どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

文字の大きさ
316 / 320
第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

300

しおりを挟む
「ところでカルディア姫」

 私の指を甘噛みしていたギスランが柔らかな声で名前を呼ぶ。
 むっと眉を寄せたのは、この男が私を叱ろうとしているのを敏感に感じ取ったからだった。
 こう言う時はあまり目線を合わせない方がいい。

「カナン・ルコルスとお会いになったとお聞きしました」
「ああ、三つ子の末の子にならば会ったけれど」

 わざと遠回りな言い方をした。他人行儀な物言いが気に入ったのか、ギスランは少しだけ嬉しそうにした。
 カナン・ルコルス。ルコルス家の三男坊。新聞社を持ち、自分も記者であると言っていたか。

「見惚れていらしたとか」
「は……」

 告げ口したのはイルか!?
 嬉しそうにしていたのは不愉快さを隠すためか、この男!

「だ、誰が」
「カルディア姫が。見惚れるほどの良い男だったのですね」

 カナン・ルコルスは確かに顔の整った理知的な面差しの男だが。
 いや、待て。違う、違う。

「歓待して差し上げたとか」
「貴族を冷遇するわけにもいかないでしょう」
「ふうん?」
「お、お前がききたいのはリナリナの話でしょう」

 突然探りを入れてくるものだから何事かと思ったが、ギスランが話をしたいのは、リナリナ・イリーナの件だろう。
 カルディアの名前を持っていたのに、自分でリナリナと名乗っていた少女のことだ。
 ギスランがこの件を知らなかったとは思えない。カナン・ルコルスが知っていることをこの男が知らないなどあり得ないからだ。

「お前、あの女のことを知っていたのね? カルディアと名前を貰った女だと、知らなかったわよ」
「……知る者の方が少ないことですので」
「お前、改めて考えると私と同じ名前の女に手を出していたの? ふーん」

 むっとしながら口にすると、ギスランが何を言ったものかと考えているような顔をした。

「手は出していません」
「ああ、そう」
「嘘ではなく。あのような年頃の娘、手を出すまでもないので」
「それはそれで気分が悪いのだけど。要はお前が甘く囁きかけてあそこまで好意を抱かせたということでしょう? ギスランと呼ばせていたようだし」
「拗ねていらっしゃるの?」

 冷えた視線を送ると、ギスランは何故か恥じらい目を伏せた。
 相変わらず、分からない男だ。

「どういうつもりだったの」
「リナリナについてですか? 気になっただけです。あのトヴァイス・イーストンが自領土から出しても守りたかった存在ですので」
「守りたかった? 誰から」
「それを知りたいと思ったのですが、詳しくは。ただ、イーストン卿にとっては珍しく弱点を晒したものだとは思いましたが」
「あの男に弱点?」

 聞き馴染みのない言葉だ。トヴァイス・イーストンは嫌味で、傲慢で貴族然としたーーその癖愛情深い男だ。私はあの男が政敵に対して遅れを取ったり、卑屈になったところを見たことがなかった。
 困難を鼻で笑い、引き摺り落とそうとするものを高みの見物しようとする。高潔で不気味なまでに人を足蹴にするのが似合う。
 弱みを晒しても、それを弱みとは思わせない。あいつはそう言う男だ。

「馬鹿なことを。トヴァイス・イーストンにとって、リナリナは弱味にもならないでしょう」
「……カルディア姫は、トヴァイス・イーストンをよくご存知ですものね?」
「当て擦りはやめて。あの男が本当に守りたいならば、手中から出すわけがないじゃない」

 そういう男だ。現にあの男の妻とて王都には滅多に顔を見せない。結婚は墓場だのなんだのと憎まれ口を叩いていたが、本当に嫌っているのならば社交に連れ回していたはずだ。
 使えるものは使う。あの男はそういう無情さを秘めている。
 ……。

「だいたい、もうそのリナリナも死んでしまったのでしょう」
「切り裂き魔のことですね」
「王都に出没するという奴ね。本当の話なのだか」
「本当ですよ。しかし、誰も捕らえられぬ。姿を見たものさえおりません」
「もはや怪異のたぐいね」

 リナリナのその後の話も怪異のようなものだけど。死んだはずなのに、蘇ったとカナン・ルコルスは言っていた。はなおとめと呼びながら。

「カナン・ルコルスの目的は分からないけれど、カルディアと名前を授けられた女がリナリナを名乗り、正体不明の切り裂き魔に襲われたと思うと興味を惹かれたのは分かるわ。あの男は好奇心で動いているのでしょう」
「ですが何故カルディア姫にお目通りを願ったのでしょう」
「生前のリナリナに交友があった者を訪ねているようだったけれど」

 はなおとめと蘇ったとリナリナが言っていたからというのはどうにも胡散臭すぎる。カナン・ルコルスも本当にそれだけで来たのかどうか怪しい。
 そう考えると、あの男は何を目的に私に会いに来たのだろう。
 社交シーズンも終わるという頃、社交場に殆ど顔を出さなかった私にリナリナのことだけを問いに本当に来たのだろうか?

「あの男の真意など、分からないわ。探りたいのならば、連絡を取ってやってもいいけれど」

 あの男、私が情報を持っているといえば勇んでやって来そうだ。

「カルディア姫」
「いや、なの」
「いやだとお分かりにならない?」
「別に、二人で会うと言っているわけではないのよ。そもそも、あの男は私のこと好きではないでしょうし」

 じっと見つめられて、たじろぐ。瞳は深く燃えるような情念を秘めているようだった。

「お前のために提案したのに。カナン・ルコルスがどういう意図があってリナリナの件を聞きに来たか、調べたいのではなかったの」
「カルディア姫に関わる全ての男が憎いだけです」
「お前の憎悪、果てがないわね……」

 あまり気乗りした風を出しても、ギスランが嫉妬するだけだろう。嫉妬するギスランが可愛くもあるが、優越感に浸っている場合でもなさそうだ。

「分かった。……トヴァイス・イーストンの弱みは分からず仕舞いなの?」
「……いえ。カルディア姫は、イーストン卿の弟について聞いたことはございますか」

 弟。そういえば、ギスランが死んでいたあの世界で、そんな話を聞いた……というか、あちらの私が聞いたのことを覚えていたはず。

「ノアがそんな話をしていたような気がするけれど」
「ノア」
「……ノア・ゾルディックが、よ」
「カルディア姫はイーストン卿のことはフルネームでお呼びになるのに、ゾルディック卿のことは名前でお呼びになりますね?」

 め、目敏い男。

「ゾルディック卿がトヴァイス・イーストンには弟がいるとか何とか言っていたの」
「カルディア姫はお会いになったことがございますか?」
「……いいえ」

 そもそもあの男に弟がいたこと自体初耳だった。

「社交界にも顔を見せたことはないはずよ。皆、イーストン家には男が一人と思っているはず。死産で生まれたとかではないの」
「さて。私も噂話程度ですので」
「けれど、何か確証があるのね」

 ギスランはこくりと頷いた。だが、これ以上追求したところで口を開くとは思えなかった。

「カナン・ルコルスは避暑地に向かうつもりがないようだったけれど、お前はどうするつもりなの」
「秋前にはロイスター領に戻ろうとは思っております。収穫祭もありますし」

 ギスランは露骨に話を変えたのに、乗ってきた。

 ロイスター家が代々語り継いできている歴史書に蝗害との戦いと記さられるとおり、ロイスター領は農耕地として有名だ。領土の半分以上が温和な気候の平地で、ファミ河の傍流が土地中に蜘蛛の巣のように流れている。
 秋は麦がひしめく黄金の市場となる。幼い頃、馬車から見た景色はそれは壮観だった。
 流石に、女神カルディアを讃えるために開かれるイーストンの記念祭(こちらも収穫祭の意味があるのだが)よりは派手ではないが、一週間は祭りが行われ、ひどく活気付くという。年越しよりも、豪勢だと言われるぐらいだ。


「お前、その体で領地に戻れるの?」
「私の土地ですから」
「お前の父のものでしょうに……」

 まあ、ギスランが相続するのだろうが。

「カルディア姫はどうなさるのですか」

 去年はリストが持つ避暑地の別荘に泊まったのだったか。リストは軍の仕事で忙しくしていたので、ずっと本を読んでいたような……。

「私もロイスター領に行こうかしら」
「え」
「お前と……一緒にいたいから」

 勇気を振り絞って口にすると、ぽかんと口を広げたギスランの顔が徐々に紅潮していく。

「……私を惑わされるのが本当にお上手」
「なによ、その言い方。私だって、私のものになる領民達を見たいと思っただけよ」
「私の、もの」

 ギスランはますます恍惚とした表情をした。

「お前のものなのだから、私のものでもあるでしょう?」
「はい。カルディア姫。領民全てが貴女様のものです」
「全ての領民は流石に面倒みきれないわよ」

 まあ、悪い気はしない。ロイスター家は王国内でも指折りの名家で、領民達は皆飢えを知らず、懸命に生き、学んでいる。ロイスター領は農学校が盛んだと聞くし、馬や羊、牛に鶏の畜産にも力を入れているとか。
 勤勉さが美徳であることを知っている民がどれほど貴重なものかは分かっているつもりだ。

「……お前と一緒に居たい。どこか避暑地には行くつもりなの?」
「温泉地に行きたいとは思っております」
「ふうん。温泉別荘地といえばバルカスにあるアーガスとか、ノクターン領のオッペンもいいと聞くけれど」

 他にも色々な場所を調べようか。ギスランを見遣ると、ほうと惚けるように私を見つめていた。

「まずは、カジノに」
「は? カジノ?」
「まずはカジノに行きましょう」
「は、はあ?」

 何故、いきなりカジノに行く話が?
 どこから降って湧いて出た?

「その昔、ゾルディック辺境伯に連れられて赴かれたことがあるのですよね?」
「それは、そうだけど」

 まだノアの右手があった時代の話だ。婚約者という立場がたち消えると知ったノアが連れ出してくれたのを覚えている。大人になるとはこういうことといながら、私をポーカーでボロクソに負かしてみせた。
 何が紳士淑女はこうやって身持ちを崩していく、だ。ポーカーの楽しさも何も教えてくれなかったくせに。ただ、チップを取られただけで終わった。
 あのときのノアの楽しそうな顔!
 意地悪という言葉だけでは足りない。嗜虐心を詰め込んだような表情だった。

「カルディア姫の従者も呼びましょう。そういえばきちんと挨拶をしていなかった」
「は? と、突然、何!?」
「トーマにテウ、そしてイヴァン。カルディア姫が従えた奴隷を跪かせなくては」

 妻のものは夫が管理する。た、確かにギスランが私の夫となればあいつらもギスランのものになる……のか?
 いや、待て。全てがおかしい。従者とカジノで会う必要がどこにある?
 というか、奴隷ではないが!?

「どうしてそうなるの!?」
「楽しみです。思う存分痛めつけられる」
「ギスラン! お前、私の話を聞いている!?」

 いくら目の前で怒って見せてもギスランはもう決めたことだとふいと顔を背けた。
 社交シーズンが終わった夏真っ盛り。
 何故か私達はカジノに向かうハメになってしまった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...