小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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二章

8、宵祭りの日【3】

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 宵祭りは、それぞれの地域の湖畔でもよおされる。
 夏の盛りは日暮れがすごく遅くて、深夜になってもまだ新聞の文字が読めるくらい仄明るいの。
 いつまでも終わらない夕映えの中、湖の側で大きな火が焚かれる。
 夏の女神さまに感謝をささげるんだって。

「ねぇねぇ、この服でいいのかなぁ」

 わたしは自分のお部屋の姿見の前で、くるりとまわった。ひらりとひるがえる紺色のワンピース。ウエスト部分できゅっとリボンでしばってあり、手編みの白いレースの衿がついている。
 少しふくらんだパフスリーブ。
 なんだか子どもっぽいんだけど。

「よく似合っていますよ、マルティナ」
「でも。もっと大人っぽいのがいいなぁ」
「どんな服が大人っぽいの?」

 少し屈んでお母さまが、わたしの顔をのぞきこんでくる。わたしは「うーん」と天井を見上げながら考えた。

 弟のバートがわたしが頭に結んだリボンに触れようと、一生懸命に手を伸ばしている。すぐによろけちゃうから、わたしはバートの肩を支えてあげた。
 わたしによく似た蜂蜜色のくせ毛が、ふわりと揺れる。
 去年は抱っこできたんだけど。男の子だからかしら? 二歳になると持ち上がらないわ。
 
「あのね、胸元がばーんって開いてるのがいい」
「ばーん?」
 
 わたしはちらっとお母さまの胸元に目を向けた。
 大きくない。
 それから自分の胸元にも。
 小さい。

 これじゃあ、そんなドレスは似合いっこないわ。きっと将来も似合わない。
 
「マルティナ。髪を梳いてあげましょうね」

 ブラシを手にしたお母さまが、わたしの背後にまわる。おんなじ色のふわふわした蜂蜜色の髪。よく似たお顔。目の色だけがわたしは蒼くて、お母さまは陽射しを集めた明るい森の碧なの。

「紺色のお洋服に白い手編みのレースの衿は、お上品ですよ。白い手袋をはめれば、正式な場にも出られるんですから」
「そうだけど……地味なんだもの」
「地味ねぇ」

 くすっとお母さまは小さく笑った。わたしの髪を背中に垂らし、服と同じ色の紺色のリボンを後頭部に結びながら。

「そのリボンも地味なの」
「蜂蜜色の髪にはよく映えますよ?」
「……うん」

「マルティナにはまだ難しいかしら。わたしには、マルティナは地味ではなくて清楚に見えますよ。地味と清楚は紙一重なんです」
「よく分からない」
「そうねぇ、大人になれば分かるかしら」

 布が高価なのは分かる。だって紺色のスカートに手で触れてみると、光の加減で光沢が変わるんだもの。バートは「きれいね、きれいね」ってスカートを眺めている。
 
「これくらいでいいんですよ。宵祭りは花冠を頭に載せますからね」

 お母さまの言葉にわたしはうなずいたけれど。やっぱり、ちょっと納得できなかった。

◇◇◇

 今日はご招待という名の任務だ。姫さまを宵祭りにお連れし、安全に殿下と妃殿下の元に送り届ける。それが最優先事項。

 夜更けや明け方まで湖畔に人が集うので、酒に酔う者もいるだろう。
 羽目を外す者を姫さまには近づけない、だが姫さまには祭りの雰囲気を楽しんでいただく。
 簡単なようでいて、なかなかに難しい任務だ。

 私は騎士服に伸ばしかけた手を止めた。
 いや、いかんぞ。護衛騎士であることが周囲に知られたら、私がお連れしているのが姫さまであるとばれてしまう。今日は「ご招待」なのだから、私が姫さまをエスコートすればいいのだろう。
 だとすると、私服の方がいいよな。
 
 壁に掛けた鏡の前でどのシャツがいいか合わせていると、あまりにも真剣な表情の自分が鏡に映っていたので思わず苦笑した。

 何をしているんだ、私は。年頃の少年がデートに行くわけでもあるまいに。
 私は姫さまの影でしかないのだから、身だしなみさえ整えておけばお洒落など必要ないのだ。

 なのに、どうして気持ちが昂揚するのだろう。どうして、わくわくするのだろう。
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