後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす

絹乃

文字の大きさ
105 / 171
八章 陽だまりの花園

5、眠ってしまった

しおりを挟む
 休みの日は、時間の経つのが早い。

 光柳と雲嵐は、ゆっくりとお酒を飲んでいる。くつろいだ雰囲気で(たぶんとんでもなく、つまらないことを言って)笑いあうふたりを見ているのは、楽しい。
 時折、光柳が笑いながら雲嵐の肩を叩いている。

(懐かしいなぁ)

 翠鈴は、青団チンツァンを手でちぎった。
 中に入っている繊維状の甘からい肉松ロウソンと、ほろほろとした茹でた蛋黄ダンホァンが、もちっとした餅に絡んでおいしい。

湯泉宮とうせんぐうに行ったときみたいですね」
「ん? そうか?」
「普段通りですよ」

 光柳と雲嵐は顔を見合わせた。
 どうやら仕事と休日で、主従関係と友人関係を使い分けていることを本人たちは気づいていないらしい。

 どうやって薫衣草くんいそうを渡そうか。
 青団を噛みしめながら、翠鈴は思案した。

「光柳さまのために、調合したんですよ」だと、押しつけがましい。
「これ、別に光柳さまを心配したわけじゃないですから」だと、ぶっきらぼうで失礼だ。

(いや、めちゃくちゃ心配してるから、用意したんだし)

 懐を手で押さえると、清々しい匂いがほわっと立った。

 その時だった。
 光柳が翠鈴の肩に頭を預けたのは。

「え?」

 すべらかな黒髪が、翠鈴の頬に触れる。左肩に光柳の重みを感じた。

「光柳さま?」

 返事はない。柳の葉が風にそよぐ、さらさらとした音が聞こえるばかり。
 光柳の頭がずり落ちた。

(え? 大丈夫なの、これ)

 もきゅっと青団を食べている場合ではない。手にしていた最後のひとくちが、地面に落ちていく。

「うーん」

 光柳は、翠鈴の膝に顔を埋めた。

「雲嵐さま。ど、どうしたらいいですか」
「あー。これは眠っておいでですね」
「でも不眠と聞きました」

 薫衣草の香りは、確かに安眠に効くけれど。ここまでの即効性はない。お酒だって、茉莉花茶で割っているからきつくはないはずだ。

「安心なさったようですね」
「え? 安心ですか?」

 大きな声を出して起こしてはいけないからだろう。雲嵐は、口の前で人さし指を立てた。

「なぜ光柳さまが詩作で悩んでいらしたか、お分かりになりますか?」

 翠鈴は首をふる。
 考えつくのは、恋や切ない思いを詠った詩など、都合よく次々と生まれてくるものではないというくらいだ。

「光柳さまは、自立したいとお考えなんですよ」

 雲嵐は、翠鈴の膝で眠る光柳を見つめた。
 四阿あずまやの中に、うすくれないの花びらが舞いこんできた。

「外に出れば、自分の力で稼がねばなりません。まぁ、陛下がお許しくださればのことですが。私は馬を扱えるのと宦官というのを逆手にとって活用できます。後宮内に荷を運んだり、離宮や郡王に書状を届ける仕事が可能ですね」

 これは真面目な話だ。翠鈴は姿勢をただした。

「光柳さまは、不安でいらっしゃるんですよ。詩を詠むことしか能がないと考えておいでですのに。多作ではない、と。数が多ければ値も下がるので、気にしなくてもよいと常々申しあげているのですが」

 雲嵐は顔を上げて翠鈴を見据えた。
 翠鈴を映した淡い色の瞳。その目には未来の光景も二重写しになっているのだろう。

 主従関係にあるのに。ふたりは、ほぼ家族のようなものだ。半分は血のつながりのある陛下の方が、光柳にとっては遠い。

 いずれ後宮を出るであろう光柳に、雲嵐は従うだろう。護衛ではなくなっても、主従関係が解消されても。ともに生きていくのだろう。当たり前のように。

「翠鈴なら分かるでしょう? 生きていくためには金が要る。稼ぐ力がいる。麟美として詠んだ詩は高値で売れます。光柳さまの蓄えは多いのですが。ご自分の名で売れているわけではないので、思うところがおありなのでしょうね」

「確かに。雲嵐さまにしか打ち明けられない悩みですね」

 おや? という風に雲嵐は片方の眉を上げた。

「翠鈴も共犯ですよ? 三十年変わらない麟美さまの秘密をご存じなのですから」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。