「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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花嫁の身代わりでしたが、皇帝陛下に「美味だ」と囁かれています。

後編

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 私たちは……帰ってきた。
 祝福は解除しない限り一生続くものだから、春が終わっても祝福は続くって。
 冬の祝福も、季節問わず発動してたみたいだしね……

 今はもう夜。
 昼からずっとまともに食べてない・・・・・から、そろそろ渇望してるかもしれない。
 私の鼓動の音がうるさすぎる。
 耳の奥でドクドク鳴ってるのに、部屋の中はひどく静かで……エルヴィル様の寝室なんて、こんなに広いのに、今は息をするのも苦しいくらい。

「えーと、あの、エルヴィル様……食べます?」

 って、なんて間抜けな質問してるの私!? ほんとに言った!? 言ったよね!?

 でもエルヴィル様は、驚くでも、呆れるでもなくて。
 ただ、じっと私を見てる。その視線が、やさしくて、つらくて、こわくて。

「春の祝福は、“愛”がなければ、発動しない」

 エルヴィル様の言葉と共に、春の精霊の声が頭の奥でよみがえる。

「愛がなければ、冬の祝福のほうが勝ってしまう。そうなれば、魔力を全部食い尽くして、俺がお前を殺す」

 言い方。

 もちろん、私だって怖い。
 怖いんですよ、エルヴィル様。
 手が震える。死にたくなんて、ない。

「……リオナ」

 エルヴィル様が、低い声で名前を呼んだ。
 その声音だけで、体がピクリと震える。

「お前の中にある感情が、“愛”でなければ……お前は……」

 それって、私の気持ちひとつで、命が左右されるってことじゃない。
 そんなの、重すぎるって……思ったのに。

「……違う」

 エルヴィル様が、ふっと目を伏せた。

「殺したく、ないんだ」

 ……ああ。
 もう、心臓が、張り裂けそう。

 この人が、こんなふうに言うなんて。
 あの冷たくて、ひどくて、ぶっきらぼうで、すぐ「殺す」なんて言う人が……初めて「殺したくない」って。

 ──もう、無理だ。これ以上、逃げられない。

「……好き、です」

 私の声が、震えてた。

「たぶん……私、エルヴィル様のこと、ずっと、好きでした。私って、結構ちょろいんです。キスされただけで……ちょっと優しくされただけでもう……大好きでした」

 自分の胸を押さえて、ぎゅっと力をこめる。

「でも、これが“愛”かどうかは……私、正直まだ……自信がなくて」

 言いながら情けなくなる。こんな大事なときに、自信がないなんて。

「でも、でも、それでも……私、エルヴィル様のためなら……」

 声が詰まりそうになる。でも言わなきゃ。

「死んでもいいって、思ってます」

 言っちゃった。
 言った瞬間、涙が出そうになったけど、我慢した。

 エルヴィル様が、ゆっくりと立ち上がって、私に手を伸ばしてくれる。
 その手が、あたたかくて。指が震えていて。

「……お前の中の魔力が減っていくのを、もう見ていられない」

 頬に触れるその手に、全部がこめられてる気がした。

「春の祝福で相殺するためじゃない。食事のためでもない。……俺は、お前を奪いたいと思ってる」

 その言葉が、私の胸の奥に、焼きつくみたいに響いた。

 唇が触れそうになる距離で、息が絡む。
 指先が、背中に回って、するりと布をほどいていくたびに、体温が、魔力が、溢れ出すみたいに滲んで──

 エルヴィル様の魔力が、冷たい冬の色をしていても怖くなかった。
 だって、私の中に、春が咲いてたから。
 この人を好きでよかったって、そう思ったから。




 ***





 朝の鳥の声が、どこか遠くで響いてる。

 目を開けたら、知らない天井。
 じゃなくて……エルヴィル様の部屋だった。
 彼の腕の中、胸の鼓動が、ふんわりと私を包んでる。

 魔力の欠乏による苦しみは、もうない。
 春の祝福は、ちゃんと完成したんだ。

 ──私は、生きてる。
 エルヴィル様の腕の中で。

 そして、たぶん……これが“愛”なんだって。
 ようやく、ちょっとだけわかった気がして。
 私はぎゅうっと、エルヴィル様を抱きしめた。

「……ああ、まだ夢みたいだ」

 耳元で、囁くような声がした。

「なにが……ですか」

 顔を上げると、エルヴィル様が、穏やかに目を細めてる。

「お前を抱いていることが」
「──!」

 言葉の破壊力がひどすぎる。
 しかも、そのままキスされそうに──

「ちょ、ま、ちょっと待ってくださ──んんっ……!」

 もう、止める暇なんてなかった。
 唇が重なる感触に、体の芯がきゅっと熱くなる。

 それは、魔力を奪うためじゃない。
 ただ、触れたい、通じたいという、気持ちだけのキス。

「……ああ、いいな」

 エルヴィル様が、吐息混じりに言う。

「魔力のためじゃなくても、こうしてキスできる。リオナ、お前が生きてるだけで、こんなに嬉しいなんて……」
「そ、そんな、当たり前のことを……」
「当たり前じゃなかった。昨夜までは、ほんの少しのことで命を落とすかもしれなかった。お前がここにいるのは、奇跡だ」

 言いながら、またキスされた。
 今度は唇だけじゃなく、額に、まぶたに、頬に。
 もう、何回するんですか!? ってくらい、優しくて長くて、でもくすぐったくて。

「や、やめっ、そんなに何度も……!」
「嫌じゃないんだろう」

 ニヤリと笑った彼が、私の鼻先にキスを落とす。

「春の祝福のおかげで、お前の感情がほんのり伝わってくるようになった」

 耳元で囁かれて、ぞわりと背筋が震える。

「だからわかる。お前が俺を求めてることも」
「~~~~っ! そ、それはっ、ちょ、ちょっと待ってくださ──!」
「待てと言われて待てるなら、俺はお前を何度も抱いたりしない」

 またキス。

「ち、ちがっ、違いますってば! そ、そういうのって、タイミングとか、空気とか、あの、せめて、朝ごはんのあととか、そういう……!」
「では朝ごはんの後にもキスする」

 しれっと言って、またキス。

 や、やめて……! 心の中がぐるぐるしてる!
「いつでもしていい」なんて思ってない、でも……。

 でも、エルヴィル様の体温も、唇も、ぜんぶ優しくて。
 ふわっと包み込まれるたびに、心がほどけていく。

「……ほんとに、ずるいです」
「知ってる」
「調子に乗らないでください」
「そんな俺も好きなのだろう?」
「……もう……」

 だめだ、全部バレてる。
 祝福の代償、大きすぎない?

 言い合いの合間に、またキスされて、結局私も目を閉じてしまった。

 ああ、なんでだろう。
 心がすごく、あたたかい。
 この人となら、ずっと春のままでもいいかもしれない……って、思ってしまう。でも。

「エルヴィル様……私は……」
「ああ、不安にさせていたな。もう試用期間などではない。リオナは……俺の、最初で最後の花嫁だ」

 心の不安も、伝わってた。
 前言撤回、この代償は便利かもしれない。

「大好きです、エルヴィル様……愛してます」
「知ってる。俺もだ」

 エルヴィル様の気持ちも私に伝わってきて。
 嘘じゃないって、わかる。

 言葉より先に、心がふれて。
 温もりが、まっすぐ私の胸の奥に届く。

 大好き、エルヴィル様。
 だけど、人前でキスするのだけは、やめてくださいね?

「うむ……美味だ」
「まだ味があったんですか?」

 私たちはプッと笑って。
 そのまま、お互いを味わった。



***


 その年にまた冬がやってくると、私たちは冬の精霊に会いに行った。
 ……というか、ちゃっかり宮殿の裏に来てたんだけど。

 精霊は、私たちの間にあるぬくもりに触れて、しゅん……と肩を落としてた。
 ちょっとかわいそう? ……と思ったのも束の間。

 すぐに、美形の騎士様を見つけて、目をキラーン!
 そっちにぞっこんになって追いかけていった。

 懲りてない!!

 ちなみに、あの“祝福”は陛下がきっぱり禁止したから、もう心配はなさそう。

 ……冬の精霊にも、いつか本当の春が来ますように。



 翌年。
 春が来て、庭に花が咲きはじめた頃、私はふと男の子の精霊を思い出した。

「エルヴィル様、春の精霊にパンを奉納しに行きませんか?」
「いいな。準備は任せた」
「任せてください、パン屋の娘ですから」
「期待してる。……あとで俺にも焼いてくれ」

 エルヴィル様、目が真剣。

「それは奉納のついでですよね?」
「いや、こっちが本命だ」

 エルヴィル様、可愛い。
 パン屋の娘の本気、出しちゃいますよ?

 そして私はその日、本当にパンをたくさん焼いた。
 奉納用に丸い甘いパン。エルヴィル様用には、バターたっぷりの贅沢パン。
 厨房の人に呆れられながら、こねてこねて、焼いて焼いて。

 食べたエルヴィル様は、なんでもない顔で「美味」って一言。
 めちゃくちゃ幸せな気持ちで言ってくれたって、私わかってますから。

 焼きたてのパンを布に包んで、春の精霊への準備はばっちり。
 出かけようとしたそのとき、隣に立つエルヴィル様が、無言でそっと私の手を取った。

 指先から伝わるあたたかさに、胸の奥がふわりとほどけていく。
 驚いて見上げると、エルヴィル様はとろけるように微笑んでて。
 何それ、ずるい。

 だけど、私も自然と笑顔になっちゃってた。

 私たちは手を繋いで、春の香りの中を歩き出す。
 精霊に渡すパンも、きっと今日の空気みたいに、優しい味がする。

 幸せって、こんな風に焼きあがるんだ。ふわふわに、膨らんでいくみたいに。

 私たちは見つめ合うと、やわらかく笑い合って。
 心の幸せパンを膨らませながら、春の精霊のいる森へと歩いていった。
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