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それ、私じゃなくてあなたが終わりです
03.あとは、すべて私に任せて
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数ヶ月の策謀と準備は、すべてこの瞬間のために。
そしてついに──舞台の幕が、静かに上がった。
「アーティア。──我が婚約者たる資格、今ここで剥奪する!」
王太子グラントの声が、玉座の間に高く響いた。
彼の隣には、男爵令嬢、リル・フェリア。
私は込み上げる笑みを、ぎりぎりのところで抑えた。今はまだ、“主役”を気取らせてあげる時間。
「すべて知っているのだぞ!」
「あら、なにをでしょう」
「惚けるな!」
グラントは伯爵令嬢である私を見て、勝ち誇った顔で続けた。
「この俺を貶め、我が国を乗っ取ろうと謀るとは。それだけでは飽き足らず、リルに数々の嫌がらせを──お前はここで終わりだ、アーティア!」
断罪させる舞台を整えるために、あえてその情報をリルから流させていたことも知らずに。
私はただ穏やかに微笑んだ。わずかに目を伏せて、口元だけを緩める。
「証人はいる。リルよ。アーティアの悪行の数々を、皆に話すのだ」
「はぁい、喜んでお話ししますわぁ」
「そしてシオン。お前は宰相として、この女の悪事を洗いざらい暴け!」
「仰せのままに、グラント殿下」
小鳥のように愛らしいリルと、冷静な美貌を湛えた宰相シオン。
二人は静かに、視線を揃える。
向けられたのは──私ではなく、王太子、あなたの方。
「な……っ」
その顔、見たかったの。
愚かで、自分だけが勝者だと思い込んでいたあなたの、その表情を。
私は、静かに一歩前へ出た。
「……それ、“私”じゃなくて。──“あなた”が終わりですわ」
「な、なにを言って──!?」
グラントの顔から、見る間に血の気が引いていく。
私の隣では、いつも通りぽわぽわと笑う令嬢が、スカートをふわりと揺らしながら一歩踏み出した。
「まず、私がされた意地悪の件ですがぁ……あれ、全部──王太子様のご命令でしたのぉ。意地悪されたフリをしろってぇ。ほんとうは、やりたくなかったんですけれどぉ? 殿下が怖くて、つい……仕方なくぅ……」
「なっ……なにを言ってる、リル!? お前もノリノリで──!」
グラントの声が裏返る。
彼は、あり得ないものでも見たように、リルを見つめた。けれどそれ以上に慌てたのは、次に彼が目を向けた男の名を呼んだ時だ。
「シ、シオン! お前も見ただろう、こいつの悪事を!」
そしてその男──宰相シオンは、優雅に手を胸へと当てた。
「ええ、殿下。余すところなく、見ておりました」
宰相シオン・カヴァリエ。
王国の頭脳にして、王太子の右腕だったはずの男が、冷ややかな顔のまま、威圧を強めながらグラントの元へと歩いていく。
「──そして私は、すべてを記録しております。裏金の流れ、妾のための機密費、事故死した少年の処理命令……すべて、あなたの署名入りで」
「シオン……貴様、なにを言って──っ」
「証拠はこちらに。これはごく一部ですがね」
シオンが懐から紙の束を取り出し、無造作に突き出す。
グラントは一歩、二歩と後退し、私を見る目が怯えと憎悪に染まっていた。
「……アーティア。お前……!」
逃げ場など、もうどこにもない。
私は、冷たく、静かに言い放つ。
「終わりですわね、グラント殿下」
静寂が落ちる。
まるで玉座の間そのものが、息を呑んだようだった。
「この場にて、すべての証拠を提示いたします」
シオンの合図で、控えていた文官たちが木箱を運び入れる。中には、帳簿、書簡、証言の写し──王国を蝕んだ醜聞が、これでもかと詰め込まれていた。
「リル! なぜだ! お前を妃に迎えるとまで言ったのに! アーティアと婚約を破棄してでも、俺はお前を選ぶつもりだったんだぞ! このままでは妃になれないんだ! それでもいいのか!?」
縋るようにリルへと手を伸ばすグラントに、彼女はひとつ、ため息をついて口元を歪めた。
「お触り、なさらないでいただきたいですわぁ……」
その声は、氷のように冷ややかだった。
空色の瞳が見下ろす先は、まるで虫けらを見るまなざし……
いえ、そんなことを言っては虫けらに失礼ね。
「裏切る気か、リル!? おまえ、俺を──っ」
「この日を……どれだけ待ち望んだことか。これで、弟も……少しは浮かばれましょう」
「なにを……言ってる……?」
リルの声が、震えていた。怒りと、哀しみと、決意とで。
「殿下の馬車に……弟は殺されたのです。なのに殿下は『捨ておけ』と。謝罪も、調査もない。私が“姉”だということすら──気づいていなかった……」
「弟だと? そんなものはどうでもいい! 今は──」
その言葉に、リルはキッとグラントを睨みつける。
「触れないでくださいませ!! これまでどれほどおぞましかったことか!!」
叫んだ瞬間、リルの目から涙が溢れ出した。
立派よ。立派すぎるわ、リル。
本当にここまで、よくやってくれた。
グラントから逃げ出すように駆けてきたリルを、私は優しく抱き止める。
「ありがとう……本当に頑張ってくれたわ……」
「アーティア様……っ」
「あとは、すべて私に任せて」
その時、玉座の間の空気が決定的に変わった。
もう誰も、グラントを見ていない。
人々は私たちに──この国を変えようとする者たちに、視線を向けていた。
「シオン」
私が名を呼ぶと、シオンは頷き、兵へと視線を送る。
「グラント殿下を拘束せよ。この場での逮捕に、十分な証拠がある。」
その言葉に、兵たちが即座に動いた。
「ま、待て、俺は王太子だぞ! 父上の許可が──」
「その“父上”を巻き込んだ犯罪の証拠も、すでに確保済みです。国王陛下の判断を仰ぐまでもありませんわ」
私は静かに前へ進み、口を開く。
「──この国の王族、そして腐敗に加担したすべての貴族たち」
そして高らかに言い放つ。
「全員、お覚悟なさいませ!!」
廷臣たちの間に、激震が走る。
動揺、恐怖、そして……希望。
これが、私たちの革命の始まりだった。
あるいは、“乗っ取り”の第一歩だったのか──。
グラントが拘束されると、王宮の空気は一変した。
私たちが突きつけた証拠と証言は、あまりに明白。
廷臣たちは言葉を失い、衛兵たちはもはや王子の命令に従おうとしなかった。
その夜のうちに、グラントの側近たちは国外逃亡を図り──ある者は罪状を前に、自ら命を絶った。
国王の寝所は固く閉ざされた。
“心労により倒れられた”と発表するに留まったけれど、実際にはすでに、政の中枢から排除されていた。
ルクレイド王国の上層部が機能することは、なかった。
そして私は、粛清を始めた。
裏金に手を染めた財務長官。
貧民を兵として売り払った南部の領主。
貴族の娘を裏で売り渡していた社交界の重鎮──
ひとつひとつ証拠を揃え、罪状を明かし、辞任を促す。
それでも抗えば、ためらわずに断罪した。
シオンが政務処理を支え、リルは残された良識ある貴族たちの心をつないだ。
「つらい日々は、きっともう過去のことになりますわ。どうか信じてくださいませ。この国には、まだ希望がございます。これからは民の笑顔が咲く国を──皆さまと共に、手を取り合ってまいりましょう」
リルの涙ながらの演説は、王都の広場で大きな拍手を浴びた。
ぽわぽわとした愛らしい声が、かえって真実味を帯び、民の心に深く届いたのだ。
広場に集まった群衆は、改革の意味など知らず、ただ“悪者が裁かれた”という物語を信じた。
国が新しく生まれ変わるのだと。
そして、誰も気づかなかった。
新たに玉座を覆い始めた意志が、どこの国のものであるかを。
数日後、ルクレイド国王の退位が正式に発表された。
けれど、それよりも大きな衝撃をもって報じられたのは、王太子グラントの処刑命令だった。
処刑の決定が下されたのは、公開の場ではなかった。
けれど、密室の私刑でもない。
王族として、そして一人の人間として、正しく裁かれた結果だった。
「グラント・べオニス・ルクレイド──王太子の名を、今この場をもって正式に剥奪します。そして、国家反逆・横領・殺人教唆・民草の踏みつけに対し、断罪を行います」
玉座の間に、重たい沈黙が降りた。
私の宣告を受けて、彼はまだ、口を開こうとした。
その目に“自分は王子だ”という自負を、滲ませて。
「ふざけるな……アーティア。俺は、この国の“未来”なんだぞ……。俺を殺せば、この国は終わる……」
「いいえ、違いますわ。あなたがいたから、この国はここまで腐ったのです」
冷たく言い放つ私に、グラントは睨みを向けた。
「っ……お前ら……リル……! お前だって、俺の傍にいたじゃないか……!」
怒鳴る声に、リルは眉ひとつ動かさない。
ただ、その空色の瞳が、ゆっくりとグラントを見た。
泣きもせず、怒りもせず。
まるで、これが当然の結末だと告げるように。
グラントという存在を、ただの失敗として静かに見つめるように。
その無慈悲なまでのまなざしに、彼の顔が引きつった。
理解したのだ。そこに、もう自分の居場所などないと。
まるで溺れる者が縋るように、グラントは視線をシオンへと向ける。
「……シオン、お前は……」
名を呼ぶ声は、かすれていた。
救いを求めるような視線を受けて、シオンが口を開く。
「……私があなたに仕えたのは、忠誠心ではありません。国家のためという“義務”でした。ようやく、終わりにできます。あなたという悪夢を」
その瞳には、凍りつくような嫌悪と、容赦のない軽蔑が宿っていた。
情けも、憐れみも一片もない。ただ、見限ったものに向ける視線──処分すべき無価値な存在への、それだった。
グラントは口を開きかけるも、漏れるのは声にならない呻きだけ。
その言葉を拾おうとする者など、この世のどこにもいなかった。
そして兵は動き、彼の両腕を縛る。
その瞬間、彼は最後の抵抗を吐き捨てた。
「俺は……王子なんだぞ……! この国の“血”が流れてるんだ……! お前のような女に、なにがわかる!! 民どもに媚びて、偽りの正義で王座を盗れると思うなよ!!」
グラントの最後の叫びは、まるで子どもの癇癪のよう。
その血こそが腐敗の源だったと、あなたは気づく気さえなかったのでしょうけれど。
私は静かに、けれど凛とした声で答える。
「確かに、私はこの国の血筋ではないわ。隣国ヴァルテアの第一王女、アーティア・レグナスよ」
「……は?」
グラントの顔が、信じがたいものを見たかのように歪んだ。
シオンが一歩前に出て、冷静に付け加える。
「あなたの腐敗は、この国だけの問題ではない。ヴァルテア王国の王女が、この国を再建するためにここに来られたのだ」
真実を突きつけられたグラントの表情は、怒りと嘆きが入り混じっていた。
「お前……! 最初から騙していたのか! これは乗っ取りだ! こいつらを捕らえろ! 俺は、この国の正当な王太子だ!!」
彼はまだ、自分が失ったものの大きさを理解できていなかった。
その声に王子の矜持はなく、ただの子どものわがままでしかない。
私は一歩近づき、静かに告げる。
「……その“王子”という称号は、今、あなた自身の手で地に堕ちたのよ。」
兵士たちに合図を送ると、彼は無理やり連れ去られていった。
グラントは顔を引きつらせ、震えながら必死に喚き散らす。
「待ってくれ! 助けてくれ! まだ死にたくないんだ!」
足をばたつかせ、涙と涎を混ぜて声を震わせるその姿は、哀れみを通り越して滑稽だった。
私たちは一切表情を崩さず、冷たい視線のまま、彼の醜態を静かに見送った。
そしてついに──舞台の幕が、静かに上がった。
「アーティア。──我が婚約者たる資格、今ここで剥奪する!」
王太子グラントの声が、玉座の間に高く響いた。
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「すべて知っているのだぞ!」
「あら、なにをでしょう」
「惚けるな!」
グラントは伯爵令嬢である私を見て、勝ち誇った顔で続けた。
「この俺を貶め、我が国を乗っ取ろうと謀るとは。それだけでは飽き足らず、リルに数々の嫌がらせを──お前はここで終わりだ、アーティア!」
断罪させる舞台を整えるために、あえてその情報をリルから流させていたことも知らずに。
私はただ穏やかに微笑んだ。わずかに目を伏せて、口元だけを緩める。
「証人はいる。リルよ。アーティアの悪行の数々を、皆に話すのだ」
「はぁい、喜んでお話ししますわぁ」
「そしてシオン。お前は宰相として、この女の悪事を洗いざらい暴け!」
「仰せのままに、グラント殿下」
小鳥のように愛らしいリルと、冷静な美貌を湛えた宰相シオン。
二人は静かに、視線を揃える。
向けられたのは──私ではなく、王太子、あなたの方。
「な……っ」
その顔、見たかったの。
愚かで、自分だけが勝者だと思い込んでいたあなたの、その表情を。
私は、静かに一歩前へ出た。
「……それ、“私”じゃなくて。──“あなた”が終わりですわ」
「な、なにを言って──!?」
グラントの顔から、見る間に血の気が引いていく。
私の隣では、いつも通りぽわぽわと笑う令嬢が、スカートをふわりと揺らしながら一歩踏み出した。
「まず、私がされた意地悪の件ですがぁ……あれ、全部──王太子様のご命令でしたのぉ。意地悪されたフリをしろってぇ。ほんとうは、やりたくなかったんですけれどぉ? 殿下が怖くて、つい……仕方なくぅ……」
「なっ……なにを言ってる、リル!? お前もノリノリで──!」
グラントの声が裏返る。
彼は、あり得ないものでも見たように、リルを見つめた。けれどそれ以上に慌てたのは、次に彼が目を向けた男の名を呼んだ時だ。
「シ、シオン! お前も見ただろう、こいつの悪事を!」
そしてその男──宰相シオンは、優雅に手を胸へと当てた。
「ええ、殿下。余すところなく、見ておりました」
宰相シオン・カヴァリエ。
王国の頭脳にして、王太子の右腕だったはずの男が、冷ややかな顔のまま、威圧を強めながらグラントの元へと歩いていく。
「──そして私は、すべてを記録しております。裏金の流れ、妾のための機密費、事故死した少年の処理命令……すべて、あなたの署名入りで」
「シオン……貴様、なにを言って──っ」
「証拠はこちらに。これはごく一部ですがね」
シオンが懐から紙の束を取り出し、無造作に突き出す。
グラントは一歩、二歩と後退し、私を見る目が怯えと憎悪に染まっていた。
「……アーティア。お前……!」
逃げ場など、もうどこにもない。
私は、冷たく、静かに言い放つ。
「終わりですわね、グラント殿下」
静寂が落ちる。
まるで玉座の間そのものが、息を呑んだようだった。
「この場にて、すべての証拠を提示いたします」
シオンの合図で、控えていた文官たちが木箱を運び入れる。中には、帳簿、書簡、証言の写し──王国を蝕んだ醜聞が、これでもかと詰め込まれていた。
「リル! なぜだ! お前を妃に迎えるとまで言ったのに! アーティアと婚約を破棄してでも、俺はお前を選ぶつもりだったんだぞ! このままでは妃になれないんだ! それでもいいのか!?」
縋るようにリルへと手を伸ばすグラントに、彼女はひとつ、ため息をついて口元を歪めた。
「お触り、なさらないでいただきたいですわぁ……」
その声は、氷のように冷ややかだった。
空色の瞳が見下ろす先は、まるで虫けらを見るまなざし……
いえ、そんなことを言っては虫けらに失礼ね。
「裏切る気か、リル!? おまえ、俺を──っ」
「この日を……どれだけ待ち望んだことか。これで、弟も……少しは浮かばれましょう」
「なにを……言ってる……?」
リルの声が、震えていた。怒りと、哀しみと、決意とで。
「殿下の馬車に……弟は殺されたのです。なのに殿下は『捨ておけ』と。謝罪も、調査もない。私が“姉”だということすら──気づいていなかった……」
「弟だと? そんなものはどうでもいい! 今は──」
その言葉に、リルはキッとグラントを睨みつける。
「触れないでくださいませ!! これまでどれほどおぞましかったことか!!」
叫んだ瞬間、リルの目から涙が溢れ出した。
立派よ。立派すぎるわ、リル。
本当にここまで、よくやってくれた。
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「ありがとう……本当に頑張ってくれたわ……」
「アーティア様……っ」
「あとは、すべて私に任せて」
その時、玉座の間の空気が決定的に変わった。
もう誰も、グラントを見ていない。
人々は私たちに──この国を変えようとする者たちに、視線を向けていた。
「シオン」
私が名を呼ぶと、シオンは頷き、兵へと視線を送る。
「グラント殿下を拘束せよ。この場での逮捕に、十分な証拠がある。」
その言葉に、兵たちが即座に動いた。
「ま、待て、俺は王太子だぞ! 父上の許可が──」
「その“父上”を巻き込んだ犯罪の証拠も、すでに確保済みです。国王陛下の判断を仰ぐまでもありませんわ」
私は静かに前へ進み、口を開く。
「──この国の王族、そして腐敗に加担したすべての貴族たち」
そして高らかに言い放つ。
「全員、お覚悟なさいませ!!」
廷臣たちの間に、激震が走る。
動揺、恐怖、そして……希望。
これが、私たちの革命の始まりだった。
あるいは、“乗っ取り”の第一歩だったのか──。
グラントが拘束されると、王宮の空気は一変した。
私たちが突きつけた証拠と証言は、あまりに明白。
廷臣たちは言葉を失い、衛兵たちはもはや王子の命令に従おうとしなかった。
その夜のうちに、グラントの側近たちは国外逃亡を図り──ある者は罪状を前に、自ら命を絶った。
国王の寝所は固く閉ざされた。
“心労により倒れられた”と発表するに留まったけれど、実際にはすでに、政の中枢から排除されていた。
ルクレイド王国の上層部が機能することは、なかった。
そして私は、粛清を始めた。
裏金に手を染めた財務長官。
貧民を兵として売り払った南部の領主。
貴族の娘を裏で売り渡していた社交界の重鎮──
ひとつひとつ証拠を揃え、罪状を明かし、辞任を促す。
それでも抗えば、ためらわずに断罪した。
シオンが政務処理を支え、リルは残された良識ある貴族たちの心をつないだ。
「つらい日々は、きっともう過去のことになりますわ。どうか信じてくださいませ。この国には、まだ希望がございます。これからは民の笑顔が咲く国を──皆さまと共に、手を取り合ってまいりましょう」
リルの涙ながらの演説は、王都の広場で大きな拍手を浴びた。
ぽわぽわとした愛らしい声が、かえって真実味を帯び、民の心に深く届いたのだ。
広場に集まった群衆は、改革の意味など知らず、ただ“悪者が裁かれた”という物語を信じた。
国が新しく生まれ変わるのだと。
そして、誰も気づかなかった。
新たに玉座を覆い始めた意志が、どこの国のものであるかを。
数日後、ルクレイド国王の退位が正式に発表された。
けれど、それよりも大きな衝撃をもって報じられたのは、王太子グラントの処刑命令だった。
処刑の決定が下されたのは、公開の場ではなかった。
けれど、密室の私刑でもない。
王族として、そして一人の人間として、正しく裁かれた結果だった。
「グラント・べオニス・ルクレイド──王太子の名を、今この場をもって正式に剥奪します。そして、国家反逆・横領・殺人教唆・民草の踏みつけに対し、断罪を行います」
玉座の間に、重たい沈黙が降りた。
私の宣告を受けて、彼はまだ、口を開こうとした。
その目に“自分は王子だ”という自負を、滲ませて。
「ふざけるな……アーティア。俺は、この国の“未来”なんだぞ……。俺を殺せば、この国は終わる……」
「いいえ、違いますわ。あなたがいたから、この国はここまで腐ったのです」
冷たく言い放つ私に、グラントは睨みを向けた。
「っ……お前ら……リル……! お前だって、俺の傍にいたじゃないか……!」
怒鳴る声に、リルは眉ひとつ動かさない。
ただ、その空色の瞳が、ゆっくりとグラントを見た。
泣きもせず、怒りもせず。
まるで、これが当然の結末だと告げるように。
グラントという存在を、ただの失敗として静かに見つめるように。
その無慈悲なまでのまなざしに、彼の顔が引きつった。
理解したのだ。そこに、もう自分の居場所などないと。
まるで溺れる者が縋るように、グラントは視線をシオンへと向ける。
「……シオン、お前は……」
名を呼ぶ声は、かすれていた。
救いを求めるような視線を受けて、シオンが口を開く。
「……私があなたに仕えたのは、忠誠心ではありません。国家のためという“義務”でした。ようやく、終わりにできます。あなたという悪夢を」
その瞳には、凍りつくような嫌悪と、容赦のない軽蔑が宿っていた。
情けも、憐れみも一片もない。ただ、見限ったものに向ける視線──処分すべき無価値な存在への、それだった。
グラントは口を開きかけるも、漏れるのは声にならない呻きだけ。
その言葉を拾おうとする者など、この世のどこにもいなかった。
そして兵は動き、彼の両腕を縛る。
その瞬間、彼は最後の抵抗を吐き捨てた。
「俺は……王子なんだぞ……! この国の“血”が流れてるんだ……! お前のような女に、なにがわかる!! 民どもに媚びて、偽りの正義で王座を盗れると思うなよ!!」
グラントの最後の叫びは、まるで子どもの癇癪のよう。
その血こそが腐敗の源だったと、あなたは気づく気さえなかったのでしょうけれど。
私は静かに、けれど凛とした声で答える。
「確かに、私はこの国の血筋ではないわ。隣国ヴァルテアの第一王女、アーティア・レグナスよ」
「……は?」
グラントの顔が、信じがたいものを見たかのように歪んだ。
シオンが一歩前に出て、冷静に付け加える。
「あなたの腐敗は、この国だけの問題ではない。ヴァルテア王国の王女が、この国を再建するためにここに来られたのだ」
真実を突きつけられたグラントの表情は、怒りと嘆きが入り混じっていた。
「お前……! 最初から騙していたのか! これは乗っ取りだ! こいつらを捕らえろ! 俺は、この国の正当な王太子だ!!」
彼はまだ、自分が失ったものの大きさを理解できていなかった。
その声に王子の矜持はなく、ただの子どものわがままでしかない。
私は一歩近づき、静かに告げる。
「……その“王子”という称号は、今、あなた自身の手で地に堕ちたのよ。」
兵士たちに合図を送ると、彼は無理やり連れ去られていった。
グラントは顔を引きつらせ、震えながら必死に喚き散らす。
「待ってくれ! 助けてくれ! まだ死にたくないんだ!」
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