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前を見て歩こう。
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日本には世界中の人が知ってる歌があるよな。
そうそう、それだ。
通称『スキヤキ・ソング』。『上を向いて歩こう』だ。
うん、それがさあ。
ああ、あれね。あれとは違う話だよ。
前に話したのは、ハワイでのエピソード。今度のは違う話だ。
え、そうかい。あの話、そんなにおもしろかったかい?
まあ、いいけど、もう一度話しても。
ハワイ旅行に行ったときの話だろ。あれだよね、うんうん。
あれはさ、コメディ・ショーを観た直後のことだったさ。観客はまだステージに続きがあるんじゃないかって期待しててさ。司会者が息を大きく吸って、観客の期待を煽ったんだ。そして俺が司会者から指さされ、「そこのあなた、日本人?」と訊かれた。
「イエス、アイアム ジャバニーズ」と答えると、「じゃあ歌え」となってスキヤキ・ソングを歌わされる羽目になっちまったんだ。
生バンドで歌えるのはよかったが、歌詞は半煮えの魚みたいなうろおぼえ。適当に詩をつくって1番をやっとのことで乗り切ったさ。だけど、続きがあった。伴奏はこっちの精いっぱいを乗り越えて、涼しい顔で2番に突入しようとした。
おいおい、まだやるか?
やめてくれよな。
そう思ったけど、切に願ってもみたけれど、場が場だ。観客から注がれる目がきらきら輝いてやんの。「歌わなければいかんがな空気」が充満してた。
ちゃかっと英語のジョークのひとつやふたつで切り抜けられる裁量があるのならそうしていたさ。だけどそういうピンチには、どうしてだか英単語のひとつも浮かんできやしない。いちいち日本語を英訳していたんじゃ間に合わない。だから腹を決めて歌ったさ。歌い切ってしまったほうが手っ取り早いと判断したのさ。だから歌は『スキヤキ・ソング』を真似たオリジナル『好き勝手ソング』だ。
急かす伴奏にどうにかこうにか食らいつき、やってのけたさ、やり終えたのさ。
という話をしたかったんじゃなくて、だな。
だからさ、同じ極を近づけた磁石みたいに、話を器用に交わすんじゃないよ。
じゃなくて。
天才だな、おまえ。人の腰くだくの。
だから、話したいのは、上を向いて歩くということについてなんだ。
いいから聞けよ。
いや、悪い。お願いだから聞いてください。
そうそう。
ちゃんと謝ってる。心から。
本当だよ。
神に誓って。
だからさ、上を向いて歩こうって言われて、顔についてる目ん玉で上を見ながら歩くやつっているのかな。
物理的に上を向いて歩くのではなく、言いたかったのは精神的に上を向いて歩こうってことなのかなってさ。
そういう話をしたいわけよ。
そういう話でもなく。そりゃ、ブルーインパルスが飛んでくりゃあ、誰だって見上げるだよ。俺だって見上げるさ。おまえも見上げる。そうだよな?
だから、そこにいい女が通るなんてことは、仮定しなくていいんだってば。千円札も落ちていなくていい。
1万円?
いや、とりあえずそうした話は置いておこう。
これじゃ、昔の彼女のアクシデントの二の舞だ。
話に夢中になりすぎた俺が、電柱にぶつかっちまう。
え、興味ある? 聞きたい?
そうかい。
話してもいいけど、そのあとちゃんと俺の話、聞けよな。
よし、約束だ。
じゃあ、いくよ。
それはさ、高校時代の彼女の話だよ。
5、6メートル離れてたって言ってたかなあ。後ろを歩くクラスメイトにからかわれて、彼女ったら後ろを向きながら話してたんだ。どれだけ話にのめってたかわからないけど、しばらくそのまま歩いたら、彼女、ごつんって火花を散らした。電柱におでこをぶつけて生き恥さらしたって。しっかり作ったたんこぶで、恥は見る間に人の知るところとなった。
あはは、じゃないよ。
その二の舞だけはごめんだ。
だからさ。上を向いて歩くってのは、顔についた目ん玉を空に向けながら歩くんじゃなく、心の目を上げてだな。
そう、だな。確かに『智恵子抄』で高村光太郎は「智恵子は東京に空がないという」と書いた。
だけど、空がない東京の話でもない。
それに東京だって、空はあるぜ。ほら。
見上げれば、左右に連なる低層商店街の間に流れる白日の紺碧の空という天の川。
いやだから、上を向いて歩こうっていうのは、心の目のほうで。
そこまで話したところで、真昼間の空に伸びる天の川に流れるはずのない流星が現れては現れて、さらに爆発するみたいに反響して、目の前をきらきらで埋め尽くしていった。しばらくして、鈍い感触に、そのうずきに混乱が渦を巻く。
いってぇー。
なんでこんな中途パンパなところに電柱があんだよ。
あははじゃねーよ。
おでこに手を当てると、ぶつかったそばから熱を放っていた。
言ってくれよ、電柱注意って。
今日こんなことがあった。
大失態だ。
だけど俺はこんなことでめげたりしない。
恥ずかしかったけど、恥として引きずらない。
痛みとたんこぶを教訓に代えて、上を向いて歩いていく。
そうそう、それだ。
通称『スキヤキ・ソング』。『上を向いて歩こう』だ。
うん、それがさあ。
ああ、あれね。あれとは違う話だよ。
前に話したのは、ハワイでのエピソード。今度のは違う話だ。
え、そうかい。あの話、そんなにおもしろかったかい?
まあ、いいけど、もう一度話しても。
ハワイ旅行に行ったときの話だろ。あれだよね、うんうん。
あれはさ、コメディ・ショーを観た直後のことだったさ。観客はまだステージに続きがあるんじゃないかって期待しててさ。司会者が息を大きく吸って、観客の期待を煽ったんだ。そして俺が司会者から指さされ、「そこのあなた、日本人?」と訊かれた。
「イエス、アイアム ジャバニーズ」と答えると、「じゃあ歌え」となってスキヤキ・ソングを歌わされる羽目になっちまったんだ。
生バンドで歌えるのはよかったが、歌詞は半煮えの魚みたいなうろおぼえ。適当に詩をつくって1番をやっとのことで乗り切ったさ。だけど、続きがあった。伴奏はこっちの精いっぱいを乗り越えて、涼しい顔で2番に突入しようとした。
おいおい、まだやるか?
やめてくれよな。
そう思ったけど、切に願ってもみたけれど、場が場だ。観客から注がれる目がきらきら輝いてやんの。「歌わなければいかんがな空気」が充満してた。
ちゃかっと英語のジョークのひとつやふたつで切り抜けられる裁量があるのならそうしていたさ。だけどそういうピンチには、どうしてだか英単語のひとつも浮かんできやしない。いちいち日本語を英訳していたんじゃ間に合わない。だから腹を決めて歌ったさ。歌い切ってしまったほうが手っ取り早いと判断したのさ。だから歌は『スキヤキ・ソング』を真似たオリジナル『好き勝手ソング』だ。
急かす伴奏にどうにかこうにか食らいつき、やってのけたさ、やり終えたのさ。
という話をしたかったんじゃなくて、だな。
だからさ、同じ極を近づけた磁石みたいに、話を器用に交わすんじゃないよ。
じゃなくて。
天才だな、おまえ。人の腰くだくの。
だから、話したいのは、上を向いて歩くということについてなんだ。
いいから聞けよ。
いや、悪い。お願いだから聞いてください。
そうそう。
ちゃんと謝ってる。心から。
本当だよ。
神に誓って。
だからさ、上を向いて歩こうって言われて、顔についてる目ん玉で上を見ながら歩くやつっているのかな。
物理的に上を向いて歩くのではなく、言いたかったのは精神的に上を向いて歩こうってことなのかなってさ。
そういう話をしたいわけよ。
そういう話でもなく。そりゃ、ブルーインパルスが飛んでくりゃあ、誰だって見上げるだよ。俺だって見上げるさ。おまえも見上げる。そうだよな?
だから、そこにいい女が通るなんてことは、仮定しなくていいんだってば。千円札も落ちていなくていい。
1万円?
いや、とりあえずそうした話は置いておこう。
これじゃ、昔の彼女のアクシデントの二の舞だ。
話に夢中になりすぎた俺が、電柱にぶつかっちまう。
え、興味ある? 聞きたい?
そうかい。
話してもいいけど、そのあとちゃんと俺の話、聞けよな。
よし、約束だ。
じゃあ、いくよ。
それはさ、高校時代の彼女の話だよ。
5、6メートル離れてたって言ってたかなあ。後ろを歩くクラスメイトにからかわれて、彼女ったら後ろを向きながら話してたんだ。どれだけ話にのめってたかわからないけど、しばらくそのまま歩いたら、彼女、ごつんって火花を散らした。電柱におでこをぶつけて生き恥さらしたって。しっかり作ったたんこぶで、恥は見る間に人の知るところとなった。
あはは、じゃないよ。
その二の舞だけはごめんだ。
だからさ。上を向いて歩くってのは、顔についた目ん玉を空に向けながら歩くんじゃなく、心の目を上げてだな。
そう、だな。確かに『智恵子抄』で高村光太郎は「智恵子は東京に空がないという」と書いた。
だけど、空がない東京の話でもない。
それに東京だって、空はあるぜ。ほら。
見上げれば、左右に連なる低層商店街の間に流れる白日の紺碧の空という天の川。
いやだから、上を向いて歩こうっていうのは、心の目のほうで。
そこまで話したところで、真昼間の空に伸びる天の川に流れるはずのない流星が現れては現れて、さらに爆発するみたいに反響して、目の前をきらきらで埋め尽くしていった。しばらくして、鈍い感触に、そのうずきに混乱が渦を巻く。
いってぇー。
なんでこんな中途パンパなところに電柱があんだよ。
あははじゃねーよ。
おでこに手を当てると、ぶつかったそばから熱を放っていた。
言ってくれよ、電柱注意って。
今日こんなことがあった。
大失態だ。
だけど俺はこんなことでめげたりしない。
恥ずかしかったけど、恥として引きずらない。
痛みとたんこぶを教訓に代えて、上を向いて歩いていく。
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