小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

文字の大きさ
6 / 78
一章

6、泥団子【2】

しおりを挟む
「そーっときたよ。これでいいの?」

 小首を傾げながら、姫さまは私の元へとたどり着いた。
 大人の足ならばほんの数歩の距離が、とてつもなく長く思えた。

「はい、よく出来ました。姫さまはおりこうですね」
「ふふっ。マルティナ、おりこうなの」

 ぽすん、と私の胸に顔を埋めた姫さま。
 私はほっとして肩の力が抜けるのを感じた。
 大事なくてよかった。このまま姫さまを建物の中にお連れして、その間に不審物を処理しなければ。

「いっぱいおりこうにすると、アレクがほめてくれるの」
「はい。いくらでも褒めてさしあげますよ」

 姫さまは、満面の笑みで私を見上げた。
 そのお顔が、泥だらけだ。
 あ、手も茶色どころか泥が乾いて白くなっているではないか。

 ん? ということはあれは怪しい投擲弾ではなく……。

「なんだ、泥団子でしたか」
「どろだんごじゃないの。ケーキよ、ケーキ」
「そうですね、ケーキでした」
「アレクってば、すぐにまちがえるんだもの」

 マルティナさまは口を尖らせた。

「まったくですね」

 苦笑しながらも、本当に心から安心していた。
 想像もしたくないことだが、姫さまが爆発に巻き込まれでもしたらと考えたら、生きた心地がしなかったのだ。

 マルティナさまをお守りして、命を落とすのならばそれは護衛としての本望。
 たとえ若くして死んだとしても、私は自分の人生を全うしたのだと納得できる。

 だが、もし私の落ち度でマルティナさまが命を落とされたりしたら。私はきっともう生きていられない。

 死んでお詫びする、とは違うかもしれないが。
 死出の旅に、幼いマルティナさまを一人で行かせることなど決してできはしない。
 この世でもあの世でも、このアレクサンドルは姫さまのお供をして、お守りいたします。姫さまには決して寂しい思いはさせません。

 普段はさして気にならない腰に佩びた剣と短剣が、今日は自己主張しているように思えた。
 王宮の中は基本的に安全だが、剣を使わない日々が続くことを今は心から願った。
 どれほど私が鍛錬しようと剣技を磨こうと、それが無意味であることが姫さまの為には重要なのだ。

「アレク? いたいよ」
「すみません。少しだけ、こうさせてください」

 私は腕の中の小さな姫さまをぎゅっと抱きしめた。
 本当に火薬の詰まった投擲弾でなくてよかった。
 あなたに怪我がなくてよかった。

「ぬくいね、アレク」

 小さな声で囁いたマルティナさまの体温が、急に上がった気がした。
 どうなさったのかと確認すると、姫さまは私にしがみついたまま眠っていらした。

 すうすうと健やかな寝息が聞こえる。
 春の日光に照らされた髪はぬくくて、瞼を閉じれば私までまどろみに引き込まれそうだ。

「あんたに抱っこされて、安心したんだねぇ」と声をかけて来たのは庭師だった。麦わら帽子のつばを上げながら、皺の刻まれた日に灼けた顔で微笑んでいる。

「姫さまはアレクさんの為にって、それはもうせっせと泥団子を作ってなさったからねぇ」
「そ、そうでしたか」
「来る日も来る日も、朝一番に泥をこね、夕方には泥団子が乾いたか様子を見て、さらに翌日には砂や草で磨いていらしたからね」

 庭師は泥団子と言っているが、姫さまにとってのそれはケーキだ。
 表面を磨くケーキ? チーズじゃなくて?
 まぁ、いいか。ぴかぴかして綺麗な方が姫さまはお好きなのだろうし。

「あんだけ表面が光ってりゃ、武器に見えんこともないわな」

 うっ。勘違いを庭師に見られていたと思うと、今更ながら恥ずかしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モンスターを癒やす森暮らしの薬師姫、騎士と出会う

甘塩ます☆
恋愛
冷たい地下牢で育った少女リラは、自身の出自を知らぬまま、ある日訪れた混乱に乗じて森へと逃げ出す。そこで彼女は、凶暴な瘴気に覆われた狼と出会うが、触れるだけでその瘴気を浄化する不思議な力があることに気づく。リラは狼を癒し、共に森で暮らすうち、他のモンスターたちとも心を通わせ、彼らの怪我や病を癒していく。モンスターたちは感謝の印に、彼女の知らない貴重な品々や硬貨を贈るのだった。 そんなある日、森に薬草採取に訪れた騎士アルベールと遭遇する。彼は、最近異常なほど穏やかな森のモンスターたちに違和感を覚えていた。世間知らずのリラは、自分を捕らえに来たのかと怯えるが、アルベールの差し出す「食料」と「服」に警戒を解き、彼を「飯をくれる仲間」と認識する。リラが彼に見せた、モンスターから贈られた膨大な量の希少な品々に、アルベールは度肝を抜かれる。リラの無垢さと、秘められた能力に気づき始めたアルベールは…… 陰謀渦巻く世界で二人の運命はどうなるのか

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

これは政略結婚ではありません

絹乃
恋愛
勝気な第一王女のモニカには、初恋の人がいた。公爵家のクラウスだ。七歳の時の思い出が、モニカの初恋となった。クラウスはモニカよりも十三歳上。当時二十歳のクラウスにとって、モニカは当然恋愛の対象ではない。大人になったモニカとクラウスの間に縁談が持ちあがる。その返事の為にクラウスが王宮を訪れる日。人生で初めての緊張にモニカは動揺する。※『わたしのことがお嫌いなら、離縁してください』に出てくる王女のその後のお話です。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

呪われた黒猫と蔑まれた私ですが、竜王様の番だったようです

シロツメクサ
恋愛
ここは竜人の王を頂点として、沢山の獣人が暮らす国。 厄災を運ぶ、不吉な黒猫─────そう言われ村で差別を受け続けていた黒猫の獣人である少女ノエルは、愛する両親を心の支えに日々を耐え抜いていた。けれど、ある日その両親も土砂崩れにより亡くなってしまう。 不吉な黒猫を産んだせいで両親が亡くなったのだと村の獣人に言われて絶望したノエルは、呼び寄せられた魔女によって力を封印され、本物の黒猫の姿にされてしまった。 けれど魔女とはぐれた先で出会ったのは、なんとこの国の頂点である竜王その人で─────…… 「やっと、やっと、見つけた────……俺の、……番……ッ!!」 えっ、今、ただの黒猫の姿ですよ!?というか、私不吉で危ないらしいからそんなに近寄らないでー!! 「……ノエルは、俺が竜だから、嫌なのかな。猫には恐ろしく感じるのかも。ノエルが望むなら、体中の鱗を剥いでもいいのに。それで一生人の姿でいたら、ノエルは俺にも自分から近付いてくれるかな。懐いて、あの可愛い声でご飯をねだってくれる?」 「……この周辺に、動物一匹でも、近づけるな。特に、絶対に、雄猫は駄目だ。もしもノエルが……番として他の雄を求めるようなことがあれば、俺は……俺は、今度こそ……ッ」 王様の傍に厄災を運ぶ不吉な黒猫がいたせいで、万が一にも何かあってはいけない!となんとか離れようとするヒロインと、そんなヒロインを死ぬほど探していた、何があっても逃さない金髪碧眼ヤンデレ竜王の、実は持っていた不思議な能力に気がついちゃったりするテンプレ恋愛ものです。世界観はゆるふわのガバガバでつっこみどころいっぱいなので何も考えずに読んでください。 ※ヒロインは大半は黒猫の姿で、その正体を知らないままヒーローはガチ恋しています(別に猫だから好きというわけではありません)。ヒーローは金髪碧眼で、竜人ですが本編のほとんどでは人の姿を取っています。ご注意ください。

【番外編】小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃
恋愛
主従でありながら結婚式を挙げた護衛騎士のアレクと王女マルティナ。戸惑い照れつつも新婚2人のいちゃいちゃ、ラブラブの日々。また彼らの周囲の人々の日常を穏やかに優しく綴ります。※不定期更新です。一応Rをつけておきます。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...