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18 洋食屋
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昼までぶらぶらと歩いた港の目に、洋食店の看板が映る。
洋食店アルト。店の看板には五線譜の絵とともにそんな名前が描かれていた。
「お、お洒落」
何となく雰囲気が良さそうだと思った港は、今日の昼はそこで食べることにした。
外の傘立てに傘を置き、店の中へと入る。
カランコロンと澄んだドアベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ」
すると落ち着いた男性の声が出迎えてくれる。
顔を向けると、先日柿原シーパラダイスで出会った老紳士と似た年齢の店主が、にこやかな笑みを浮かべていた。
オールバックに整えられた白髪とモノクル、白いシャツに蝶ネクタイ、そして茶色のエプロン。背中はスッと伸びていて、とても品良く感じられた。
(というか、顔立ちも少し似ている気がする)
そんなことを考えながら港は「お邪魔します」と軽く頭を下げ、窓際の席へ座る。
すると直ぐに水とおしぼりを届けてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。ご来店いただき、誠にありがとうございます。初めてましての方ですね。店主の雪宮と申します」
店主こと雪宮はにこりと微笑むと胸に手を当てた。
「雪宮さん……」
あれ、と港は思った。
「もしかして柿原市にある、食事処のゆきみやさんとお知り合いですか?」
「おや、良くお分かりに。ゆきみやは姪夫婦の店なのですよ」
「あっそうなんですね。縁があるなぁ」
しみじみと呟く港。
(それにしても姪夫婦かぁ。水族館で出会ったあの人、ゆきみやのご夫婦の家族だったのか)
店の話をした時に何となくソワソワしていたのは、そういうことかと港は納得する。
妻と子供は出て行ったと老紳士は言っていたが――そんな家族を彼は遠くからそっと見守っていたのだろう。
「実は柿原シーパラダイスで、たぶん、そのご夫婦のお父さんと会ったんですよ」
「え?」
「あっ、俺、あそこで着ぐるみのバイトをしているんですけどね。休憩中にたまたま知り合いまして。それで旅が好きだって話してくださって」
「…………」
せっかくだし話を広げようとしていたら、店主は目を大きく見開く。
その反応を見て港は「まずい」と内心少し焦った。こういう話をされたくない人だったのかもしれない。
「えっと、あの、すみません。俺、プライベートに踏み込んでしまって!」
「ああ、いえ、そんなことは。ただ少し驚いてしまって……詳しくお伺いしても?」
「あ、はい……」
店主の様子が変わったことに港は驚きつつ、老紳士とした会話を彼に話す。
すると店主の表情がだんだんと、懐かしむような優しいものへと変わっていった。
「ああ……そう、でしたか……兄さん……。だから、あの子の夢に……」
そう呟く彼の目の端にはきらりとした涙の粒が見えた。
「えっと」
「……すみません。嬉しくて、つい。もしよろしければ、お客様のお名前をお伺いしても大丈夫でしょうか?」
「あ、はい。願屋です。願屋港と言います」
「願屋さん。……今日のお食事、お話を聞かせていただいたお礼に、私からのサービスとさせてください」
「えっ」
港は目を丸くした。
「いえいえ! そんな、悪いですよ! ちゃんとお支払いします! 本当に、俺はただ話をしただけですし!」
「いいえ。それが嬉しかったのです。ああ、今日は何て良い日だろう。あ、そうだ、ではおすすめをご用意いたしますね。ビーフシチュー、お好きですか?」
「え、あ……好きです」
「承知いたしました。それでは、少々おまちくださいませ」
店主はにこりと微笑むと、鼻歌でも歌い出しそうなくらい明るい声で、キッチンの方へと戻って行った。
港が止めようと伸ばした手が、所在なさげに宙を動く。
(良い……のかなぁ)
どちらかと言えば申し訳ない気持ちの方が強いのだけど。
そんなことを思いながら手を下ろした港は、何となく落ち着かない気持ちをどうにかするために、窓の外へ目を向けた。
相変わらず小雨はしとしと降っていて、それをしばらく眺めているとだんだん、ビーフシチューの良い香りが漂ってくるようになったのだった。
洋食店アルト。店の看板には五線譜の絵とともにそんな名前が描かれていた。
「お、お洒落」
何となく雰囲気が良さそうだと思った港は、今日の昼はそこで食べることにした。
外の傘立てに傘を置き、店の中へと入る。
カランコロンと澄んだドアベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ」
すると落ち着いた男性の声が出迎えてくれる。
顔を向けると、先日柿原シーパラダイスで出会った老紳士と似た年齢の店主が、にこやかな笑みを浮かべていた。
オールバックに整えられた白髪とモノクル、白いシャツに蝶ネクタイ、そして茶色のエプロン。背中はスッと伸びていて、とても品良く感じられた。
(というか、顔立ちも少し似ている気がする)
そんなことを考えながら港は「お邪魔します」と軽く頭を下げ、窓際の席へ座る。
すると直ぐに水とおしぼりを届けてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。ご来店いただき、誠にありがとうございます。初めてましての方ですね。店主の雪宮と申します」
店主こと雪宮はにこりと微笑むと胸に手を当てた。
「雪宮さん……」
あれ、と港は思った。
「もしかして柿原市にある、食事処のゆきみやさんとお知り合いですか?」
「おや、良くお分かりに。ゆきみやは姪夫婦の店なのですよ」
「あっそうなんですね。縁があるなぁ」
しみじみと呟く港。
(それにしても姪夫婦かぁ。水族館で出会ったあの人、ゆきみやのご夫婦の家族だったのか)
店の話をした時に何となくソワソワしていたのは、そういうことかと港は納得する。
妻と子供は出て行ったと老紳士は言っていたが――そんな家族を彼は遠くからそっと見守っていたのだろう。
「実は柿原シーパラダイスで、たぶん、そのご夫婦のお父さんと会ったんですよ」
「え?」
「あっ、俺、あそこで着ぐるみのバイトをしているんですけどね。休憩中にたまたま知り合いまして。それで旅が好きだって話してくださって」
「…………」
せっかくだし話を広げようとしていたら、店主は目を大きく見開く。
その反応を見て港は「まずい」と内心少し焦った。こういう話をされたくない人だったのかもしれない。
「えっと、あの、すみません。俺、プライベートに踏み込んでしまって!」
「ああ、いえ、そんなことは。ただ少し驚いてしまって……詳しくお伺いしても?」
「あ、はい……」
店主の様子が変わったことに港は驚きつつ、老紳士とした会話を彼に話す。
すると店主の表情がだんだんと、懐かしむような優しいものへと変わっていった。
「ああ……そう、でしたか……兄さん……。だから、あの子の夢に……」
そう呟く彼の目の端にはきらりとした涙の粒が見えた。
「えっと」
「……すみません。嬉しくて、つい。もしよろしければ、お客様のお名前をお伺いしても大丈夫でしょうか?」
「あ、はい。願屋です。願屋港と言います」
「願屋さん。……今日のお食事、お話を聞かせていただいたお礼に、私からのサービスとさせてください」
「えっ」
港は目を丸くした。
「いえいえ! そんな、悪いですよ! ちゃんとお支払いします! 本当に、俺はただ話をしただけですし!」
「いいえ。それが嬉しかったのです。ああ、今日は何て良い日だろう。あ、そうだ、ではおすすめをご用意いたしますね。ビーフシチュー、お好きですか?」
「え、あ……好きです」
「承知いたしました。それでは、少々おまちくださいませ」
店主はにこりと微笑むと、鼻歌でも歌い出しそうなくらい明るい声で、キッチンの方へと戻って行った。
港が止めようと伸ばした手が、所在なさげに宙を動く。
(良い……のかなぁ)
どちらかと言えば申し訳ない気持ちの方が強いのだけど。
そんなことを思いながら手を下ろした港は、何となく落ち着かない気持ちをどうにかするために、窓の外へ目を向けた。
相変わらず小雨はしとしと降っていて、それをしばらく眺めているとだんだん、ビーフシチューの良い香りが漂ってくるようになったのだった。
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