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2章
78.白の不穏
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【パウマ視点】
見送りの挨拶を一通り終えたパウマは、頬の汗をハンカチで拭いた。
今日の夜会はいつもより疲れた。
事前に打診があったとは言え、社交界嫌いのリブラック家三男が出席した上に、婚約者候補を伴ってきたこと。
その彼女が『魔女の形見』だったこと。
その上、夜会荒らしの悪名高いシルヴァ家の三女が急遽参加することになり、対応に追われた。
今日は、何かが起こる。
その予想通り、自分への挨拶そっちのけでジークフリートにうっとりとしたかと思えば、アルティーティを刺すような視線で睨みつけるご令嬢たちが続出した。
それだけならまだいい。想定内だ。ウルオーラに至っては噂通り大暴れ。それも覚悟はしていた。
しかしよりによって彼女は『魔女の形見』に喧嘩を売ってしまった。
パウマはベンチに腰掛けると一息ついた。
まだ何人かは会場にいる。少し休んでもバチはあたらないだろう。
『魔女の形見』と慈聖教は敵対しないことを掲げる改革派の枢機卿にも、いろいろといる。純粋に魔女と彼らは違うという者、彼らにも救いが必要だという者、そしてこれが一番多いが、年々寄付が減り続ける中少なくはない『魔女の形見』に──悪く言えば金蔓になってもらおうという者。
どの考えもしっくりこない。
パウマにとっては、『魔女の形見』は特別視するものではない。パウマの育ったリンザー領は、差別されがちな移民や混血が多かった。特に興味もなかった慈聖教内で枢機卿になったのも、彼らが熱心に信じているものだったというのもあるし、聖女が天候を操る点で農業と切り離せないという面もある。
だが、慈聖教を深く知れば知るほど、魔女にも──。
「ここにいたのですか、パウマ卿」
思案に耽っていると背後から声をかけられた。
振り向くと見知った顔と見知らぬ顔がひとつずつ。
「ああ、閣下でしたか。これは失礼をば」
「そんな、閣下なんて。私は卿と同じ枢機卿ですよ。ガレンツェとお呼びください」
そう言うと、ガレンツェ──ロンダルク・ガレンツェは口角を上げた。
白雪のように真っ白な腰までの髪と、年若く常に笑みを讃えるどこか儚げな顔立ちから、初対面なら女性だと勘違いしてしまうほどの美貌だ。
かくいうパウマも間違えた。間違われたのをどこか嬉しそうに笑っていたのだけはよく覚えている。
彼は辺境の地を治める、いわゆる辺境伯だ。本来ならパウマのような平民出の枢機卿など歯牙にもかけてもらえない人物だ。改革派の枢機卿だからと少々の付き合いがある、その程度だ。会話らしいものもあまりない。
彼から話しかけられて、少し面食らってしまった。
その彼の横で、じっとこちらを見ている若く派手な女性は、たしか彼の婚約者候補だったか。妙に馴れ馴れしいその視線は気持ちのいいものではない。
「今日は賑やかでしたね」
「え、ええ、少し揉め事があったようで、幸い大事には至らなかったようですが……」
「ええ、拝見しましたよ。リブラック家の騎士殿とその婚約者、勇ましい方々でしたね」
薄い笑みを浮かべる彼に、パウマは怪訝な表情を一瞬浮かべた。しかし気のせいだろう、とロンダルクに合わせる。
「は、はい。彼らのおかげでなんとか……」
「あの長らく独り身だと有名な彼が、ようやく結婚なさるのですね。めでたいことです。婚約者の方は『魔女の形見』だとか」
「ええ、そうです。よくお分かりで」
つい口を滑らすと、彼の婚約者の視線が一瞬鋭くなった。ゾッとするような攻撃的な視線だ。拭ったはずの汗が一気に噴き出てくる。
しかし当の彼は気づかぬ様子でニコニコしている。
「あの騎士殿が選ばれる方です、さぞ素晴らしい方なのでしょうね。私も興味が湧きました。どんなお方でしたか?」
「え、ええ、そうですね、年は確か15歳で、出身は平民、ですがどこかの令嬢と言っても差し支えないほど堂々とされていたので、騎士の婦人としては申し分ない方かと。名前は」
「……アルティーティ」
『お教えできませんけども』と言う前に、ロンダルクが低く呟いた。思わず目を見開くと、彼は満足そうに笑った。
「いえ、ジークフリート殿がそう呼んでいたのを耳にしたもので。気を悪くされたらすみません」
「あ、ああ……そ、そうでしたか。いやはや、ガレンツェ卿には敵いませぬな」
乾いた笑いを上げていると、メイドが目配せをしてきた。会場に残っていた招待客たちの帰る準備が終わったらしい。
パウマはロンダルクたちに丁寧に礼をすると、彼らを見送ろうと背を向けた。
「ロン、ネリィたちも……」
「ネルローザ」
「嫌。ネリィって呼んで。じゃないと付き添ってあーげない」
「……ネリィ」
パウマが去った後、ロンダルクはやれやれと婚約者候補──ネルローザを呼んだ。
「これから忙しくなりますよ」
そう告げられ、ネルローザは怪訝そうに彼を見上げた。大して考えもせず、よくわからないわ教えて、と易々と口にする彼女をよそに、ロンダルクは口元の笑みを深くさせた。
「…………やっと見つけた……アルティーティ」
見送りの挨拶を一通り終えたパウマは、頬の汗をハンカチで拭いた。
今日の夜会はいつもより疲れた。
事前に打診があったとは言え、社交界嫌いのリブラック家三男が出席した上に、婚約者候補を伴ってきたこと。
その彼女が『魔女の形見』だったこと。
その上、夜会荒らしの悪名高いシルヴァ家の三女が急遽参加することになり、対応に追われた。
今日は、何かが起こる。
その予想通り、自分への挨拶そっちのけでジークフリートにうっとりとしたかと思えば、アルティーティを刺すような視線で睨みつけるご令嬢たちが続出した。
それだけならまだいい。想定内だ。ウルオーラに至っては噂通り大暴れ。それも覚悟はしていた。
しかしよりによって彼女は『魔女の形見』に喧嘩を売ってしまった。
パウマはベンチに腰掛けると一息ついた。
まだ何人かは会場にいる。少し休んでもバチはあたらないだろう。
『魔女の形見』と慈聖教は敵対しないことを掲げる改革派の枢機卿にも、いろいろといる。純粋に魔女と彼らは違うという者、彼らにも救いが必要だという者、そしてこれが一番多いが、年々寄付が減り続ける中少なくはない『魔女の形見』に──悪く言えば金蔓になってもらおうという者。
どの考えもしっくりこない。
パウマにとっては、『魔女の形見』は特別視するものではない。パウマの育ったリンザー領は、差別されがちな移民や混血が多かった。特に興味もなかった慈聖教内で枢機卿になったのも、彼らが熱心に信じているものだったというのもあるし、聖女が天候を操る点で農業と切り離せないという面もある。
だが、慈聖教を深く知れば知るほど、魔女にも──。
「ここにいたのですか、パウマ卿」
思案に耽っていると背後から声をかけられた。
振り向くと見知った顔と見知らぬ顔がひとつずつ。
「ああ、閣下でしたか。これは失礼をば」
「そんな、閣下なんて。私は卿と同じ枢機卿ですよ。ガレンツェとお呼びください」
そう言うと、ガレンツェ──ロンダルク・ガレンツェは口角を上げた。
白雪のように真っ白な腰までの髪と、年若く常に笑みを讃えるどこか儚げな顔立ちから、初対面なら女性だと勘違いしてしまうほどの美貌だ。
かくいうパウマも間違えた。間違われたのをどこか嬉しそうに笑っていたのだけはよく覚えている。
彼は辺境の地を治める、いわゆる辺境伯だ。本来ならパウマのような平民出の枢機卿など歯牙にもかけてもらえない人物だ。改革派の枢機卿だからと少々の付き合いがある、その程度だ。会話らしいものもあまりない。
彼から話しかけられて、少し面食らってしまった。
その彼の横で、じっとこちらを見ている若く派手な女性は、たしか彼の婚約者候補だったか。妙に馴れ馴れしいその視線は気持ちのいいものではない。
「今日は賑やかでしたね」
「え、ええ、少し揉め事があったようで、幸い大事には至らなかったようですが……」
「ええ、拝見しましたよ。リブラック家の騎士殿とその婚約者、勇ましい方々でしたね」
薄い笑みを浮かべる彼に、パウマは怪訝な表情を一瞬浮かべた。しかし気のせいだろう、とロンダルクに合わせる。
「は、はい。彼らのおかげでなんとか……」
「あの長らく独り身だと有名な彼が、ようやく結婚なさるのですね。めでたいことです。婚約者の方は『魔女の形見』だとか」
「ええ、そうです。よくお分かりで」
つい口を滑らすと、彼の婚約者の視線が一瞬鋭くなった。ゾッとするような攻撃的な視線だ。拭ったはずの汗が一気に噴き出てくる。
しかし当の彼は気づかぬ様子でニコニコしている。
「あの騎士殿が選ばれる方です、さぞ素晴らしい方なのでしょうね。私も興味が湧きました。どんなお方でしたか?」
「え、ええ、そうですね、年は確か15歳で、出身は平民、ですがどこかの令嬢と言っても差し支えないほど堂々とされていたので、騎士の婦人としては申し分ない方かと。名前は」
「……アルティーティ」
『お教えできませんけども』と言う前に、ロンダルクが低く呟いた。思わず目を見開くと、彼は満足そうに笑った。
「いえ、ジークフリート殿がそう呼んでいたのを耳にしたもので。気を悪くされたらすみません」
「あ、ああ……そ、そうでしたか。いやはや、ガレンツェ卿には敵いませぬな」
乾いた笑いを上げていると、メイドが目配せをしてきた。会場に残っていた招待客たちの帰る準備が終わったらしい。
パウマはロンダルクたちに丁寧に礼をすると、彼らを見送ろうと背を向けた。
「ロン、ネリィたちも……」
「ネルローザ」
「嫌。ネリィって呼んで。じゃないと付き添ってあーげない」
「……ネリィ」
パウマが去った後、ロンダルクはやれやれと婚約者候補──ネルローザを呼んだ。
「これから忙しくなりますよ」
そう告げられ、ネルローザは怪訝そうに彼を見上げた。大して考えもせず、よくわからないわ教えて、と易々と口にする彼女をよそに、ロンダルクは口元の笑みを深くさせた。
「…………やっと見つけた……アルティーティ」
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