小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

文字の大きさ
16 / 78
一章

16、殿下のお話

しおりを挟む
 宮殿に戻られた殿下と妃殿下は、どうしたことか私の宿舎にお立ち寄りになった。
 ちょっと待ってください。事前の連絡も無しにですか? 唐突ですよ。
 だが、それは異常事態が起こったということだ。
 護衛の直感で、私は身構えた。

 昨夜は姫さまがつないだ手をお放しにならなかったので、ほとんど眠っていない。
 月明りが消えても、夜明け前の闇がいっそう深くなっても。暗闇に慣れた目には、姫さまの小さな手が……ぎゅっと私の指を掴む手がはっきりと見えた。

「どうなさったのですか? 殿下」

 狭い我が家には、お二人をお迎えするような立派な椅子はない。
 それを分かってだろう。殿下も妃殿下も玄関から中に入ろうとなさらない。さすがにお二人に立ち話をさせるわけにはいかないのだが。

「話は手短に済ませる。父上……陛下が、私とマルガレータを離宮に残された件だ」
「はい」

 ちらっと妃殿下が、殿下を見上げた。その表情は不安そうに眉が下がっていらっしゃる。
 嫌な予感がした。
 マルガレータさまが心を痛めるようなことを聞かされたのだ。

「離宮で、マルティナに意地悪を言っていた少年がいただろう? ヨアキムという遠縁の子だが」
「承知しております」

 私にばれぬように、マルティナさまをからかっておられた。素直でない年頃だとしても、そういう狡猾な部分は好ましくない。たかが護衛の身で、そんなことは口にできないが。

「そのヨアキムとマルティナの婚約話がもちあがっている、と陛下が仰られた」
「はーぁ?」
「まぁ『はーぁ?』だよな。私も陛下の御前であることを忘れて、同じ言葉を発した」

 あ、それはどうかと思う。久しぶりに殿下の護衛を務めていた時のことを思い出した。だが、私もクリスティアン殿下と同じ反応をしてしまったので、人のことは言えない。

「わたしは同意しかねます」

 いつも控えめなマルガレータさまが、珍しく厳しい面持ちで口を挟まれた。
 うん、そうだろうな。お二人とも、あのヨアキムという子がマルティナさまとは合わないと感じておられるのだ。
 むろん、今はまだ子どもだから。成長して大人になれば意地悪もしないとは思うが。
 それでも、何かが違うと思う。うん、違うんだ。

 マルガレータさまは、部屋の壁に貼ってある絵に目を留めていらっしゃる。
 姫さまが、私の似顔絵を描いてくださった中の一枚だ。
 何枚も何枚も、姫さまは私を描いてくださるから。ひと月ごとに貼り換えている。

 私は、シャツの胸ポケットに入れたままになっていたリボンに手を触れた。
 マルティナさまの大のお気に入りの水色のリボン。元気のお守り。
 その手触りは滑らかで、わたしの武骨な指が触れるには申し訳ないほどだ。

 駄目ですよ、姫さま。
 お守りに触れても、元気になれません。

 あなたの幸せを願い、一心にお仕えしてきたというのに。
 あの少年との婚約は、あなたにとって幸福なのですか?

◇◇◇

「おかえりなさいませ。お父さま、お母さま」

 宮殿の車よせに馬車がついたのが、まどから見えたから。わたしはお部屋からとびだして、ろうかを走ってかいだんをおりたの。
「駄目ですよ、姫さま。走ってはなりません」と侍女が追いかけてくるけど。でも侍女も走ってるよ?

 一人でおるすばんできたこと、ほめてもらわなくっちゃ。まぁ、アレクはいっしょだったけど。
 一段ずつおりるのがめんどうだから、わたしは最後の二段はぴょんってとんでおりたの。

「あら、まぁ。マルティナったら」
「お母さまぁ」
「ごめんなさいね。遅くなってしまって」
「いいの。マルティナつよいもん、いい子だもん」
「アレクさんに、朝までついていてもらったの? よかったわね」

 え? なんで知ってるの? お母さま、まほうがつかえるの?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モンスターを癒やす森暮らしの薬師姫、騎士と出会う

甘塩ます☆
恋愛
冷たい地下牢で育った少女リラは、自身の出自を知らぬまま、ある日訪れた混乱に乗じて森へと逃げ出す。そこで彼女は、凶暴な瘴気に覆われた狼と出会うが、触れるだけでその瘴気を浄化する不思議な力があることに気づく。リラは狼を癒し、共に森で暮らすうち、他のモンスターたちとも心を通わせ、彼らの怪我や病を癒していく。モンスターたちは感謝の印に、彼女の知らない貴重な品々や硬貨を贈るのだった。 そんなある日、森に薬草採取に訪れた騎士アルベールと遭遇する。彼は、最近異常なほど穏やかな森のモンスターたちに違和感を覚えていた。世間知らずのリラは、自分を捕らえに来たのかと怯えるが、アルベールの差し出す「食料」と「服」に警戒を解き、彼を「飯をくれる仲間」と認識する。リラが彼に見せた、モンスターから贈られた膨大な量の希少な品々に、アルベールは度肝を抜かれる。リラの無垢さと、秘められた能力に気づき始めたアルベールは…… 陰謀渦巻く世界で二人の運命はどうなるのか

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

これは政略結婚ではありません

絹乃
恋愛
勝気な第一王女のモニカには、初恋の人がいた。公爵家のクラウスだ。七歳の時の思い出が、モニカの初恋となった。クラウスはモニカよりも十三歳上。当時二十歳のクラウスにとって、モニカは当然恋愛の対象ではない。大人になったモニカとクラウスの間に縁談が持ちあがる。その返事の為にクラウスが王宮を訪れる日。人生で初めての緊張にモニカは動揺する。※『わたしのことがお嫌いなら、離縁してください』に出てくる王女のその後のお話です。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

呪われた黒猫と蔑まれた私ですが、竜王様の番だったようです

シロツメクサ
恋愛
ここは竜人の王を頂点として、沢山の獣人が暮らす国。 厄災を運ぶ、不吉な黒猫─────そう言われ村で差別を受け続けていた黒猫の獣人である少女ノエルは、愛する両親を心の支えに日々を耐え抜いていた。けれど、ある日その両親も土砂崩れにより亡くなってしまう。 不吉な黒猫を産んだせいで両親が亡くなったのだと村の獣人に言われて絶望したノエルは、呼び寄せられた魔女によって力を封印され、本物の黒猫の姿にされてしまった。 けれど魔女とはぐれた先で出会ったのは、なんとこの国の頂点である竜王その人で─────…… 「やっと、やっと、見つけた────……俺の、……番……ッ!!」 えっ、今、ただの黒猫の姿ですよ!?というか、私不吉で危ないらしいからそんなに近寄らないでー!! 「……ノエルは、俺が竜だから、嫌なのかな。猫には恐ろしく感じるのかも。ノエルが望むなら、体中の鱗を剥いでもいいのに。それで一生人の姿でいたら、ノエルは俺にも自分から近付いてくれるかな。懐いて、あの可愛い声でご飯をねだってくれる?」 「……この周辺に、動物一匹でも、近づけるな。特に、絶対に、雄猫は駄目だ。もしもノエルが……番として他の雄を求めるようなことがあれば、俺は……俺は、今度こそ……ッ」 王様の傍に厄災を運ぶ不吉な黒猫がいたせいで、万が一にも何かあってはいけない!となんとか離れようとするヒロインと、そんなヒロインを死ぬほど探していた、何があっても逃さない金髪碧眼ヤンデレ竜王の、実は持っていた不思議な能力に気がついちゃったりするテンプレ恋愛ものです。世界観はゆるふわのガバガバでつっこみどころいっぱいなので何も考えずに読んでください。 ※ヒロインは大半は黒猫の姿で、その正体を知らないままヒーローはガチ恋しています(別に猫だから好きというわけではありません)。ヒーローは金髪碧眼で、竜人ですが本編のほとんどでは人の姿を取っています。ご注意ください。

【番外編】小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃
恋愛
主従でありながら結婚式を挙げた護衛騎士のアレクと王女マルティナ。戸惑い照れつつも新婚2人のいちゃいちゃ、ラブラブの日々。また彼らの周囲の人々の日常を穏やかに優しく綴ります。※不定期更新です。一応Rをつけておきます。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...