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恋人のフリ、始めます!
01. 恋人のフリをしてもらえないかしら?
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「ヴィオラ・ラルティエ! 婚約者がいるとは聞いていないぞ!」
舞踏会の中央。煌めくシャンデリアの下で、侯爵ガストンが怒声を上げた。注目を集めた伯爵令嬢ヴィオラ・ラルティエは、長い金髪を揺らしながら、涼やかな微笑を浮かべる。
「あら、ガストン侯爵。突然のことで驚かせてしまったなら、ごめんなさい?」
もちろん、嘘だ。ヴィオラに婚約者などいない。
だが彼女には切実な事情があった。ガストンはヴィオラの莫大な遺産を狙い、強引に後見人となろうとしている。ヴィオラはその野望を察し、自らの財産と名誉を守るため、一つの策を講じた。
(偽の恋人を立てて、彼を退けてみせる——!)
ただし、問題が一つ。ヴィオラには、演じてくれる相手がいなかった。
まだ十八歳の彼女は、数年前に両親を亡くして以来、伯爵家のすべてを一人で背負ってきた。日々の業務に追われ、舞踏会どころか人と語らう余裕すらなかった。寄ってくる男性は、彼女自身ではなく、その背後にある肩書きと資産しか見ていない。
それでも、笑っていなければ貴族社会では侮られる。だからこそ、今日もヴィオラは毅然とした態度を崩さない。嘘をまとい、誇りを守るために。
視線を巡らせた彼女の目に映ったのは、深緑の瞳に漆黒の髪を持つ青年だった。セドリック・ノエル。子爵家の騎士であり、二十歳の若者。剣の腕と軽妙な話術で名を馳せていて、女たらしとも言われているが、裏では貧しい村を密かに支援している——そんな話を、ヴィオラは耳にしていた。
「セドリック様!」
彼を見つけたヴィオラは、ドレスの裾を翻しながらまっすぐ彼のもとへ向かう。
「お願い。恋人のフリをしてもらえないかしら?」
小声で告げられた一言に、セドリックは思わず手にしたワインを吹き出しそうになった。
「……は? 令嬢、どこかぶつけた?」
「命がかかってるの」
ヴィオラが切実に囁けば、彼の唇がわずかに吊り上がる。
「命、ね。面白い。乗った」
そしてセドリックはためらいなくヴィオラの手を取り、会場中に響く声で告げた。
「この美しい令嬢は、僕の恋人です。……文句ある?」
言葉に凍りついたガストンは、すぐさま反論する。
「馬鹿な! 証拠を見せろ、証拠を!」
セドリックはニヤリと笑い、ヴィオラの腰に手を回した。
「どうする、姫さん?」
耳元で囁かれ、距離の近さにヴィオラの心臓が跳ね上がる。
(な、なにその顔の近さ……でも、怯んでられない!)
彼女は意を決し、彼の首に腕を回すとキスをした。正しくは、キスのフリ、であったが。
セドリックも応じて彼女の腰を持ち上げるように演出する。本当に情熱的な口づけを交わしているかのように。
(ちょっ!? そこまでしなくてもっ!?)
心の中で叫ぶも、芝居は続く。ようやく解放されたヴィオラは、心臓の鼓動を誤魔化しながらガストンに向き直り、笑みを浮かべた。
「これで、納得いただけたかしら?」
ガストンは怒りのうめき声を漏らし、舞踏会場を後にする。
残されたセドリックは、くすりと笑いながらヴィオラの肩を引き寄せ、額を軽く触れ合わせた。
「やりすぎよ……!」
「恋人の〝フリ〟だろ?」
軽やかな声が耳をくすぐる。ヴィオラはどうすればいいかわからず、眉をひそめた。言葉を返せないまま、彼の顔を見つめる。
「君、かわいいね」
さらりと囁かれ、ヴィオラは思わず目を見開く。
(……なにこの人。やけに自然に言うけど!?)
今度は彼の指先がふわりと彼女の髪に触れる。ほんの一瞬のことだったが、その温もりが首筋に伝わるような気がして、思わず息を呑んだ。
(えっ、偽の恋人が始まったばかりなのに、もう心臓がもたない……!)
と思ったが、後の祭りである。
***
翌日、ヴィオラはセドリックを自邸へ招き入れると、応接室で一枚の書類を突きつけた。
「偽の恋人契約、三ヶ月だけでいいわ。ガストンに遺産を諦めさせるために」
ソファに腰を下ろしたセドリックは、唇の端を上げる。
「報酬は? 姫さんのキス?」
「ふざけないで!」
頬を染めて立ち上がったヴィオラは、机の横に布袋を置く。その中には、ぎっしりと金貨が詰まっていた。
「これで十分でしょ」
だが目の前の金貨にも動じる様子はなく、セドリックは隣に立つヴィオラを見上げた。
「命が懸かってるって言ってたよな? まずは、事情を聞かせてくれないか」
もっともな要求だった。ヴィオラは一つ頷き、唇を引き結ぶ。
「……両親は数年前に立て続けに亡くなったわ。伯爵家の跡継ぎは、私だけ。でも正式な継承手続きは妨害されて、今も宙ぶらりなの」
「つまり、今の伯爵家は半分〝空席〟ってことか」
「ええ。ガストン侯爵は父の従兄で、爵位では上だけど、伯爵家の血筋としては分家。継承権なんてない人よ。事業があまりうまくいってないようで、目をつけられちゃったの」
ヴィオラの家──本家の伯爵家を狙うには、あまりに不自然な立場だ。それでも彼は堂々と後見人を名乗り、じわじわと周囲を固めていた。
「金目当てで、後見人面して乗っ取ろうとしてるわけか」
「そう。『若い娘がひとりで家を守るのは無理だ』って、あちこちに言い回ってる。後見人として認められたら、財産も家も彼のものになるわ」
「まあ、確かにやっかいだな。でも、命が危ないっていうのは大袈裟じゃないか?」
ヴィオラは小さく息を吸い、視線を落とした。
「……後見人になったあとに、私が静かに〝病死〟でもすれば、誰も疑わないわ。遺言も残せず、声も届かず……」
言葉を失ったセドリックは、しばし沈黙する。そして次第に、その眼差しに怒りの色が滲んでいった。
「……なるほど。〝可哀想な娘〟を保護する顔して、うまく取り込んだ後に始末する気か。女性の死因は、心労とか言っておけば疑われないしな」
「そういうこと。ガストンはそういう人間よ」
ヴィオラの言葉は冷ややかで、静かな怒りが宿っていた。
「まったく、性悪なやつだ。外面は上品ぶってたくせに」
「どこも一緒よ、貴族なんて」
「君も貴族だろ?」
「……そうね。でも私は、守るために動いてる。奪うためじゃない」
言い切るヴィオラの横顔を見て、セドリックは小さく笑った。
「なるほど。てっきり、気まぐれなお嬢様の戯れかと思ったけど……」
「本気よ。わりと、命が懸かってるの」
まっすぐに向けられたアメジストの瞳を、セドリックは静かに見つめ返す。そして、からかうような笑みを浮かべた。
「仕方ないな。こう見えて、女性の頼みは断れない性分でね」
「知ってるわ。有名だもの」
それが、彼を選んだ理由だった。無茶を頼んでも、受け入れてくれると信じていたから。
セドリックは机の上の布袋を手に取り、金貨の重みを確かめながら言った。
「契約成立だ。ただの恋人役のつもりだったけど……どうやら、それだけじゃ済まなそうだな?」
安堵の息をひとつ吐いたヴィオラは、だがすぐに表情を引き締めた。
「……嘘がバレたら終わりよ。だから、完璧に恋人として振る舞わなきゃ」
その言葉にセドリックは愉快そうに笑う。
「つまり僕と〝恋人ごっこ〟をしたいってことだな?」
「ち、違うわよ! 必要だから仕方なくってだけで……!」
「ふーん。じゃあどこまでやる? 手を繋ぐ? 呼び方を変える? それとも、キスの練習でも?」
「なっ……!」
ヴィオラの顔が一気に赤く染まる。セドリックはからかうように笑いながら、そっと手を伸ばした。
指先が触れ合い、やがて絡まる。温もりが静かに交換される。
「まずは、これくらいから。……恋人らしい、手の繋ぎ方」
心臓が跳ねる。けれど、動揺を見せまいと、ヴィオラは表情を整えた。
「……別に。手ぐらい、慣れてるわ」
「へえ。じゃあ名前で呼んでも平気だな、ヴィオラ?」
突然の呼びかけに、ヴィオラはびくりと肩を震わせる。
「ち、ちが……ただ、ちょっと驚いただけ!」
精一杯の反論も、真っ赤な耳では説得力がない。セドリックは目を細め、微笑を深くした。
「そんな可愛い反応されると、もっと試したくなる」
「や、やめなさいよ……っ!」
距離を詰めてくる彼に、ヴィオラは戸惑いを隠せない。遊びのようでいて、どこか真剣な光がその瞳に宿っていた。
「……ふざけないで。これは、ちゃんとした契約なのよ」
「もちろん。僕は真剣に〝君の恋人役〟を演じるつもりだよ?」
その声には、どこか含みがあった。真意が読めず、ヴィオラはますます混乱する。
(この男……何を考えてるのよ、本当に……!)
けれど──彼の手は、あたたかくて。
「ヴィオラ」
名前を呼ばれるたびに、胸がふわりと揺れる。
「……顔、赤いよ?」
「う、うるさいわね! ちょっと暑いだけよ!」
「暑いだけ、か?」
「そうよ。そうに決まってるじゃない」
そっぽを向きながら、息を整えようと深く吸い込む。だが、すぐ近くで笑う彼の顔が眩しくて、繋いだ手が熱くて、呼吸が上手くできない。
(……偽の恋人。たった三ヶ月だけの、お芝居なんだから)
自分に言い聞かせながら、ヴィオラは繋いだ手を、そっと握り直した。
舞踏会の中央。煌めくシャンデリアの下で、侯爵ガストンが怒声を上げた。注目を集めた伯爵令嬢ヴィオラ・ラルティエは、長い金髪を揺らしながら、涼やかな微笑を浮かべる。
「あら、ガストン侯爵。突然のことで驚かせてしまったなら、ごめんなさい?」
もちろん、嘘だ。ヴィオラに婚約者などいない。
だが彼女には切実な事情があった。ガストンはヴィオラの莫大な遺産を狙い、強引に後見人となろうとしている。ヴィオラはその野望を察し、自らの財産と名誉を守るため、一つの策を講じた。
(偽の恋人を立てて、彼を退けてみせる——!)
ただし、問題が一つ。ヴィオラには、演じてくれる相手がいなかった。
まだ十八歳の彼女は、数年前に両親を亡くして以来、伯爵家のすべてを一人で背負ってきた。日々の業務に追われ、舞踏会どころか人と語らう余裕すらなかった。寄ってくる男性は、彼女自身ではなく、その背後にある肩書きと資産しか見ていない。
それでも、笑っていなければ貴族社会では侮られる。だからこそ、今日もヴィオラは毅然とした態度を崩さない。嘘をまとい、誇りを守るために。
視線を巡らせた彼女の目に映ったのは、深緑の瞳に漆黒の髪を持つ青年だった。セドリック・ノエル。子爵家の騎士であり、二十歳の若者。剣の腕と軽妙な話術で名を馳せていて、女たらしとも言われているが、裏では貧しい村を密かに支援している——そんな話を、ヴィオラは耳にしていた。
「セドリック様!」
彼を見つけたヴィオラは、ドレスの裾を翻しながらまっすぐ彼のもとへ向かう。
「お願い。恋人のフリをしてもらえないかしら?」
小声で告げられた一言に、セドリックは思わず手にしたワインを吹き出しそうになった。
「……は? 令嬢、どこかぶつけた?」
「命がかかってるの」
ヴィオラが切実に囁けば、彼の唇がわずかに吊り上がる。
「命、ね。面白い。乗った」
そしてセドリックはためらいなくヴィオラの手を取り、会場中に響く声で告げた。
「この美しい令嬢は、僕の恋人です。……文句ある?」
言葉に凍りついたガストンは、すぐさま反論する。
「馬鹿な! 証拠を見せろ、証拠を!」
セドリックはニヤリと笑い、ヴィオラの腰に手を回した。
「どうする、姫さん?」
耳元で囁かれ、距離の近さにヴィオラの心臓が跳ね上がる。
(な、なにその顔の近さ……でも、怯んでられない!)
彼女は意を決し、彼の首に腕を回すとキスをした。正しくは、キスのフリ、であったが。
セドリックも応じて彼女の腰を持ち上げるように演出する。本当に情熱的な口づけを交わしているかのように。
(ちょっ!? そこまでしなくてもっ!?)
心の中で叫ぶも、芝居は続く。ようやく解放されたヴィオラは、心臓の鼓動を誤魔化しながらガストンに向き直り、笑みを浮かべた。
「これで、納得いただけたかしら?」
ガストンは怒りのうめき声を漏らし、舞踏会場を後にする。
残されたセドリックは、くすりと笑いながらヴィオラの肩を引き寄せ、額を軽く触れ合わせた。
「やりすぎよ……!」
「恋人の〝フリ〟だろ?」
軽やかな声が耳をくすぐる。ヴィオラはどうすればいいかわからず、眉をひそめた。言葉を返せないまま、彼の顔を見つめる。
「君、かわいいね」
さらりと囁かれ、ヴィオラは思わず目を見開く。
(……なにこの人。やけに自然に言うけど!?)
今度は彼の指先がふわりと彼女の髪に触れる。ほんの一瞬のことだったが、その温もりが首筋に伝わるような気がして、思わず息を呑んだ。
(えっ、偽の恋人が始まったばかりなのに、もう心臓がもたない……!)
と思ったが、後の祭りである。
***
翌日、ヴィオラはセドリックを自邸へ招き入れると、応接室で一枚の書類を突きつけた。
「偽の恋人契約、三ヶ月だけでいいわ。ガストンに遺産を諦めさせるために」
ソファに腰を下ろしたセドリックは、唇の端を上げる。
「報酬は? 姫さんのキス?」
「ふざけないで!」
頬を染めて立ち上がったヴィオラは、机の横に布袋を置く。その中には、ぎっしりと金貨が詰まっていた。
「これで十分でしょ」
だが目の前の金貨にも動じる様子はなく、セドリックは隣に立つヴィオラを見上げた。
「命が懸かってるって言ってたよな? まずは、事情を聞かせてくれないか」
もっともな要求だった。ヴィオラは一つ頷き、唇を引き結ぶ。
「……両親は数年前に立て続けに亡くなったわ。伯爵家の跡継ぎは、私だけ。でも正式な継承手続きは妨害されて、今も宙ぶらりなの」
「つまり、今の伯爵家は半分〝空席〟ってことか」
「ええ。ガストン侯爵は父の従兄で、爵位では上だけど、伯爵家の血筋としては分家。継承権なんてない人よ。事業があまりうまくいってないようで、目をつけられちゃったの」
ヴィオラの家──本家の伯爵家を狙うには、あまりに不自然な立場だ。それでも彼は堂々と後見人を名乗り、じわじわと周囲を固めていた。
「金目当てで、後見人面して乗っ取ろうとしてるわけか」
「そう。『若い娘がひとりで家を守るのは無理だ』って、あちこちに言い回ってる。後見人として認められたら、財産も家も彼のものになるわ」
「まあ、確かにやっかいだな。でも、命が危ないっていうのは大袈裟じゃないか?」
ヴィオラは小さく息を吸い、視線を落とした。
「……後見人になったあとに、私が静かに〝病死〟でもすれば、誰も疑わないわ。遺言も残せず、声も届かず……」
言葉を失ったセドリックは、しばし沈黙する。そして次第に、その眼差しに怒りの色が滲んでいった。
「……なるほど。〝可哀想な娘〟を保護する顔して、うまく取り込んだ後に始末する気か。女性の死因は、心労とか言っておけば疑われないしな」
「そういうこと。ガストンはそういう人間よ」
ヴィオラの言葉は冷ややかで、静かな怒りが宿っていた。
「まったく、性悪なやつだ。外面は上品ぶってたくせに」
「どこも一緒よ、貴族なんて」
「君も貴族だろ?」
「……そうね。でも私は、守るために動いてる。奪うためじゃない」
言い切るヴィオラの横顔を見て、セドリックは小さく笑った。
「なるほど。てっきり、気まぐれなお嬢様の戯れかと思ったけど……」
「本気よ。わりと、命が懸かってるの」
まっすぐに向けられたアメジストの瞳を、セドリックは静かに見つめ返す。そして、からかうような笑みを浮かべた。
「仕方ないな。こう見えて、女性の頼みは断れない性分でね」
「知ってるわ。有名だもの」
それが、彼を選んだ理由だった。無茶を頼んでも、受け入れてくれると信じていたから。
セドリックは机の上の布袋を手に取り、金貨の重みを確かめながら言った。
「契約成立だ。ただの恋人役のつもりだったけど……どうやら、それだけじゃ済まなそうだな?」
安堵の息をひとつ吐いたヴィオラは、だがすぐに表情を引き締めた。
「……嘘がバレたら終わりよ。だから、完璧に恋人として振る舞わなきゃ」
その言葉にセドリックは愉快そうに笑う。
「つまり僕と〝恋人ごっこ〟をしたいってことだな?」
「ち、違うわよ! 必要だから仕方なくってだけで……!」
「ふーん。じゃあどこまでやる? 手を繋ぐ? 呼び方を変える? それとも、キスの練習でも?」
「なっ……!」
ヴィオラの顔が一気に赤く染まる。セドリックはからかうように笑いながら、そっと手を伸ばした。
指先が触れ合い、やがて絡まる。温もりが静かに交換される。
「まずは、これくらいから。……恋人らしい、手の繋ぎ方」
心臓が跳ねる。けれど、動揺を見せまいと、ヴィオラは表情を整えた。
「……別に。手ぐらい、慣れてるわ」
「へえ。じゃあ名前で呼んでも平気だな、ヴィオラ?」
突然の呼びかけに、ヴィオラはびくりと肩を震わせる。
「ち、ちが……ただ、ちょっと驚いただけ!」
精一杯の反論も、真っ赤な耳では説得力がない。セドリックは目を細め、微笑を深くした。
「そんな可愛い反応されると、もっと試したくなる」
「や、やめなさいよ……っ!」
距離を詰めてくる彼に、ヴィオラは戸惑いを隠せない。遊びのようでいて、どこか真剣な光がその瞳に宿っていた。
「……ふざけないで。これは、ちゃんとした契約なのよ」
「もちろん。僕は真剣に〝君の恋人役〟を演じるつもりだよ?」
その声には、どこか含みがあった。真意が読めず、ヴィオラはますます混乱する。
(この男……何を考えてるのよ、本当に……!)
けれど──彼の手は、あたたかくて。
「ヴィオラ」
名前を呼ばれるたびに、胸がふわりと揺れる。
「……顔、赤いよ?」
「う、うるさいわね! ちょっと暑いだけよ!」
「暑いだけ、か?」
「そうよ。そうに決まってるじゃない」
そっぽを向きながら、息を整えようと深く吸い込む。だが、すぐ近くで笑う彼の顔が眩しくて、繋いだ手が熱くて、呼吸が上手くできない。
(……偽の恋人。たった三ヶ月だけの、お芝居なんだから)
自分に言い聞かせながら、ヴィオラは繋いだ手を、そっと握り直した。
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