「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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「君がどんなに拒絶しても、僕は君を手に入れる」と断言した王子様。有言実行されて溺愛生活。

前編

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「君を抱きしめてもいいか?」

 そんな言葉が、王宮の舞踏会場に響き渡った。
 周囲の空気が一瞬でガラリと変わり、一人で窓越しに月を見ていた私は何事かと振り返る。
 そこには、予想もしていなかった人物が立っていた。

 リューク王子殿下。

 王宮で最も冷静で理知的だと評される王子様が、突然私の前に現れ、甘い言葉を投げかけている。
 その瞬間、私の心臓は大きく波打ち、言葉を失った。
 端正な顔立ちのリューク様。深い海のような優しい色の瞳に見つめられては、どう行動していいのかわからない。
 なにも言えずに見つめ返していると、王子様は一歩踏み出した。私はハッとして、金糸のように輝く髪を持つ王子様に声を上げる。

「王子殿下、一体どういうことですか?」

 あまりのことに声がうわずった。震える声で尋ねるも、リューク様の目に迷いはなかった。

「どうしても、君が欲しくなった」

 低い囁くような声。耳への穏やかな振動が、私の体を震わせる。
 胸がぎゅっと掴まれるような感覚に、私は思わず一歩後退した。
 だけど王子の足取りは止まらない。まるで私の心臓の鼓動に合わせるように、足音がゆっくりと迫ってくる。

 その場で立ち尽くす私を見つめる、王子様の青い瞳。彼の目は深く、どこか危険な光を放っていた。

「殿下、ご冗談ですよね?」

 必死に平静を保とうとしたけれど、リューク様が近づくにつれ、私は冷静さを欠いていくのがわかる。

「冗談ではない」

 リューク様の落ち着いた声。だけどその目には情熱が宿っていた。

「君が欲しい。君だけが欲しい」

 その言葉に、胸が強く締めつけられる。思わず後ずさろうとした私の腕に、優しく触れるリューク様。

 どうして……どうして。
 触れられてはいけない。私と王子様の間には、埋められない身分の差があるのだから。



──私とリューク様が初めて出会ったのは、十二年も前のこと。
 当時の私たちは、まだ十歳だった。

 王家と貴族、子どもだけでの交流会が催された時のことだ。
 親に〝王子に取り入れ〟と言われた子どもたちが、我こそはとリューク様を囲んだ。
 当然のように私も、両親にしっかり印象付けてこいと言われていて。
 だけど伯爵令嬢程度では手の届く人ではないと、子ども心にわかっていたから。私は遠くから、王子様を見つめているだけだった。
 私と同い年だというのに、素晴らしい立ち居振る舞いをされるリューク様。当然だ。私とは違う王族の血を引いていらっしゃる方なのだから。
 王子様は選ばれし血統の継承者。生まれながらにすべてを持つお方。
 私はやっぱり雲の上の人だと思った。到底、手の届かないお方なのだと。

 交流会が終わって帰ろうとした時、私の迎えの馬車が遅れていて。
 ポツンと一人で待っていると、リューク様が来てくださった。

「君、どうかしたのか? 迎えは?」

 声を掛けられた私は振り向いて。

「王子殿下。迎えの馬車が少し遅れているようで──」

 そう理由を話した途端。
 リューク様はふらりと体を揺らせた。
 私は不敬だなんて考える間もなく、王子様が倒れないように抱き止める。
 真っ赤な顔。異様に熱い体。熱が出ているのだとわかった。
 ずっと気を張っていたのだから、当然のこと。
 たった八歳で、ゲストの相手を一手に引き受けていたのだから。
 その時私は初めて、王子様も一人の人間なのだと思い知らされた。

 リューク様は、雲の上の人ではなかったのだと。

 立場上、どんな状況にでも対応するしかなかっただけなのだ。気を張り詰めて、笑顔を見せて、堂々たる態度で、私欲にまみれる貴族たちを相手に隙を見せないように。
 それに気づいた私は、王子様はなんでも簡単にやってのけるものだと思っていた自分を、激しく恥じた。

「大丈夫ですか、王子殿下!!」

 吹き出るリューク様の汗を、私はハンカチーフを取り出して拭きとる。

「う……」

 リューク様は頬を紅潮させ、苦しそうにうっすらと目を開けた。
 そして私の手を、握られた。
 王宮で働く召使いや警備騎士が、異常に気づいてやってくる。
 リューク様が抱き上げられた瞬間、私たちの手は離れた。
 ハンカチーフは彼の手に渡り、すぐさまリューク様は王宮へと連れて行かれた。

 たった、それだけの出会い。それだけの交流。
 一人でいた私を、王子様は立場上放っておけずに話しかけてくれただけ。

 きっとリューク様は、私のことなんて覚えてない。
 なのに王家の立場として頑張っておられるリューク様を見て、私は──

 リューク様を助けたいと、心から思うようになっていた。

 だから私は勉強した。
 礼儀作法やマナーはもちろん、政治や歴史、薬草学、戦略や戦術に至るまで、ありとあらゆることを網羅した。
 リューク様のお力になりたいと、心から思えたから。
 それからずっと、陰ながらリューク様を支えてきた。大したことなんてしていないけれど。
 ほんの少しだけでも、王子様の力になれたらと思ったから。

 だけど当然、私が入り込む余地なんてなくて。
 その後にあった交流会や舞踏会でも、我先にと群がる人を掻き分けて会いに行けるわけもなかった。
 だから私は、私のやり方で。王子様を遠くから見守ることに決めたのだ──
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