23 / 28
第二十二話 断ち切る
しおりを挟む「ソウジ君、大丈夫ですか?」
「ええ、意外と平気です」
動けない様子のソウジを心配してミツバが聞くと、彼は特に苦痛を感じていなさそうな様子で頷いた。
(それにしても、やっぱりこの糸……)
うーん、とミツバは唸る。
近くで見るとやはり幽世で見た、ミコトの身体に巻き付いていた糸と同じものに思える。
「ソウジ君。私、これと同じ糸が、ミコトさんの身体に巻き付いているのを見ました」
「ミコトさんに……? なるほど……。となると、恐らく今、鬼人だけが僕と同じ状態になっていますね」
恐らくと言葉にはしたものの、確信を持った様子でソウジは言う。
すると動揺しながら話を聞いていたヒバリがサッと青褪めた。
「ごめん、二人共っ! 森川先輩が心配だから探してくるよっ!」
そして彼女は焦った様子で図書館を飛び出してしまった。
ミツバが「あっ、鈴宮先輩!」と手を伸ばすが一瞬遅い。
図書館を出て行ったヒバリの足音は、あっという間に遠ざかって行った。
直ぐに追いかけるべきか否か。
ミツバは迷ったが、しかし、こちらもソウジをこのまま放っておくわけにはいかない。
ひとまずはソウジの状態の確認だ。
「ソウジ君、動けますか?」
「いえ、まったく。苦しくはないんですが、移動は難しそうです」
「なるほど……」
ミコトの場合は移動は出来ていたが、その辺りはこちらと幽世とでは違うようだ。
どうしたものかとミツバは糸を指で触ってみる。
「おや」
思わずミツバは目を瞬いた。
ミツバの指が糸をすり抜けたのだ。
念のため二回試してみたが結果は同じで、糸にはまったく触れられない。
指でこれなら刃物もだめだろう。
どうやって糸を切ったら良いものかと考えていると、ミツバのスマートフォンが鳴った。
このメロディはツバキだ。
「はい、ミツバです」
『あっミツバ!? あんた、大丈夫!?』
耳に当てると、とたんに心配そうな義姉の声が聞こえて来た。
ツバキも問題なさそうである。ミツバは少しホッとした。
「私の方は何とも。ソウジ君も一緒なんだけど、身体に光の糸が巻き付いてしまって動けないわ。姉さんは大丈夫?」
『そっちもか……。あたしもソウジと同じよ。ついでにレンジもいて、ぎゃーぎゃー騒いでいるわ』
『おい聞こえてんだよ! 誰がぎゃーぎゃー騒いでるって!?』
電話の向こうからレンジの声も聞こえて来た。彼の元気そうだ。ミツバは小さく笑った。
「ソウジ君が、鬼人だけがこうなっているって言っていたわ」
『鬼人だけ? どういう仕組みなのかしらね、これ。とりあえず、あたしはお父様に連絡してみるわ。ミツバはソウジと一緒にいなさい。いいわね?』
ツバキはそう言って通話を切った。
ミツバは今の話をソウジに伝えながら、スマートフォンを鞄に仕舞う。
「これたぶん、森川先輩が何かしたんでしょうね。先ほどの電話の時に、それらしい事を言っていましたから」
「サクヤさんが……」
「……これは推測なんですが。たぶん、ミコトさん絡みかなって。ミコトさんはこの糸があるから、こちらの世界へ行けないと言っていました」
ミツバの言葉にソウジが得心が言ったらしく軽く頷く。
それから少し苦い顔になった。
これはあまり良い意味を持つ話ではなさそうだとミツバは察する。
「この糸は鬼人の術ですね。恐らく、この辺り一帯にいるすべての鬼人がこうなっているはずです」
「この辺り一帯って……なかなか範囲が広いですね。どういう術なんですか?」
ミツバが聞くと、ソウジは少しだけ間を空けて答えてくれた。
「神坂ミコトを幽世に繋ぎ、生かし続けるための術です」
「――――え?」
しかし彼から返って来た言葉は、ミツバの予想を超えるものだった。
◇ ◇ ◇
「神坂ミコトが生まれたのは、今から四百年ほど前の事でした」
驚くミツバに向かって、ソウジは話し始めた。
「――神坂ミコトが生まれた頃、こちらの世を覆う邪気の量は今とは比べ物にならないくらい多く、そして濃かった。
そのため邪気による被害も甚大で、戦いに次ぐ戦いで人々は常に疲弊していたそうです。
神坂ミコトはとある神社の巫女で、そして天秤体質の持ち主でした。そしてその体質は広い範囲に影響を与えられるほどに強かった。
彼女の存在でこの辺り一帯の邪気の被害を軽減する事が出来たのです。しかし、それでも追いつかないくらいに、邪気は増え続けていたと記録に残っています。
これ以上、邪気が増え続ければ、この世は幽世そのものとなってしまう。
神坂ミコトと鬼人達は話合った結果、幽世に彼女を繋ぐ事を決めました。鬼人達の力を送り続けて彼女を生かし、彼女の天秤体質で邪気の大本である幽世を整えるために。
この光の糸がその術なのだと思います」
ソウジは静かにそう語る。
長い話ではあったが、幽世で見た光景があったから、ミツバはするりと理解する事が出来た。
だって邪気の大本であると言った幽世は、あんなにも静かで美しかったから。
あれがミコトのおかげで保っている事なのだろう。
「繋ぐというのには、抱きしめるとか手を握るとか、そういうのと同じ効果があるという事ですよね」
「そうです。……彼女のおかげで、こちら側の世界の邪気の被害を大幅に減らす事が出来たのです」
「それは……生贄では」
ミツバの言葉にソウジは真剣なまなざしで頷く。
「そうです。そしてこの術は鬼人に子が出来ると、その子にも受け継がれているように施されている――らしいです。僕も十和田家の古い資料で読んだだけなので、それ以上の詳しい事は分かりません。この光の糸は、その術が視覚化されたものなのでしょう」
「なるほど……。だからこの辺り一帯の鬼人がと言ったんですね」
「はい。四百年前から続くものなら、ほぼ全員がそうでしょうから」
なるほど、とミツバは頷く。
ソウジの話やミコトの様子から考えるに、この術自体はお互いに納得して行った事――と断言するにはミツバには情報が足りないが、恐らくはそうなのだろう。
少なくとも幽世で会ったミコトからは憤りは感じられなかった。
美しく、静かで、穏やかで――そして寂しそうだった。
あの世界にずっと一人でいたのなら、寂しいなんて言葉で言い表せないくらい寂しいだろう。
ミツバならどうだろう。気が狂ってしまうだろうか。案外、一人は嫌いではないので、普通にいられるかもしれないが。
(……あ、そうか。だから鬼人は天秤体質を吉兆と呼ぶのか)
ふと、ミツバはそう思った。
ただ浪漫だとか、体質によって恩恵を受けるからとか、そんな事ではないだろう。
本来の意味は神坂ミコトがいなくなった時の交代人員だ。
ただ、今の鬼人達にはそれは伝わっていなさそうなので、クラスメイト達は本当にただただ吉兆なのだと思っていたのだろうが。
まぁミツバはその辺り、どう思われていようが気にならない。
婚約関係だって私利私欲での付き合いの方が楽だと考えていたからだ。
ただ最近は少し変化が出て来た。特にソウジとは私利私欲だけじゃなく、もっと踏み込んだ関係になってみたいと思うようにもなっていたのだ。
(私も変わったものだ)
喜ぶべきか、悲しむべきか。
色恋沙汰に色々思う所があるので、何か良く分からないなぁとミツバは思った。
まぁ、それはそれとしてだ。
「森川先輩は『断ち切る』と言っていましたが、流れから考えると、この糸の事でしょうか」
「恐ら、そうでしょう」
こくり、とソウジは頷く。
ミツバはごくごく浅く数回頷き、そして。
「色々あったのでしょうし、納得はされていたのだと思います。でも森川先輩がこうした理由は、何となく理解できました」
サクヤはミコトを怖いくらいに一途に思っていると、ミツバはソウジ達から聞いた。
なら、この行動のすべては、神坂ミコトを幽世から解放するためと考えて良いだろう。
そんな風に強く誰かを想える事を、ミツバはただ悪だとは思えない。
「ソウジ君、念のため確認したいのですが、この糸が全部切れてしまうとどうなるでしょうか」
「ミコトさんが幽世から自由になる――でしょう。そしてこちらへ流れ込む邪気の量は増える」
「ミコトさんはどうなるでしょう?」
「分かりません。幽世で四百年生かされた人間の身体ですから。ただ、鬼人の術を長い時間受けている事や、幽世で生き続けていた事で、身体に変化が起きていてる可能性もあります」
何もなければ元は人間にの身体だ。とうに限界は越えているが、その辺りは、起きてみないと分からないとソウジは言う。
つまりぶっつけ本番という奴だ。行動を起したサクヤも、もしもの時の覚悟はしているのだろう。
『久しぶりに里帰りはしてみたいね。ポン菓子、という奴も食べてみたいし』
ふと、ミツバの頭に、ミコトの顔が浮かんだ。
同じタイミングでソウジの身体の糸が立ち消える。
ぐらっ、と身体が傾いたソウジは床に膝をつく。
「――ッ」
「ソウジ君!」
「すみません、大丈夫です。……ちょっと気持ちが悪いですけれど。ああ、でも――切られたのか、どこで切っているんだ、サクヤさん」
少し青い顔でソウジは額に手をあてて呟く。
どこで……と言う言葉に、
『あ、先輩。涼宮です、今どこですか? 駄菓子屋? あ、分かった。ポン菓子でしょ。先輩ほんと好きですよねぇ』
先ほどのヒバリの言葉を思い出した。
「……駄菓子屋」
「え?」
「先程の鈴宮先輩の電話です! この近くの駄菓子屋!」
バッと顔を上げて言うミツバに、ソウジは目を見開いて立ち上がる。
二人は頷き合うと図書館を飛び出した。
0
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる