上官は秘密の旦那様。〜家族に虐げられた令嬢はこの契約結婚で幸せになる〜

見丘ユタ

文字の大きさ
51 / 97
2章

51.嫌悪感と未熟さ

しおりを挟む
【ジークフリート視点】






◇◇◇


 元婚約者、ブリジッタの喪が明けて間もなく、夜会やパーティーへの招待状が増えた。

 おそらく主催者ホストたちは、侯爵家三男婚約者の席が空いたのをチャンスだと思ったのだろう。

 もちろん、国が主催しているパーティーには必ず出席しているが、個人のものとなれば別だ。馴れ合いや腹の探り合いより、見合いの意味合いの方が強い。

 招待状が増えたのも、個人宅に伺うものがほとんど。相手の思惑が丸見えで、今でも辟易とすることがある。

 騎士として一人前になるのが先だと断っても断っても、なんとかしてジークフリートを出席させようとあの手この手で絡めとろうとしていた。

 そんな中、根負けをして渋々出席したことがある。どこの貴族の家かは忘れた。ただ女性に取り囲まれたことだけは覚えている。

 話しかけられるだけならまだいい。

 彼女らはジークフリートの気を引こうと、胸元の空きすぎた目が痛くなるような色合いのドレスで体を押しつけてきた。

 わざとぶつかりドレスにワインをこぼし、話すきっかけを得ようとする者もいた。

 ひどい時はよろめいた女性が、部屋まで連れて行って欲しいと言ってくることまで。

 彼女らは必ず一言目にこう言った。「ブリジッタ嬢のことは残念でしたわね」と。

 ──ふざけるな。

 ブリジッタのことをジークフリート自身、愛していたかは定かではない。
 親が決めた相手で、若過ぎた彼は愛を理解するには未熟過ぎた。全てが未熟だったからこそ彼女は死んだ。

 だからこそ、体を使ってまで彼を籠絡させようとする女性の強かさを激しく嫌悪した。口だけの弔意で、気遣いのできる女性を演出されるのもまっぴらだった。

 そしてそんな女性たちと関わることになった自身の未熟ささえも。

 その嫌悪感は、アルティーティが入団した今も続いている──と思っていた。

 この時までは。



◇◇◇




 予想以上の成果だった。

 帰途についたジークフリートは、後ろを歩く新人たちに心の中で投げかけた。もちろん、馬の選定についてだ。

 『人の何をみて馬が選んでいるかわからない』と言ったが、実を言えば今までの経験上で少しはわかる。

 人が他人とどう関わっているか、馬をモノ扱いしないか。

 おおよそはこのふたつだろう。あくまでも経験に基づいた推測に過ぎないので、黙ってはいたが。

 だからこそ、そこまで心配はしていなかった。最近のふたりの様子を見てわかる。このふたりは確実に選ばれる、と。

(まさか黒馬に選ばれるとは思ってなかったがな……)

 ちらり、と背後に視線をやる。

 アルティーティはヴィクターに小突かれ、膨れながらも楽しそうだ。

 ほんの少し、ヴィクターとの距離が近いと感じることもあるが、新人が仲がいいに越したことはない。

 今もそうだ。すぐ後ろをついてくる彼らは気安い様子で会話している。

 それがなぜかジークフリートの胸の辺りをチリつかせてくる。端的に言えば、面白くない。この出どころ不明の感情に戸惑いしかない。

 掴みどころのない妙な焦燥感が、ヴィクターの横で笑うアルティーティに向けられていた。

「そういえば、馬は連れて帰らなくてよかったんですか?」

 不意に投げられたアルティーティの質問に、ジークフリートは内心慌てた。

 焦燥感にかまけて、ついそっけなく答えてしまいそうになる。

 なぜか彼女もヴィクターも、見えないところへ突き放したくなる。見えなくなったら守れなくなるというのに。

「馬の世話に慣れるまでは厩舎に通いだ。本格的に騎士団の厩舎に入れるのは……短く見積もって半月はかかるだろうな」

 考えるふりをして、ジークフリートはひと呼吸おいて答えた。

 もう少し彼が若ければ、感情に任せて突き放していたかもしれない。しかし彼らの倍ほどの年齢と、隊長という立場や責任感がそれを許さない。

 そうして抑え込んだ焦燥感が、さらに浸食するように胸の奥に広がってきたとしても、だ。

 ちょうど寮に差し掛かったところで、ジークフリートは振り返った。

「休みとはいえ、明日から朝が早くなる。今日はゆっくり休め」
「はい!」

 威勢よく返事をすると、ヴィクターは駆け足で帰っていった。

 野太い鼻歌がかすかに聞こえる。彼が張り切っているのは、赤馬に選ばれたからだろうか。

 黒馬の件が落ち着き、厩舎を回ったヴィクターが連れてきたのは、同じく特殊能力を持つ赤馬だった。

 回った、といってもすぐだ。ヴィクターがひとりになったところに赤馬がやってきたらしい。

 マカセとやり合ってたのをどこかからか見ていたのかもしれない。

 赤馬は『身体能力強化』の能力だ。どの武器でもそれなりに使いこなせるヴィクターには、うってつけの特殊能力だろう。

 もう寮の中に入ってしまったヴィクターの背を思い出し、ジークフリートは苦笑した。

「……お前も疲れただろう」

 隣にいるアルティーティに声をかける。

 同じように苦笑した彼女の顔からは、いつもの活気が鳴りを潜めているように感じた。
 
「色々ありすぎてなにがなんだか」
「だろうな。……ん?」

 ふと目に止まったのは彼女の漆黒の髪。塗りつぶしたような黒髪に、緑色の小さな何かがしがみついていた。

「隊長?」

 一点を見つめるジークフリートを不審に思ってか、アルティーティは首をこてん、と傾けた。

 そんな仕草が、焦燥感と共に胸の鼓動を強くさせる。

 ジークフリートはそれを早く鎮めようと、冷静に指差した。

「……虫がついてるな」
「え? どこですか?」
「髪に。これは……クサクムシか?」
「!? ひゃぁ!!」

 疲れが吹き飛ぶほどの甲高い悲鳴を上げたアルティーティは、何を思ったかジークフリートに飛びついた。

「ど、どうしたっ!?」
「と、とと、とととってください! お願いです!」

 動揺したジークフリート以上に気が動転した彼女が、必死にしがみついてくる。お互いパニック状態だ。

 掴んできた腕は小動物のように震え、前髪の隙間からはぎゅっと瞑った目が見える。

 にしてもすごい力だ。どこにそんな力があるのかわからないが振り解けない。

 もっとも、ジークフリートも本気で振り解こうとは思っていない。不測の事態すぎて、そんな考えは頭からすっぽ抜けていた。

「お、落ち着け」
「おち、おちおちつきません! は、早くっ!」
「わかった、わかったから、少しじっとしてろ!」

 ぶっきらぼうに言うと、魔法で風を起こした。

 虫1匹に魔法は大袈裟かもしれない。

 クサクムシは刺激するとツンとした臭いを発する。
 指につくくらいならまだ我慢できるが、髪の毛、しかも顔に近いとなると別だ。直接触るわけにはいかない。

 緑色のクサクムシは、風に包まれるようにして飛んでいった。

「取ったぞ」
「ほ、本当ですか……?」
「嘘ついてどうする。そんなに虫が嫌いか」

 アルティーティはまだ警戒を解かない。しがみついたまま、周囲にしきりに目をやっている。

「……他の虫は大丈夫ですけどクサクムシだけは無理です。野営で寝てた時に顔にいくつも張り付いてたことがあって……それ以来トラウマで……」

 青い顔でアルティーティは言う。

 野営には虫がつきものだ。かく言うジークフリートにも、同じような経験が何度かある。
 もっとも、たかられる前に目が覚めるのでトラウマになる程もないのだが。

 ジークフリートが何も言わないでいると、彼女はむくれ気味にジークフリートを見上げた。

「しかもちょっと触っただけでもすぐ臭い汁飛ばすし! しばらく顔が臭くて大変でしたよ! クサクムシ対策に色々身につけるようになってからはマシでしたけど……!」

 よほど嫌いなのだろう。上目遣いで興奮気味に話す彼女の姿に、ジークフリートは思わず吹き出した。

「わかった、大丈夫だ……ったく、お前はかわ……」

 かわいいな。

 そう言いかけた口を慌てて手で押さえた。いや、言いかけたことすら無意識だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

8年ぶりに再会した男の子は、スパダリになっていました

柚木ゆず
恋愛
 美しく育てて金持ちに高く売る。ルファポール子爵家の三女ミーアは、両親達が幸せに暮らせるように『商品』として育てられてきました。  その結果19歳の夏に身体目当ての成金老人に買われてしまい、ミーアは地獄の日々を覚悟していたのですが―― 「予定より少々早い到着をお許しください。姫をお迎えにあがりました」  ミーアの前に現れたのは醜悪な老人ではなく、王子様のような青年だったのでした。 ※体調不良の影響で、現在一時的に感想欄を閉じさせていただいております。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

契約結婚ですか?かけもちですけど、いいですか?

みねバイヤーン
恋愛
ジョナは恋多き女と評判だ。花盛りの二十歳。遊び相手には事欠かない。それに、夫も三人いる。全員、偽装の契約結婚ではあるが。 ひとり目は、騎士団長のヒューゴ。死別した妻をまだ思い続けている、一途な人だ。ふたり目は、魔道士のヴィクター。知的で静かな人。三人目は、近衛騎士のライアン。華やかな見た目で女性人気は抜群だ。 三人の夫とはうまくやっていたのだが、四人目の申し込みが入ってしまって──。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

お飾り王妃のはずなのに、黒い魔法を使ったら溺愛されてます

りんりん
恋愛
特産物のないポプリ国で、唯一有名なのは魔法だ。  初代女王は、歴史に名を残すほどの魔法使い。 それから数千年、高い魔力を引き継いだ女王の子孫達がこの国をおさめてきた。 時はアンバー女王の時代。 アンバー女王の夫シュリ王婿は、他国の第八王子であった。 どこか影の薄い王婿は、三女ローズウッドを不義の子ではと疑っている。 なぜなら、ローズウッドだけが 自分と同じ金髪碧眼でなかったからだ。 ローズウッドの薄いピンク色の髪と瞳は宰相ククスにそっくりなのも、気にいらない。 アンバー女王の子供は四人で、すべて女の子だった。 なかでもローズウッドは、女王の悩みの種だ。 ローズウッドは、現在14才。 誰に似たのか、呑気で魔力も乏しい。 ある日ストーン国のレオ王から、ローズウッド王女を妻にしたいとうい申し出が届いた。 ポプリ国は、ストーン国から魔法石の原料になる石を輸入している。 その石はストーン国からしか採れない。 そんな関係にある国の申し出を、断ることはできなかった。 しかし、レオ王に愛人がいるという噂を気にしたアンバー女王は悩む。 しかし、ローズウッド王女は嫁ぐことにする。 そして。 異国で使い魔のブーニャンや、チューちゃんと暮らしているうちに、ローズウッドはレオ王にひかれていってしまう。 ある日、偶然ローズウッドは、レオ王に呪いがかけられていることを知る。 ローズウッドは、王にかけられた呪いをとこうと行動をおこすのだった。  

処理中です...