小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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一章

4、姫さまの護衛になりました【3】

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「マルティナね、こどもだからちょうちょのこえは、きこえないの」
「少し難しいですからね」
「おおきくなったら、おべんきょうするね」

 さすがに素直な幼児だ。すぐにばれそうな私の嘘をマルティナさまは信じた。
 あまり素直に信じられると、良心が痛みますよ。

 それにしても女の子だからだろうか、軽いなぁ。
 甥っ子のエーミルを抱っこした時は、同じ年くらいでももっと重かった気がするのだが。
 女性もだが、女の子というのは私には本当に縁遠い存在なので、何もかもが新鮮だ。

「アレク、まだちょうちょにおはなしできる?」

 私の顔を姫さまは上から覗きこんでいらした。
 抱っこして差し上げているので、とてもお顔が近い。

 睫毛はまだ濡れているのに、その瞳はきらきらと輝いて。誰も知らぬ森にひっそりと眠る湖を思わせた。
 人見知りだと殿下から伺っていたが、表情がよく変わり本当に愛らしい子だ。

「ええ、できますよ。その前に姫さまのお顔を拭きましょう」

 左手で姫さまを抱え、右手で騎士服のポケットからガーゼのハンカチを取り出す。ふわっとしたその感触が心地よい。
 ハンカチといえば糊のきいた物という印象だったが。
 こんな柔らかなハンカチを子どもは使うのだな。姫さまの護衛を任じられなければ、知らぬことだった。

 兄は良縁があったので、早くに結婚した。
 私は伯爵家を継ぐわけでもないので、結婚を急ぐ身でもない。資産家の令嬢との縁談もあったが。あれはお相手の父上が、我がリンデルゴート家とのつながりを持ちたいという、いわば政略結婚だったので、すぐに断った。

 結婚に夢を見ているわけではないが。政略結婚では、幸せな家庭を築くのはなかなかに難しいだろう。
 
「姫さま。私は姫さまのお父上とお母上のように、優しく温かな家庭を築きたいのです」
「アレクもケーキたべたいの?」

 ようやく涙の痕がとれたマルティナさまが、わたしの顔を再び覗きこんでくる。
 姫さま。あなた、ままごとのことしか頭にありませんね?

「ええ、いただきたいですね」
「まかせて。おひるねもがまんしてつくるから。よるも、おきててケーキをつくるの。こうね、こねて……こねこねして」

 いえ、睡眠はちゃんととってください。
 というかケーキって捏ねるものでしたっけ。

「それでね、アレク。ちょうちょにおはなしして。マルティナ、まぁるいケーキつくるから、またきてねって」
「はい。では心の声で伝えておきましょう」
「だめ、ちゃんとこえをだすの。おっきなこえよ」

 ええーっ。勘弁してくださいよ。
 辺りを見回すと、萎れた花を摘んでいる庭師と目が合った。
 初老の庭師は麦わら帽子を目深にかぶり直し、そっと視線を外した。
 それは、それで……つらい。
 
 私は姫さまを抱っこしたまま、瞼を閉じて考える。
 これ、護衛の仕事か? そもそも乳母とかナニーとかって、ここまで姫さまに合わせているのか?

 少し瞼を開くと、不安そうなお顔をなさる姫さまと目が合った。

「マルティナ、わるいこ? だめなことおねがいしたの?」

 うっ。蝶と話ができるなんて言うんじゃなかった。
 
「姫さまはいい子です。駄目なお願いではありません。ですが、その……大声を出すと蝶がびっくりしますからね。囁き声にしておきましょう」
「わぁ、アレクってやさしいのね」

 ううっ、痛い。心が痛い。ごめんなさい、これからは適当なことは言いません。
 このアレク、姫さまを子ども扱いしたことを猛烈に反省しております。
 そうは見えないかもしれませんが、心の中では深く頭を下げているのです。
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