離縁希望の側室と王の寵愛

イセヤ レキ

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パン、パン、という乾いた音が連続して鳴り響く。

「……っ」
「……」

四つ這いの女に何の躊躇もなく自らの子種を注ぎ込むと、その男は用を済ませたとばかりに直ぐ様女から離れてローブを羽織った。

「……お前のなかは変わらず具合が悪いな。もう少し何とかしとけ」
「申し訳ございません」
「……身体も態度も、本当に可愛くない女だな……召し上げられ、更にこうして部屋にも通っている私に、もう少し感謝したらどうだ?」
「……身に余る、光栄でございます」
「はっ!……心にもない事を言うな。お前の何処を、一体あいつは……」

男は、それだけ言うと女の部屋の扉を開ける。
そこには、女を守護する騎士が一人立っていた。
その守護騎士が男に敬礼をしたタイミングで、男は部屋の中にいる女に振り向き、「今日も貴女は最高だったよ。良い夢を──我が妃、サマリナ」と甘い声を掛けてから出て行った。



***



「おい、大丈夫か?サマリナ」
王が退室するのを見送り、その守護騎士は女の──側室である妃の部屋に入室した。

「……ああ。早く、何時もの薬をくれないか」

ベッドに臥せった女は、その手の平だけを守護騎士に差し出す。
貴族の女には珍しく、たこの残る手。
見るものが見れば、それが剣ダコである事が伺い知れる。

守護騎士は、何も言わずに女の手に二粒の錠剤を乗せた。
チェストの上にあった水差しでコップに水を注ぎ、女が錠剤を口にしたタイミングでコップを渡す。

「いつも悪いな、助かる」
「……いや。この後はどうする?」
「気持ち悪いから、湯に入る」
「そうか。今日の手合わせは?」
「勿論、やるさ」
「わかった。用意して待ってる」

守護騎士が退室すると、女は先程までの情事などなかったかの様に身体を起こすと、颯爽と私室に備えられた浴場に向かった。


女の名は、サマリナ。
武人一家として有名な辺境伯の長女であり、一年前に王の心を射止め、側室として召し上げられ、一時いっとき有名になった妃である。
正室はまだおらず、国民は皆サマリナが王の寵愛を一身に受けるシンデレラだと思っているが、王宮に勤める者であれば、事実はそうではない事に誰しもがすぐ気付く事になる。


王が側室の部屋に訪れるのは、1ヶ月に一度、夜の一時間ばかり。
そして、それ以外に顔を合わせる機会はない。
女に侍女がつく事なく、必要最低限の食事や掃除をする女中がいるだけ。
王が女に高価なプレゼントを与える事もなければ、公的な場への招待すらしない。
ただ、妃という面子を保つ為か、一人の守護騎士をつける事だけ許されていた。


そもそも、女と王は、結婚する前から一度も面識がなかった。
それなのに、ある日……現国王が即位した際、何故かサマリナを側室にと、申し出という名の王命が下ったのだ。
断る事の出来ない求婚を受けたサマリナは、不思議だった。
何故自分を所望したのかと。
自分より綺麗な貴族も、自分より身分の高い貴族も、王の周りには沢山いた筈だ。
そして、初めて顔を合わせた時、王は美しい顔を歪めて言い放った。

「はぁ……大して美しくもない、こんな女を……」

サマリナは、直ぐ様察知した。
王は、恐らく占いか何かを信じて、自分と結婚せざるを得なかったのだろうと。

そして、じっとその時を待った。
──王が離縁を要求してくる、その時を。

貴族の女なら誰もが欲しがる王の精液を乱暴に掻き出しながら、サマリナはため息をつく。
一年も待ったのに、王はまだサマリナを解放してはくれない。
子供がいては離縁が難しくなる為、サマリナはこっそり昔馴染みの守護騎士に頼んで避妊薬を手に入れ、行為の後に飲んでいた。


身なりを整えたサマリナは、軽装に身を包む。
サマリナの実家は、母も含めて家族全員が武人だ。
兄も三人いるが、全てが王宮や辺境の軍隊に入隊しており、女だからという理由でサマリナが特別扱いをされる事はなかった。

ドレスよりも、軍服に身を包む機会がよっぽど多かった。
ピアノや刺繍よりも、剣を持つ事の方が多かった。
屋敷の本は歴史や戦術書で埋め尽くされ、兄達と行う卓上ゲームですら陣取りゲームだった。

今でこそ肩まで届く様になった髪だが、一年前まではずっと短いままだった。
王との謁見以来、ずっとウィッグを後宮内では使っているが、王や他の者達がそれを地毛だと勘違いしているかどうかは定かではない。
わかるのは、サマリナに興味関心が全くないと言う事だけ。
どちらかというと、嫌われている様な節すらある。


サマリナは、未だにわからないままでいた。
……何故、王が自分を側室にしたのかを。



***



カイン、キィン、という真剣によるつばぜり合いの音が響く。
先程まで死んだ魚の様な目をして王を迎え入れていたサマリナの瞳はキラキラと輝き、全身で守護騎士との手合わせを楽しんでいた。

「……っく」
「勝負ありだな」
「っはー、やはり昼間に身体を動かせないのはキツいな。鈍ってしまう前に、さっさと離縁して貰えないだろうか……」

芝に大の字で寝転んだサマリナの頬を、夜風が撫でていく。
風でウィッグが首筋をくすぐり、サマリナは乱暴にそこをわしゃわしゃと掻いた。
守護騎士は、付かず離れずの距離で立ったまま剣を鞘にカチンとおさめて口を開く。

「……悪いな」
「は?何故お前が謝る?」
「……」
「流石にこの問題は誰の力も借りられないさ。……せめて、正妃や他の側室になるお方が現れてくれなければなぁ……」
「そうだな」
「現れたとしても、忘れ去られるだけだろうから……何かしらの功績をあげてこちらの要求を飲まざるを得ない状況にしなければなぁ」
「……妃の台詞ではないな。何だ、功績って」
「ははは、何だろうな。……あーあ、家に帰りたい。馬で駆けたい。身体を思い切り動かしたい。鬱陶しいカツラを外したい」
「……」


二人の間の会話が途切れても、互いに気まずさが漂う事は一切ない。
守護騎士は、もともと辺境の軍隊に所属していた幼なじみだ。
詳しくは知らないが、王都に住んでいた守護騎士の家族が亡くなる前、父である辺境伯に、残される息子の世話を頼んでいたらしい。
サマリナと守護騎士は同い年で、10歳からの付き合いになる。

身内を亡くした直後の守護騎士──グロースは、当時酷く内向的で性格も暗かった。
一度グロースが震えながら刀を自らの手首に当てようとしているのを見たサマリナは、散々グロースを連れ回して翻弄し、昼夜問わずくったくたになるまで一緒に過ごした。
死ぬのがアホらしいと、グロースが思う様になるまで。
死ぬという単語を忘れる程に、毎日目まぐるしく。

サマリナのお陰で心まで鋼の様に鍛え上げられたグロースはめきめきと頭角を現し、サマリナが現国王に求婚される頃には辺境の守備団の中においても無視出来ない存在となっていた。

実力あるグロースならそのまま王宮の騎士団に入団すれば出世コースまっしぐらな筈だったが、サマリナが側室に入った際、何故かこちらも王命によりグロースが守護騎士に任命されたのだ。
国王の守護騎士なら申し分ないが、側室の……それも、国王の目に留まることのない妃の守護騎士ではグロースのお先真っ暗だ。

正直守護騎士など必要はなかったので一度は断ったが、サマリナが王に断りを入れる前に、本人が引き受けてしまっていた。
その後はあまりに後宮生活が暇すぎて、話相手としても、身体を動かすのに付き合ってくれる相手としても最適なグロースを手放す事が出来なくなってしまったのは、サマリナとしては失態だったと感じているところである。



***



国王は、側室に全く興味がなかった。
そして、王からの寵愛を受けない側室に対し、後宮に出入りする使用人すらも興味を失っていた。

そしてそれは、サマリナにとって非常に都合が良かった。


「グロース、行くぞ」
「……」

王都市民の格好をしたサマリナが守護騎士に声を掛けて、後宮からするりと抜け出す。
所謂お忍びだが、サマリナには通常の行為過ぎて特別といった感覚はとうにない。
後宮から出る時はうざったいウィッグを外す事にしており、短い髪は束の間の解放感を味わうのに最適だ。

「……やはり、治安が悪くなってきてるな……」
「ああ」

サマリナは顔をしかめた。
王都だと言うのに、路地裏には浮浪者が溜まり、物乞いをする子供達は少なくない。

「現国王からか。何をしているんだ、陛下は」
「……夜会三昧だと、聞いている」
「民から税を引き上げておきながら、夜会か」

父である辺境伯が、今まで一触即発の間柄であった隣接する国と親しく輸出入をする様になってから、サマリナの国はいっそ平和と言っても良かった。
父の代まではいつ戦争がおきるのか、というピリピリとした日常を国民も軍人も要人も送ってきたらしいが、ここ20年程は攻める事も攻めこまれる事もなく、疲弊していた国も民も豊かになった。
豊かな時代しか知らない現国王が即位して、まだ一年。
そのたった一年の間に、貴族達は領民から税を巻き上げ、好き勝手に贅を尽くす様になっている。

国民の現状に目を配る事もなく、王宮に籠ってきらびやかな毎日を送り、書類には目を通さずに判だけを押して手抜きの公共事業や賄賂が公に認められていく。

王都に足を運ぶ様になってから国王の資質が気になる様になり、サマリナは内密にグロースや王宮に勤める旧友を使って様々な場所へ探りを入れさせていた。

「……今まで気が向かなかったが、一度夜会とやらに忍び込むとするか」
「わかった。手配しておこう」

そしてその夜会への参加は、サマリナの日常を大きく変えるきっかけとなったのである。



***



夜会では、病弱な為にデビュタント御披露目の式には出席出来なかったと噂されていた公爵令嬢のマリアンヌが注目を浴びていた。

美しさとオーラが群を抜いており、男装して騎士団に潜り込んだサマリナの目もついその少女へと引き寄せられる。
夫である国王は、王座から立ち上がるなり、直ぐ様公爵令嬢のエスコート役を買って出た。
言ってみれば、イレギュラーな……王がするには有り得ないその振る舞いに、会場をどよめきが包む。

国王の視線がたまたまこちらを向いた気がしたので、サマリナはさりげなく隣にいるグロースに話し掛ける素振りをした。
しかし、グロースは、一心にその公爵令嬢を見つめている。


……どうやら、やっとグロースにも遅い初恋がきたらしい。


グロースは、その後もサマリナの存在を忘れたかの様に王と軽やかにステップを踏むマリアンヌを熱い視線で見ていた。

「私はもう部屋に戻るが、お前は好きにしろ。今日はもう休む」

気を利かせたサマリナは、グロースをその場に置いて一人部屋に戻った。



***



仕事人間で私的な休みを希望しなかったグロースは、その日から頻繁に休みを取るようになった。
どうやら、公爵令嬢とお近づきになる為のツテを探しているらしい。

サマリナは心からグロースの恋を応援していたが、彼の恋が権力の前に破れた事をある日知る事になる。


「マリアンヌ公爵令嬢を、正妃に据える事にした」

国王が、いつもの情事後にそれだけをサマリナに言ったからだ。

「……おめでとうございます」
「一応、お前との面識を持たせる機会を設けよう。決して失礼な態度を取らない様にな」
「承知致しました、ありがとうございます……心得ます」

国王が去った後、サマリナはグロースの顔を見る事が出来なかった。
錠剤を飲み込み、グロースに掛ける言葉も飲み込んだ。


そして、対面の日。
それは、狩猟大会のついで・・・に行われた。
紹介された公爵令嬢は、人形の様に美しい。

グロースはサマリナの傍に侍っているが、ずっと熱心にマリアンヌを見詰めたままだ。
同じテーブルで、国王とマリアンヌが楽しそうに談笑するのを聞きながらお茶を啜る。

狩猟は趣味ではないが、生き地獄の様なこの場所から心から逃げ出したかった。
暢気に狐狩りをしている貴族達が羨ましくて仕方がない。


(サマリナにとって)長い長い時間が経過し、テーブルに備えられた傘の影からマリアンヌの白い肩が少しだけ出てしまっているのに気付いたサマリナは、傘の位置を変えようと席を立った。

瞬間、マリアンヌの後ろにキラリと光る何かを見つけて、つい身体が動く。
「マリアンヌ様っ!!」
「きゃあ!!」
「サマリナ!!何を……っっ」

声をあらげた国王はそこでようやく、マリアンヌを庇ったサマリナの左肩に矢が刺さっているのを見て蒼白になった。
国王の近衛がマリアンヌを狙った刺客を捕縛したが、その刺客は既に事切れている。
マリアンヌ公爵令嬢襲撃事件により、狩猟大会は急遽中止となり、サマリナは救護室に急いで運ばれた。



***



「……出来る限りの褒美をとらせよう。何が良い、サマリナ」
夫である国王は、隣に座る正室の手を取りながらサマリナに声を掛けた。

マリアンヌの襲撃事件の黒幕として、公爵家と対立する侯爵家の者が処分された。
とはいえ、侯爵の直接の関与となる証拠は見つからず、とかげの尻尾切りだ。

マリアンヌは勇敢にもそんな事件があったにも関わらず怯えを見せず、王の正妃として婚姻を結んだ。
これから1ヶ月後に、サマリナの時には開かれなかった盛大なパレードと御披露目式が催される予定だ。


サマリナが願ってやまなかった、功績を認められての褒美という展開。
金遣いや税制改革について進言した方が良いだろうかと父である辺境伯に相談したところ、それは父が何とかするから実家に戻って来いという返答だった。
王都の現状を見ようとしない国王には、父を含めて失望や諦めの境地にいるまともな貴族も多いらしい。

「……離縁を、望みます」
「ほう?」

国王の片眉がぴくりと上がる。

「私が側室に留まっていては、マリアンヌ様にこれからも余計な心労がかかるかもしれません。私はマリアンヌ様を応援したいのです。側室という身分は、私にとって分不相応でございます」
「……ふむ」

黙って聞いていたマリアンヌが、扇で口元を隠しながら言葉を紡いだ。

「サマリナ様……私を守って下さったばかりか、その様なお心遣い、本当に感謝致します。ですが、貴女は陛下にとってかけがえのないお方だと伺っておりますわ」
「ああ、そうだ。……しかし、出来うる限りの褒美はとらせようと約束したばかり。それがお前の望みならば、叶えなければならぬな」
「ありがとうございます」
「では、サマリナとは離縁致そう。とは言え、私の手つきとあっては再婚は望めまい。……私の部下に、」
「いいえ、陛下。私などにご配慮頂きありがとうございます。けれども、実家に身を受け入れて貰えるので大丈夫です」
「そうか、わかった。では、下がれ」
「失礼致します」

サマリナは深く敬礼し、喜びに上がりそうになる口角を必死で押さえた。
退室しようとしたが、グロースは王妃を真っ直ぐ見つめて動きそうにない。

そうだ、当たり前の様にグロースも領土へ連れて帰る予定だったが、本人の意向を聞いていない。
彼の初恋を実らせてあげる事は出来なかったが、正妃となった公爵令嬢の傍にいたいかもしれないし、逆に辛いかもしれない。
部屋に戻ったら聞かねば──

サマリナがそう思いながら足を進めると、
「……そうだ、お前、サマリナの従者は」
王が声を掛けてきた。
「サマリナと故郷に帰るが良い。マリアンヌの守護は別の者に決めてある」
ニヤリと嘲笑しながら告げる。

──まるで、グロースがマリアンヌに懸想している事を知っているかの様に。
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