小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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一章

12、とくべつだから

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 馬車はごとごとと音を立てて走ってる。
 いつもはね、アレクはお向かいにすわってるの。でも今日はとくべつ。
 マルティナのおねがいをきいてくれたの。

 ほんとはね、お母さまのごえいの人と楽しそうにお話してるアレクを見るのがいやだった。
 でも、どうしていやなのか分からないの。
 わたしだってもっと小さい時は、ころんで泣いたらアレクにだっこしてもらって。アレクの頭にしがみついたこともいっぱいあるのに。
 それとはちがうの。

 横目でちらっと見ると、アレクはマルティナの方を見ていた。うん「ごえい」だものね。お仕事なの分かってる。

 おひざの上にそろえていた手をはなして、わたしはかみのリボンを結びなおそうとした。パーティでお母さまになおしてもらったんだけど。
 あれ? おかしいな。もしかして、からまっちゃった? あれ? あれ?

「姫さま、お直しいたしますよ」
「へいき、できるもん」
「ですが、このままでは皺になってしまいます」

 わたしの手をとって、アレクは下におろした。
 少しひんやりとしたアレクの大きな手。わたしの手なんてちっちゃくて、お母さまみたいにほっそりと長くてきれいじゃないの。

 でもガラスにうつったアレクのお顔は、とてもやさしくて。だから、わたしもにっこりとほほえんだ。

「海辺は風がきついですからね。姫さまの髪は柔らかくていらっしゃるから。絡まりやすいんですよ」
「そうなの?」
「ええ。櫛をお持ちすればよかったですね」

 そう言いながら、アレクは指でわたしのかみをといてくれた。
 かみがひっかかりそうになると、そこで指を止めて。「痛くないですか?」とたずねてくれる。

 うん、いたくないよ。だってアレクはいつも気をつかってくれるんだもの。
 アレクはね、マルティナのとくべつなの。
 それにね、マルティナもアレクのとくべつなのよ。お母さまのごえいの女の人にはこまってたのに。わたしのすることは、こまらないの。
 
 ずっといっしょにいてくれるの。ね、アレク。これからもずっと、ずっとよ。

 今日はたくさんの人と会って、つかれちゃった。いとこのおねえさまたちとお茶をのんでいると、からかわれたんだもの。

――マルティナ。お前、六さいにもなって、まだごえいの背中にかくれてるのか?

 それはわたしよりも二つ年上で、会うとよくいじわるを言ってくる男の子。
 いつもだったら、その子の顔を見たらすぐにアレクの背中にかくれるのに。
 わざわざ、そういうふうに言ってくるんだもの。
 わたしは「そんなことないもん」と言い返した。

 きんちょうしたし、本当はアレクかお父さまかお母さまの後ろにかくれたかったけど。
 にげたりしたら、またからかわれるから。
 すっごくすっごくがまんしたの。

――だめよ、ヨアキム。そんな風にマルティナさんに意地悪を言っては。
――そうよ。泣かせたりしたら、許しませんからね。

 お姉さまたちにしかられて、その子は「ちぇ、なんだよ。よわむし」って言いながら、走っていった。
 ほんとうにながくて、つかれる一日だったの。
 
 だからかな、おきていようと思ってもまぶたが重くて。
 なんだか、とろーんってしてくるの。

 だめよ、レディなんだから。せすじをのばして、ぴしっとして。
 なのに……ねむくて。
 ちょうど馬車が角をまがったときに、わたしの体はこてんってたおれたの。
 
「いいですよ。そのままお休みください」
「へい……き」
「はい、平気ですよね」

 大きな手に頭をなでられる。ちがうのよ、へいきっていうのはアレクのおひざでねるのが平気っていみじゃないの。
 おうちまでおきていられるっていみなのよ。

 わたしがよく使う……ううん、ちがうわ、アレクがわたしに使ってくれるガーゼのハンカチのかおりがして。
 ラヴェンダーのかおりが、ねむくて。ねむくて……。
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