願屋港は幽霊さんたちの雑談相手

石動なつめ

文字の大きさ
16 / 34

16 ゆきみや

しおりを挟む
 ホットサンドを焼いたあと、温めた牛乳とともに、港はダイニングへと向かった。
 そしてリモコンをぽちりと押してテレビを点ける。

『本日は一日、穏やかな雨となるでしょう』

 ちょうどお天気キャスターが、この辺りの天気の話をしているところだった。
 港は「雨かぁ」と呟きいながら、テーブルの上にホットサンドの皿と牛乳のマグカップを置き、自分もソファに腰かける。
 それから窓の外を見ると、なるほど確かに、灰色の空からぽつぽつと、小雨が降り注いでいた。

「晴れたらどこかへ行こうと思っていたんだけど……」

 先日出会った老紳士に旅をおすすめされたので、少しその気になっていたのだが、雨ならば仕方がない。
 今日は一日家でのんびりしていよう。
 そう思いながら港はホットサンドを一口食べる。
 カリッとした香ばしいトーストの食感と、とろりとしたチーズ、そしてハムの塩気が最高だ。

「うまぁ……」

 自分で作っておいて何だが、思わず感嘆の声が零れた。
 久しぶりに自炊をしたからというのもあるかもしれない。 
 港は元々そんなに料理は得意な方ではなかった。
 けれど一人暮らしをするようになって、少しずつ自炊を始めたら、ほどほどに上手くなったのだ。
 やはり何事も自分が置かれている環境がものを言う――のかもしれない。
 そんなことを考えながら食事を進めていると、テレビに映っている番組が変わった。

『ゴールデンウィークのお出かけにおすすめなスポットの一つが、こちらになります』

 ラフな装いの女性アナウンサーが、爽やかな笑顔でそう言った。
 長めの連休シーズンになると、決まってテレビはこういう番組を放送している。

(ゴールデンウィークは無理だけど参考にしよ)

 どうせ有給休暇は一ヶ月以上あるんだし、と思いながら港は牛乳を飲む。

『今日は柿原市に来ています』
「ん?」

 聞き慣れた地名に港は目を瞬く。

「柿原市、紹介されるくらい良いところがあるんだ」

 誰にも聞かれていないから、少々失礼な感想を呟きつつ眺めていると、見覚えのある店が映った。
 この間、港が朝食で海鮮丼を食べた『ゆきみや』だ。

(ここ、美味しかったもんなぁ)

 テレビで紹介されるのも頷けるなと思いながら見ていると、アナウンサーの前に、港も注文した海鮮丼とあら汁が並べられた。

「そうそう、これこれ。美味いよな~」

 紹介用としてこのメニューを出すならば、実際におすすめのものだったのだろう。
 自分の目は確かだったなと港はにんまりと笑う。
 見ていると店主夫婦がアップで映った。

『実は夢にお父さんが出てきて、これが美味しいんですよって言ってくれたんです』
『お父様ですか、素敵ですねぇ』
『はい。……一度も食べさせてあげられることは出来なかったんですが、夢の中で、美味しい、美味しいって食べてくれて』

 そう話す奥さんは少しだけ涙ぐんでいた。
 もしかしたら彼女の父親は、もう会えない人なのかもしれない。

「……夢でも会えて良かったなぁ」

 ぽつりと港は呟いた。

(俺は……どうだろ)

 港の両親はまだ元気に暮らしているらしいが、八年前に帰省した際に喧嘩をして以来、顔を合わせていないのだ。
 もちろん電話で連絡くらいは取っているけれど。

(兄貴と比較されたの嫌で、つい、意地を張っちまったんだよな……)

 思い出して、はぁ、と港はため息を吐く。

『お兄ちゃんは順調に昇進しているんだから、港も平のままじゃダメだぞ~』

 酒の入った父親からそう言われた港は、兄と比較され自分の頑張りを否定されたように感じて、口喧嘩になり、そのまま実家から帰ってしまったのだ。
 直ぐに兄から「ごめんな、港。俺もしっかり言っておくから。父さんも悪気があったわけじゃないのだけは分かってやって」と電話が来た。

(……分かっているよ。父さんが、そういう人だってこと)

 港の父親も働いている間ずっと平社員で、それでお金の面で苦労したと言っていた。
 実際に兄の大学費用を捻出するのも大変だったようで、それを見ていた港は大学受験を諦めて就職した。

(奨学金の条件……頑張れば良かったかもしれないな)

 今になって後悔しても、それこそ遅いのだが。
 あの時に頑張っていれば自分も兄と比較されず、お前も頑張っているなと言ってもらえたのかもしれない。

「……俺も、後悔ばかりの人生、だったかもな」

 老紳士の言葉を思い出しながら、港はホットサンドの残りを口に放り込んだ。

『旅は、良いですよ。ぜひ、色々な場所を見て回ることをおすすめします』

 その時ふと、老紳士のもう一つの言葉が蘇った。

「旅……」

 再度、ぽつりと呟く。
 それから窓の外へ目を向けた。
 雨は相変わらずしとしとと柔らかく降っている。

「……散歩でもしてくるかな」

 苦い気持ちと小さな後悔を消しさるように、港はあえて明るくそう言うと、牛乳を飲み干したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

処理中です...