小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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一章

5、泥団子【1】

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 数日後。私はその日の勤務を終えて帰路についていた。
 職住近接というか、王宮の敷地内に宿舎があるのでたいそう近いのが利点だ。
 
 さて、今日の夕飯は何にするか。家に何かあったかな、それとも夕方に立つ市に買い物に行った方がいいだろうか。
 気楽に考えながら宮殿の庭を横切っていると、丸いものがずらっと並べられているのに気づいた。

 え、なんだ。これは。
 投擲とうてきの弾? 陽に照らされて、ぴかぴかと輝いている物もあるが。色が白っぽかったり茶色かったりと様々で統一感がない。形もいびつだ。
 呑気に咲いているたんぽぽ。群生する黄色い花の中で、それは明らかに違和感を放っている。

 弾のように見えたが、どうやら鉄や陶器ではない。だが、もし中に火薬が詰めてあれば、とんでもないことになるぞ。
 
 投擲弾は主に戦で使われる。
 剣や槍よりも遠くの敵を攻撃でき、火炎瓶よりも威力がある。
 そんなものが宮殿の庭に並べられていること自体、有り得ないのだが。だが安全を確認しない限りは、楽観視できない。

 危険物だとしたら処分して、陛下や王太子殿下に報告しなければ。

 警戒しながら、ゆっくりと近寄ってみる。
 ずらりと並んだ不審物の端に、ちんまりとしゃがみこむ背中が見えた。

 なんということだ。姫さまが……マルティナさまが不審物のそばにしゃがみこんでおられるではないか。たんぽぽに囲まれて、一見するとのどかな光景なのだが。和んでなどいられない。

「姫さまっ」
「あ、アレクだ」
「こちらへいらしてください。そーっと、そーっとですよ」

 私は草の上にしゃがみ込んで、両腕を広げる。
 まずは姫さまを避難させて、不審物に水を掛けた方がいいか。
 火薬であれば湿気に弱いはず。
 
 水は確か、近くに泉があったはずだ。姫さまから視線を外さずに、泉の位置を確認する。
 もし、姫さまが不審物に触れることがあれば、抱き上げて……爆発までに駆けだす時間はあるか? なければ、地面に伏せるしかできない。
 私の背で姫さまをお守りすれば、お怪我させずに済むだろうか。

「アレク。おかおが、ごきげんうるわちくないの」
「いえ、麗しいですよ」

 明らかに自分の表情が強張っているのを感じた。だが、ここで姫さまの機嫌を損ねるわけにはいかない。笑顔だ、笑顔。

「アレクはたんぽぽ、きらい?」

 なぜ、今たんぽぽなんですかっ。
 もどかしい気持ちをかろうじて押さえるが、ひたいを冷たい汗が流れた。
 
「ここでね、たんぽぽをふーってしちゃだめなんだって」
「そうですか。それは大変ですね」

 姫さまとの会話が、こんなにも上の空だったことはない。
 お願いです、早く私の元へいらしてください。

「アレクはごきげん、うるわちいの?」
「はい、とても。ですからこちらへいらしてください。静かにですよ」

 なぜか姫さまは「麗しゅう」の言葉が、たどたどしい。
 だが、そんな愛らしさに頬を緩ませる暇はない。安全な場所まで退避できるだろうか。

 姫さまは素直でいらっしゃるので、それ以上は疑問に思うこともなく私の指示に従ってくださった。もっとお小さい頃は私に向かって突進してきていたのに。今ではちゃんといいつけを守ってくださるのだ。
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