書庫『宛先のない手紙』

中村音音(なかむらねおん)

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ハルよ、こい。

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「はーやく来い」と歌ったハルは、待てばいい春だった。
恋焦がれずとも、指折り待たなくても、向こうのほうから淡々と一歩ずつ近づいてきた。
前だけ見ていればよかった。

サクラ、フキノメ、ユキドケグサ。

だけど、今度のハルは違った。

伸ばす手は届かず、追っても無駄な焦燥に、冷たくも頑なに、いつだって誰に向けているのかわからない笑みを投げかけてくる。
そのとき、投げキッスのひとつでもピンポイントで送ってくれていたなら。

刹那でも有頂天になれただろうに。

夏になるとハルを想う。
春は終わったばかりだというのに。

プールのあと、数学。
校庭に、幼児が飛ばした紙飛行機着陸。
引き取り手のいない、紙飛行機。
なんだか、暑さに反発、涼しく白けている。
逆らっていられるのも今のうち。
明日には、夕立でくたくた。
微分積分では解ききれない未来の成れの果てが直感的に今わかる。
思う自分も、教室で汗だく。

セミが落ち、木の実ふくらむ。

秋になると、ひと肌に切なくなって、焦がれる恋がさらに深まる。
秋の気配がほかよりも、深く厚く意味深なのに足並みそろえる。

春までの道のりは、気絶しそうなほど遠い。

モミジ、ラクヨウ、ユキマチグサ。

冬になればもうすぐと。
でも、冬は駄々をこねるテディベアの上がらぬ腰のように、自分で歩こうとしてくれない。
やりかけの課題枕に暖炉に寄り添い、ぬくもりに春を忘れかけたせいだ、きっと。

いつやってくる、ハル?

気がつけば、とうにくるはずの朝日が昇らない。
待てど暮らせど日が変わらないのは、昨夕、釣瓶落としで海に沈んだ秋の陽が、海底で冷えて固まってしまったからだ、きっと。

というところで目が覚めた。

「ハルよ、コイ」
伝説的歌声がタイトルに呪いをかけたとき、常識的なイッパンロンは踵を返して去っていった。
代わりにやってきた「春よ、来い」は、前を半目で睨みつつ、しっかりうしろを振り返っている。

歌姫のとらえた春の光は過去の残像。

ジュンシン、キラメキ、モドラヌヒビ。

ただただ無垢、が足元を洗うだけだ。
邪魔する者はいらない。入りこむ余地さえない。
記憶に邪推もいらない。
ほかの誰の手も声も、いらない。
思いどおりのジブンだけのムカシ。

サッカー部キャプテン、お調子者、すぐ困った顔をする。
そして、嘘を絶対につかない。

授業が終わって、ひとり待つバス停。
寒すぎ。
誰も肩を抱いてはくれない。
寒い。凍える。
スカートの下に、履いてくればよかった。
思ったときは、あとの祭り。

歌はリフレインを叫んでいた。
歌詞に気持ちをもっていかれた私は、今日もまた忘れられない過去のハルに届かぬ手を伸ばしている。

あのハルよ、来い。

冬が終われば受験。
背伸びもあって、私はこれが精いっぱい。
どうぞ、転校していった彼と同じ大学、受かりますように。

桜咲く、その日ははれて、蒼穹の空を埋める祝福の粒子にハグしてもらえますように。

そしたら私、できそうな気がする。

言えるタイミング何度かあったのに、言いそびれたこと。

タザキ ハルくん。あなたが・・・。


奮い立たせて打ち明ける。
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