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第一章
二話 異質な転校生(1)
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夏の到来とともに現れたその転校生は、小さな田舎町では異端だった。
波打つブロンド。ヘーゼル色の瞳。陶磁器のような白い肌。ヨーロッパの血が混じっていることが容易にわかる、鼻筋の通ったきらびやかな容貌。高校一年生にはとうてい見えない百八十センチメートル近い高身長と、すらりと伸びた四肢。ただ黒いだけの野暮ったい学ランも、彼が着ると洗練された制服に見える。
担任に連れられ教室にやってきた転校生の姿を目にした瞬間、クラス全員が息を呑んだ。
「東京から来ました。十千万堂 巴波です。よろしくお願いします」
その名前にまた驚く。
十千万堂といえば、全国的に有名な洋菓子メーカーの創業者一族の名前である。数年前からこの町に十千万堂グループの製造工場が建設されるらしいという噂が流れていたが、ついに本腰を入れて一族の人間が乗り込んできたのだろうか。工場ができると町が変わってしまうと、祖父母の世代は口を揃えて反対しているのだが……。
「十千万堂、席はあっこの真ん中だに。鳥居、いろいろ教えてやってくれや」
「っ!」
突然名指しされて、薊は思わず肩を揺らした。まさか後ろの席の自分が世話役に選ばれるとは思わなかったからだ。
周囲のうらやむ視線が刺さる。注目を浴びているとわかると全身がかっと熱くなり、変な汗がにじむ。
十千万堂の両隣に座っているのは、面倒見がいい西村と鈴木だ。薊の前に着席した十千万堂に、さっそく声をかけている。自分よりよほど世話役に適任のはずである。
(それなんにどがして僕が……)
教壇に立つ初老の担任教師は、薊と目が合うとにやりと笑ってうなずいてみせた。確信犯らしい。
(いや、だけえなんで……! 変だらあ!)
内心では激しく反発してみたものの、実際の薊は口を引き結んでうつむくのが精いっぱいだった。
「東京のどこ住んどっただか?」
「剣道部だったってほんに?」
「どういうて呼ばれとっただいや?」
ホームルームが終わった途端、十千万堂の周りにクラスメイトが集まってきた。そのため、薊は声をかけるタイミングを失った。次の授業は音楽なので、教室を移動しなければならないのだが……。彼らの様子をうかがっていると、
「渋谷のほうに住んでたよー」
十千万堂の返事に周囲がどよめいた。東京から遠く離れたこの土地では、渋谷というのはテレビの中の世界だった。
「ええ! わったいな!」
「学校帰りはいっつも寄り道しとったけ?」
「バイトは?」
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。皆、都会に興味津々なのだ。高校卒業後は六割が地元を離れる地域なので当然ともいえるが、質問が飛び交いすぎていて、まるで記者会見のようである。輪の中心にいる十千万堂がふっと笑った。
「質問しすぎだろ。ウケる」
薊も同じことを思っていた。が、彼の言いかただと小馬鹿にしているように聞こえなくもない。標準語だからよけい冷たく感じる。一瞬間が空いたあと、野津が「そがに笑うないや」と言いながら十千万堂の背中を叩いた。そう言う野津本人も笑っている。
「痛ぇ」
「こンの都会っ子が! 東京なんて修学旅行で行くくらいだけえ、いろいろ気になるだに!」
「確かにこのへん、何もないもんな。田んぼと神社ばっか。みんな普段何してんの?」
(うわ……)
普通、転校初日に引っ越し先の悪口を言うものだろうか。取り繕う様子のない十千万堂に薊はふたたび驚く。
しかし、皆あまり気を悪くすることもなく、口々に放課後の過ごしかたを教えていた。薊の気にしすぎだったのかもしれない。と、思ったとき、クラスの端で固まっている男女の集団が「うざ」と吐き捨てたのが耳に飛び込んできた。彼らは地域でも有名な問題児で、気に入らない相手にはいじめや暴力が常習らしい。派手な外見の彼らが鋭い目をしていたので、薊は人知れず震えた。
そのとき、十千万堂にくっついていた一人が「あっ」と声をあげた。
「次移動だがん」
「朝っぱりから歌えん」
ぶつぶつ言いながら皆立ち上がる。この様子だと、皆が十千万堂を音楽室まで連れて行ってくれるだろう。薊はそう考えて、ひと足先に教室を出ようとした。すると、
「ねえ、鳥居くん。教室まで案内してくれない?」
十千万堂がこちらを振り返り、にこっと微笑んでいるではないか。
「え、えと……」
「さっきから俺に声かけようとしてくれてたよね」
(気づかれとった!)
気まずい。十千万堂の笑みの裏には「ジロジロ見てんじゃねえよ」という含みでもあるのではないだろうか。なまじ顔がきれいだから、裏が読めない。
しどろもどろの薊を差し置いて、十千万堂はすっと席を立った。
「俺まだ教科書ないから見せて」
(な、なんで急にこんな近くにくるだ?)
気の利いたことも言えず、薊は小さくうなずいた。
「よ、よかけえ……」
結局、音楽室までは十人の集団で移動することになった。
「俺、鳥居としゃべるの初めてだに!」
野津がそう言ってにかっと笑う。
「あたしもー」
「うん、ウチも」
西村と鈴木も追従する。
薊はなんと答えていいか悩んだ末、うなずくにとどめた。それ以上会話は続かず、集団の後方にくっついて歩く。
十千万堂は転校生ということを抜きにしても、とても目立っていた。他クラスの生徒たちがすれ違いざま二度見している。それを気にした様子もないのは、周囲からの視線に慣れっこだからだろう。
(わったいなあ……)
薊にはできない芸当だ。
「十千万堂って、あのお菓子メーカーの?」
「そうだよ」
「あたしトッチーヌ大好きだに!」
「父さんに言っとくよ」
トッチーヌというのは、十千万堂が出しているマドレーヌの商品名だ。母がしょっちゅう買ってくるので薊もよく食べる。
皆の会話を一方的に聞いているうちに、音楽室についた。席は自由なので、早めに来たクラスメイトたちが後ろに座っている。空いている席は前方しかなかった。
(だけえ早く来たかったんに……)
往生際悪くきょろきょろあたりを見回していると、一つだけ最後列の真ん中が空いていた。端の席ではないものの、前方よりずいぶんましだ。
(そっでも、世話係を任されとるけえ一人だけ抜けてもええだか? 教科書貸してとも言われとるし……)
十千万堂の性格だったら、他の誰かに借りることなど容易だろう。薊以外の相手とのほうが会話も弾むはずだし、きっと楽しいに違いない。
それでも薊は十千万堂を囲う輪から抜けなかった。皆と一緒に最前列に着席する。隣の十千万堂が少し驚いた顔をした。
(あっ、やっぱり嫌だわな)
すでに逃げ腰の薊に対し、十千万堂は口元を緩める。
「鳥居くんって面倒見がいいんだね」
「え?」
「俺の世話役が鳥居くんで良かった」
そんなふうに言われるとは思いもしなかったので、薊は目を瞬かせた。
「え、あ、……はあ」
口ごもっているところに先生がやってきたため、薊はろくな返事もできなかった。失礼すぎる。
謝るタイミングを探して十千万堂をちらちら見ていたら、
「ハハッ気にしすぎだって」
と、また見透かされていた。もじもじしてキモいとか思われているかもしれない。
「ごめん」
「なんで謝るの? あ、教科書見せてね」
「うん」
すっかり彼のペースに乗せられて、薊は持っていた教科書を開いた。
波打つブロンド。ヘーゼル色の瞳。陶磁器のような白い肌。ヨーロッパの血が混じっていることが容易にわかる、鼻筋の通ったきらびやかな容貌。高校一年生にはとうてい見えない百八十センチメートル近い高身長と、すらりと伸びた四肢。ただ黒いだけの野暮ったい学ランも、彼が着ると洗練された制服に見える。
担任に連れられ教室にやってきた転校生の姿を目にした瞬間、クラス全員が息を呑んだ。
「東京から来ました。十千万堂 巴波です。よろしくお願いします」
その名前にまた驚く。
十千万堂といえば、全国的に有名な洋菓子メーカーの創業者一族の名前である。数年前からこの町に十千万堂グループの製造工場が建設されるらしいという噂が流れていたが、ついに本腰を入れて一族の人間が乗り込んできたのだろうか。工場ができると町が変わってしまうと、祖父母の世代は口を揃えて反対しているのだが……。
「十千万堂、席はあっこの真ん中だに。鳥居、いろいろ教えてやってくれや」
「っ!」
突然名指しされて、薊は思わず肩を揺らした。まさか後ろの席の自分が世話役に選ばれるとは思わなかったからだ。
周囲のうらやむ視線が刺さる。注目を浴びているとわかると全身がかっと熱くなり、変な汗がにじむ。
十千万堂の両隣に座っているのは、面倒見がいい西村と鈴木だ。薊の前に着席した十千万堂に、さっそく声をかけている。自分よりよほど世話役に適任のはずである。
(それなんにどがして僕が……)
教壇に立つ初老の担任教師は、薊と目が合うとにやりと笑ってうなずいてみせた。確信犯らしい。
(いや、だけえなんで……! 変だらあ!)
内心では激しく反発してみたものの、実際の薊は口を引き結んでうつむくのが精いっぱいだった。
「東京のどこ住んどっただか?」
「剣道部だったってほんに?」
「どういうて呼ばれとっただいや?」
ホームルームが終わった途端、十千万堂の周りにクラスメイトが集まってきた。そのため、薊は声をかけるタイミングを失った。次の授業は音楽なので、教室を移動しなければならないのだが……。彼らの様子をうかがっていると、
「渋谷のほうに住んでたよー」
十千万堂の返事に周囲がどよめいた。東京から遠く離れたこの土地では、渋谷というのはテレビの中の世界だった。
「ええ! わったいな!」
「学校帰りはいっつも寄り道しとったけ?」
「バイトは?」
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。皆、都会に興味津々なのだ。高校卒業後は六割が地元を離れる地域なので当然ともいえるが、質問が飛び交いすぎていて、まるで記者会見のようである。輪の中心にいる十千万堂がふっと笑った。
「質問しすぎだろ。ウケる」
薊も同じことを思っていた。が、彼の言いかただと小馬鹿にしているように聞こえなくもない。標準語だからよけい冷たく感じる。一瞬間が空いたあと、野津が「そがに笑うないや」と言いながら十千万堂の背中を叩いた。そう言う野津本人も笑っている。
「痛ぇ」
「こンの都会っ子が! 東京なんて修学旅行で行くくらいだけえ、いろいろ気になるだに!」
「確かにこのへん、何もないもんな。田んぼと神社ばっか。みんな普段何してんの?」
(うわ……)
普通、転校初日に引っ越し先の悪口を言うものだろうか。取り繕う様子のない十千万堂に薊はふたたび驚く。
しかし、皆あまり気を悪くすることもなく、口々に放課後の過ごしかたを教えていた。薊の気にしすぎだったのかもしれない。と、思ったとき、クラスの端で固まっている男女の集団が「うざ」と吐き捨てたのが耳に飛び込んできた。彼らは地域でも有名な問題児で、気に入らない相手にはいじめや暴力が常習らしい。派手な外見の彼らが鋭い目をしていたので、薊は人知れず震えた。
そのとき、十千万堂にくっついていた一人が「あっ」と声をあげた。
「次移動だがん」
「朝っぱりから歌えん」
ぶつぶつ言いながら皆立ち上がる。この様子だと、皆が十千万堂を音楽室まで連れて行ってくれるだろう。薊はそう考えて、ひと足先に教室を出ようとした。すると、
「ねえ、鳥居くん。教室まで案内してくれない?」
十千万堂がこちらを振り返り、にこっと微笑んでいるではないか。
「え、えと……」
「さっきから俺に声かけようとしてくれてたよね」
(気づかれとった!)
気まずい。十千万堂の笑みの裏には「ジロジロ見てんじゃねえよ」という含みでもあるのではないだろうか。なまじ顔がきれいだから、裏が読めない。
しどろもどろの薊を差し置いて、十千万堂はすっと席を立った。
「俺まだ教科書ないから見せて」
(な、なんで急にこんな近くにくるだ?)
気の利いたことも言えず、薊は小さくうなずいた。
「よ、よかけえ……」
結局、音楽室までは十人の集団で移動することになった。
「俺、鳥居としゃべるの初めてだに!」
野津がそう言ってにかっと笑う。
「あたしもー」
「うん、ウチも」
西村と鈴木も追従する。
薊はなんと答えていいか悩んだ末、うなずくにとどめた。それ以上会話は続かず、集団の後方にくっついて歩く。
十千万堂は転校生ということを抜きにしても、とても目立っていた。他クラスの生徒たちがすれ違いざま二度見している。それを気にした様子もないのは、周囲からの視線に慣れっこだからだろう。
(わったいなあ……)
薊にはできない芸当だ。
「十千万堂って、あのお菓子メーカーの?」
「そうだよ」
「あたしトッチーヌ大好きだに!」
「父さんに言っとくよ」
トッチーヌというのは、十千万堂が出しているマドレーヌの商品名だ。母がしょっちゅう買ってくるので薊もよく食べる。
皆の会話を一方的に聞いているうちに、音楽室についた。席は自由なので、早めに来たクラスメイトたちが後ろに座っている。空いている席は前方しかなかった。
(だけえ早く来たかったんに……)
往生際悪くきょろきょろあたりを見回していると、一つだけ最後列の真ん中が空いていた。端の席ではないものの、前方よりずいぶんましだ。
(そっでも、世話係を任されとるけえ一人だけ抜けてもええだか? 教科書貸してとも言われとるし……)
十千万堂の性格だったら、他の誰かに借りることなど容易だろう。薊以外の相手とのほうが会話も弾むはずだし、きっと楽しいに違いない。
それでも薊は十千万堂を囲う輪から抜けなかった。皆と一緒に最前列に着席する。隣の十千万堂が少し驚いた顔をした。
(あっ、やっぱり嫌だわな)
すでに逃げ腰の薊に対し、十千万堂は口元を緩める。
「鳥居くんって面倒見がいいんだね」
「え?」
「俺の世話役が鳥居くんで良かった」
そんなふうに言われるとは思いもしなかったので、薊は目を瞬かせた。
「え、あ、……はあ」
口ごもっているところに先生がやってきたため、薊はろくな返事もできなかった。失礼すぎる。
謝るタイミングを探して十千万堂をちらちら見ていたら、
「ハハッ気にしすぎだって」
と、また見透かされていた。もじもじしてキモいとか思われているかもしれない。
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