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30 優しいすれ違い
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「はい。しばらくは落ち込んでいたのですが、父さんらしいなって笑っていました。それから……」
奥さんはそう言うと、テーブルの上に置かれた漁船の調味料置きへ目を向ける。
「やりたいことが決まった、と言っていました」
「やりたいこと?」
「はい。漁師だそうです」
お、と港と叶は目をほんの少しだけ大きく開いた。
水族館で出会った漁師――松谷が知りたがっていたのはこれだ。
「お父さんの跡を継いだんですね」
「はい。ずっと、迷っていたそうですよ」
「他にもやりたいことが?」
「実はね、松谷さんは息子さんに漁師を継いでもらうことを悩んでいたんですよ。それを息子さんに隠していたみたいなんですが……気付いてらっしゃって」
「あ、なるほど」
確かに、松谷はそういう隠しごとはあまり得意ではなさそうに見えた。
正直と言うか、裏表のない彼の性格が、少し話しただけでも伝わってきたからだ。
それにずっとそばにいたんだもんなと港は思う。きっと松谷の息子は父親のことを誰よりも良く見て、理解していたのだろう。
「松谷さんの息子さんは優しい方ですから。それで父親の願いを叶えたいと思っていたそうで。でも小さな頃からの夢を――松谷さんのような漁師になりたいという夢も諦められなくて、悩んでいたそうです。……松谷さんが亡くなった時に、やっぱり自分は、父親みたいになりたいって強く思ったそうで、それで、後を継いで漁師になったそうですよ」
「おお……」
港は思わず唸った。立派だ、と感銘を覚えたからだ。松谷も、彼の息子も。
誰かから憧れられるような生き方をした松谷と、その姿を見て育った彼の息子。その話を聞かせてもらったら、何だか胸がいっぱいになって港はぐすっと鼻を鳴らす。
「とても良い関係ですね……っ」
「そう思います。……ただ」
「ただ?」
「生きているうちに、それをちゃんと伝えたかったなとも言っていましたね……」
「…………」
奥さんはしんみりとした声でそう言った。
「きっと喜んでいると思いますよ。はっはっはっ、ゆきひらにはうちが直接卸してたんだ。今は倅が引き継いでくれていてなぁ! って!」
港の口からするりと言葉が出た。
水族館で話をした時に、彼は嬉しそうに子供のことを話してくれた。実際にそれを見たからこそ断言できる。松谷は自分の息子が跡を継いでくれたことを喜んでいる。そして息子と同じことを心配しているのだ。
(親子だなぁ……)
ほっこりして、港は小さく笑う。叶も微笑ましそうにこくこく頷いていた。
奥さんはそんな港を見て目をぱちぱちと瞬いていたが、
「ふふ。今の言い方、松谷さんにそっくりでしたよ!」
「あはは、それは良かった」
ちょっとだけ言葉は変えたけれど実際に聞いたからね、と港は心の中で呟く。
奥さんは懐かしそうに目を細める。目の端には涙が光っていた。
「お魚を納品にきてくれたら、お話しなくっちゃ。……って、あっ、ごめんなさい。私、ついつい話込んじゃって」
「いえいえ。こちらこそお忙しい中、引き留めてしまってすみません」
「いえ! それでは、ごゆっくりお食事をお楽しみくださいね!」
奥さんは涙を拭いて、にこっと笑って厨房の方へと戻って行った。
港は軽く頭を下げると叶の方へ顔を向ける。
「聞けたね」
「聞けましたね。……素敵な関係だなって思いました」
「俺もだよ」
そう答えて港は、自分は両親とどうだったかなと考える。特に、喧嘩して家を飛び出したままの父親との関係だ。口癖のように兄と比較されて腹は立っていたし、そういう無神経なところは思う所はあるけれど――子供の頃は日が暮れても遊んでくれて、一緒に母親から叱られてくれた父のことは、やはり嫌いにはなれない。
(俺もちゃんと話さないとな……)
そんなことを考えながら「それじゃ、食べようか」と叶に笑って言って、食事を始めたのだった。
奥さんはそう言うと、テーブルの上に置かれた漁船の調味料置きへ目を向ける。
「やりたいことが決まった、と言っていました」
「やりたいこと?」
「はい。漁師だそうです」
お、と港と叶は目をほんの少しだけ大きく開いた。
水族館で出会った漁師――松谷が知りたがっていたのはこれだ。
「お父さんの跡を継いだんですね」
「はい。ずっと、迷っていたそうですよ」
「他にもやりたいことが?」
「実はね、松谷さんは息子さんに漁師を継いでもらうことを悩んでいたんですよ。それを息子さんに隠していたみたいなんですが……気付いてらっしゃって」
「あ、なるほど」
確かに、松谷はそういう隠しごとはあまり得意ではなさそうに見えた。
正直と言うか、裏表のない彼の性格が、少し話しただけでも伝わってきたからだ。
それにずっとそばにいたんだもんなと港は思う。きっと松谷の息子は父親のことを誰よりも良く見て、理解していたのだろう。
「松谷さんの息子さんは優しい方ですから。それで父親の願いを叶えたいと思っていたそうで。でも小さな頃からの夢を――松谷さんのような漁師になりたいという夢も諦められなくて、悩んでいたそうです。……松谷さんが亡くなった時に、やっぱり自分は、父親みたいになりたいって強く思ったそうで、それで、後を継いで漁師になったそうですよ」
「おお……」
港は思わず唸った。立派だ、と感銘を覚えたからだ。松谷も、彼の息子も。
誰かから憧れられるような生き方をした松谷と、その姿を見て育った彼の息子。その話を聞かせてもらったら、何だか胸がいっぱいになって港はぐすっと鼻を鳴らす。
「とても良い関係ですね……っ」
「そう思います。……ただ」
「ただ?」
「生きているうちに、それをちゃんと伝えたかったなとも言っていましたね……」
「…………」
奥さんはしんみりとした声でそう言った。
「きっと喜んでいると思いますよ。はっはっはっ、ゆきひらにはうちが直接卸してたんだ。今は倅が引き継いでくれていてなぁ! って!」
港の口からするりと言葉が出た。
水族館で話をした時に、彼は嬉しそうに子供のことを話してくれた。実際にそれを見たからこそ断言できる。松谷は自分の息子が跡を継いでくれたことを喜んでいる。そして息子と同じことを心配しているのだ。
(親子だなぁ……)
ほっこりして、港は小さく笑う。叶も微笑ましそうにこくこく頷いていた。
奥さんはそんな港を見て目をぱちぱちと瞬いていたが、
「ふふ。今の言い方、松谷さんにそっくりでしたよ!」
「あはは、それは良かった」
ちょっとだけ言葉は変えたけれど実際に聞いたからね、と港は心の中で呟く。
奥さんは懐かしそうに目を細める。目の端には涙が光っていた。
「お魚を納品にきてくれたら、お話しなくっちゃ。……って、あっ、ごめんなさい。私、ついつい話込んじゃって」
「いえいえ。こちらこそお忙しい中、引き留めてしまってすみません」
「いえ! それでは、ごゆっくりお食事をお楽しみくださいね!」
奥さんは涙を拭いて、にこっと笑って厨房の方へと戻って行った。
港は軽く頭を下げると叶の方へ顔を向ける。
「聞けたね」
「聞けましたね。……素敵な関係だなって思いました」
「俺もだよ」
そう答えて港は、自分は両親とどうだったかなと考える。特に、喧嘩して家を飛び出したままの父親との関係だ。口癖のように兄と比較されて腹は立っていたし、そういう無神経なところは思う所はあるけれど――子供の頃は日が暮れても遊んでくれて、一緒に母親から叱られてくれた父のことは、やはり嫌いにはなれない。
(俺もちゃんと話さないとな……)
そんなことを考えながら「それじゃ、食べようか」と叶に笑って言って、食事を始めたのだった。
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