「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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男女遊撃剣士バディは、恋愛においても互いを気にしていたようです。

後編

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「ただいま、テディ」
「おかえり、ねーちゃん!」

 まだ十二歳になったばかりの弟が、嬉しそうにジェーンを迎えてくれる。
 ジェーンの家族はテディのみ。両親はテディが生まれて一年後、魔物に襲われて死んでしまった。ジェーンがまだ十歳の時のことだ。
 それからジェーンとテディは、父親の遠縁にあたる人物に育てられたが、そこでの暮らしは真っ当な生活とはいえなかった。
 日常的に罵倒され、食事も一日に二回出れば良い方。幸い、暴力を振われることはなかったものの、邪魔者扱いされてこき使われる生活が五年続いた。
 そしてジェーンが十五歳になると同時に、『あんたはもう大人なんだから、ここを出て弟を養っていきな』といわれ、テディと共に家から追い出されたのである。
 一文なしで外に放り出されたジェーンとテディに、お金と希望を与えてくれたのがギルだった。

 それはきっと、少しの同情と金持ちの道楽──

 ──であったのだろうと、ジェーンは思っている。
 ギルは、ジェーンの〝潜在闘気〟がやたらと多かったから、と後日言い訳していたが。
 ギルの持つ特殊スキル〝闘気解析オーラアナリティクス〟で、ジェーンの得意な武器や攻撃系統等を教えてくれた。

 当時のことを、ジェーンは鮮明に覚えている。

『君の闘気と俺の闘気は相性がいい。俺と組めば、生きるのに必要なお金は手に入るようになるはずだ』

 そういわれながら差し出された手を、取らないはずはなかった。ジェーンはテディと暮らしていくためのお金を、なんとかして稼がなければいけなかったのだから。
 ギルはジェーンに、剣とこの家を与えてくれた。そして、剣のいろはを叩き込まれた。ギルはジェーンより五歳年上で、この時騎士養成学校へと通っていて卒業間近だったらしい。
 しかしジェーンが剣を習い始めて一ヶ月も経たぬ間に、一緒に冒険者登録を済ませて学校の方は休学、そのうちに辞めてしまった。
 それからギルとジェーンは六年もの間、二人で魔物狩りをしてきた。
 金持ちの行動にしては、行きすぎた道楽である。

 ギルは一体、なにを考えてるのかしら、まったく。

 ジェーンは乾いた喉を潤すため、ぐいと水を口に含ませたその時。

「で、ギル兄ちゃんとはいつ結婚すんの?」

 テディの言葉にブーーーーッと鼻から口から水を噴射させた。

「ごふっ、かはっ!!」
「うげ、ねーちゃん汚ねー!!」
「あんたがバカなこというからでしょ!!」
「なんで? ねーちゃんはもう二十一だし、ギル兄ちゃんだって二十六だろ」
「年齢のことじゃないんだってば!」
「でもねーちゃん、ギル兄ちゃんのこと好きじゃん」

 再度口に運んでいた水をまたもやブバッと噴き出した。
 この弟はなにを勘違いしているのかと、頭ひとつ分低いその顔を横目で見る。

「ちげーの?」
「ちがう!!」
「でもいつも一緒にいるじゃん」
「それは、ただのバディってだけで……っ! それだって、いつかは解消するんだからっ」
「……そーなの?」
「そーよ!」

 そう、ギルとバディになったのは、ただの成り行き。
 同情心が強い金持ちの、きまぐれな道楽。
 給金が保障されている騎士職を選ばず、収入が不安定な冒険者を選択した侯爵令息。ギルの頭はおかしいとしか思えない。

「ちょっと出掛けてくるっ」
「ギル兄ちゃんのとこ?」
「うるさいっ!」

 テディにはそういったものの、結局は冒険者ギルドに隣接している酒場に向かってしまった。ルカロスと話すというと、どうせそこだろう。
 中を覗くと、いつもは賑わっている酒場も、今は人が少なかった。大きな戦闘があった後だから、もう少し夜が更けてから、大盛り上がりになるに違いないが。

「ギル、俺らのパーティーに入らねぇか」

 入ろうとした瞬間、ルカロスの声が飛び込んできて、ジェーンは思わず隠れた。
 店の外側からギルの座っている窓の下に移動し、そっと盗聴する。

「ゼロ溜めのソニックスラッシュがあの威力とか、ほんとすげーよ、お前は」

 からからと笑いながらそういうルカロスの声が聞こえてくる。
 ギルは先程の問いに、なんと答えたのだろうか。

「それに周りもよく見えてる。お前のおかげで助かったパーティーが何組もいる。ジェーンの勝手に振り回されるより、うちのような堅実なパーティーに入る方が、お前の力は発揮できるはずだ」

 ルカロスのパーティーは、アタッカー役に戦士と魔法士、盾役、治癒役の四人でバランスがとれている。ここに遊撃としてギルが加われば、安定どころかパーティーレベルはぐんと上がるだろう。

 ヘッドハンティング、か……。

 よくあることだ。
 なにもギルに限ったことじゃない。むしろ、今までずっとジェーンとバディでいてくれたことの方が不思議なくらいである。

「ルカロス……その話は何度も断っただろう」
「何度だって口説くさ。うちには希少な治癒士がいる。遊撃剣士コンビじゃ討伐に限界があるだろ」
「だから、俺とジェーンはコンビなんかじゃないといってるだろ。何度もいわせるなよ」

 傷つくより先に、苛立ちがジェーンを支配する。

 俺とジェーンはコンビなんかじゃない

 ギルの声が脳内で再生された瞬間、ジェーンはすっくと立ち上がっていた。

「おわ、ジェーン!?」

 いきなり窓の外に現れたジェーンに、ルカロスは『しまった』という顔をしている。
 その対面でいつもの不敵笑いをしているギルが、さらにジェーンを苛立たせた。

「ギルなんぞ、ルカロスのパーティーにくれてやるわよ!」
「え、マジで?」
「おい、ジェーン。ルカロスも真に受けるな」
「なによ! 別に私だってねぇ! ギルがいなくたって、ソロでやれる実力があるんだから! 足手まといのギルなんて、こっちから願い下げよーーーー!!」

 いうだけいってやると、ジェーンは街の外に向かって走り始めた。
 こんな時は、魔物をぶった斬ってやるに限る。

 なによ、コンビじゃないとかさ……!
 六年も一緒にやってきたっていうのに……!!

 くさくさした気持ちを解消したいのに、こんな時に限って魔物一匹見当たらない。
 この辺り魔物を倒したばかりなのだから、当然ともいえるが。

「くっそー、ストレス発散もできないじゃないのっ!!」
「なにをそんなにストレスを溜めているんだ」

 後ろから声をかけられたが、ジェーンは振り向かなかった。相手が誰かはわかっていたから。

「別にっ!」
「心配しなくても、ルカロスのパーティーに入ったりするわけないだろ」
「心配してるのはギルの方でしょ!? 私はもう一人前の冒険者で、誰の助けも必要ない! もうギルよりも強いんだから! 一人でなんだって、出来るんだから──」

 事実をいっているにも関わらず、なぜか目から熱いものが流れてきた。
 本当は怖い。
 一人で戦うことは。
 いつも、いつでもギルが支えてくれた。だからジェーンは、どんな無茶だってできた。
 今回、一番の討伐数を誇ることができたのも、ギルの補佐のおかげだってちゃんとわかっている。
 後ろにいたギルの手がジェーンの肩に触れたかと思うと、ぐるりと振り向かされた。
 目の前のギルの、少し驚いたような顔。気づけばジェーンの目からは、滝のような涙が流れていた。

「ジェーン」

 ジェーンは自分勝手な戦闘しかできない。が、ギルは違う。
 彼はジェーンのバディ程度で収まるだけの人材ではないのだ。騎士にだってなれるし、もっと都会に行けばレベルの高いパーティーと組むこともできるだろう。
 ギルにとって、パーティーを組む相手がジェーンである必要はまったくない。
 あの日、生きるすべを与えてくれたギルは、同情心と責任感から一緒にいてくれているだけ。

「お前、ほんっとうに気が強いよなぁ」

 泣いているジェーンに向かって、ギルはそんなことをいいながらクックと笑っている。

「なによ……悪かったわね……っ」
「けど、ジェーンが弟思いなところも、本当は人一倍寂しがり屋だってことも、俺はわかってるから」

 優しい目をしながらそんな言葉をかけられると、余計に涙が溢れてくる。
 自分のことを知ってくれているのが、たまらなく嬉しい。

「なんで、わかって……っ」
「俺たちは二人組コンビってだけじゃない。心を通わせた、相棒バディだろ?」

 コンビじゃない。そういっていたのは……バディ、だから。

「……うん……っ」

 ジェーンは、唯一心を許せる男の胸へと飛び込んでいた──



 ***



「ただいま、テディ」
「お邪魔するよ」

 弟と暮らしている家に、ギルも入ってくる。テディはギルのことが大好きなので大喜びだ。
 二人でボードゲームだなんだと楽しそうにやっているのを、ジェーンも覗いて楽しむ。

「なぁ、ギル兄ちゃん」
「ん?」

 ボードの駒を動かしながら、ギルが顔を上げた。

「ギル兄ちゃんは、いつねーちゃんと結婚してくれんの?」

 急にとんでもない質問をするテディに、「は、ばかっ」といいながら弟の頭をはたく。

「いってー!」
「俺は今すぐでも、全く問題ないんだけどな」

 さらりと答えてくるギルに、ジェーンは目を見広げるやら瞬かせるやら大忙しだ。

「な、なにいってんの、ギル! バカなの!!」

 思わずひっくり返ってしまった声。ギルにクスッと微笑まれて、恥ずかしさが増す。

「も、もう……っ! 」

 にやけそうになった顔を見られないように、ジェーンは二人に背を向けてお茶でも入れようとキッチンに向かった。
 すると後ろから、また男たちの会話が聞こえてくる。

「ねーちゃん、あんなだからなぁ。行き遅れるの確実だよ……」
「心配するな、テディ。行き遅れても俺がいるだろ」
「そうだけど、のんびり構えてると他の男に取られっちゃうぜ、兄ちゃん。あれでねーちゃんは美人だから」
「そうだな、気をつけるよ」

 ジェーンの顔は熱すぎて、もう後ろを振り返ることはできなかった。











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