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07.不思議な鳥
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寮に着いた私は、片方しかない靴でひょこひょこと自室に戻った。
ほとんどの人が舞踏会に出ているので、人のいない寮はどこか寂れた気持ちになる。
「レン様……」
夢のような時間だった。
こんな素敵なドレスを着られた上に綺麗だと言ってもらえた。自由を与えてくれた。
舞踏会で王子様と踊るなんて、この世のどれだけの人が体験できるだろう。
私はそんな貴重な体験をさせてもらえた、ラッキーガールだ。これ以上望むのは強欲というもの。
だから感謝しかない。そのはずなのに……。
「はぁ……」
私が息を吐くと、すうっとセラフィーナが入ってきた。
《楽しくなかった?》
「セラフィーナ……いいえ、楽しかったわ。楽しすぎるくらいに……」
《あら、もう片方の靴はどうしたの?》
「それが、落としちゃって……拾う暇もなしに戻ってきちゃったの」
《そう。じゃあ、きっとレンちゃんが持ってきてくれるわね。あ、来たみたいよ》
「えっ?」
馬の蹄と車輪の音がして、慌てて外を見るとレンドール様が降りていた。
私は「うそっ」と声にならない声を上げて、思わず窓から隠れる。
だけどすぐにレンドール様は部屋の前にやってきて、ノックの音が飛び込んできた。王子殿下直々に来られては、開けないわけにいかない。
もう涙も止まっているし、深呼吸をしてから私は扉を開ける。
「ヴェシィ」
「レン様……どうしてここに? まだ舞踏会は続いているのでは」
「言っただろう。終始一人の女性を口説く、と」
「ならばなおさら、こんなところに来ている場合では」
「口説きたい相手はあなただ、ヴェシィ」
「……はい?」
私の耳は幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。
都合のいい言葉が聞こえた気がして、目を見張る。
「なにを、言って……」
「そこの椅子に座ってもらえるか。靴を持ってきた。ヴェシィに似合うと思って買った靴だ」
私は頭が追いつかないままこくこくと頷き、言われた通り部屋の椅子に座った。
レンドール様が「失礼」と私の足首を優しく掴んで、靴を履かせてくれる。
顔は勝手に熱くなった。
「似合っている」
「ありがとう、ございます……レン様の趣味がよろしいから……」
「どうか、婚約者となってもらえないだろうか。俺にはヴェシィしか考えられない」
「どうして私なんですか? レン様なら、もっと他に素敵なご令嬢がたくさん……」
「好きな人を娶りたいと思う気持ちは、そんなにおかしいか?」
「………………ええっ?!」
好きな人。
今、レンドール様が好きな人と言った。
聞き違いではなく、はっきりと。
「す、好き……? 私のことがですか??」
「ああ。そんなに驚くところか?」
「驚きますっ! どうして……だって私は、レン様にご迷惑をかけてばかりで……」
「迷惑などとは思っていない。好きな人はどんな時も助けたいと思う」
真っ直ぐに目を見て伝えてくれたけど……レンドール様、顔が赤いです……!
「あの……いつからそんな風に私のことを……」
「セラフィーナに、俺と同じ動物の声が聞ける少女がいると聞いた時から気になってはいた。その少女が両親に売られる形で聖女になったと知り、気になってたまに様子を見ていたんだ」
「そうだったんですか……私、王家に聖女としての行いを監視されていたのかと思っていました」
「すまない。セラフィーナに様子を聞いたりしていた。言い訳に聞こえるかもしれないが、そう回数は多くない。あとはネズミたちが、勝手に報告に来てくれたんだ。ヴェシィを助けたい一心だったんだろう」
《レンちゃんの言ってることは本当よ》
私たちの話を聞いていたセラフィーナが、チチチッと声を鳴らしながらピョンっとテーブルから私に肩に飛び移った。
「セラフィーナ」
《ヴェシィはね、ここ何百年といなかった、聖女の祈りの力を持っているのよ。動物の声が聞こえるのも、そのうちのひとつ》
「そうなの?」
「そうだったのか」
私と同時に驚きの言葉を出しているということは、レンドール様も知らなかったらしい。
「では俺にも力があるのか?」
《ええ。レンちゃんは私の子孫だから、隔世遺伝で顕現したのね、きっと》
「……子孫?」
《ふふっ。それはそれとして、ヴェシィが祈りに行った土地は、今後十年豊作になるわ。今年の秋の収穫から効果を実感するはずよ》
まさか、私には本物の聖女の祈りの力があっただなんて。
まじめに豊穣の祈りをしておいて、本当によかった。私のやっていたことは、無駄じゃなかったんだ。
《二人とも、この国のことをお願いね。これでようやく安心して離れられるわ》
「離れるって、どこに行くの?」
《ふふっ》
セラフィーナがパサッと私の肩から飛び上がる。
「待って! あの時の女性って、セラフィーナよね?! 初代の……っ」
《じゃあね》
私が全てを言い終える前に、セラフィーナは窓から飛び立っていった。
「行っちゃった……」
「不思議な鳥だったな」
「レン様、このドレスを持って現れた空色の髪の女性は、彼女……セラフィーナですよね?!」
「いや、わからない。俺は部下にドレスを渡して、着付けのできる者に届けさせるよう命令しただけだ。ヴェシィには着ていく服も靴もないと教えてくれたのは、セラフィーナだったが」
じゃあ、私が会ったあの人は誰だったんだろう。
よくよく考えれば、鳥が人間になるなんてこと、あり得るわけがないのに。
どうしてそう思ってしまったのか。
「気になるなら、誰に届けさせたのかを調べてみよう」
「はい、お願いします」
レンドール様の言葉に、私はこくんと頷いた。
ほとんどの人が舞踏会に出ているので、人のいない寮はどこか寂れた気持ちになる。
「レン様……」
夢のような時間だった。
こんな素敵なドレスを着られた上に綺麗だと言ってもらえた。自由を与えてくれた。
舞踏会で王子様と踊るなんて、この世のどれだけの人が体験できるだろう。
私はそんな貴重な体験をさせてもらえた、ラッキーガールだ。これ以上望むのは強欲というもの。
だから感謝しかない。そのはずなのに……。
「はぁ……」
私が息を吐くと、すうっとセラフィーナが入ってきた。
《楽しくなかった?》
「セラフィーナ……いいえ、楽しかったわ。楽しすぎるくらいに……」
《あら、もう片方の靴はどうしたの?》
「それが、落としちゃって……拾う暇もなしに戻ってきちゃったの」
《そう。じゃあ、きっとレンちゃんが持ってきてくれるわね。あ、来たみたいよ》
「えっ?」
馬の蹄と車輪の音がして、慌てて外を見るとレンドール様が降りていた。
私は「うそっ」と声にならない声を上げて、思わず窓から隠れる。
だけどすぐにレンドール様は部屋の前にやってきて、ノックの音が飛び込んできた。王子殿下直々に来られては、開けないわけにいかない。
もう涙も止まっているし、深呼吸をしてから私は扉を開ける。
「ヴェシィ」
「レン様……どうしてここに? まだ舞踏会は続いているのでは」
「言っただろう。終始一人の女性を口説く、と」
「ならばなおさら、こんなところに来ている場合では」
「口説きたい相手はあなただ、ヴェシィ」
「……はい?」
私の耳は幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。
都合のいい言葉が聞こえた気がして、目を見張る。
「なにを、言って……」
「そこの椅子に座ってもらえるか。靴を持ってきた。ヴェシィに似合うと思って買った靴だ」
私は頭が追いつかないままこくこくと頷き、言われた通り部屋の椅子に座った。
レンドール様が「失礼」と私の足首を優しく掴んで、靴を履かせてくれる。
顔は勝手に熱くなった。
「似合っている」
「ありがとう、ございます……レン様の趣味がよろしいから……」
「どうか、婚約者となってもらえないだろうか。俺にはヴェシィしか考えられない」
「どうして私なんですか? レン様なら、もっと他に素敵なご令嬢がたくさん……」
「好きな人を娶りたいと思う気持ちは、そんなにおかしいか?」
「………………ええっ?!」
好きな人。
今、レンドール様が好きな人と言った。
聞き違いではなく、はっきりと。
「す、好き……? 私のことがですか??」
「ああ。そんなに驚くところか?」
「驚きますっ! どうして……だって私は、レン様にご迷惑をかけてばかりで……」
「迷惑などとは思っていない。好きな人はどんな時も助けたいと思う」
真っ直ぐに目を見て伝えてくれたけど……レンドール様、顔が赤いです……!
「あの……いつからそんな風に私のことを……」
「セラフィーナに、俺と同じ動物の声が聞ける少女がいると聞いた時から気になってはいた。その少女が両親に売られる形で聖女になったと知り、気になってたまに様子を見ていたんだ」
「そうだったんですか……私、王家に聖女としての行いを監視されていたのかと思っていました」
「すまない。セラフィーナに様子を聞いたりしていた。言い訳に聞こえるかもしれないが、そう回数は多くない。あとはネズミたちが、勝手に報告に来てくれたんだ。ヴェシィを助けたい一心だったんだろう」
《レンちゃんの言ってることは本当よ》
私たちの話を聞いていたセラフィーナが、チチチッと声を鳴らしながらピョンっとテーブルから私に肩に飛び移った。
「セラフィーナ」
《ヴェシィはね、ここ何百年といなかった、聖女の祈りの力を持っているのよ。動物の声が聞こえるのも、そのうちのひとつ》
「そうなの?」
「そうだったのか」
私と同時に驚きの言葉を出しているということは、レンドール様も知らなかったらしい。
「では俺にも力があるのか?」
《ええ。レンちゃんは私の子孫だから、隔世遺伝で顕現したのね、きっと》
「……子孫?」
《ふふっ。それはそれとして、ヴェシィが祈りに行った土地は、今後十年豊作になるわ。今年の秋の収穫から効果を実感するはずよ》
まさか、私には本物の聖女の祈りの力があっただなんて。
まじめに豊穣の祈りをしておいて、本当によかった。私のやっていたことは、無駄じゃなかったんだ。
《二人とも、この国のことをお願いね。これでようやく安心して離れられるわ》
「離れるって、どこに行くの?」
《ふふっ》
セラフィーナがパサッと私の肩から飛び上がる。
「待って! あの時の女性って、セラフィーナよね?! 初代の……っ」
《じゃあね》
私が全てを言い終える前に、セラフィーナは窓から飛び立っていった。
「行っちゃった……」
「不思議な鳥だったな」
「レン様、このドレスを持って現れた空色の髪の女性は、彼女……セラフィーナですよね?!」
「いや、わからない。俺は部下にドレスを渡して、着付けのできる者に届けさせるよう命令しただけだ。ヴェシィには着ていく服も靴もないと教えてくれたのは、セラフィーナだったが」
じゃあ、私が会ったあの人は誰だったんだろう。
よくよく考えれば、鳥が人間になるなんてこと、あり得るわけがないのに。
どうしてそう思ってしまったのか。
「気になるなら、誰に届けさせたのかを調べてみよう」
「はい、お願いします」
レンドール様の言葉に、私はこくんと頷いた。
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