔を出さなかった私にリナリナのことだけを問いに本当に来たのだろうか?
「あの男の真意など、分からないわ。探りたいのならば、連絡を取ってやってもいいけれど」
あの男、私が情報を持っているといえば勇んでやって来そうだ。
「カルディア姫」
「いや、なの」
「いやだとお分かりにならない?」
「別に、二人で会うと言っているわけではないのよ。そもそも、あの男は私のこと好きではないでしょうし」
じっと見つめられて、たじろぐ。瞳は深く燃えるような情念を秘めているようだった。
「お前のために提案したのに。カナン・ルコルスがどういう意図があってリナリナの件を聞きに来たか、調べたいのではなかったの」
「カルディア姫に関わる全ての男が憎いだけです」
「お前の憎悪、果てがないわね……」
あまり気乗りした風を出しても、ギスランが嫉妬するだけだろう。嫉妬するギスランが可愛くもあるが、優越感に浸っている場合でもなさそうだ。
「分かった。……トヴァイス・イーストンの弱みは分からず仕舞いなの?」
「……いえ。カルディア姫は、イーストン卿の弟について聞いたことはございますか」
弟。そういえば、ギスランが死んでいたあの世界で、そんな話を聞いた……というか、あちらの私が聞いたのことを覚えていたはず。
「ノアがそんな話をしていたような気がするけれど」
「ノア」
「……ノア・ゾルディックが、よ」
「カルディア姫はイーストン卿のことはフルネームでお呼びになるのに、ゾルディック卿のことは名前でお呼びになりますね?」
め、目敏い男。
「ゾルディック卿がトヴァイス・イーストンには弟がいるとか何とか言っていたの」
「カルディア姫はお会いになったことがございますか?」
「……いいえ」
そもそもあの男に弟がいたこと自体初耳だった。
「社交界にも顔を見せたことはないはずよ。皆、イーストン家には男が一人と思っているはず。死産で生まれたとかではないの」
「さて。私も噂話程度ですので」
「けれど、何か確証があるのね」
ギスランはこくりと頷いた。だが、これ以上追求したところで口を開くとは思えなかった。
「カナン・ルコルスは避暑地に向かうつもりがないようだったけれど、お前はどうするつもりなの」
「秋前にはロイスター領に戻ろうとは思っております。収穫祭もありますし」
ギスランは露骨に話を変えたのに、乗ってきた。
ロイスター家が代々語り継いできている歴史書に蝗害との戦いと記さられるとおり、ロイスター領は農耕地として有名だ。領土の半分以上が温和な気候の平地で、ファミ河の傍流が土地中に蜘蛛の巣のように流れている。
秋は麦がひしめく黄金の市場となる。幼い頃、馬車から見た景色はそれは壮観だった。
流石に、女神カルディアを讃えるために開かれるイーストンの記念祭(こちらも収穫祭の意味があるのだが)よりは派手ではないが、一週間は祭りが行われ、ひどく活気付くという。年越しよりも、豪勢だと言われるぐらいだ。
「お前、その体で領地に戻れるの?」
「私の土地ですから」
「お前の父のものでしょうに……」
まあ、ギスランが相続するのだろうが。
「カルディア姫はどうなさるのですか」
去年はリストが持つ避暑地の別荘に泊まったのだったか。リストは軍の仕事で忙しくしていたので、ずっと本を読んでいたような……。
「私もロイスター領に行こうかしら」
「え」
「お前と……一緒にいたいから」
勇気を振り絞って口にすると、ぽかんと口を広げたギスランの顔が徐々に紅潮していく。
「……私を惑わされるのが本当にお上手」
「なによ、その言い方。私だって、私のものになる領民達を見たいと思っただけよ」
「私の、もの」
ギスランはますます恍惚とした表情をした。
「お前のものなのだから、私のものでもあるでしょう?」
「はい。カルディア姫。領民全てが貴女様のものです」
「全ての領民は流石に面倒みきれないわよ」
まあ、悪い気はしない。ロイスター家は王国内でも指折りの名家で、領民達は皆飢えを知らず、懸命に生き、学んでいる。ロイスター領は農学校が盛んだと聞くし、馬や羊、牛に鶏の畜産にも力を入れているとか。
勤勉さが美徳であることを知っている民がどれほど貴重なものかは分かっているつもりだ。
「……お前と一緒に居たい。どこか避暑地には行くつもりなの?」
「温泉地に行きたいとは思っております」
「ふうん。温泉別荘地といえばバルカスにあるアーガスとか、ノクターン領のオッペンもいいと聞くけれど」
他にも色々な場所を調べようか。ギスランを見遣ると、ほうと惚けるように私を見つめていた。
「まずは、カジノに」
「は? カジノ?」
「まずはカジノに行きましょう」
「は、はあ?」
何故、いきなりカジノに行く話が?
どこから降って湧いて出た?
「その昔、ゾルディック辺境伯に連れられて赴かれたことがあるのですよね?」
「それは、そうだけど」
まだノアの右手があった時代の話だ。婚約者という立場がたち消えると知ったノアが連れ出してくれたのを覚えている。大人になるとはこういうことといながら、私をポーカーでボロクソに負かしてみせた。
何が紳士淑女はこうやって身持ちを崩していく、だ。ポーカーの楽しさも何も教えてくれなかったくせに。ただ、チップを取られただけで終わった。
あのときのノアの楽しそうな顔!
意地悪という言葉だけでは足りない。嗜虐心を詰め込んだような表情だった。
「カルディア姫の従者も呼びましょう。そういえばきちんと挨拶をしていなかった」
「は? と、突然、何!?」
「トーマにテウ、そしてイヴァン。カルディア姫が従えた奴隷を跪かせなくては」
妻のものは夫が管理する。た、確かにギスランが私の夫となればあいつらもギスランのものになる……のか?
いや、待て。全てがおかしい。従者とカジノで会う必要がどこにある?
というか、奴隷ではないが!?
「どうしてそうなるの!?」
「楽しみです。思う存分痛めつけられる」
「ギスラン! お前、私の話を聞いている!?」
いくら目の前で怒って見せてもギスランはもう決めたことだとふいと顔を背けた。
社交シーズンが終わった夏真っ盛り。
何故か私達はカジノに向かうハメになってしまった。
私の指を甘噛みしていたギスランが柔らかな声で名前を呼ぶ。
むっと眉を寄せたのは、この男が私を叱ろうとしているのを敏感に感じ取ったからだった。
こう言う時はあまり目線を合わせない方がいい。
「カナン・ルコルスとお会いになったとお聞きしました」
「ああ、三つ子の末の子にならば会ったけれど」
わざと遠回りな言い方をした。他人行儀な物言いが気に入ったのか、ギスランは少しだけ嬉しそうにした。
カナン・ルコルス。ルコルス家の三男坊。新聞社を持ち、自分も記者であると言っていたか。
「見惚れていらしたとか」
「は……」
告げ口したのはイルか!?
嬉しそうにしていたのは不愉快さを隠すためか、この男!
「だ、誰が」
「カルディア姫が。見惚れるほどの良い男だったのですね」
カナン・ルコルスは確かに顔の整った理知的な面差しの男だが。
いや、待て。違う、違う。
「歓待して差し上げたとか」
「貴族を冷遇するわけにもいかないでしょう」
「ふうん?」
「お、お前がききたいのはリナリナの話でしょう」
突然探りを入れてくるものだから何事かと思ったが、ギスランが話をしたいのは、リナリナ・イリーナの件だろう。
カルディアの名前を持っていたのに、自分でリナリナと名乗っていた少女のことだ。
ギスランがこの件を知らなかったとは思えない。カナン・ルコルスが知っていることをこの男が知らないなどあり得ないからだ。
「お前、あの女のことを知っていたのね? カルディアと名前を貰った女だと、知らなかったわよ」
「……知る者の方が少ないことですので」
「お前、改めて考えると私と同じ名前の女に手を出していたの? ふーん」
むっとしながら口にすると、ギスランが何を言ったものかと考えているような顔をした。
「手は出していません」
「ああ、そう」
「嘘ではなく。あのような年頃の娘、手を出すまでもないので」
「それはそれで気分が悪いのだけど。要はお前が甘く囁きかけてあそこまで好意を抱かせたということでしょう? ギスランと呼ばせていたようだし」
「拗ねていらっしゃるの?」
冷えた視線を送ると、ギスランは何故か恥じらい目を伏せた。
相変わらず、分からない男だ。
「どういうつもりだったの」
「リナリナについてですか? 気になっただけです。あのトヴァイス・イーストンが自領土から出しても守りたかった存在ですので」
「守りたかった? 誰から」
「それを知りたいと思ったのですが、詳しくは。ただ、イーストン卿にとっては珍しく弱点を晒したものだとは思いましたが」
「あの男に弱点?」
聞き馴染みのない言葉だ。トヴァイス・イーストンは嫌味で、傲慢で貴族然としたーーその癖愛情深い男だ。私はあの男が政敵に対して遅れを取ったり、卑屈になったところを見たことがなかった。
困難を鼻で笑い、引き摺り落とそうとするものを高みの見物しようとする。高潔で不気味なまでに人を足蹴にするのが似合う。
弱みを晒しても、それを弱みとは思わせない。あいつはそう言う男だ。
「馬鹿なことを。トヴァイス・イーストンにとって、リナリナは弱味にもならないでしょう」
「……カルディア姫は、トヴァイス・イーストンをよくご存知ですものね?」
「当て擦りはやめて。あの男が本当に守りたいならば、手中から出すわけがないじゃない」
そういう男だ。現にあの男の妻とて王都には滅多に顔を見せない。結婚は墓場だのなんだのと憎まれ口を叩いていたが、本当に嫌っているのならば社交に連れ回していたはずだ。
使えるものは使う。あの男はそういう無情さを秘めている。
……。
「だいたい、もうそのリナリナも死んでしまったのでしょう」
「切り裂き魔のことですね」
「王都に出没するという奴ね。本当の話なのだか」
「本当ですよ。しかし、誰も捕らえられぬ。姿を見たものさえおりません」
「もはや怪異のたぐいね」
リナリナのその後の話も怪異のようなものだけど。死んだはずなのに、蘇ったとカナン・ルコルスは言っていた。はなおとめと呼びながら。
「カナン・ルコルスの目的は分からないけれど、カルディアと名前を授けられた女がリナリナを名乗り、正体不明の切り裂き魔に襲われたと思うと興味を惹かれたのは分かるわ。あの男は好奇心で動いているのでしょう」
「ですが何故カルディア姫にお目通りを願ったのでしょう」
「生前のリナリナに交友があった者を訪ねているようだったけれど」
はなおとめと蘇ったとリナリナが言っていたからというのはどうにも胡散臭すぎる。カナン・ルコルスも本当にそれだけで来たのかどうか怪しい。
そう考えると、あの男は何を目的に私に会いに来たのだろう。
社交シーズンも終わるという頃、社交場に殆ど顔を出さなかった私にリナリナのことだけを問いに本当に来たのだろうか?
「あの男の真意など、分からないわ。探りたいのならば、連絡を取ってやってもいいけれど」
あの男、私が情報を持っているといえば勇んでやって来そうだ。
「カルディア姫」
「いや、なの」
「いやだとお分かりにならない?」
「別に、二人で会うと言っているわけではないのよ。そもそも、あの男は私のこと好きではないでしょうし」
じっと見つめられて、たじろぐ。瞳は深く燃えるような情念を秘めているようだった。
「お前のために提案したのに。カナン・ルコルスがどういう意図があってリナリナの件を聞きに来たか、調べたいのではなかったの」
「カルディア姫に関わる全ての男が憎いだけです」
「お前の憎悪、果てがないわね……」
あまり気乗りした風を出しても、ギスランが嫉妬するだけだろう。嫉妬するギスランが可愛くもあるが、優越感に浸っている場合でもなさそうだ。
「分かった。……トヴァイス・イーストンの弱みは分からず仕舞いなの?」
「……いえ。カルディア姫は、イーストン卿の弟について聞いたことはございますか」
弟。そういえば、ギスランが死んでいたあの世界で、そんな話を聞いた……というか、あちらの私が聞いたのことを覚えていたはず。
「ノアがそんな話をしていたような気がするけれど」
「ノア」
「……ノア・ゾルディックが、よ」
「カルディア姫はイーストン卿のことはフルネームでお呼びになるのに、ゾルディック卿のことは名前でお呼びになりますね?」
め、目敏い男。
「ゾルディック卿がトヴァイス・イーストンには弟がいるとか何とか言っていたの」
「カルディア姫はお会いになったことがございますか?」
「……いいえ」
そもそもあの男に弟がいたこと自体初耳だった。
「社交界にも顔を見せたことはないはずよ。皆、イーストン家には男が一人と思っているはず。死産で生まれたとかではないの」
「さて。私も噂話程度ですので」
「けれど、何か確証があるのね」
ギスランはこくりと頷いた。だが、これ以上追求したところで口を開くとは思えなかった。
「カナン・ルコルスは避暑地に向かうつもりがないようだったけれど、お前はどうするつもりなの」
「秋前にはロイスター領に戻ろうとは思っております。収穫祭もありますし」
ギスランは露骨に話を変えたのに、乗ってきた。
ロイスター家が代々語り継いできている歴史書に蝗害との戦いと記さられるとおり、ロイスター領は農耕地として有名だ。領土の半分以上が温和な気候の平地で、ファミ河の傍流が土地中に蜘蛛の巣のように流れている。
秋は麦がひしめく黄金の市場となる。幼い頃、馬車から見た景色はそれは壮観だった。
流石に、女神カルディアを讃えるために開かれるイーストンの記念祭(こちらも収穫祭の意味があるのだが)よりは派手ではないが、一週間は祭りが行われ、ひどく活気付くという。年越しよりも、豪勢だと言われるぐらいだ。
「お前、その体で領地に戻れるの?」
「私の土地ですから」
「お前の父のものでしょうに……」
まあ、ギスランが相続するのだろうが。
「カルディア姫はどうなさるのですか」
去年はリストが持つ避暑地の別荘に泊まったのだったか。リストは軍の仕事で忙しくしていたので、ずっと本を読んでいたような……。
「私もロイスター領に行こうかしら」
「え」
「お前と……一緒にいたいから」
勇気を振り絞って口にすると、ぽかんと口を広げたギスランの顔が徐々に紅潮していく。
「……私を惑わされるのが本当にお上手」
「なによ、その言い方。私だって、私のものになる領民達を見たいと思っただけよ」
「私の、もの」
ギスランはますます恍惚とした表情をした。
「お前のものなのだから、私のものでもあるでしょう?」
「はい。カルディア姫。領民全てが貴女様のものです」
「全ての領民は流石に面倒みきれないわよ」
まあ、悪い気はしない。ロイスター家は王国内でも指折りの名家で、領民達は皆飢えを知らず、懸命に生き、学んでいる。ロイスター領は農学校が盛んだと聞くし、馬や羊、牛に鶏の畜産にも力を入れているとか。
勤勉さが美徳であることを知っている民がどれほど貴重なものかは分かっているつもりだ。
「……お前と一緒に居たい。どこか避暑地には行くつもりなの?」
「温泉地に行きたいとは思っております」
「ふうん。温泉別荘地といえばバルカスにあるアーガスとか、ノクターン領のオッペンもいいと聞くけれど」
他にも色々な場所を調べようか。ギスランを見遣ると、ほうと惚けるように私を見つめていた。
「まずは、カジノに」
「は? カジノ?」
「まずはカジノに行きましょう」
「は、はあ?」
何故、いきなりカジノに行く話が?
どこから降って湧いて出た?
「その昔、ゾルディック辺境伯に連れられて赴かれたことがあるのですよね?」
「それは、そうだけど」
まだノアの右手があった時代の話だ。婚約者という立場がたち消えると知ったノアが連れ出してくれたのを覚えている。大人になるとはこういうことといながら、私をポーカーでボロクソに負かしてみせた。
何が紳士淑女はこうやって身持ちを崩していく、だ。ポーカーの楽しさも何も教えてくれなかったくせに。ただ、チップを取られただけで終わった。
あのときのノアの楽しそうな顔!
意地悪という言葉だけでは足りない。嗜虐心を詰め込んだような表情だった。
「カルディア姫の従者も呼びましょう。そういえばきちんと挨拶をしていなかった」
「は? と、突然、何!?」
「トーマにテウ、そしてイヴァン。カルディア姫が従えた奴隷を跪かせなくては」
妻のものは夫が管理する。た、確かにギスランが私の夫となればあいつらもギスランのものになる……のか?
いや、待て。全てがおかしい。従者とカジノで会う必要がどこにある?
というか、奴隷ではないが!?
「どうしてそうなるの!?」
「楽しみです。思う存分痛めつけられる」
「ギスラン! お前、私の話を聞いている!?」
いくら目の前で怒って見せてもギスランはもう決めたことだとふいと顔を背けた。
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