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第4話 一人の少女を救った瞬間
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霧風の森の奥は、昼でも薄暗い。
木々が幾重にも重なり、太陽の光を遮っている。湿った土の匂いと、微かに漂う甘い花の香りが不思議と混ざり合っていた。
俺は倒木を踏み越えながら、神経を張り詰めていた。
あの魔瘴気の塊が現れてから、森そのものの様子が変わっている。
風が止み、鳥の声も聞こえない。ただ、どこかで何かが“蠢いている”のがわかる。
音のない世界に、時折、小さく枝が折れる音だけが響いた。
そのとき、かすかな声が聞こえた。
「……たすけ……て……」
俺は足を止めた。
こんな森の奥に、人間の声? まさか、ラウル以外にいるはずがない。
耳を澄ませば確かに、泣き声混じりの小さな助けを呼ぶ声が風に乗って届いてくる。
「こっちか……。」
声のする方へ走った。草木をかき分け進むと、開けた小さな沼地に出た。
そこには、黒い泥に沈みかけた少女がいた。
年の頃は十五、六。破れた白い法衣を着て、金色の髪が泥にまみれている。
「おいっ、大丈夫か!」
駆け寄ると、少女がかすかに顔を上げた。
「た、助けて……魔瘴……が、呼び寄せて……。」
その言葉を聞くより早く、俺の背後で風が唸りを上げた。
黒い影が地から湧き出し、まるで意志を持ったようにこちらへ迫る。触れた木々が瞬く間に枯れ、地表が灰色に変色した。
「おいおい、またか……!」
俺は少女を抱きかかえて飛び退いた。
泥から引き上げた体は軽く、冷たい。気を失いかけている。
そして、黒い影は形を変え、獣の姿になった――巨大な狼のような、瘴気の化け物だ。
「こいつ、昨日より強いな。」
右手が勝手に熱く光り始める。
“願えば、動く”。 今までの経験で、それだけはわかっていた。
俺は深呼吸し、心の中で形を思い描く。
守る壁。傷つけないように包む力。
「来るなら来い。」
黒い狼が襲いかかる瞬間、俺は軽く手を前に出した。
風が逆流し、轟音とともに光の幕が展開する。
狼の爪がそれに触れると、音もなく崩れた。
まるで、存在そのものが“書き換えられた”ように。
「ふぅ……。」
静寂が戻ると、少女の体から薄い光が漏れていた。
金の髪が輝きを取り戻し、泥にまみれた服が清らかに変わっていく。
やがて彼女はゆっくりとまぶたを開いた。
「……あなた、魔瘴を消したのですか?」
その声は細く、それでいて不思議な響きを持っていた。
「たまたまだ。」
俺が肩をすくめると、少女は首を振った。
「たまたま、なんかではありません。あなた――私が祈っても動かなかった“創造の理”を、今動かした。」
「創造の理? おい、あんた、何者だ?」
少女はゆっくりと立ち上がり、胸に手を当てた。
「私はディアナ。……女神リュミナ様に仕える“巫女”の一人です。」
その名を聞いた瞬間、女神の声が脳裏をよぎった。
――あなたが動けば、世界が応える。
ディアナは柔らかく微笑んだ。
「リュミナ様が、おっしゃっていました。『すぐに創造主は目覚める』と。」
俺は思わず声を詰まらせた。
「……リュミナが、そう言ったのか?」
少女は頷く。「ええ。その証拠に、あなたの周囲には“創造の光”が集まっています。」
彼女が指差す方を見ると、周囲の森が微かに輝いていた。
木々が一斉に芽吹き、地面の花が咲き誇る――まるで命が一瞬で甦るように。
「そんな馬鹿な……俺は、ただ助けたかっただけだ。」
「それが創造の源だと、女神は言われました。」
ディアナはそっと俺の手を取った。その掌が温かい。
「あなたが生きている限り、この世界は救われる。けれど、同時に……あなたを狙う者も現れます。」
「……魔王か。」
「いいえ。」
少女は遠くを見つめ、目を細めた。
「人間です。特に――勇者アルド。」
その名を聞いた瞬間、胸の奥がざらりとする。
あいつらはもう、ただの勇者パーティーじゃない。自分たちを神だと信じ、自惚れに支配されている。
「リュミナ様は、あなたを守るよう命じられました。」
「守る? 俺を?」
「はい。あなたは“理の体現者”。あなたが傷つけば、この世界が崩れるのです。」
そんな話、信じられるはずもない。だが目の前の少女の真剣な瞳を見た瞬間、言葉が出なかった。
まるで彼女自身が“世界の真実”を知っているかのように、穏やかに、それでいて断固とした力を秘めていた。
やがて、足元の地が揺れた。
まただ――瘴気が再び現れている。
ディアナが震えるように俺の袖を掴んだ。
「来ます……“黒の従者”です。」
森の奥から、黒く巨大な骸骨の騎士が姿を現した。
身の丈三メートル、体中から靄のような闇をこぼしている。
手に持つ剣は、光を吸い込むように鈍く黒光りしていた。
「なるほど。魔王の尖兵ってやつか。」
俺は少女を背に庇いながら、一歩踏み出した。
力を無闇に使うつもりはなかったが、どうやら選択の余地はない。
骸骨騎士が剣を振り下ろす。轟音が森を震わせた。
俺は地を踏みしめ、拳を突き出す。
その瞬間、大地がひとりでに隆起し、黒い剣を受け止めた。
巨岩の壁が現れ、音を立てて魔物を押し返していく。
「これが……創造主の力……!」
ディアナが息を呑む。
俺は静かに息を整えた。
「力でも奇跡でもない。ただ、こうなってほしいと願っただけだ。」
骸骨騎士が吠え、再び飛びかかってくる。
俺は目を閉じ、“終わり”を思い描いた。
――存在が消え、森が再び穏やかに戻る未来。
すると、世界の色が一瞬だけ反転した。
音が消え、周囲すべてが白い光に包まれる。
その中心で、骸骨騎士はひときわ大きく叫び、やがて跡形もなく消滅した。
光が収まったとき、静寂が戻った。
草が生い茂り、森が再び命を吹き込まれたかのように輝いている。
ディアナは膝をつき、呆然と呟いた。
「これが……世界を創り変える力……。」
俺は立ち尽くしながら、自分の手を見つめた。
指先から微かな光が立ちのぼっていた。
恐ろしいほどの実感があった。――“俺は、本当に世界を動かしている”。
「……俺は、どうなってるんだ。」
「いずれわかります。」ディアナがゆっくりと立ち上がる。
その瞳は真剣で、どこか寂しげだった。
「けれど、あなたがこのまま力を放っておけば、この世界はあなたに飲み込まれます。」
「飲み込まれる?」
「はい。世界の理はあなたに従っている。けれど今のあなたは無自覚です。“望み”が暴走すれば、それが新しい現実になる。」
目の前が暗くなるような感覚に襲われた。
そんなもの、神でも御せない。俺が少しでも気を緩めたら、それだけで何かが壊れる。
「……だったら、俺は何も望まなければいいのか?」
「それは不可能です。あなたが“生きている”限り、想いは形になります。」
ディアナの言葉に、俺は苦笑した。
「厄介な話だな。」
少女は、ほんの少し微笑んだ。
「でも、だからこそ――あなたは創造主なのです。」
風が吹き抜け、森の葉がざわめく。
その音に混じって、どこか遠くで女神リュミナの声が聞こえた気がした。
――レン、あなたの旅は、まだ始まったばかりです。
俺はゆっくりと息をつき、ディアナに手を差し伸べた。
「行こう。世界が壊れる前に、確かめないとな。」
少女はその手を取り、静かに頷いた。
そして、霧の彼方へ向かって歩き始めた。
木々が幾重にも重なり、太陽の光を遮っている。湿った土の匂いと、微かに漂う甘い花の香りが不思議と混ざり合っていた。
俺は倒木を踏み越えながら、神経を張り詰めていた。
あの魔瘴気の塊が現れてから、森そのものの様子が変わっている。
風が止み、鳥の声も聞こえない。ただ、どこかで何かが“蠢いている”のがわかる。
音のない世界に、時折、小さく枝が折れる音だけが響いた。
そのとき、かすかな声が聞こえた。
「……たすけ……て……」
俺は足を止めた。
こんな森の奥に、人間の声? まさか、ラウル以外にいるはずがない。
耳を澄ませば確かに、泣き声混じりの小さな助けを呼ぶ声が風に乗って届いてくる。
「こっちか……。」
声のする方へ走った。草木をかき分け進むと、開けた小さな沼地に出た。
そこには、黒い泥に沈みかけた少女がいた。
年の頃は十五、六。破れた白い法衣を着て、金色の髪が泥にまみれている。
「おいっ、大丈夫か!」
駆け寄ると、少女がかすかに顔を上げた。
「た、助けて……魔瘴……が、呼び寄せて……。」
その言葉を聞くより早く、俺の背後で風が唸りを上げた。
黒い影が地から湧き出し、まるで意志を持ったようにこちらへ迫る。触れた木々が瞬く間に枯れ、地表が灰色に変色した。
「おいおい、またか……!」
俺は少女を抱きかかえて飛び退いた。
泥から引き上げた体は軽く、冷たい。気を失いかけている。
そして、黒い影は形を変え、獣の姿になった――巨大な狼のような、瘴気の化け物だ。
「こいつ、昨日より強いな。」
右手が勝手に熱く光り始める。
“願えば、動く”。 今までの経験で、それだけはわかっていた。
俺は深呼吸し、心の中で形を思い描く。
守る壁。傷つけないように包む力。
「来るなら来い。」
黒い狼が襲いかかる瞬間、俺は軽く手を前に出した。
風が逆流し、轟音とともに光の幕が展開する。
狼の爪がそれに触れると、音もなく崩れた。
まるで、存在そのものが“書き換えられた”ように。
「ふぅ……。」
静寂が戻ると、少女の体から薄い光が漏れていた。
金の髪が輝きを取り戻し、泥にまみれた服が清らかに変わっていく。
やがて彼女はゆっくりとまぶたを開いた。
「……あなた、魔瘴を消したのですか?」
その声は細く、それでいて不思議な響きを持っていた。
「たまたまだ。」
俺が肩をすくめると、少女は首を振った。
「たまたま、なんかではありません。あなた――私が祈っても動かなかった“創造の理”を、今動かした。」
「創造の理? おい、あんた、何者だ?」
少女はゆっくりと立ち上がり、胸に手を当てた。
「私はディアナ。……女神リュミナ様に仕える“巫女”の一人です。」
その名を聞いた瞬間、女神の声が脳裏をよぎった。
――あなたが動けば、世界が応える。
ディアナは柔らかく微笑んだ。
「リュミナ様が、おっしゃっていました。『すぐに創造主は目覚める』と。」
俺は思わず声を詰まらせた。
「……リュミナが、そう言ったのか?」
少女は頷く。「ええ。その証拠に、あなたの周囲には“創造の光”が集まっています。」
彼女が指差す方を見ると、周囲の森が微かに輝いていた。
木々が一斉に芽吹き、地面の花が咲き誇る――まるで命が一瞬で甦るように。
「そんな馬鹿な……俺は、ただ助けたかっただけだ。」
「それが創造の源だと、女神は言われました。」
ディアナはそっと俺の手を取った。その掌が温かい。
「あなたが生きている限り、この世界は救われる。けれど、同時に……あなたを狙う者も現れます。」
「……魔王か。」
「いいえ。」
少女は遠くを見つめ、目を細めた。
「人間です。特に――勇者アルド。」
その名を聞いた瞬間、胸の奥がざらりとする。
あいつらはもう、ただの勇者パーティーじゃない。自分たちを神だと信じ、自惚れに支配されている。
「リュミナ様は、あなたを守るよう命じられました。」
「守る? 俺を?」
「はい。あなたは“理の体現者”。あなたが傷つけば、この世界が崩れるのです。」
そんな話、信じられるはずもない。だが目の前の少女の真剣な瞳を見た瞬間、言葉が出なかった。
まるで彼女自身が“世界の真実”を知っているかのように、穏やかに、それでいて断固とした力を秘めていた。
やがて、足元の地が揺れた。
まただ――瘴気が再び現れている。
ディアナが震えるように俺の袖を掴んだ。
「来ます……“黒の従者”です。」
森の奥から、黒く巨大な骸骨の騎士が姿を現した。
身の丈三メートル、体中から靄のような闇をこぼしている。
手に持つ剣は、光を吸い込むように鈍く黒光りしていた。
「なるほど。魔王の尖兵ってやつか。」
俺は少女を背に庇いながら、一歩踏み出した。
力を無闇に使うつもりはなかったが、どうやら選択の余地はない。
骸骨騎士が剣を振り下ろす。轟音が森を震わせた。
俺は地を踏みしめ、拳を突き出す。
その瞬間、大地がひとりでに隆起し、黒い剣を受け止めた。
巨岩の壁が現れ、音を立てて魔物を押し返していく。
「これが……創造主の力……!」
ディアナが息を呑む。
俺は静かに息を整えた。
「力でも奇跡でもない。ただ、こうなってほしいと願っただけだ。」
骸骨騎士が吠え、再び飛びかかってくる。
俺は目を閉じ、“終わり”を思い描いた。
――存在が消え、森が再び穏やかに戻る未来。
すると、世界の色が一瞬だけ反転した。
音が消え、周囲すべてが白い光に包まれる。
その中心で、骸骨騎士はひときわ大きく叫び、やがて跡形もなく消滅した。
光が収まったとき、静寂が戻った。
草が生い茂り、森が再び命を吹き込まれたかのように輝いている。
ディアナは膝をつき、呆然と呟いた。
「これが……世界を創り変える力……。」
俺は立ち尽くしながら、自分の手を見つめた。
指先から微かな光が立ちのぼっていた。
恐ろしいほどの実感があった。――“俺は、本当に世界を動かしている”。
「……俺は、どうなってるんだ。」
「いずれわかります。」ディアナがゆっくりと立ち上がる。
その瞳は真剣で、どこか寂しげだった。
「けれど、あなたがこのまま力を放っておけば、この世界はあなたに飲み込まれます。」
「飲み込まれる?」
「はい。世界の理はあなたに従っている。けれど今のあなたは無自覚です。“望み”が暴走すれば、それが新しい現実になる。」
目の前が暗くなるような感覚に襲われた。
そんなもの、神でも御せない。俺が少しでも気を緩めたら、それだけで何かが壊れる。
「……だったら、俺は何も望まなければいいのか?」
「それは不可能です。あなたが“生きている”限り、想いは形になります。」
ディアナの言葉に、俺は苦笑した。
「厄介な話だな。」
少女は、ほんの少し微笑んだ。
「でも、だからこそ――あなたは創造主なのです。」
風が吹き抜け、森の葉がざわめく。
その音に混じって、どこか遠くで女神リュミナの声が聞こえた気がした。
――レン、あなたの旅は、まだ始まったばかりです。
俺はゆっくりと息をつき、ディアナに手を差し伸べた。
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