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一章
10、人見知り
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今日は離宮に王族が集まり、陛下の誕生パーティが催された。
海辺の離宮は初夏の風が心地よく、多島海に面した風光明媚な場所だ。
ガーデンパーティなので、王族の御子息たちはそれぞれに遊んでいる。
マルティナさまは人見知りの時期でもあり、なかなか子どもの輪に入ることができない。
「マルティナさん。こちらにいらっしゃいな」
「お茶をご一緒しましょう?」
年上の従姉に誘われて、マルティナさまは私の顔をおどおどと見上げた。
そう、常に私の背後に隠れていらっしゃるのだ。
何度、私があなたの背後に立つべきだとお教えしても直らない。困ったものだ。
「いってらっしゃい、姫さま」
「アレクは?」
「私は護衛ですし、姫さま達の集まりに入ることは出来ませんね」
当たり前のことを言っただけなのだが。マルティナさまは目をうるうると潤ませた。
いかん、これは泣いておしまいになる。
慌ててガーゼのハンカチで目元を拭ったのだが。
六歳におなりの姫さまには、そろそろガーゼのハンカチもないなぁ、と感じた。
自分の部屋には、いったい何枚のガーゼのハンカチがあることだろう。「洗濯もアイロンも私たちがしますので」というメイドの申し出を断って、今も私は姫さまのガーゼのハンカチを丁寧に洗っている。
「姫さま達とご一緒は出来ませんが、私はお傍に居りますから」
「ほんとに?」
「ええ、私は姫さまに嘘をついたことはございませんでしょう?」
「……うん」
きゅっと腰にしがみついていらした小さな手が、ゆっくりと離れる。
なぜだろう。自分で提案したことなのに、さっきまで手が触れていた部分が寒く感じるなんて。
こんなにも陽射しは降り注いで温かく、凪いだ海は陽光に煌めいているというのに。
私は、何度も振り返りながら輪の中に入っていく姫さまを見つめ続けた。
視線が合うたびに私が小さく頷くと、姫さまはやはり小さく微笑むのだ。
肩より少し長いふわふわの蜂蜜色の髪、後頭部に結んだ細い水色のリボンがひらりと海風に揺れる。
離宮の丘になった庭は、少し地面にでこぼこした部分がある。草に覆われたくぼみにつまずいたのだろうか。姫さまの体が前につんのめった。
「姫さ……」
一歩踏み出そうとした時、姫さまは奇跡的に踏みとどまった。
おお、もっとお小さい時は派手に転んでおられたというのに。
姫さまは振り返ると「どう、すごいでしょ」とでも言いたげに、少しあごを上げた。
うんうん、素晴らしいです。拍手をさしあげたいくらいです。
その後、姫さまとお年の近い男の子が、姫さまに何事かを話しかけていた。
声までは聞こえないが、どうやら揶揄われたようだ。
やはり一歩を踏み出そうとして、再び思いとどまる。
いかん、出すぎてはいかんのだ。ぐっと拳を握りしめ「平常心、平常心」と唱えた。
「相変わらず過保護ねぇ」
背後から聞こえる声に、私は肩越しに後ろを見やった。
そこにはやはり護衛の女性騎士が立っていた。マルガレータ妃殿下の護衛だが……持ち場を離れていいのか?
私の心の声を聞きとったのだろうか。彼女は「離宮で、お集まりになってるのも王族ばかりだからね。厳しい目つきの護衛がずーっとお傍にいるもの息が詰まってしまわれるわ」と肩をすくめた。
なんというか私の周辺は察しのいい人が多い。いかんなぁ、きっとまた表情に出ていたのだろう。
「でも、マルティナさまはあんたを常に傍に置きたがるのね」
「人見知りでいらっしゃるからな」
私の言葉に、女性騎士はぽかんとした表情を浮かべ。そして数秒後には声を立てて笑い出した。
「いや、あんたの顔って怖いから。一番に人見知りされる対象でしょうが」
むっ。
私は畏れ多くも姫さまの犬のぬいぐるみに似ているのだ。人見知りされるわけがなかろう……と反論しようとしたが。あまりにも情けないのでやめた。
ふと女性騎士の指が私のひたい……というか眉間に触れた。
何をするんだ。誰が触れていいと言った。
「ほら、眉間にしわ。怒らなくってもいいじゃない」
「別に怒ってなどいない。というか離してくれ」
「はいはい。姫さまはべったりと抱きついても、あんたはなんにも言わないのにね」
「王女とはいえ、相手は子どもだぞ。拒否する理由がない」
「そう思ってるのは、あんただけよ」と思わせぶりに口の端を上げて、女性騎士はようやく指を離してくれた。
まったく、何だというんだ。
海辺の離宮は初夏の風が心地よく、多島海に面した風光明媚な場所だ。
ガーデンパーティなので、王族の御子息たちはそれぞれに遊んでいる。
マルティナさまは人見知りの時期でもあり、なかなか子どもの輪に入ることができない。
「マルティナさん。こちらにいらっしゃいな」
「お茶をご一緒しましょう?」
年上の従姉に誘われて、マルティナさまは私の顔をおどおどと見上げた。
そう、常に私の背後に隠れていらっしゃるのだ。
何度、私があなたの背後に立つべきだとお教えしても直らない。困ったものだ。
「いってらっしゃい、姫さま」
「アレクは?」
「私は護衛ですし、姫さま達の集まりに入ることは出来ませんね」
当たり前のことを言っただけなのだが。マルティナさまは目をうるうると潤ませた。
いかん、これは泣いておしまいになる。
慌ててガーゼのハンカチで目元を拭ったのだが。
六歳におなりの姫さまには、そろそろガーゼのハンカチもないなぁ、と感じた。
自分の部屋には、いったい何枚のガーゼのハンカチがあることだろう。「洗濯もアイロンも私たちがしますので」というメイドの申し出を断って、今も私は姫さまのガーゼのハンカチを丁寧に洗っている。
「姫さま達とご一緒は出来ませんが、私はお傍に居りますから」
「ほんとに?」
「ええ、私は姫さまに嘘をついたことはございませんでしょう?」
「……うん」
きゅっと腰にしがみついていらした小さな手が、ゆっくりと離れる。
なぜだろう。自分で提案したことなのに、さっきまで手が触れていた部分が寒く感じるなんて。
こんなにも陽射しは降り注いで温かく、凪いだ海は陽光に煌めいているというのに。
私は、何度も振り返りながら輪の中に入っていく姫さまを見つめ続けた。
視線が合うたびに私が小さく頷くと、姫さまはやはり小さく微笑むのだ。
肩より少し長いふわふわの蜂蜜色の髪、後頭部に結んだ細い水色のリボンがひらりと海風に揺れる。
離宮の丘になった庭は、少し地面にでこぼこした部分がある。草に覆われたくぼみにつまずいたのだろうか。姫さまの体が前につんのめった。
「姫さ……」
一歩踏み出そうとした時、姫さまは奇跡的に踏みとどまった。
おお、もっとお小さい時は派手に転んでおられたというのに。
姫さまは振り返ると「どう、すごいでしょ」とでも言いたげに、少しあごを上げた。
うんうん、素晴らしいです。拍手をさしあげたいくらいです。
その後、姫さまとお年の近い男の子が、姫さまに何事かを話しかけていた。
声までは聞こえないが、どうやら揶揄われたようだ。
やはり一歩を踏み出そうとして、再び思いとどまる。
いかん、出すぎてはいかんのだ。ぐっと拳を握りしめ「平常心、平常心」と唱えた。
「相変わらず過保護ねぇ」
背後から聞こえる声に、私は肩越しに後ろを見やった。
そこにはやはり護衛の女性騎士が立っていた。マルガレータ妃殿下の護衛だが……持ち場を離れていいのか?
私の心の声を聞きとったのだろうか。彼女は「離宮で、お集まりになってるのも王族ばかりだからね。厳しい目つきの護衛がずーっとお傍にいるもの息が詰まってしまわれるわ」と肩をすくめた。
なんというか私の周辺は察しのいい人が多い。いかんなぁ、きっとまた表情に出ていたのだろう。
「でも、マルティナさまはあんたを常に傍に置きたがるのね」
「人見知りでいらっしゃるからな」
私の言葉に、女性騎士はぽかんとした表情を浮かべ。そして数秒後には声を立てて笑い出した。
「いや、あんたの顔って怖いから。一番に人見知りされる対象でしょうが」
むっ。
私は畏れ多くも姫さまの犬のぬいぐるみに似ているのだ。人見知りされるわけがなかろう……と反論しようとしたが。あまりにも情けないのでやめた。
ふと女性騎士の指が私のひたい……というか眉間に触れた。
何をするんだ。誰が触れていいと言った。
「ほら、眉間にしわ。怒らなくってもいいじゃない」
「別に怒ってなどいない。というか離してくれ」
「はいはい。姫さまはべったりと抱きついても、あんたはなんにも言わないのにね」
「王女とはいえ、相手は子どもだぞ。拒否する理由がない」
「そう思ってるのは、あんただけよ」と思わせぶりに口の端を上げて、女性騎士はようやく指を離してくれた。
まったく、何だというんだ。
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