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五章 女炎帝
18、牢獄の前で【1】
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大理寺には牢獄がある。刑部が罪人の処罰を決めるまでの間、一時的に投獄しておくためだ。
あまりにも女官と宮女を捕らえすぎたので、三つある牢は満員だ。宮女たちは、体が前後左右から押されるほどにひしめき合いながら座っている。
「出してよ。私たちは、何もしていないわ」
「聞いたわよ、女炎帝さまを捕まえるって。いい加減にしなさいよ。この人でなし。何で薬を買っただけで、捕らえられるのよ」
「侍女は狙わないって。ほんっと姑息よね。大理寺って卑怯者の集まりなわけ?」
牢に放りこまれた宮女たちが、口汚く罵っている。
「新たな大理寺卿は、何を怖がっているのです? 私たちが徒党を組んで、事を起こすとでも?」
「女官の数が減れば、経理も書類の整理も儀式の準備も滞ります。担当も違う上に、数少ない侍女でなんとかできるとでも考えているのですか?」
女官は論理的に訴える。それを「あんた、女だからって舐めてんでしょ」と、宮女が煽る。
かしましい声が響きわたる牢の前で、大理寺卿の陳天分はため息をついた。
(おかしい。こいつらがどんなに集まっても、ただ文句を言って大騒ぎをするだけだ。私はなにか、本質の部分を見落としていないか?)
それもこれも、疲れが溜まっているせいだ。頭が冴えない、思考に薄い霧がかかっているように思える。
四十歳を越えた陳天分に、夜更かしはつらい。目の下にはくっきりとした隈がある。大理寺卿に昇進してから、陳天分は白髪が増えた。
商家の出身と舐められてはならぬ。刑部に馬鹿にされてはならぬ。杷京の秩序を守らねばならぬ。
規律、平和、安寧。清浄、太平、平穏。
世は汚いもので溢れている。クソみたいな奴らを抑え込むには、力を見せつけるのが一番だ。罰を与えるのが最も効果的だ。
(それにしても本当にうるさいな。全員に猿轡を噛ませてやろうか。いや、そんなものでは足りんか)
もっと残酷に。
どうせ身分の低い女なのだから。
(そうだ。唇を縫い留めればどうだ。針と糸で。ああ、一針指すごとに苦痛にのたうちまわるだろう。手と足を縛り、太い針で)
自分の妄想に、陳天分はぞくりとした。
宮女たちの罵声すら、彼の耳には届かない。
だから気づかなかった。足音が近づいてくることに。
「これを返します」
声をかけられた陳天分は、とっさに振り向いた。
すぐ近くに男がいる。穏やかそうな面立ちなのに。淡い色の瞳は氷のように凍てついている。
大理寺の者ではない。だが、その男は後宮を警備する宦官を担いでいた。
「お前……」
気配がなかった。宮女たちが騒いでいたとしても、近接距離ならば人がいることは分かるのに。
牢獄の小さな窓から、月の光が射す。格子の影が、廊下に落ちた。
おぼろげな光に浮かび上がったのは、雲嵐だった。
警備の宦官を、まるで黄麻の袋に入れた麦のように肩に載せている。
どさり、と宦官が床に落とされた。
「どういうことだ」
あまりの異様さに、陳天分の声はかすれた。宦官は口いっぱいに緑の葉を詰め込まれていたからだ。両手を縛られているので、口中の葉を吐き出すこともできないようだ。
「菖蒲の葉だそうです。汁を飲みこめば嘔吐と下痢を催すと聞きました。うがいをさせてください」
雲嵐は淡々と答えた。
彼の背後から向かってくる人影がある。陳天分は目をすがめた。
確か秘書省の書令史だ。
「早かったですね。光柳さま」
雲嵐が呼ぶ名を聞いて、陳天分は思いだした。
後宮で人気を博していると噂の宦官だ。
だが、相手は流外三等という、品階すらない身分。。対して大理寺卿の自分は、従三品であり、むろん上から数えた方が早い。
「お待たせしましたね、皆さん。助けに来ましたよ。具合の悪い方はいらっしゃいませんか?」
光柳は、牢に向かって声をかける。
捕らえられた女官や宮女が、歓声をあげた。
甲高い声が反響する。
あまりの声の大きさに、陳天分は耳が痛んだ。
光柳に向かって手を振る宮女。頬に格子の跡がつきそうなほどに、顔を寄せる宮女。中には光柳を拝む女官までいる。目に、涙をためる女官も。
「あの人は皆さんの窮状を救いたいと願い、動きました。私は彼女の使いとして、ここに参ったのです」
玲瓏とした月の光が、光柳に届く。彼は、まさに気高く咲き誇る月下美人の花であった。
あまりにも女官と宮女を捕らえすぎたので、三つある牢は満員だ。宮女たちは、体が前後左右から押されるほどにひしめき合いながら座っている。
「出してよ。私たちは、何もしていないわ」
「聞いたわよ、女炎帝さまを捕まえるって。いい加減にしなさいよ。この人でなし。何で薬を買っただけで、捕らえられるのよ」
「侍女は狙わないって。ほんっと姑息よね。大理寺って卑怯者の集まりなわけ?」
牢に放りこまれた宮女たちが、口汚く罵っている。
「新たな大理寺卿は、何を怖がっているのです? 私たちが徒党を組んで、事を起こすとでも?」
「女官の数が減れば、経理も書類の整理も儀式の準備も滞ります。担当も違う上に、数少ない侍女でなんとかできるとでも考えているのですか?」
女官は論理的に訴える。それを「あんた、女だからって舐めてんでしょ」と、宮女が煽る。
かしましい声が響きわたる牢の前で、大理寺卿の陳天分はため息をついた。
(おかしい。こいつらがどんなに集まっても、ただ文句を言って大騒ぎをするだけだ。私はなにか、本質の部分を見落としていないか?)
それもこれも、疲れが溜まっているせいだ。頭が冴えない、思考に薄い霧がかかっているように思える。
四十歳を越えた陳天分に、夜更かしはつらい。目の下にはくっきりとした隈がある。大理寺卿に昇進してから、陳天分は白髪が増えた。
商家の出身と舐められてはならぬ。刑部に馬鹿にされてはならぬ。杷京の秩序を守らねばならぬ。
規律、平和、安寧。清浄、太平、平穏。
世は汚いもので溢れている。クソみたいな奴らを抑え込むには、力を見せつけるのが一番だ。罰を与えるのが最も効果的だ。
(それにしても本当にうるさいな。全員に猿轡を噛ませてやろうか。いや、そんなものでは足りんか)
もっと残酷に。
どうせ身分の低い女なのだから。
(そうだ。唇を縫い留めればどうだ。針と糸で。ああ、一針指すごとに苦痛にのたうちまわるだろう。手と足を縛り、太い針で)
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宮女たちの罵声すら、彼の耳には届かない。
だから気づかなかった。足音が近づいてくることに。
「これを返します」
声をかけられた陳天分は、とっさに振り向いた。
すぐ近くに男がいる。穏やかそうな面立ちなのに。淡い色の瞳は氷のように凍てついている。
大理寺の者ではない。だが、その男は後宮を警備する宦官を担いでいた。
「お前……」
気配がなかった。宮女たちが騒いでいたとしても、近接距離ならば人がいることは分かるのに。
牢獄の小さな窓から、月の光が射す。格子の影が、廊下に落ちた。
おぼろげな光に浮かび上がったのは、雲嵐だった。
警備の宦官を、まるで黄麻の袋に入れた麦のように肩に載せている。
どさり、と宦官が床に落とされた。
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「菖蒲の葉だそうです。汁を飲みこめば嘔吐と下痢を催すと聞きました。うがいをさせてください」
雲嵐は淡々と答えた。
彼の背後から向かってくる人影がある。陳天分は目をすがめた。
確か秘書省の書令史だ。
「早かったですね。光柳さま」
雲嵐が呼ぶ名を聞いて、陳天分は思いだした。
後宮で人気を博していると噂の宦官だ。
だが、相手は流外三等という、品階すらない身分。。対して大理寺卿の自分は、従三品であり、むろん上から数えた方が早い。
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光柳は、牢に向かって声をかける。
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