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32 レインボードーナツにて
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レインボードーナツ内は、この時間でもそこそこ賑わっていた。店内へ足を踏み入れると、甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。ゆきひらの食事をしっかり満喫した港だったが、美味しそうなドーナツの匂いに、これならもう少し行けそう……なんて思っていた。
(甘い物は別腹って感覚、正直良く分からなかったんだけど、今なら分かる気がする)
柿原シーパラダイスでしっかりと働いて、最初の頃の陰鬱な気持ちも晴れて、思ったよりもストレスを感じなくなったせいかもしれない。睡眠もちゃんと取れている。そのおかげで身体の調子も何となく良いため、食欲も出ているようだ。
――もちろん、柿原市の食が美味し過ぎて、食欲に拍車をかけているのもあるけれど。
(この分だと、俺、太るなぁ……。中年太り……さすがに回避したい)
そういう年齢に足を突っ込んではいるものの、営業職だったためにあちこち歩き回っていた。ジョギングのような運動とは違うけれど、食べた分はしっかり消費出来ている。着ぐるみのアルバイトもそうだ。どれだけ食べても、その分働いているので、今のところ太る傾向はない。
――ない、のだが……。
(バイトの期間が終わったら、考えないとなぁ)
しばらくは働かずに暮らせるだけの貯金はある。なので港はほどほどにゆっくりするつもりではいるが、その後はどうしたものだろう。さすがにこの年齢からだと未経験の仕事に就くのは度胸がいる。
(でも、楽しいんだよな、着ぐるみのバイトも)
こういう仕事にチャレンジしてみるのもありかもしれない。遊園地とか、ショッピングモールとか。夏場の地獄に耐えられるかどうかは分からないけれど。
そんなことを考えながら港はドーナツを幾つかと飲み物を購入した。港はシンプルなプレーンドーナツとコーヒー、叶はフレンチクルーラーだ。叶はガラスケースに入ったドーナツを見て、目をキラキラ輝かせていた。
楽しんでもらえたなら何よりだと思いながら、港は購入したドーナツとコーヒーをトレーに乗せて、イートインスペースへ向かう。店の奥の、窓際の席がちょうど空いていたのでそこに座った。
「ドーナツ、あんなにたくさんの種類があるんですね」
「俺も滅多には来ないけど、びっくりしたよ。期間限定の抹茶のも美味しそうだったな」
「はい。抹茶の色が、とても綺麗でした」
興奮気味の話す叶が微笑ましくて、港もつられて笑顔になる。そしてコーヒーを一口飲んだあとで、
「ところで叶さん。何か心配なこととか、ない?」
そう訊いた。叶は目を丸くして「あ、えっと……」と視線を彷徨わせる。ああ、やっぱりこれはあるな。港は軽く頷いた。
「俺、こう見えて水族館でカキペンくんをしていましてね」
「え? はい……?」
「幽霊さんたちと雑談して、SNSでもちょっと話題です」
「???」
叶は不思議そうに首を傾げた。言葉の意図が分からないようだ。それはそうだろう。急に、こんなことを言われても「そうですね……?」しか返せないのが普通だ。しかし港はお構いなしに話を続け、人差し指をピンと立てる。
「なので話し相手としては、なかなか良いチョイスだと思うんだけど、どう?」
「――――」
叶は目を大きく見開いた。ややあって顔を綻ばせて、
「……そう、ですね。分かります。僕が一番近くで見ていましたから」
と言った。うん、と港は頷く。
「そうそう。なので一番助手の叶さんの話を、もっとしっかり聞きたくてさ」
「一番助手?」
「叶さんが先生で、俺が一番助手という可能性もあります」
「あはは」
堪えきれないという様子で叶は笑い出した。年相応の明るい表情だ。
叶は目の端に浮かんだ涙を指で拭うと、
「……はい。あの、それじゃあ、聞いてもらっても良いですか?」
と言ったのだった。
(甘い物は別腹って感覚、正直良く分からなかったんだけど、今なら分かる気がする)
柿原シーパラダイスでしっかりと働いて、最初の頃の陰鬱な気持ちも晴れて、思ったよりもストレスを感じなくなったせいかもしれない。睡眠もちゃんと取れている。そのおかげで身体の調子も何となく良いため、食欲も出ているようだ。
――もちろん、柿原市の食が美味し過ぎて、食欲に拍車をかけているのもあるけれど。
(この分だと、俺、太るなぁ……。中年太り……さすがに回避したい)
そういう年齢に足を突っ込んではいるものの、営業職だったためにあちこち歩き回っていた。ジョギングのような運動とは違うけれど、食べた分はしっかり消費出来ている。着ぐるみのアルバイトもそうだ。どれだけ食べても、その分働いているので、今のところ太る傾向はない。
――ない、のだが……。
(バイトの期間が終わったら、考えないとなぁ)
しばらくは働かずに暮らせるだけの貯金はある。なので港はほどほどにゆっくりするつもりではいるが、その後はどうしたものだろう。さすがにこの年齢からだと未経験の仕事に就くのは度胸がいる。
(でも、楽しいんだよな、着ぐるみのバイトも)
こういう仕事にチャレンジしてみるのもありかもしれない。遊園地とか、ショッピングモールとか。夏場の地獄に耐えられるかどうかは分からないけれど。
そんなことを考えながら港はドーナツを幾つかと飲み物を購入した。港はシンプルなプレーンドーナツとコーヒー、叶はフレンチクルーラーだ。叶はガラスケースに入ったドーナツを見て、目をキラキラ輝かせていた。
楽しんでもらえたなら何よりだと思いながら、港は購入したドーナツとコーヒーをトレーに乗せて、イートインスペースへ向かう。店の奥の、窓際の席がちょうど空いていたのでそこに座った。
「ドーナツ、あんなにたくさんの種類があるんですね」
「俺も滅多には来ないけど、びっくりしたよ。期間限定の抹茶のも美味しそうだったな」
「はい。抹茶の色が、とても綺麗でした」
興奮気味の話す叶が微笑ましくて、港もつられて笑顔になる。そしてコーヒーを一口飲んだあとで、
「ところで叶さん。何か心配なこととか、ない?」
そう訊いた。叶は目を丸くして「あ、えっと……」と視線を彷徨わせる。ああ、やっぱりこれはあるな。港は軽く頷いた。
「俺、こう見えて水族館でカキペンくんをしていましてね」
「え? はい……?」
「幽霊さんたちと雑談して、SNSでもちょっと話題です」
「???」
叶は不思議そうに首を傾げた。言葉の意図が分からないようだ。それはそうだろう。急に、こんなことを言われても「そうですね……?」しか返せないのが普通だ。しかし港はお構いなしに話を続け、人差し指をピンと立てる。
「なので話し相手としては、なかなか良いチョイスだと思うんだけど、どう?」
「――――」
叶は目を大きく見開いた。ややあって顔を綻ばせて、
「……そう、ですね。分かります。僕が一番近くで見ていましたから」
と言った。うん、と港は頷く。
「そうそう。なので一番助手の叶さんの話を、もっとしっかり聞きたくてさ」
「一番助手?」
「叶さんが先生で、俺が一番助手という可能性もあります」
「あはは」
堪えきれないという様子で叶は笑い出した。年相応の明るい表情だ。
叶は目の端に浮かんだ涙を指で拭うと、
「……はい。あの、それじゃあ、聞いてもらっても良いですか?」
と言ったのだった。
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