後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす

絹乃

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七章 毒の豆

15、除夕【2】

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 餅である年糕ニィエンガオは光柳の好物だ。春節に食べる物であるが。雲嵐から聞いたところ、季節を問わず食べているらしい。

「ようやく年糕を食べていい日だな」

 光柳が、奥の小部屋へと向かう。
 その小部屋は、翠鈴は入ったことがないが。雲嵐が湯を沸かしてお茶を淹れてくれる場所なので、きっと年糕も置いてあるのだろう。

「先日もお召し上がりになったんですけどね」
「光柳さまは、偏食なところがありますよね」

 雲嵐にしてみれば、もっとちゃんと食べてほしいのだろう。
 従者というのも大変だなぁ、と翠鈴は同情した。

「翠鈴は、苦手な食べ物はありますか?」
「うーん。どうかな。子供の頃は山野を駆けまわっていたから。お腹がすいたら、山に生えている茱萸ぐみとか摘んで、食べてましたよ」
「あれ、かなり渋いのでは?」

 かつて食べたことのある茱萸の味を思い出したのだろう。雲嵐は眉根を寄せた。

「渋さがいいですよね」
「……なるほど。幼少の頃から、渋いのが平気ならば、好き嫌いは少なそうですね」

 翠鈴自身は、考えたこともなかったが。確かに渋い味を、子供は好まない。

「でも五仁月餅ウーレンユエビンは苦手ですよ」

 五仁月餅の餡に入っている胡桃くるみは好きだ。杏の種も、杏仁豆腐の香りなので悪くない。ただ、橄欖オリーブやひまわりに胡麻など、いろんな味が混じってそれが甘い餡で包まれると。
 違う。そうじゃない、と翠鈴の味覚が主張する。

茱萸ぐみの渋さが平気で、五仁月餅が苦手という基準が分かりませんが。まぁ、そういうものなのでしょうね」

 雲嵐は、自身の苦手を語らない。
 もとは騎馬民族である雲嵐は、少年の頃に南方の離宮で暮らすことになった。天幕で暮らしていた頃と、食習慣は大きく変わったはずだ。
 慣れぬ気候や生活だったろうに。常に主である光柳に目を向けて、己の人生は二の次だ。

「雲嵐さまは、今後はどうなさりたいのですか?」

 常々思っていたことが、ぽつりと翠鈴の口からこぼれた。
 雲嵐は白い蓋碗がいわんを手に取る。少し蓋をずらして、八宝茶を飲んだ。

「私は、我慢をして光柳さまにお仕えしているわけではありませんよ」

 とても穏やかな声だった。

「以前にもお話ししましたが。あの方は、私に名前をくださったのです。金のために親に売られた私を、家族として迎えてくださったのです。光柳さまを生涯にわたり支えたいと、私は子供の頃に望んだのですよ」
「それが雲嵐さまの幸福なんですね」

 幸せの形は人それぞれだ。

 大晦日の除夕にとる食事を年夜飯ニィエンイエファンという。子孫が反映するようにとの願いを込めて、餃子も年夜飯に含まれる。
 餃子ジャオズ代々交子ダイダイジャオズと掛けられているのだ。

「私たちは、自分たち一代で終わりです。光柳さまは、そのこともあって翠鈴、あなたとの関わり方に悩んでおられます」

 雲嵐の言葉は重い。

 小さい頃に、自らの意思を無視された状態で、未来を奪われた。それがこの主従ふたりだ。
 人生は残酷で、どんなに抗おうとしても流される。

 けれど、たどり着いたこの後宮で、少年だったふたりは寄り添いながら生き抜いてきた。
 光柳が雲嵐に、そして雲嵐が光柳に対する感情に、名前はない。
 ただ、互いに傍にいるのが当たり前だから。

「雲嵐ーっ。年糕を切ろうとしたら、ぼろぼろになるんだが」

 奥の小部屋から、光柳が呼びかける。とても情けない声だ。

「あのように手間のかかる主なので。放っておけないんですよ」と、雲嵐は立ち上がった。

 鐘の音は、まだ続いている。
 小部屋から、雲嵐のお小言が聞こえてきた。でも、これっぽっちも怒っているようには聞こえない。
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