願屋港は幽霊さんたちの雑談相手

石動なつめ

文字の大きさ
8 / 34

8 気持ちが分かる

しおりを挟む
「人生に嫌気ですか?」

 タイミングを逃した港だったが、聞こえた言葉が何となく他人事に思えなくて、そう聞き返した。
 女性は前を向いたまま静かに頷く。

「私、婚約者がいたんです。高校時代から付き合っていて、それで、もうそろそろ結婚しようって話をしていて。……だけどね、そいつ、二股していたんですよ」
「それは……酷いですね」
「でしょう? たまたまそれを見てしまって追及したら、そいつ、こう言ったんですよ。だってお前より金持ちなんだよって」
「うわ」

 嫌悪感に港は思わず素の声が出た。
 高校時代からならば、だいぶ長い付き合いだ。
 そんな相手に対してあまりにも不義理過ぎる。

「それでね、普通、怒るじゃないですか」
「怒りますよ、それは」
「ですよね。……なのに開き直って、じゃあ、お前なんかもういいわって。ずっと面倒くさいって思っていたって」

 女性の目からぽろっと涙が零れる。

(クズだわ、そいつ)

 詳しい事情は知らないし、片方だけの意見を聞いて判断するのも問題だ。
 けれども話を聞いて港は率直にそう思った。

「そのままどこかへ行ってしまって、連絡先もブロックされて。そいつが住んでいたアパートを訪ねても、ずっと居留守を使われていて。……せめてひと言、ごめんなさいって言えないもんですかねぇ」

 女性の目からはポロポロと涙が零れている。
 こういう時にハンカチを差し出せたら良いのだが、あいにくと港の身体はほぼ着ぐるみだ。ハンカチを持っていたとしても取り出せない。

「あの、すみません……。俺、こんな姿で、ハンカチひとつ渡せなくて」
「いいんです。私が勝手に話して泣いているだけだから……すみません……」

 女性はそう言うと、服の袖でぐい、と涙を拭った。

「……そいつね、将来は役者になるんだって頑張っていて。それで、いつもお金がないから、私が支えてやらなきゃって働いていたんです。それで、貯金もそんなにないし……。もう、頑張らなくてもいいかなって思って……」
「…………」

 港は無意識に自分の胸を押えていた。

(――分かる)

 状況は違うけれど、彼女の気持ちが港には何となく理解出来た。

「……俺もね、リタイアしようと思っているんですよ」

 ぽつりと言葉が漏れた。
 すると女性が初めて港の方へ顔を向けた。

「あなたも?」
「はい。高卒から働いていた会社をね、整理解雇……まぁ、クビみたいなもんですね。そうされて。頑張ってきたこととか、今までの自分とか、全部を否定された気がして、ショックで。もういいやって……」

 女性に伝えるために言語化していたら、自分自身が何に悲しかったのか、港はふと理解した。

(ああ、俺……自分のこれまでを否定されたことが悲しかったんだ)

 そう思いながら、膝の上のカキペンくんの頭部へ視線を落とす。

「友達が、ここのバイトに誘ってくれたおかげで、まだ生きているんですけどね」
「そう。……良いお友達さんなんですね」
「ええ、俺の友達、すげぇ良い奴なんですよ! 気配り上手っていうか! 本当に良い奴なんですよ。昔から、ほんと、変わらなくて。羨ましいなって思います」

 ニッと笑って見せると、女性も少しだけ微笑んでくれた。

「……そうだ、私にも、心配してくれる友達がいました」

 そしてふと、そう呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...