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一章
13、おやすみなさい
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結局、マルティナさまは私の膝に頭を預けて、眠ってしまわれた。
やれやれ、私はお父さまではないのですよ?
てのひらにすっぽりと包まれそうな、小さな頭。
私が結びなおした水色のリボンは、少し傾いてしまっている。
「今日はよく頑張りましたね」
マルティナさまが隠していらっしゃるので、私も知らぬふりをしているが。従兄に揶揄われると、これまでは当たり前のように私の元に逃げ込んでいた。
だが今日は我慢なさっていた。おじいさまでいらっしゃる陛下の誕生日だから、揉めないようにと配慮なさったのだろうか。
その成長が嬉しくて、そしていずれ保護者代わりではいられなくなることが……とても寂しい。
馬車は王宮の門に入り、車寄せで停まった。
「おやおや、姫さまは眠っておられるのですか」
「ああ、お疲れのようだ」
御者がワゴンの扉を開けてくれたので、私は姫さまを抱っこして外に出た。
ひんやりとした夜風が、姫さまの甘い蜂蜜色の髪を揺らす。初夏とはいえ、さすがに夜は冷える。
姫さまは、眠ったままで微かに身を震わせた。私は風上に背中を向けて、夜風を防ぐ。
「お帰りなさいませ」
執事や侍女たちが慌てて迎えてくれる中、宮殿の中に入り姫さまの部屋へと向かう。
子ども部屋は、とくに飾りがある訳でもないのに。腰壁が淡いペパーミントグリーンで小さな家具が白いからだろうか。いつ訪れても愛らしい雰囲気だ。
「すぐに寝間着の用意をいたします。アレクサンドルさまは、もうお戻りくださって大丈夫ですよ」
「ああ、そうだな。後は任せよう」
侍女に姫さまを預けようとしたのだが。
ん? 姫さまが離れない。
どうしたのかと思い確認すると、マルティナさまは私の騎士服をきゅっと掴んでいらした。
「あらまぁ、お可愛らしいこと。アレクサンドルさまと離れたくないのですね」
「いや、離れないと困るだろ」
なになに? と他のメイドまでも廊下から集まってくる。
興味津々で姫さまを覗きこむ者。「本当に眠ってらっしゃるんですねぇ。あら、離れないわ」と、指を外すのを諦める者といろいろだ。
こら、諦めるな。このままでは私は姫さまのお部屋で夜を明かさなくてはならないんだぞ。
ああ、早く妃殿下が戻ってきてくださらないだろうか。
マルガレータさまがいらしたら、姫さまも安心できるというのに。陛下は、殿下と妃殿下を引き留めすぎなのではないか?
仕方なく私はベッドに腰を下ろした。そのまま姫さまを寝かせるのだが、やはり手を放してくれない。
このままでは寝間着に着替えることができませんよ?
「では、姫さまが目を覚ましたら、呼んでくださいね。寝間着に着替えさせますので」と、侍女はサイドテーブルの呼び鈴を指し示す。
小さな蝋燭だけを灯した部屋は、床に檸檬色が四角く照らされている。
ああ、月の光が射し込んでいるのか。
窓は閉めてあるし、風もないのでとても静かな夜だ。姫さまの健やかな寝息だけが、微かに聞こえる。
さやかな月光は、姫さまの長い睫毛も照らしている。
赤ん坊の頃よりも頬はほっそりとして、身長も伸びていらっしゃる。
お小さいマルティナさまにお仕えするのは、殿下の護衛と勝手が違うので大変だろう、と同僚に言われることが多い。
ある者は「姫さまといえども、俺には子どもの遊び相手は無理だ」と首を振る者もいる。
だが、私は光栄ですよ。
こんなにお傍近くで姫さまの成長を見守ることができて。しかも、こんなにも懐いてくださって。
今はきゅっと私の袖を握りしめていらっしゃる手も、いずれは違う誰かの手を握りしめるようになる。
その時までは、姫さまと手を繋ぐのは私のお役目です。
「おやすみなさい、マルティナさま」
やれやれ、私はお父さまではないのですよ?
てのひらにすっぽりと包まれそうな、小さな頭。
私が結びなおした水色のリボンは、少し傾いてしまっている。
「今日はよく頑張りましたね」
マルティナさまが隠していらっしゃるので、私も知らぬふりをしているが。従兄に揶揄われると、これまでは当たり前のように私の元に逃げ込んでいた。
だが今日は我慢なさっていた。おじいさまでいらっしゃる陛下の誕生日だから、揉めないようにと配慮なさったのだろうか。
その成長が嬉しくて、そしていずれ保護者代わりではいられなくなることが……とても寂しい。
馬車は王宮の門に入り、車寄せで停まった。
「おやおや、姫さまは眠っておられるのですか」
「ああ、お疲れのようだ」
御者がワゴンの扉を開けてくれたので、私は姫さまを抱っこして外に出た。
ひんやりとした夜風が、姫さまの甘い蜂蜜色の髪を揺らす。初夏とはいえ、さすがに夜は冷える。
姫さまは、眠ったままで微かに身を震わせた。私は風上に背中を向けて、夜風を防ぐ。
「お帰りなさいませ」
執事や侍女たちが慌てて迎えてくれる中、宮殿の中に入り姫さまの部屋へと向かう。
子ども部屋は、とくに飾りがある訳でもないのに。腰壁が淡いペパーミントグリーンで小さな家具が白いからだろうか。いつ訪れても愛らしい雰囲気だ。
「すぐに寝間着の用意をいたします。アレクサンドルさまは、もうお戻りくださって大丈夫ですよ」
「ああ、そうだな。後は任せよう」
侍女に姫さまを預けようとしたのだが。
ん? 姫さまが離れない。
どうしたのかと思い確認すると、マルティナさまは私の騎士服をきゅっと掴んでいらした。
「あらまぁ、お可愛らしいこと。アレクサンドルさまと離れたくないのですね」
「いや、離れないと困るだろ」
なになに? と他のメイドまでも廊下から集まってくる。
興味津々で姫さまを覗きこむ者。「本当に眠ってらっしゃるんですねぇ。あら、離れないわ」と、指を外すのを諦める者といろいろだ。
こら、諦めるな。このままでは私は姫さまのお部屋で夜を明かさなくてはならないんだぞ。
ああ、早く妃殿下が戻ってきてくださらないだろうか。
マルガレータさまがいらしたら、姫さまも安心できるというのに。陛下は、殿下と妃殿下を引き留めすぎなのではないか?
仕方なく私はベッドに腰を下ろした。そのまま姫さまを寝かせるのだが、やはり手を放してくれない。
このままでは寝間着に着替えることができませんよ?
「では、姫さまが目を覚ましたら、呼んでくださいね。寝間着に着替えさせますので」と、侍女はサイドテーブルの呼び鈴を指し示す。
小さな蝋燭だけを灯した部屋は、床に檸檬色が四角く照らされている。
ああ、月の光が射し込んでいるのか。
窓は閉めてあるし、風もないのでとても静かな夜だ。姫さまの健やかな寝息だけが、微かに聞こえる。
さやかな月光は、姫さまの長い睫毛も照らしている。
赤ん坊の頃よりも頬はほっそりとして、身長も伸びていらっしゃる。
お小さいマルティナさまにお仕えするのは、殿下の護衛と勝手が違うので大変だろう、と同僚に言われることが多い。
ある者は「姫さまといえども、俺には子どもの遊び相手は無理だ」と首を振る者もいる。
だが、私は光栄ですよ。
こんなにお傍近くで姫さまの成長を見守ることができて。しかも、こんなにも懐いてくださって。
今はきゅっと私の袖を握りしめていらっしゃる手も、いずれは違う誰かの手を握りしめるようになる。
その時までは、姫さまと手を繋ぐのは私のお役目です。
「おやすみなさい、マルティナさま」
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