書庫『宛先のない手紙』

中村音音(なかむらねおん)

文字の大きさ
32 / 116

みんなという言葉の中に私はいない。

しおりを挟む
みんなという言葉の中に私はいない。

年下の上司、話が合わないと決めてかかっていることがありありの同僚たち。

前の仕事は辞めたくって辞めたんじゃない。
叫びたいけど、叫んでも誰も相手にしてくれないことはわかってる。
私は新しい職場で、やっていかなければならない。

うまくいかないのは、まだ仕事に慣れていないだけ。
もう少し時間が経てば、私にだってこなせるようになる。

少し遅いのは、まだ2か月目だもの、いたしかたない。
反応が鈍いのは、生まれ持った特性なのよ。

でも遅刻したことはないし、他人の悪口も言ったことはない。
これまでも。
これからも。


私なりにがんばっている。
なのに、私はまだみんなという言葉の中にいない。

まるで感染予防の仕切り版を挟んでいるみたいな、近いのに遠い距離感。

「書類のまとめ方、これでいいですか?」
訊くと教えてはくれる。
でも教えてくれる人の焦点は私にではなく、ミスなく仕事をこなすことに向けられている。
誰もが。
いつも。

「お茶入りました」

気を遣ったつもりだった。
だけど部長が渋い顔をする。
まだお茶に口をつけてもいないのに。
渋くは淹れていないのに。

同僚たちの中には首を傾げる者もいた。

--お茶は飲まないのよ--
--そんな時間があったら、仕事覚えろよ--

態度はそんなようなことを語っていた。

胸がきゅっと絞られた。

よかれと思ったことが裏目にでる。
いつも。
これまでも。

悲しい思いをするのはわかっているけど、ついおせっかいを焼いてしまう。
いずれ理解してくれる人が現れないとも限らないから。

私はずっと先にある「幸せを感じる時間」に向かって空まわりを続けている。
それでいいと思っている。

ぎすぎすしてでも人を踏みつけて高みに行くより、踏みつけられても笑っていられる人でありたいから。



ある時、数字の桁がひとつずれている書類を見つけた。
放っておいたら、その間違いがどこかで大きなダメージをもたらさないとも限らない。

問題は火種が小さいうちに消しておけ。前職でたたき込まれてきたセオリーだった。

「部長」

ミスを修正するよう部長にかけあった。

部長は、鉄壁と思われた防壁に隠れていた亀裂を指摘され、目を見開き「おっ」と声をあげた。

「よく見つけたな、こんな細かいところを」

私は初めてほめられた。
転職して3か月目に入ったところだった。

かつて絞られた胸がじわとあたたかくなった。

部長の私を見る目が少し変わった。
同僚のよそよそしさは相変わらずだったけれど。

それでも私はかまわない。
私は私の道を自分の速度で歩いていくしかないのだ。

部長とのやりとりは、みんなという外壁に入った小さな亀裂。そこに小指のツメほどだけど、私は食い込んだような気がした。

私は私のやり方で歩いていく。
ほかのみんなはまだまだ私と平行線の道だけど、いずれ交差する地点がやってくる。
そう思うことにした。
これからは。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...