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34 月夜
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その後、ドーナツを食べ終えた港は、叶と共にレインボードーナツを出た。星々の輝く夜空には、綺麗な月が浮かんでいる。
(月が綺麗ですね……って、確か告白の意味があったんだっけ?)
どこかで聞いたふわっとした知識を思い出しながら、港は月を見上げる。月が綺麗な夜のSNSで、そういう話題が上がっていた気がする。
そんな洒落た台詞を一度は言ってみたいけれど、港にはそういう相手はいないし、そもそも意味を知っている者同士でなければ伝わらない話である。やってみたいことと、実際にやれることも違いがあるよなぁ、なんて思いながら、港は叶の方を見た。
「叶さん、本当に送って行かなくて大丈夫?」
「はい。家まで近いですし、それに僕は幽霊ですから大丈夫です」
生身の人間ではない分、不審者に襲われることはないだろう。けれども、彼の姿がしっかりと見えて、声も聞こえる港からすると、それでも何となく心配になってしまってもう一度聞いたのだ。大丈夫とのことだし、あまりしつこく言っても良くないので、港は「そっか」と頷いた。
「それじゃあ、叶さん。また明日ね」
「はい、港さん! また明日……え?」
別れの挨拶をしていたら、不意に叶が目を見開いて固まった。その目は港の背後に向けられている。どうしたのかと思いながら港は振り返る。後ろには、何人かの大人たちがいて、それぞれの目的地を目指して歩いているところだった。
(ん……?)
その中に、何となく叶と似た顔立ちの女性がいて、虚ろな目でふらふらと歩いていた。港がもう一度叶を見ると、彼の目はその女性に向けられている。
「もしかして、お母さん?」
「は、はい」
港が訊くと叶は動揺しながら頷いた。
「仕事帰りだと思う?」
「い、いえ。お母さん、今はお仕事を休んでいて……」
「そっか。……そうなると、少し心配だな」
仕事を休んでいる理由は、恐らく我が子を亡くしたショックで、調子が悪いからではないだろうか。港はそう考えながら、叶の母親の様子をうかがう。
表情はぼんやりとして、不安定に見えた。思いつめた顔ではないのだけは良かったが、それでも放って置くと危ない気がする。
「港さん、僕、追いかけます!」
「うん。俺も行くよ」
「えっ、でも、電車は」
「大丈夫大丈夫。俺よりも叶さんのお母さんの方が心配だよ。終電を逃した時は、一日くらいビジネスホテルかネットカフェで過ごせるからさ!」
叶を安心させるように笑ってみせると、叶はほっとした顔で「ありがとうございます」とお礼を言ってくれた。たぶん心細い気持ちはあったのだろう。
「そうだ。叶さん、お母さんの名前って?」
「宮子といいます」
「宮子さんだね、オッケー」
見知らぬ人間から名前を呼ばれても不気味だろうから、極力言わないようにはするつもりだが、それでも知っておいた方が万が一の時に安心だ。
(とりあえず、まずは様子を見る感じが……いいかな。こんな時間帯だし、不審者に間違われかねないし)
港はよし、と頷くと宮子を追いかけて歩き始めた。
離れた場所から様子を見ていると、宮子はどうも、柿原シーパラダイスのある方へ向かっている様だった。しかし、その歩みにはあまり力がない。
(あの辺りにある商業施設って、コンビニくらいだよな)
港は頭に水族館周りの店を思い浮かべるが、やはりそのくらいだった。
カキペンくんの着ぐるみバイトを始めてから、お客さんからたまに水族館近くの飲食店について話かけられることがあったので、周辺地図は頭に入れているのだ。もちろん、カキペンくんをしている時は、言葉で伝えるわけにはいかないので、地図を広げて指さしで教えているけれど。
営業の仕事をしていたおかげで、地図を覚えるのが得意になったのは幸いだった。
(……本当に、何がどこで役に立つか分からないよな)
そんなことを考えながら、宮子の後をそっと追う。
もしかしたら目的地はコンビニかもと思ったが、同じ店はレインボードーナツ近くにもある。ただコンビニでただ買い物がしたいだけならば、家から近いそちらへ寄るだろう。
散歩がてらちょっと離れたコンビニへ行こう、という感じだったとしても、この時間に女性の一人歩きは心配だ。最近では、コンビニ強盗がコンビニ定員に取り押さえられたというニュースもあったばかりだし、それを聞いていれば警戒する――と思う。
「お母さん、水族館へ向かっているんでしょうか」
隣を歩く叶がそう訊いてくる。
「かもしれないね」
正直、目的地が柿原シーパラダイスであるなら、港は少し安心だった。あそこには夜、宿直で残っている職員がいる。声をかけて、建物の中に入って休んでもらっている間に、家族に連絡を取って迎えに来てもらえるだろう。
「水族館前まで来たら、声をかけてみよう」
「はい」
宮子を心配そうに見つめながら、叶はこくりと頷いた。
(月が綺麗ですね……って、確か告白の意味があったんだっけ?)
どこかで聞いたふわっとした知識を思い出しながら、港は月を見上げる。月が綺麗な夜のSNSで、そういう話題が上がっていた気がする。
そんな洒落た台詞を一度は言ってみたいけれど、港にはそういう相手はいないし、そもそも意味を知っている者同士でなければ伝わらない話である。やってみたいことと、実際にやれることも違いがあるよなぁ、なんて思いながら、港は叶の方を見た。
「叶さん、本当に送って行かなくて大丈夫?」
「はい。家まで近いですし、それに僕は幽霊ですから大丈夫です」
生身の人間ではない分、不審者に襲われることはないだろう。けれども、彼の姿がしっかりと見えて、声も聞こえる港からすると、それでも何となく心配になってしまってもう一度聞いたのだ。大丈夫とのことだし、あまりしつこく言っても良くないので、港は「そっか」と頷いた。
「それじゃあ、叶さん。また明日ね」
「はい、港さん! また明日……え?」
別れの挨拶をしていたら、不意に叶が目を見開いて固まった。その目は港の背後に向けられている。どうしたのかと思いながら港は振り返る。後ろには、何人かの大人たちがいて、それぞれの目的地を目指して歩いているところだった。
(ん……?)
その中に、何となく叶と似た顔立ちの女性がいて、虚ろな目でふらふらと歩いていた。港がもう一度叶を見ると、彼の目はその女性に向けられている。
「もしかして、お母さん?」
「は、はい」
港が訊くと叶は動揺しながら頷いた。
「仕事帰りだと思う?」
「い、いえ。お母さん、今はお仕事を休んでいて……」
「そっか。……そうなると、少し心配だな」
仕事を休んでいる理由は、恐らく我が子を亡くしたショックで、調子が悪いからではないだろうか。港はそう考えながら、叶の母親の様子をうかがう。
表情はぼんやりとして、不安定に見えた。思いつめた顔ではないのだけは良かったが、それでも放って置くと危ない気がする。
「港さん、僕、追いかけます!」
「うん。俺も行くよ」
「えっ、でも、電車は」
「大丈夫大丈夫。俺よりも叶さんのお母さんの方が心配だよ。終電を逃した時は、一日くらいビジネスホテルかネットカフェで過ごせるからさ!」
叶を安心させるように笑ってみせると、叶はほっとした顔で「ありがとうございます」とお礼を言ってくれた。たぶん心細い気持ちはあったのだろう。
「そうだ。叶さん、お母さんの名前って?」
「宮子といいます」
「宮子さんだね、オッケー」
見知らぬ人間から名前を呼ばれても不気味だろうから、極力言わないようにはするつもりだが、それでも知っておいた方が万が一の時に安心だ。
(とりあえず、まずは様子を見る感じが……いいかな。こんな時間帯だし、不審者に間違われかねないし)
港はよし、と頷くと宮子を追いかけて歩き始めた。
離れた場所から様子を見ていると、宮子はどうも、柿原シーパラダイスのある方へ向かっている様だった。しかし、その歩みにはあまり力がない。
(あの辺りにある商業施設って、コンビニくらいだよな)
港は頭に水族館周りの店を思い浮かべるが、やはりそのくらいだった。
カキペンくんの着ぐるみバイトを始めてから、お客さんからたまに水族館近くの飲食店について話かけられることがあったので、周辺地図は頭に入れているのだ。もちろん、カキペンくんをしている時は、言葉で伝えるわけにはいかないので、地図を広げて指さしで教えているけれど。
営業の仕事をしていたおかげで、地図を覚えるのが得意になったのは幸いだった。
(……本当に、何がどこで役に立つか分からないよな)
そんなことを考えながら、宮子の後をそっと追う。
もしかしたら目的地はコンビニかもと思ったが、同じ店はレインボードーナツ近くにもある。ただコンビニでただ買い物がしたいだけならば、家から近いそちらへ寄るだろう。
散歩がてらちょっと離れたコンビニへ行こう、という感じだったとしても、この時間に女性の一人歩きは心配だ。最近では、コンビニ強盗がコンビニ定員に取り押さえられたというニュースもあったばかりだし、それを聞いていれば警戒する――と思う。
「お母さん、水族館へ向かっているんでしょうか」
隣を歩く叶がそう訊いてくる。
「かもしれないね」
正直、目的地が柿原シーパラダイスであるなら、港は少し安心だった。あそこには夜、宿直で残っている職員がいる。声をかけて、建物の中に入って休んでもらっている間に、家族に連絡を取って迎えに来てもらえるだろう。
「水族館前まで来たら、声をかけてみよう」
「はい」
宮子を心配そうに見つめながら、叶はこくりと頷いた。
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