「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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野菜たちが実を結ぶ〜ヘタレ男の夜這い方法〜

1.出会い

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『入って行けよ』

 そう言えたらどんなに良かったか。
 しかしアルヴィンが考えてしまったのは。

 パ、パンツが見えてしまうっ!!

 悲しいかな、こうだったのだ──



「よし、病気もなく順調だな! 甘く美味しく育ってくれよ!」

 暑くなり始めた夏のある日。
 太陽の光が降り注ぐ中、アルヴィンはいつものように実り始めたトマトへと愛おしい目で語り掛ける。この世に生を受けて二十二年間、畑の野菜一筋の人間である。野菜が恋人、と言っても過言では無い。
 アルヴィンの持っている愛や情熱は、全て野菜の為だけに注がれる。他の所に行く余地など、あるはずもない。

「ふう、今日の仕事は終わりにするか」

 かがめていた腰を伸ばすと、遠くの方でおーいと声がした。見てみると、村人の一人がこちらに向けて手を振っている。

「アルヴィン、畑仕事は終わりか?! 一服してかねーか?!」

 一服、という言葉を聞いて、アルヴィンは少しだけ眉を寄せた。

 アルヴィンの住むノルトの村は一見普通の村と変わりはないが、実は一風変わった風習がある。
 それはなんと、夜這いだ。
 しかしそれにはちゃんとしたルールが設けられていて、無理矢理女が虐げられる事は無かった。
 そしてそのルールは、幼いうちに大人達から教えられる。女達は母親に、男達は畑後の集会で聞かされるのが常であった。

 もちろんアルヴィンもまた、このルールを聞いて知っている。が、そんな事をするつもりはさらさら無かった。アルヴィンの友人にロレンツォという名の男がいるのだが、彼はこの話を聞いたその日から、村中の女性宅を回って会話を楽しんでいるらしい。会話だけで終わっているわけはないだろうとアルヴィンは推察しているのだが。
 無論、それが悪いというつもりは無い。割と性にオープンなこの村では、女性達も受け入れてくれる事が多いようだ。アルヴィンは夜這いなどしたことが無いので、そこのところは分かりかねたが。

 つまり、この村人の言う一服というのは、例の集会の事なのだ。内容はほぼ女の事ばかり。昨日は誰それの所に夜這いに行った、断られた、成功した、具合はどうだった、とこんな感じの話し合いである。
 遠くにいるその男に分かるように、アルヴィンは首を横に振ってから答えた。

「いや、今から畑の開拓地を探しに行くんだ! 遠慮しておくよ!」

 アルヴィンはほとんどその集会に出た事は無い。興味が無い訳ではないが、それよりも畑に関する事をしていた方が楽しいためだ。

「相手もいねぇうちから開拓地探しか! まぁ、頑張って来い!」

 そう笑いながら村人は去っていた。まあ笑われるのも仕方無いだろう。開拓というのは本来、長男以外の男が結婚した時にするものなのだ。アルヴィンは次男で、兄はもう結婚している。家の土地は兄が、そしてゆくゆくはその子供の長男が継ぐことになるだろう。これだけ働いていても、結婚しない限りアルヴィンは『兄の手伝い』でしかないのだ。

「自分の畑が欲しいなぁ……」

 こだわるつもりは無いが、やはり自分の畑というものが欲しい。しかし開拓など一人で出来るものではないのだ。結婚でもしない限り、村人も手伝ってくれはしないだろう。皆、自分の畑で手一杯なのだから。
 アルヴィンは深く息を吐きながら、大きく隆起する丘へやってきた。
 夏らしい青空の下、爽やかな風が囁くように吹き抜けていく。

「やっぱりここはいいな。水はけが良くって、トマト作りには最適だ」

 そう、アルヴィンが呟くのと同時だった。いつの間にいたのか、アルヴィンの隣で女性が「水はけが良くて、オレンジ作りには最適ね」と呟いたのが。

「「え?」」

 二人は再度同時に声を上げ、顔を見合わせた。知らぬ顔だ。ノルトは村と言ってもかなり広く、人口も割合多い。
 その女性は長い黒髪をアップで束ねた、そこそこの美人だった。少し伏し目がちで、あまり快活でない印象を受ける。

「……開拓地を探しているのか?」

 年齢はアルヴィンと同じくらいだろうか。しかし村で一つしかない学校で見かけた覚えが無いということは、いくらか年が上なのかもしれない。

「いえ、そういうわけじゃ……ただ、ここはオレンジ畑に丁度いいなって」
「そうか、オレンジも水はけが良い所じゃ無いと甘くならないもんな」
「ええ、トマトと同じね」

 二人は見つめ合って微笑んだ。アルヴィンはフルーツ栽培は専門外だが、それでもこういう会話は楽しい。

「もし結婚したら、ここの土地を買い取って、オレンジ畑にするのが夢なの。段々にして、更に水はけを良くして」
「そうなると石垣を積まなきゃいけなくなるな。それは大仕事だ。それよりもトマトを植えた方がいい。丘の頂上から流れる様な畝を作れば、この日当たりのいい場所では甘さがぎゅっと凝縮された良いトマトが出来るぞ」
「あら、それでは雨よけがなくて、トマトが弾けてしまうわ。こういうのはどう? 南向きに段々畑を作って、オレンジと交互に植えるの。オレンジは斜め植えにするから、トマトの雨よけになってくれるわ」
「斜幹無剪定定植法か。それならトマトが影になる事も無く、陽性植物にも影響はないな。それはいい!そうしよう!」

 アルヴィンの頭に、オレンジとトマトが交互に実らせる様子が浮かんだ。想像ではあったが、その段々畑はとてつもなく美しい。

「ここの土地を買うの? アルヴィン」
「いや、そんな金は無いし、あったとしても結婚してないんじゃ許してもらえな……って、なんで俺の名前を?」

 アルヴィンは妄想から覚め、その女性の顔を見た。彼女は伏し目がちの目を少し細め、ほんの少し微笑んでいるように見える。

「同じ学校に通ってたんだから、知ってるわよ。あなたは私より二つ年下ね」
「……ごめん、思い出せない」
「アルヴィンは畑にしか興味なかったものね。私はセシリアよ。うちは野菜中心に作ってるけど、私はいつかオレンジが作りたいの」
「へぇ、いいな」

 アルヴィンがそう言うと、セシリアは少し頬を染めて嬉しそうに笑っていた。
 互いの夢を語り合うのは良い。それも野菜や果物の話なら、尚更だった。
 アルヴィンはトマト作りの情熱を、セシリアはオレンジ作りに思いを馳せ、二人は存分に語り合った。

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