自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗

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01.聖女になった灰かぶり

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「聖女ヴェリシア、あなたは一体ここでなにをしている?」
「レンドール……王子殿下……?」

 第一王子のレンドール様が、私を見て眉を顰めた。
 ここは学園の礼拝堂の掃除用具入れ。そこに聖女が詰められていたら、不可解な顔をされても仕方がない。

「申し訳ありません……つい」
「あなたはつい、掃除用具入れに入るのか?」
「そのようなものです……」

 夏の熱気の中、こんな狭い場所に閉じ込められていたせいで汗が流れ、頭もくらくらとした。
 レンドール様はなぜか手を差し伸べてくださったけれど、私は埃やゴミや灰にまみれている。その御手を汚してはならないと、自力で立ち上がって彼の横をすり抜けた。

「なにがあった」
「……少し疲れていただけです。仕事が残ってますので、失礼いたします」

 まさか、レンドール王子殿下の従妹いとこにあたる、公爵令嬢のニコレット様に受けた仕打ちだなんて言えるわけがない。
 それでなくとも“冷徹プリンス”と呼ばれるレンドール様だ。私の言うことなんて信じてもらえるとは思えない。
 私は問い詰められる前にと足早に立ち去った。

 私をこんな目に合わせたニコレット様は、美しい方だ。だけど冷酷な瞳で、いつも取り巻きの令嬢に不満を漏らす。
 『目障りな虫が今日もいるのね。視界に入ってこないでくださらない?』と。
 その一声で私は令嬢たちにゴミをぶちまけられ、掃除用具入れへと乱暴に詰め込まれた。
 こういう時、絶対にニコレット様自身は手を下さない。けれど、黒幕は間違いなく彼女だ。
 ニコレット様の笑顔を思い出すだけで、私の体は勝手に震えてしまう。

 もともと、私とニコレット様に接点はなかった。
 十六歳になって、庶民の中から私が聖女に選ばれたことがそもそもの始まりで。

 この国には、聖女が複数人存在している。
 貴族から選ばれる聖女と、庶民から選ばれる聖女、十年ごとに一人ずつ。

 同じ聖女でも貴族聖女の方が地位は高く、庶民聖女は騎士爵と同等の地位を与えられるとはいえ、扱いは下の下だ。
 庶民聖女は貴族聖女の使いっ走り。
 僻地に祈りを捧げに行くのも、奉仕活動をするのも、すべて庶民聖女の役目。
 人々の助けになっても、その感謝は指導・・したとされる貴族聖女の手柄となる。
 貴族聖女は街中を歩いて手を振っていればそれだけで崇められる絶対的存在。
 そして私と同じ年に選ばれた貴族聖女が、ニコレット様だった。

 と言っても、聖女に特殊な能力は必要ない。
 新しい聖女が選出される十年の間に、教会へ一番の献金をした貴族の娘が選ばれるというだけの話。

 その昔、聖女には癒しの力があったり豊穣の祈りができたと言われているけれど、今は形だけの存在で誰がなっても問題はなくなっている。

 貴族聖女とは逆に、庶民聖女は教会からお金を受け取って聖女に出される。つまりは奉公に出されるようなものだった。
 庶民聖女になりたがる人は皆無。過酷な労働をさせられるのだから当然だけれど。
 普通の親なら、娘を聖女に出したりはしないだろう。

 そう、私の親は普通じゃなかった。

『さっさと掃除なさい、のろま!』
『あんたにはボロ雑巾がお似合いだよ!』
『汚い灰かぶりに食べさせる物なんて、あるわけないでしょう?』

 私が十二歳の時にお母さんが病気で亡くなると、お父さんはすぐに再婚をした。
 二人の義姉と義母は驚くほど性格が悪く、私の生活は一変してしまった。

 私のことを灰かぶりと呼び、逆らえば殴る蹴るの暴行を受け、食事は抜かれ、奴隷同然に働かされた。
 食事を作るのは私の役目で、こっそりつまみ食いできたから生きてこられただけだ。
 私は十六歳になったら家を出ようと、少しずつ内職をしてお金を貯めて計画していた。だけど結局は内職のがバレてお金を義姉に奪われてしまい、家を出ることは叶わなくなった。
 そしてそのまま教会へと売り飛ばされてしまうことになったのだ。庶民聖女として。
 助けを求めようとお父さんに懇願しに行くと、大金が入ると大喜びしていたので諦めた。

「はぁ……」

 思わずため息が漏れる。
 頭はガンガンしていて気持ちが悪い。

 家を出たら、自由になれると思っていた。だからずっと頑張れたし我慢もできたのに。
 庶民聖女は国民すべてに監視されている。
 私がいなくなれば、代わりに誰かが犠牲となるから。もう逃げ出すことも叶わない。

 ニコレット様はこんな私と同じ『聖女』と呼ばれることが許せないんだろう。
 別に仲良くしたいとは思わないけれど、わざわざ意地悪をするのはやめてほしい。
 こんな暑い季節に閉じ込められたら、冗談ではなく死んでもおかしくはない。
 私は蹌踉としながらもなんとか寮の自室に戻り、埃を払うとベッドに倒れ込もうとした。

《ヴェシィ、ヴェシィ》

 私の愛称を呼びながら、コツコツと窓をつつく音。

「セラフィーナ」

 私が窓を開けると、チチチッとかわいい鳴き声を上げながら空色の鳥が入り込んでくる。

《ヴェシィ、どこにいたの? また虐められてたの?》

 私はお母さんが亡くなってから、動物の声が聞こえるようになった。
 動物と話しているところを見たお父さんや義母たちは、『気味が悪い』『頭がおかしい』と言っていたけれど。
 たしかにそうなのかもしれない。私はきっと、お母さんがいなくなってから狂ってしまったのね。人生だけでなく、頭も。

「ふふ……大丈夫よ、いつものことだもの」
《ヴェシィ、かわいそうに……私がいるからね》
「うん、ありがとう」

 セラフィーナは私が聖女になる前、怪我をしているのを見つけて一時期保護をしたのをきっかけに仲良くなった。
 そのセラフィーナの怪我は、義姉たちが投げつけた石のせいなんだけど。

 今朝残しておいたパンくずを出してあげると、つんつんつつくように口の中へと運んでいる。つぶらな黒い瞳が可愛らしく、見ていて飽きない。
 すべてを食べ終えたセラフィーナは、《ありがとう》と言って飛び立っていった。
 私は動物たちにどれだけ助けられてきたことか。たとえこの会話が空想の産物だったとしても。

 それにしても、聖女になってからまだ半年しか経っていないなんて、先が思いやられる。
 次の聖女が選ばれるまで、あと九年以上。
 それでも聖女を引退できるわけではなく、聖女は一生変わらず聖女だ。だけど新しい聖女ができると、少しは楽になるらしい。

「……その前に死ななきゃいいけど……」

 どんな酷い目に遭っても、死ぬのは嫌だ。生への執着だけは手放せなかった。
 私は痛む頭を抱えながら、無理やり眠った。
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