願屋港は幽霊さんたちの雑談相手

石動なつめ

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29 偶然

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 二人が注文したのはアジフライ定食とミニいくら丼だった。アジフライが港でいくらが叶だ。何でも良いよと港は言ったが、それでも叶は気を遣ってくれたらしい。優しい子だなと思いながら、港は出してもらったお茶を飲んだ。

(優しいと言えば……)

 ゆきひらの奥さんは、お茶も二人分出してくれた。話を聞くと、いつもこの席に座っていたお客さんにもそうしていたらしい。ありがたいことだなと思いながら叶を見ると、嬉しそうな顔で湯呑み茶碗を眺めていた。
 幽霊だから飲み食いはできない。けれども、こうして自分用に出してもらえるのは、やはり嬉しいのだろう。

「叶さん、いくら丼好き?」
「はい。ひと口だけ食べたことがあったんですが美味しかったです。それに宝石みたいにキラキラしていて、綺麗だなって」
「あ、分かる分かる。あれ、すごいよね。輝いてる」

 社会人になる前の港にあったいくらのイメージは、お寿司のそれだった。
 桶型の容器に入っていて、その色鮮やかさが目を惹くが、気付いたらあっと言う間になくなっている存在。港の父と兄がいくらが好きだったこともあって、食べる前になくなっていることが多かった。
 なので港がしっかりと「いくらだ」と認識して食べたのは、社会人になってから。営業で外回りに出ている時に、先輩に連れていってもらった食堂で「これが美味いんだ」とおすすめされたのが初めてだった。
 そんなに美味しいのかと港は半信半疑だったが、ひと口食べてみて分かった。
 あれは感動だった。口の中でぷちぷち弾けて、とろりと溶けるような食感。いくらが漬けられていた醤油が美味しかったのも、そう感じた理由の一つかもしれない。

「あと店によって味が違う」
「そうなんですか?」
「うん。いくらを漬ける時に使う醤油の種類でも変わるみたい。あと、漁港が近いと新鮮で美味しいよ。ここのいくらはね、海鮮丼に入っていたのを食べたけれど美味しかった」
「わあ……! それでは食レポ、楽しみにしていますね」
「まかせなさい! ……って採点は優しくね?」
「ふふふ」

 お道化た調子で胸を叩いたあとで、港が小声でこそっと言えば、叶は楽しそうにくすくすと笑う。
 そうしていると「お待たせしました!」と奥さんが注文したメニューを届けてくれた。

「あっ、ありがとうございます。美味しそう」

 思わずお腹が鳴ってしまって、港は顔を赤くする。

(あっ、そうだ。話を聞かないと)

 ついつい食事に注目してしまったが、ここへ来た目的は漁師の息子について少しでも話を聞くことだ。なので港は「あの、聞きたいことがあるのですが」と切り出した。

「はい、何でしょう?」
「実は俺、前に柿原漁港の漁師さんと知り合いまして。その時に、その人の息子さんがここへ魚を卸しているって聞いたのを思い出したんです」
「ああ、松谷さんですね! ふふ、懐かしいな……。さっきお話したこちらのお席をいつも使ってくださった方が、その人なんですよ」
「へぇ、そうなんですね!」

 港と叶は目を丸くした。何と言う偶然だろうか。

「それで……俺、先日から柿原市で働いているんですが、その時に亡くなったらしいという噂を聞いて」
「はい。車に轢かれそうになった子供を助けて……」

 ああ、と港は呟いた。あの人は、子供を守るために咄嗟に身体が動く人だったのだなとしみじみと思った。
 人の死には色んな理由がある。そうやって命を懸けて誰かのために生きた人もいれば、叶のように病気と闘って亡くなった子もいる。
 ――そして港のように、苦しさと辛さで自ら命を断とうとしていた者も。

(……ちゃんと、じゃなくても。ゆっくり生きよう。俺は皆から、元気をもらったのだから)

 膝の上に置いた手をぐっと握り、心の中で決意しつつ、

「その……息子さんは大丈夫ですか?」

 港は奥さんにそう尋ねた。

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