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第10話 魔族の姫と封印の誓い
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神の塔を目の前にして、俺たちはしばし足を止めた。
塔を囲む空は灰色の渦を巻き、地面からは黒い靄が上がっている。
リュミナの言葉どおり、封印が解かれかけていた。世界の理が軋んでいるのが肌でわかる。
空気そのものが重い。呼吸するだけで、心臓が軋むようだった。
「これが“門”の影響……。」
ディアナの額に汗が滲む。
彼女は杖を握り、祈りを捧げるように目を閉じた。だが、その祈りの光もすぐに消えていく。
塔の中からあふれる“理の逆流”が、神の加護さえ打ち消しているのだ。
俺は拳を握った。
「アルドがあの上で何をしてやがるか知らないが、止めるしかない。」
「……気を付けてください。あの塔の上には、人だけではない気配がします。」
「人じゃない?」
ディアナの言葉に、俺は眉をひそめた。だが、次の瞬間、彼女が指差す先で影が動いた。
炎のように赤い瞳、黒い翼、血のような髪。
闇の中から現れたのは、一人の少女だった。
しかし、その存在感は少女というより、古代の“王”そのものだった。
「……魔族か。」
「正確には、魔王一族の直系。」
ディアナが息を呑む。
「リュシエル。かつて封印された“宵闇の姫”。」
その名に、空気が震えた。
リュシエルは羽をたたみ、無表情のまま俺を見つめる。
「創造主レン。」
彼女の声は氷のように冷たく、しかし妙に澄んでいた。
「どうやら、とっくに気づいていたようね。」
「お前がここにいる理由はなんだ。仲間の復讐か?」
リュシエルは静かに首を振る。
「違う。私たちは、あなたを待っていた。あなたに封印を解かせるために。」
「……俺に?」
ディアナが警戒の色を見せる。「何を企んでいるのですか!」
「創造主の力がなければ、門は開かない。アルドの剣が理を歪めても、根本の鍵は動かせないの。」
そう言って彼女は、胸元の封印と見られる黒水晶を取り出した。
その中央には、まるで生命の鼓動のような小さな赤い光が宿っている。
「封印の中心は私。この身体を貫く“楔”を解いた瞬間、門が完全に開く。でもそれは同時に――私の命を消す行為。」
「待て。」
俺は目を細めた。
「お前、自分が犠牲になるつもりか。」
「この封印がある限り、魔族も人も永遠に争う。門を開け、新しい形で理を再構築しなければ、いずれ世界は跡形もなく崩壊する。」
言葉に偽りはなかった。彼女の瞳には、どこか覚悟のような静けさがある。
“魔族の姫”――その肩に背負う重さはおそらく俺と同じだ。
「そんなことをすれば、あなたは……!」
ディアナの声が震える。リュシエルは柔らかく微笑んだ。
「巫女。あなたたち人間は、永遠という言葉を美化するけれど、それは滅びを忘れた結果。世界は本来、創造と終焉が繰り返されるもの。それを止めたのは――創造主の“優しさ”よ。」
俺は苦笑した。
「優しさ、か。世界を壊す力を持ちながら、それを選ばなかった俺への皮肉か?」
「いいえ。あなたの選択がなければ、私たちは今とっくに存在していない。」
リュシエルの瞳が、ほんの僅かに揺れた。
「でも、その優しさが限界を迎えている。だからこそ、再び“始まり”を。」
俺は一歩前に出た。
「門を開くことが唯一の方法だというなら、お前の命を賭ける必要はない。俺がやる。」
「あなたでは駄目。創造主の力を流す“媒介”が必要。それをできるのは、封印の核を持つ私だけ。」
言葉が重く沈む。
静まり返る風の中、リュシエルは両手を広げた。
翼が光を反射し、黒と赤の粒子が塔の方へと舞っていく。
「レン様、いけません!」
ディアナが手を伸ばすが、俺はそれを静かに制した。
「見届ける。」
「でも――」
「これは、俺が生み出した宿命だ。」
リュシエルの身体から光が上がる。封印が音を立てて軋む。
水晶が砕け、黒い霧が空へと昇る。
大地が揺れ、塔の頂に向かって光の筋が伸びた。
「これが……“門”の開放か。」
夜空が裂けた。
空間の向こうに、白と黒が交錯する“もう一つの層”が見える。
リュシエルの翼は焼けるような光に包まれながらも、彼女は微笑んでいた。
「創造主。あなたが“正しき再構築”を行うなら、私はその礎となりましょう。」
「やめろ、リュシエル! 俺はもう誰かを犠牲にする世界なんて――」
その瞬間、強烈な光が彼女の身体を包んだ。
まるで彼女自身が門へと溶けるようだった。
「レン様!」
ディアナの叫びが空を裂く。俺は咄嗟に腕を伸ばした。
だが、その光は触れることすらできなかった。
リュシエルが小さく、最後の言葉を残す。
「あなたが……願う限り。この世界は続く。」
光が弾けた。
塔の上空で、巨大な“門”が完全に開く。
そこから吹き出すエネルギーが、現実の空を白く塗り替えていく。
嵐のような魔力が全てを飲み込み、俺たちはただ身を守るしかなかった。
風が止んだのは、どれほどの時間が経ってからだろうか。
空は静まり返り、裂けた雲の向こうから太陽の光が差していた。
だが塔の上には、もうリュシエルの姿はなかった。
その代わりに、巨大な魔法陣がゆっくりと回転している。
「……成功したのか?」
俺が呟くと、ディアナが首を振った。
「いいえ。門はまだ完全には安定していません。ですが、レン様、彼女は……。」
「わかってる。」
胸の奥が痛い。
彼女は確かに消えた。しかし、一瞬だけ“創造の理”に繋がった。
彼女の命は、今この大地に溶け込んでいる。
風が見慣れた香りを運んできた。リュミナの気配だ。
「レン、彼女はあなたの世界の“均衡”として生まれた存在です。」
女神の声が空から響く。
「彼女が消えることで、理は一時的に安定する。しかし同時に、“魔”が生まれる準備も始まる。あなたの気持ち次第で、この先は決まる。」
俺は空を見上げた。
白い光の中に、確かに赤髪の少女の幻が微かに笑っていた気がした。
「リュシエル……ありがとう。次は、犠牲にしない世界にしてみせる。」
答えるように、塔の光が少し柔らかくなった。
風が静かになり、ディアナが俺の腕を掴む。
「行きましょう。アルドは、まだ上にいる。」
俺は頷いた。
「そうだな。今度こそ、創るための戦いにしよう。」
神の塔の階段へと足を踏み入れる。
無限に続くような道の先には、勇者としての名を捨て、神を騙る男が待っている。
だが今の俺には迷いがなかった。
光が再び強くなる中、俺は静かに呟いた。
「次に創るのは、終わりのない始まりの世界――それが、彼女への“誓い”だ。」
塔を囲む空は灰色の渦を巻き、地面からは黒い靄が上がっている。
リュミナの言葉どおり、封印が解かれかけていた。世界の理が軋んでいるのが肌でわかる。
空気そのものが重い。呼吸するだけで、心臓が軋むようだった。
「これが“門”の影響……。」
ディアナの額に汗が滲む。
彼女は杖を握り、祈りを捧げるように目を閉じた。だが、その祈りの光もすぐに消えていく。
塔の中からあふれる“理の逆流”が、神の加護さえ打ち消しているのだ。
俺は拳を握った。
「アルドがあの上で何をしてやがるか知らないが、止めるしかない。」
「……気を付けてください。あの塔の上には、人だけではない気配がします。」
「人じゃない?」
ディアナの言葉に、俺は眉をひそめた。だが、次の瞬間、彼女が指差す先で影が動いた。
炎のように赤い瞳、黒い翼、血のような髪。
闇の中から現れたのは、一人の少女だった。
しかし、その存在感は少女というより、古代の“王”そのものだった。
「……魔族か。」
「正確には、魔王一族の直系。」
ディアナが息を呑む。
「リュシエル。かつて封印された“宵闇の姫”。」
その名に、空気が震えた。
リュシエルは羽をたたみ、無表情のまま俺を見つめる。
「創造主レン。」
彼女の声は氷のように冷たく、しかし妙に澄んでいた。
「どうやら、とっくに気づいていたようね。」
「お前がここにいる理由はなんだ。仲間の復讐か?」
リュシエルは静かに首を振る。
「違う。私たちは、あなたを待っていた。あなたに封印を解かせるために。」
「……俺に?」
ディアナが警戒の色を見せる。「何を企んでいるのですか!」
「創造主の力がなければ、門は開かない。アルドの剣が理を歪めても、根本の鍵は動かせないの。」
そう言って彼女は、胸元の封印と見られる黒水晶を取り出した。
その中央には、まるで生命の鼓動のような小さな赤い光が宿っている。
「封印の中心は私。この身体を貫く“楔”を解いた瞬間、門が完全に開く。でもそれは同時に――私の命を消す行為。」
「待て。」
俺は目を細めた。
「お前、自分が犠牲になるつもりか。」
「この封印がある限り、魔族も人も永遠に争う。門を開け、新しい形で理を再構築しなければ、いずれ世界は跡形もなく崩壊する。」
言葉に偽りはなかった。彼女の瞳には、どこか覚悟のような静けさがある。
“魔族の姫”――その肩に背負う重さはおそらく俺と同じだ。
「そんなことをすれば、あなたは……!」
ディアナの声が震える。リュシエルは柔らかく微笑んだ。
「巫女。あなたたち人間は、永遠という言葉を美化するけれど、それは滅びを忘れた結果。世界は本来、創造と終焉が繰り返されるもの。それを止めたのは――創造主の“優しさ”よ。」
俺は苦笑した。
「優しさ、か。世界を壊す力を持ちながら、それを選ばなかった俺への皮肉か?」
「いいえ。あなたの選択がなければ、私たちは今とっくに存在していない。」
リュシエルの瞳が、ほんの僅かに揺れた。
「でも、その優しさが限界を迎えている。だからこそ、再び“始まり”を。」
俺は一歩前に出た。
「門を開くことが唯一の方法だというなら、お前の命を賭ける必要はない。俺がやる。」
「あなたでは駄目。創造主の力を流す“媒介”が必要。それをできるのは、封印の核を持つ私だけ。」
言葉が重く沈む。
静まり返る風の中、リュシエルは両手を広げた。
翼が光を反射し、黒と赤の粒子が塔の方へと舞っていく。
「レン様、いけません!」
ディアナが手を伸ばすが、俺はそれを静かに制した。
「見届ける。」
「でも――」
「これは、俺が生み出した宿命だ。」
リュシエルの身体から光が上がる。封印が音を立てて軋む。
水晶が砕け、黒い霧が空へと昇る。
大地が揺れ、塔の頂に向かって光の筋が伸びた。
「これが……“門”の開放か。」
夜空が裂けた。
空間の向こうに、白と黒が交錯する“もう一つの層”が見える。
リュシエルの翼は焼けるような光に包まれながらも、彼女は微笑んでいた。
「創造主。あなたが“正しき再構築”を行うなら、私はその礎となりましょう。」
「やめろ、リュシエル! 俺はもう誰かを犠牲にする世界なんて――」
その瞬間、強烈な光が彼女の身体を包んだ。
まるで彼女自身が門へと溶けるようだった。
「レン様!」
ディアナの叫びが空を裂く。俺は咄嗟に腕を伸ばした。
だが、その光は触れることすらできなかった。
リュシエルが小さく、最後の言葉を残す。
「あなたが……願う限り。この世界は続く。」
光が弾けた。
塔の上空で、巨大な“門”が完全に開く。
そこから吹き出すエネルギーが、現実の空を白く塗り替えていく。
嵐のような魔力が全てを飲み込み、俺たちはただ身を守るしかなかった。
風が止んだのは、どれほどの時間が経ってからだろうか。
空は静まり返り、裂けた雲の向こうから太陽の光が差していた。
だが塔の上には、もうリュシエルの姿はなかった。
その代わりに、巨大な魔法陣がゆっくりと回転している。
「……成功したのか?」
俺が呟くと、ディアナが首を振った。
「いいえ。門はまだ完全には安定していません。ですが、レン様、彼女は……。」
「わかってる。」
胸の奥が痛い。
彼女は確かに消えた。しかし、一瞬だけ“創造の理”に繋がった。
彼女の命は、今この大地に溶け込んでいる。
風が見慣れた香りを運んできた。リュミナの気配だ。
「レン、彼女はあなたの世界の“均衡”として生まれた存在です。」
女神の声が空から響く。
「彼女が消えることで、理は一時的に安定する。しかし同時に、“魔”が生まれる準備も始まる。あなたの気持ち次第で、この先は決まる。」
俺は空を見上げた。
白い光の中に、確かに赤髪の少女の幻が微かに笑っていた気がした。
「リュシエル……ありがとう。次は、犠牲にしない世界にしてみせる。」
答えるように、塔の光が少し柔らかくなった。
風が静かになり、ディアナが俺の腕を掴む。
「行きましょう。アルドは、まだ上にいる。」
俺は頷いた。
「そうだな。今度こそ、創るための戦いにしよう。」
神の塔の階段へと足を踏み入れる。
無限に続くような道の先には、勇者としての名を捨て、神を騙る男が待っている。
だが今の俺には迷いがなかった。
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