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恋人のフリ、始めます!
04.〝恋人〟らしい距離、忘れないでくれよ?
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数日後。
仮初めの恋人関係を続けていたある日、セドリックはガストンのただならぬ動きに気づく。
ガストンは、ヴィオラの遠縁にあたる親戚を呼び寄せ、「彼女には財産を管理する器がない」と吹き込み、後見人として管理権を奪おうとしていた。
さらに、セドリックの過去を嗅ぎ回らせ、探偵を雇って〝女たらし〟という噂に信憑性を与える捏造工作まで企てていた。
このままではヴィオラに迷惑をかけるかもしれない──
そう悟ったセドリックは、街外れの小さな教会へ彼女を連れ出した。
そこには、彼が密かに支援している村の子どもたちがいる。
パンや古着を渡しながら、セドリックはあくまで自然な態度で、けれどどこか測るような目を向けて言った。
「……ガストンが、俺の過去を探ってる。恋人でいるつもりなら、それなりの覚悟がいるよ」
それは突き放す言葉ではなかった。
ただ、答えを試すような響きを孕んでいた。
ヴィオラは一瞬、返す言葉を失い──だが、まっすぐに顔を上げて告げる。
「セドリック、私はあなたを信じてる。契約をやめるつもりなんて、ないわ」
ヴィオラは彼の過去、すべてを知っているわけではない。
けれど今までの言動のひとつひとつが、彼の誠実さを物語っていた。
揺るぎないその言葉に、セドリックの瞳がふっと細められる。
「……そうか。なら、姫さん──」
いつも通りの笑顔で。
けれどどこか、音の低い声で囁く。
「〝恋人〟らしい距離、忘れないでくれよ?」
その言葉が、ヴィオラの胸に妙に鋭く刺さった。
演技だとわかっている。
契約の一部に過ぎないと、何度も自分に言い聞かせてきた。
(なのに、なぜこんなに心が痛むの?)
高鳴る鼓動の中に、つららのような冷たい痛みが混じる。
思わず目を伏せ、ヴィオラはただ、そっと頷くしかなかった。
彼の笑顔が演技であっても、その手を離したくない──
その想いが胸を突き刺す。
家督を継げば、それで終わる関係。
契約の三ヶ月は、もう目の前。
ガストンの罠は、すぐそこまで迫っているというのに──
ヴィオラが恐れていたのは、策略でも陰謀でもない。
この胸に芽吹き始めた想いに、いつか名前を与えてしまいそうな、自分自身だった。
***
ガストンの仕掛けた罠が、静かに、しかし確実に広がり始めていた。
王宮のサロン、街の酒場──噂は水面に広がる染みのように、少しずつ、けれど確実に広がっていく。
「セドリックは女たらしだ」
「複数の令嬢から金を巻き上げているらしい」
「ヴィオラも、騙されているだけだ」
どれも、ガストンが雇った探偵が仕立てた偽の手紙や証言によるものだった。作られた噂はまるで毒のように、じわじわと、ヴィオラとセドリックの立場を蝕んでいく。
ある日。
屋敷の書斎で、ヴィオラは匿名で届いた手紙を震える手で握りしめていた。
──セドリックが、別の女性と密会していた。
その証拠として、手紙には日時と場所が詳細に記されている。
「……こんなの、信じないわよ」
つぶやく声は、しかし震えていた。
ガストンの策略だと頭では理解している。それでも、心のどこかにあった不安を、この一枚の紙切れは見事に突いてきた。
もしかしたら、セドリックには本当に他に大切な人がいるのではないか。
こんな〝契約の関係〟ではなく、彼が心から求める相手が、すでにどこかにいるのではないか。
棘のような想いが、胸の奥を刺す。
信じていたはずだった。
けれど確かめずにはいられなかった。
「これ……ガストンの仕業よね? ……でも、本当のところ、どうなの?」
いつものように屋敷を訪れたセドリックに、ヴィオラは思わず問いかけていた。
差し出した手紙は、裏切りではなく、彼を信じたいがゆえの衝動だった。けれど、自分の中に芽生えた疑念が悔しくてたまらなかった。
セドリックは手紙を一瞥し、眉をわずかにひそめる。
「……姫さん、まさか僕のこと、疑ってる?」
穏やかな声が、却って胸に痛い。
「ちがうの。信じてる……信じてるつもりなの。だけど……」
言葉が詰まる。
言い訳のように重なる声が、どれも本心から滲んでいた。
「……こんな手紙ひとつに、心を揺らしてしまった自分が、情けなくて……悔しくて。あなたを疑いたいわけじゃないわ。けど、怖かったの」
(……もし本当に、他に誰かがいたら……って。そんなこと、考えたくなかったのに)
俯いたヴィオラの前で、セドリックはしばし黙っていた。
やがて、彼の声が静かに落ちてくる。
「……そうか。ヴィオラは、それでも信じようとして、こんなに揺れて、悩んでくれたんだな」
ふっと、彼が微笑んだ。
「ありがとう。話してくれて、嬉しいよ。……でも、この手紙も噂も、全部ガストンの仕業だ。僕が支援してきた村の女性たちを、勝手に〝愛人〟に仕立て上げただけ。都合よく〝証拠〟を作ったんだ。いかにも彼らしい、卑劣な手段だよ」
セドリックの目が、まっすぐにヴィオラを見据える。
その視線には、嘘も濁りもなかった。
「僕には、愛人なんていない。……たとえ契約でも、今、君の隣にいるのは僕なんだから」
「……じゃあ……恋人は?」
問いながら、ヴィオラの声はかすかに揺れた。
けれどセドリックは、柔らかく、けれど確かな口調で言った。
「恋人は──君だろ」
胸の奥が、そっと高鳴る。
愛人もいない、他の誰かでもない。
この瞬間だけでも〝選ばれている〟という事実が、ヴィオラの胸に、あたたかく灯った。
「……信じるわ。私はこれからも、あなたを信じる。疑って、ごめんなさい」
ヴィオラの謝罪に、セドリックは優しく笑って、少しだけ意地悪な声で囁いた。
「じゃあ、次の王宮の夜会。派手にやってみようか。僕たちの関係が本物だって、誰の目にも明らかになるくらいに」
それは、演技のはずの恋人が放つには、あまりに本気のように響く言葉だった。
ヴィオラの胸の奥で、名前のつかない感情が、またひとつ、息をした。
仮初めの恋人関係を続けていたある日、セドリックはガストンのただならぬ動きに気づく。
ガストンは、ヴィオラの遠縁にあたる親戚を呼び寄せ、「彼女には財産を管理する器がない」と吹き込み、後見人として管理権を奪おうとしていた。
さらに、セドリックの過去を嗅ぎ回らせ、探偵を雇って〝女たらし〟という噂に信憑性を与える捏造工作まで企てていた。
このままではヴィオラに迷惑をかけるかもしれない──
そう悟ったセドリックは、街外れの小さな教会へ彼女を連れ出した。
そこには、彼が密かに支援している村の子どもたちがいる。
パンや古着を渡しながら、セドリックはあくまで自然な態度で、けれどどこか測るような目を向けて言った。
「……ガストンが、俺の過去を探ってる。恋人でいるつもりなら、それなりの覚悟がいるよ」
それは突き放す言葉ではなかった。
ただ、答えを試すような響きを孕んでいた。
ヴィオラは一瞬、返す言葉を失い──だが、まっすぐに顔を上げて告げる。
「セドリック、私はあなたを信じてる。契約をやめるつもりなんて、ないわ」
ヴィオラは彼の過去、すべてを知っているわけではない。
けれど今までの言動のひとつひとつが、彼の誠実さを物語っていた。
揺るぎないその言葉に、セドリックの瞳がふっと細められる。
「……そうか。なら、姫さん──」
いつも通りの笑顔で。
けれどどこか、音の低い声で囁く。
「〝恋人〟らしい距離、忘れないでくれよ?」
その言葉が、ヴィオラの胸に妙に鋭く刺さった。
演技だとわかっている。
契約の一部に過ぎないと、何度も自分に言い聞かせてきた。
(なのに、なぜこんなに心が痛むの?)
高鳴る鼓動の中に、つららのような冷たい痛みが混じる。
思わず目を伏せ、ヴィオラはただ、そっと頷くしかなかった。
彼の笑顔が演技であっても、その手を離したくない──
その想いが胸を突き刺す。
家督を継げば、それで終わる関係。
契約の三ヶ月は、もう目の前。
ガストンの罠は、すぐそこまで迫っているというのに──
ヴィオラが恐れていたのは、策略でも陰謀でもない。
この胸に芽吹き始めた想いに、いつか名前を与えてしまいそうな、自分自身だった。
***
ガストンの仕掛けた罠が、静かに、しかし確実に広がり始めていた。
王宮のサロン、街の酒場──噂は水面に広がる染みのように、少しずつ、けれど確実に広がっていく。
「セドリックは女たらしだ」
「複数の令嬢から金を巻き上げているらしい」
「ヴィオラも、騙されているだけだ」
どれも、ガストンが雇った探偵が仕立てた偽の手紙や証言によるものだった。作られた噂はまるで毒のように、じわじわと、ヴィオラとセドリックの立場を蝕んでいく。
ある日。
屋敷の書斎で、ヴィオラは匿名で届いた手紙を震える手で握りしめていた。
──セドリックが、別の女性と密会していた。
その証拠として、手紙には日時と場所が詳細に記されている。
「……こんなの、信じないわよ」
つぶやく声は、しかし震えていた。
ガストンの策略だと頭では理解している。それでも、心のどこかにあった不安を、この一枚の紙切れは見事に突いてきた。
もしかしたら、セドリックには本当に他に大切な人がいるのではないか。
こんな〝契約の関係〟ではなく、彼が心から求める相手が、すでにどこかにいるのではないか。
棘のような想いが、胸の奥を刺す。
信じていたはずだった。
けれど確かめずにはいられなかった。
「これ……ガストンの仕業よね? ……でも、本当のところ、どうなの?」
いつものように屋敷を訪れたセドリックに、ヴィオラは思わず問いかけていた。
差し出した手紙は、裏切りではなく、彼を信じたいがゆえの衝動だった。けれど、自分の中に芽生えた疑念が悔しくてたまらなかった。
セドリックは手紙を一瞥し、眉をわずかにひそめる。
「……姫さん、まさか僕のこと、疑ってる?」
穏やかな声が、却って胸に痛い。
「ちがうの。信じてる……信じてるつもりなの。だけど……」
言葉が詰まる。
言い訳のように重なる声が、どれも本心から滲んでいた。
「……こんな手紙ひとつに、心を揺らしてしまった自分が、情けなくて……悔しくて。あなたを疑いたいわけじゃないわ。けど、怖かったの」
(……もし本当に、他に誰かがいたら……って。そんなこと、考えたくなかったのに)
俯いたヴィオラの前で、セドリックはしばし黙っていた。
やがて、彼の声が静かに落ちてくる。
「……そうか。ヴィオラは、それでも信じようとして、こんなに揺れて、悩んでくれたんだな」
ふっと、彼が微笑んだ。
「ありがとう。話してくれて、嬉しいよ。……でも、この手紙も噂も、全部ガストンの仕業だ。僕が支援してきた村の女性たちを、勝手に〝愛人〟に仕立て上げただけ。都合よく〝証拠〟を作ったんだ。いかにも彼らしい、卑劣な手段だよ」
セドリックの目が、まっすぐにヴィオラを見据える。
その視線には、嘘も濁りもなかった。
「僕には、愛人なんていない。……たとえ契約でも、今、君の隣にいるのは僕なんだから」
「……じゃあ……恋人は?」
問いながら、ヴィオラの声はかすかに揺れた。
けれどセドリックは、柔らかく、けれど確かな口調で言った。
「恋人は──君だろ」
胸の奥が、そっと高鳴る。
愛人もいない、他の誰かでもない。
この瞬間だけでも〝選ばれている〟という事実が、ヴィオラの胸に、あたたかく灯った。
「……信じるわ。私はこれからも、あなたを信じる。疑って、ごめんなさい」
ヴィオラの謝罪に、セドリックは優しく笑って、少しだけ意地悪な声で囁いた。
「じゃあ、次の王宮の夜会。派手にやってみようか。僕たちの関係が本物だって、誰の目にも明らかになるくらいに」
それは、演技のはずの恋人が放つには、あまりに本気のように響く言葉だった。
ヴィオラの胸の奥で、名前のつかない感情が、またひとつ、息をした。
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