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B聖女だったのに婚約破棄されたので悪役令嬢に転身したら国外追放されました。田舎でスローライフを満喫していたらなぜか騎士様に求婚されています。
5.それぞれの
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「兄上、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。みんな、よく聞いてほしい……そしてできれば、これからいうことを胸の内に秘めておいてくれるとありがたい」
「わかっております」
「もちろんですわ」
そしてブレンダもこくんと頷くのを見て、クラレンスは話し始めた。
「エレイン……愛しているよ」
そんな言葉から始まった。それが、クラレンスの本心だと思うと胸が熱くなる。
「僕は君に会った時から大好きだったんだ。それはもう、揺るぎなく、大好きで……大事な弟のアドルフが君のことを好きだって気づいていたけど、そんなの関係なかった。君は僕のものになることが決まっていたから」
アドルフの顔が、赤くも青くなった。クラレンスはアドルフの気持ちに気づいていて黙っていたのだ。ばれてしまっていたと知ったアドルフの顔は強張ってしまっている。
「そのまま、結婚するものだと思っていたが……ある日、僕は君への気持ちが薄れていることに気がついた。それはきっと、ブレンダの魔法のせいだったんだと思う」
なのに、ブレンダを見るクラレンスの瞳に、憎しみの炎は映し出されてはいない。
「どんどんエレインから気持ちが離れていった僕は、ひとりの令嬢に目が行くようになった。……君だ、ブレンダ」
クラレンスはブレンダのそばに行くと、視線を合わせるために片膝をついた。エレインたちだけでなく、ブレンダも目を丸めている。
「明るく前向きで、一生懸命。そんなブレンダに、僕は興味を持ち始めた」
ブレンダの唇が、声なく『うそでしょ』と動いた。
彼女は、クラレンスにかけた魔法を一つだけだと言っていた。他に魔法はかけていないと。
「僕はエレインを疎ましく思うと同時に、ブレンダをだんだん好きになっていったんだ」
エレインから心が離れる魔法を使われていたとはいえ、彼女を好きになったのは……クラレンス自身の意思。
その事実は、エレインから酸素を奪っていくように息を苦しくさせる。
「そしてブレンダに相当な魔力量があると知った僕は……」
座り込んでいるブレンダをそのままに、立ち上がって振り向いたクラレンスは──
「エレインとの婚約を破棄すべく、画策してしまっていた……っ」
透き通った涙が、滑り落ちていた。
「クラレンス様……」
「すまない……すまない、エレイン……」
ブレンダがクラレンスを操って婚約破棄させたのではない。確かに魔法はひとつかかっていたけれど……婚約破棄は、クラレンス自身の意思だった。
「たまに正気に戻ると、激しく後悔した。そして、エレインへの気持ちが溢れ出して狂いそうになった」
それが発作の原因だったのだろうか。クラレンスはコツコツとエレインに向かって歩いてくる。
「そしてブレンダの魔法が解けた今、エレインを愛する気持ちが復活した」
どきんと胸が鳴る。
嬉しい。好きだと言ってもらえて。愛していると言ってもらえて。
クラレンスの手が、エレインの頬に触れた。しかしその手は、どこか冷たくて──
「エレイン……愛しているよ。こんなに好きになる人は、二度と現れないと思っていたんだ……」
ほろほろとクラレンスの目から涙が溢れ落ちた。胸が、ちぎれそうなほどにドクドクと不安で打ち鳴らされてる。
「殿下……」
「愛してる……この気持ちに嘘はない。信じてくれ……っ」
「はい……はい、信じます……」
本音をさらけ出す魔法は絶対だ。嘘が言えないのはわかっている。
しかし、だからこそ次のクラレンスの言葉が、エレインには予測できてしまった。
「そして……エレインへの気持ちが戻れば、ブレンダへの気持ちもなくなると思っていたが……僕は、彼女も愛してしまっているんだ……」
「……はい」
エレインの目からも、熱いものが流れ落ちた。
クラレンスを責めることはできない。魔法さえ使われなければ、こんなことにはならなかったのだから。
「一番の被害者は、君だ。エレインが望むことを、僕は必ず叶える。だから、どうしたいか教えてくれ……」
「私の、望むこと……」
それはなんだろうか。
できるならば時間を戻してブレンダの魔法を阻止したいが、そんなことはどんな魔力を持ってしても不可能だ。
では、ブレンダとは婚約破棄してもらい、もう一度婚約者の地位に戻してもらうことが最善なのだろうか。
けど……婚約者に戻ったとしても、クラレンス様はもう以前のクラレンス様じゃないわ。
私だけを見てはくださらない。殿下はブレンダのことも好きで……きっと一生、彼女のことも気にかけていくんだわ。
エレインが婚約者の座に戻れば、ブレンダとは婚約解消しなければならなくなる。婚約解消の理由は、彼女が王族に対して魔法を許可なく使ったからということになるだろう。
そうなると、ブレンダは追放や禁固刑になってしまうこともあり得る。それは、クラレンスの望む未来ではないはずだ。
「クラレンス様……私は……」
苦しい。声が出ない。
本当は言いたい。元に戻りたいと。私一人だけを愛してほしいと。
でもそれはきっと、クラレンスを苦しめるだけ──
「このままが、いい、のでは、ない……かと……っ」
声が震える。にっこりと笑って、なにごともなかったかのように告げたかったのに。
「エレイン……」
「私……田舎で、暮らすのが……た、楽しくて……っ」
本当のことだというのに、なぜか涙が溢れてくる。クラレンスの痛そうな顔が、つらい。
「婚約者が……また変わるのも……大変、ですわ……特に、私は悪役令嬢として……世に広まってしまっています……」
悪役令嬢と噂のあるものが王子の婚約者になるなど、民衆の反感を買ってしまうだけだ。
それはクラレンスのためにも……この国ためにもならないのだから。
「ブレンダ様の気持ちもクラレンス様の気持ちも本物なら……きっと、このままお二人が結婚する方が、いいんですわ……」
「エレイン……ッ」
ブレンダが魔法をかけたことも、ごく一部しか知らないならどうにでもなるだろう。
もう元には戻れないのなら、この選択が一番いいはずなのだ。
そう理解できているはずなのに、胸は砕かれたかのように苦しい。
「すまない……すまない……っ君を選ぶことができなくて……僕は……っ」
「クラレンス様、クラレンス様……っ」
クラレンスがぎゅっとエレインを抱きしめてくれる。
こんな抱擁は、婚約者のときにだってしたことはなかった。
これはきっと、最初で最後の……熱い抱擁。
「クラレンス様……私も、私も愛しておりました……! この世で、一番……っ」
「僕もだ……君と、一生を共に過ごしたかった……! 愛してるよ。どうか、どうか幸せになってほしい……」
力いっぱい抱きしめ合っていたその手は、やがてゆっくりと離れていく。
そうしてお互いの顔をみやった二人は、そっと微笑んだ。
エレインはクラレンスとブレンダに手のひらをかざし、二人にかけた魔法を解いてみせる。
「クラレンス様、ありがとうございました。どうぞ、ブレンダ様とお幸せに」
エレインは、クラレンスに感謝の意を告げた。エレインに謝罪してくれたこと、選択権をくれたこと。どちらも無視してクラレンスはブレンダと結婚できたはずなのに、そうしなかったことが嬉しかった。
「エレインも来てくれて……そして祝福してくれて、ありがとう」
責任ある王族の一人といった威厳のある顔で、クラレンスはそう言ったのだった。
エレインが王族の別荘を出ると、その背後からはアドルフがついてきている。
「アドルフ様。本当にこの国に残らなくて良かったんですの?」
どこか寂しそうなアドルフに、エレインはなるべく明るく話しかけた。
彼は、シリトーで暮らす旨をクラレンスに告げ、許可をもらっていたのだ。
「俺は……エレインと一緒にいたい」
「アドルフ様がいてくれたら、私も心強いですわ。さぁ、一緒に帰りましょう」
「エレイン!」
馬車に向かおうとしたその体を、アドルフに引き寄せられた。
「無理しなくていい……」
「アドル……」
「よく、頑張った……」
「……~~!!」
アドルフはわかってくれていたのだ。エレインの胸の内を。
絞り出すようにして告げた、愛する人への決別を。
目の前のアドルフの全てを受け止める表情に、胸の内から感情が溢れ出る。
「うう、う………っ私、私──」
「ああ」
「クラレンス様のそばにいたかった……! けど、けどクラレンス様はブレンダのことを……あああっ」
心の叫びが外に飛び出してしまったエレインを、アドルフはしっかと抱きとめてくれる。
「俺は、エレインだけだから……エレインだけを、一生愛し続けるから……っ」
「アドルフ様……アドルフ様ぁ!」
苦しみの沼から救い出そうと、アドルフは耳の側で愛の言葉を紡いでくれた。
アドルフだって、好きな人にこんなことを訴えられてつらいはずだ。それを申し訳なく思っても、思いは止まらず涙は流れ続ける。
そんなエレインを、アドルフはずっと優しく抱き止めてくれていた。
***
「じゃあ、行ってくる」
そう言って剣を片手に家を出るアドルフに、エレインは笑顔を送った。
「いってらっしゃい、アドルフ。気をつけてね」
「エレインも、畑仕事はほどほどにな」
「はいはい」
心配するアドルフを見送ると、エレインはいつも畑仕事を手伝っている農家の夫婦のところまでやってきた。
「おはようございます! 今日はなにをお手伝いすればいいですか?」
「おはよう、エレインちゃん。今日は、大根を間引いておくれ」
「はい!」
返事をして畑に向かおうとすると、「エレインちゃん」と呼び止められる。
「無理はしないようにね。お腹に赤ちゃんがいるんだから」
優しい気遣いに、エレインはもう一度「はい!」と元気よく返事をした。
仕事を終えると、大根の葉をもらって帰る。それで料理を作っていると、ここにきてからの一年間が思い出された。
生まれて初めての収穫は、この大根の間引き菜だったこと。
アドルフに告白され、プロポーズされたのに、答えは出せなかったこと。
クラレンスとはきっちりとお別れをしたこと。
そして──
エレインは、アドルフと再びこの地で出発した。
ゆっくりと、ゆっくりとだったけれど、確実に愛をはぐくんで。
彼の十八歳の誕生日の時に、今度はエレインからプロポーズをしたのだ。
その時の言葉は……
ガチャリ、と玄関の扉が鳴った。
エレインは食事の支度をそのままに、愛しい人を笑顔で迎える。
「おかえりなさい、アドルフ!」
あなたが帰ってきた時、おかえりなさいと迎えたい──エレインは、そう伝えたのだ。
「ただいま、エレイン」
ただいまと俺が言ったら、必ずキスをしてほしい──それが、彼の返事。
いつものように少しかがんでくれるアドルフに、エレインはそっと唇を重ね合わせる。
泣きたくなるくらい、幸せな時間。
「好きよ、アドルフ」
「俺も愛してる。お腹の子も……」
そう言い合ってコツンとおでこをくっつけると。
微笑みを交わしながら、もう一度二人は口づけを交わした。
「ああ、問題ない。みんな、よく聞いてほしい……そしてできれば、これからいうことを胸の内に秘めておいてくれるとありがたい」
「わかっております」
「もちろんですわ」
そしてブレンダもこくんと頷くのを見て、クラレンスは話し始めた。
「エレイン……愛しているよ」
そんな言葉から始まった。それが、クラレンスの本心だと思うと胸が熱くなる。
「僕は君に会った時から大好きだったんだ。それはもう、揺るぎなく、大好きで……大事な弟のアドルフが君のことを好きだって気づいていたけど、そんなの関係なかった。君は僕のものになることが決まっていたから」
アドルフの顔が、赤くも青くなった。クラレンスはアドルフの気持ちに気づいていて黙っていたのだ。ばれてしまっていたと知ったアドルフの顔は強張ってしまっている。
「そのまま、結婚するものだと思っていたが……ある日、僕は君への気持ちが薄れていることに気がついた。それはきっと、ブレンダの魔法のせいだったんだと思う」
なのに、ブレンダを見るクラレンスの瞳に、憎しみの炎は映し出されてはいない。
「どんどんエレインから気持ちが離れていった僕は、ひとりの令嬢に目が行くようになった。……君だ、ブレンダ」
クラレンスはブレンダのそばに行くと、視線を合わせるために片膝をついた。エレインたちだけでなく、ブレンダも目を丸めている。
「明るく前向きで、一生懸命。そんなブレンダに、僕は興味を持ち始めた」
ブレンダの唇が、声なく『うそでしょ』と動いた。
彼女は、クラレンスにかけた魔法を一つだけだと言っていた。他に魔法はかけていないと。
「僕はエレインを疎ましく思うと同時に、ブレンダをだんだん好きになっていったんだ」
エレインから心が離れる魔法を使われていたとはいえ、彼女を好きになったのは……クラレンス自身の意思。
その事実は、エレインから酸素を奪っていくように息を苦しくさせる。
「そしてブレンダに相当な魔力量があると知った僕は……」
座り込んでいるブレンダをそのままに、立ち上がって振り向いたクラレンスは──
「エレインとの婚約を破棄すべく、画策してしまっていた……っ」
透き通った涙が、滑り落ちていた。
「クラレンス様……」
「すまない……すまない、エレイン……」
ブレンダがクラレンスを操って婚約破棄させたのではない。確かに魔法はひとつかかっていたけれど……婚約破棄は、クラレンス自身の意思だった。
「たまに正気に戻ると、激しく後悔した。そして、エレインへの気持ちが溢れ出して狂いそうになった」
それが発作の原因だったのだろうか。クラレンスはコツコツとエレインに向かって歩いてくる。
「そしてブレンダの魔法が解けた今、エレインを愛する気持ちが復活した」
どきんと胸が鳴る。
嬉しい。好きだと言ってもらえて。愛していると言ってもらえて。
クラレンスの手が、エレインの頬に触れた。しかしその手は、どこか冷たくて──
「エレイン……愛しているよ。こんなに好きになる人は、二度と現れないと思っていたんだ……」
ほろほろとクラレンスの目から涙が溢れ落ちた。胸が、ちぎれそうなほどにドクドクと不安で打ち鳴らされてる。
「殿下……」
「愛してる……この気持ちに嘘はない。信じてくれ……っ」
「はい……はい、信じます……」
本音をさらけ出す魔法は絶対だ。嘘が言えないのはわかっている。
しかし、だからこそ次のクラレンスの言葉が、エレインには予測できてしまった。
「そして……エレインへの気持ちが戻れば、ブレンダへの気持ちもなくなると思っていたが……僕は、彼女も愛してしまっているんだ……」
「……はい」
エレインの目からも、熱いものが流れ落ちた。
クラレンスを責めることはできない。魔法さえ使われなければ、こんなことにはならなかったのだから。
「一番の被害者は、君だ。エレインが望むことを、僕は必ず叶える。だから、どうしたいか教えてくれ……」
「私の、望むこと……」
それはなんだろうか。
できるならば時間を戻してブレンダの魔法を阻止したいが、そんなことはどんな魔力を持ってしても不可能だ。
では、ブレンダとは婚約破棄してもらい、もう一度婚約者の地位に戻してもらうことが最善なのだろうか。
けど……婚約者に戻ったとしても、クラレンス様はもう以前のクラレンス様じゃないわ。
私だけを見てはくださらない。殿下はブレンダのことも好きで……きっと一生、彼女のことも気にかけていくんだわ。
エレインが婚約者の座に戻れば、ブレンダとは婚約解消しなければならなくなる。婚約解消の理由は、彼女が王族に対して魔法を許可なく使ったからということになるだろう。
そうなると、ブレンダは追放や禁固刑になってしまうこともあり得る。それは、クラレンスの望む未来ではないはずだ。
「クラレンス様……私は……」
苦しい。声が出ない。
本当は言いたい。元に戻りたいと。私一人だけを愛してほしいと。
でもそれはきっと、クラレンスを苦しめるだけ──
「このままが、いい、のでは、ない……かと……っ」
声が震える。にっこりと笑って、なにごともなかったかのように告げたかったのに。
「エレイン……」
「私……田舎で、暮らすのが……た、楽しくて……っ」
本当のことだというのに、なぜか涙が溢れてくる。クラレンスの痛そうな顔が、つらい。
「婚約者が……また変わるのも……大変、ですわ……特に、私は悪役令嬢として……世に広まってしまっています……」
悪役令嬢と噂のあるものが王子の婚約者になるなど、民衆の反感を買ってしまうだけだ。
それはクラレンスのためにも……この国ためにもならないのだから。
「ブレンダ様の気持ちもクラレンス様の気持ちも本物なら……きっと、このままお二人が結婚する方が、いいんですわ……」
「エレイン……ッ」
ブレンダが魔法をかけたことも、ごく一部しか知らないならどうにでもなるだろう。
もう元には戻れないのなら、この選択が一番いいはずなのだ。
そう理解できているはずなのに、胸は砕かれたかのように苦しい。
「すまない……すまない……っ君を選ぶことができなくて……僕は……っ」
「クラレンス様、クラレンス様……っ」
クラレンスがぎゅっとエレインを抱きしめてくれる。
こんな抱擁は、婚約者のときにだってしたことはなかった。
これはきっと、最初で最後の……熱い抱擁。
「クラレンス様……私も、私も愛しておりました……! この世で、一番……っ」
「僕もだ……君と、一生を共に過ごしたかった……! 愛してるよ。どうか、どうか幸せになってほしい……」
力いっぱい抱きしめ合っていたその手は、やがてゆっくりと離れていく。
そうしてお互いの顔をみやった二人は、そっと微笑んだ。
エレインはクラレンスとブレンダに手のひらをかざし、二人にかけた魔法を解いてみせる。
「クラレンス様、ありがとうございました。どうぞ、ブレンダ様とお幸せに」
エレインは、クラレンスに感謝の意を告げた。エレインに謝罪してくれたこと、選択権をくれたこと。どちらも無視してクラレンスはブレンダと結婚できたはずなのに、そうしなかったことが嬉しかった。
「エレインも来てくれて……そして祝福してくれて、ありがとう」
責任ある王族の一人といった威厳のある顔で、クラレンスはそう言ったのだった。
エレインが王族の別荘を出ると、その背後からはアドルフがついてきている。
「アドルフ様。本当にこの国に残らなくて良かったんですの?」
どこか寂しそうなアドルフに、エレインはなるべく明るく話しかけた。
彼は、シリトーで暮らす旨をクラレンスに告げ、許可をもらっていたのだ。
「俺は……エレインと一緒にいたい」
「アドルフ様がいてくれたら、私も心強いですわ。さぁ、一緒に帰りましょう」
「エレイン!」
馬車に向かおうとしたその体を、アドルフに引き寄せられた。
「無理しなくていい……」
「アドル……」
「よく、頑張った……」
「……~~!!」
アドルフはわかってくれていたのだ。エレインの胸の内を。
絞り出すようにして告げた、愛する人への決別を。
目の前のアドルフの全てを受け止める表情に、胸の内から感情が溢れ出る。
「うう、う………っ私、私──」
「ああ」
「クラレンス様のそばにいたかった……! けど、けどクラレンス様はブレンダのことを……あああっ」
心の叫びが外に飛び出してしまったエレインを、アドルフはしっかと抱きとめてくれる。
「俺は、エレインだけだから……エレインだけを、一生愛し続けるから……っ」
「アドルフ様……アドルフ様ぁ!」
苦しみの沼から救い出そうと、アドルフは耳の側で愛の言葉を紡いでくれた。
アドルフだって、好きな人にこんなことを訴えられてつらいはずだ。それを申し訳なく思っても、思いは止まらず涙は流れ続ける。
そんなエレインを、アドルフはずっと優しく抱き止めてくれていた。
***
「じゃあ、行ってくる」
そう言って剣を片手に家を出るアドルフに、エレインは笑顔を送った。
「いってらっしゃい、アドルフ。気をつけてね」
「エレインも、畑仕事はほどほどにな」
「はいはい」
心配するアドルフを見送ると、エレインはいつも畑仕事を手伝っている農家の夫婦のところまでやってきた。
「おはようございます! 今日はなにをお手伝いすればいいですか?」
「おはよう、エレインちゃん。今日は、大根を間引いておくれ」
「はい!」
返事をして畑に向かおうとすると、「エレインちゃん」と呼び止められる。
「無理はしないようにね。お腹に赤ちゃんがいるんだから」
優しい気遣いに、エレインはもう一度「はい!」と元気よく返事をした。
仕事を終えると、大根の葉をもらって帰る。それで料理を作っていると、ここにきてからの一年間が思い出された。
生まれて初めての収穫は、この大根の間引き菜だったこと。
アドルフに告白され、プロポーズされたのに、答えは出せなかったこと。
クラレンスとはきっちりとお別れをしたこと。
そして──
エレインは、アドルフと再びこの地で出発した。
ゆっくりと、ゆっくりとだったけれど、確実に愛をはぐくんで。
彼の十八歳の誕生日の時に、今度はエレインからプロポーズをしたのだ。
その時の言葉は……
ガチャリ、と玄関の扉が鳴った。
エレインは食事の支度をそのままに、愛しい人を笑顔で迎える。
「おかえりなさい、アドルフ!」
あなたが帰ってきた時、おかえりなさいと迎えたい──エレインは、そう伝えたのだ。
「ただいま、エレイン」
ただいまと俺が言ったら、必ずキスをしてほしい──それが、彼の返事。
いつものように少しかがんでくれるアドルフに、エレインはそっと唇を重ね合わせる。
泣きたくなるくらい、幸せな時間。
「好きよ、アドルフ」
「俺も愛してる。お腹の子も……」
そう言い合ってコツンとおでこをくっつけると。
微笑みを交わしながら、もう一度二人は口づけを交わした。
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