小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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二章

13、どうぞ、と言われても

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 アレクがわたしにベリーを買ってくれた。
 すごいのよ。まるで紅玉ルビー柘榴石ガーネットを集めたかのような、赤くて澄んだベリーが紙の箱に入っているの。
 カラントにコケモモ、それからマルベリー。その上にこんもりと白いクリームがかかっていて、お砂糖がぱらぱらと振ってあって。それを木のスプーンで食べるの。

 木のスプーンは二つ。そうね、一人で食べるにはちょっと量が多いものね。

「いいの? 食べてもいいの」
「どうぞお召し上がりください」

「えっと、座る場所は」
「姫さま。こういう場合は立ったままなんですよ。そうですね、立食パーティとでも思っていただければ」
「分かったわ」

 わたしはこくりと頷いた。
 辺りを見れば、やっぱり立ったままでお酒を飲んだり酢漬けの魚と紫玉ねぎを、薄い木のフォークで食べている人もいる。

 あの酢漬けのお魚って、前菜でいただくものよね。ナイフも使わずにどうやって……と注視していたら、男の人達に気づかれてしまった。

「おっ、嬢ちゃんも食うか?」
「おいおい。見るからに高貴なお嬢さまだろ? そんなの勧めんなって」
「林檎酒もあるぞ」
「だから、子どもに酒はいかんだろ。ごめんな、気にしないでくれよ」

 突然話しかけられてびっくりしたけれど。アレクは何も言わなかった。ただ苦笑していただけ。
 そっか、あの人達、本気じゃないんだ。

 男の人達は楽しそうにお話しながら、とてもくつろいだ雰囲気が湖畔には満ちていた。
 まるで、澄んだ夜色の甘い水にひたされているみたいに。

 わたしは自分のベリーを見つめた。
 大丈夫かしら。クリームを落とさないかしら。ころんってベリーが転がったりしないかしら。
 そろりとベリーをクリームと一緒にすくって、口に含む。
 ほわぁ、とまろやかな甘さと酸っぱさが広がっていく。

 ああ、なんて美味しいの。クリームはまろやかで。お砂糖は溶けきらずに、しゃりっという歯ごたえがあるの。
 瞼を閉じて、味の余韻を楽しんでいると小さく笑う声が聞こえた。

「え、なぁに。もしかしてお行儀が悪かったかしら」
「いいえ。上手に召し上がっていらっしゃいますよ。姫さまが、とても嬉しそうなので私まで嬉しいんです」

 アレクは私を見つめつつ微笑んでいた。
 は、恥ずかしい。ずっと見られていると食べにくいんだけど。

 その時、まだアレクにベリーを勧めていないことに気づいた。
 もうだめね、わたしったら。

「アレクもどうぞ」
「え?」

 もう一本のスプーンを、こぼさないようにそーっと動かして、アレクの口許へと運ぶ。
 でも身長差がありすぎるから、全然届かないの。
 
「姫さま、さすがにそれは」
「お行儀悪いかなぁ。でも、お父さまもお母さまもいないし、執事も侍女もいないよ? 多分、怒られないと思うんだけど」
 
 そんなに気にしなくても誰も見てないよ。

◇◇◇

 困った。
 私は盛大に困っていた。

 待て待て。いえ、お待ちください姫さま、それは俗に言う「あーんして」ですよ。
 恋人同士がするものです。
 王女と護衛の間で交わされるものではございません。

 姫さまは背伸びをして、私にベリーを食べさせようとなさるのだが。私は意地でも屈まなかった。
 あのね、姫さま。これはままごとの泥団子じゃないんですよ。
 本当に口に入れることになるんです。スプーンは別々であっても、つまり、姫さまと同じ容器から食べることになるんです、お分かりですか? 分かっていらっしゃらないですよね。

「私の分も買ってまいりますので」
「えーっ。マルティナのは食べられないの?」

 ちょっとお待ちください。それは「俺の酒が飲めないのか」の可愛い版ですよ?
 どこでそういう言葉を覚えたんです。家庭教師ですか、メイドですか? 他の騎士からですか?

 常にご一緒しているのに、私の勤務時間外や非番の日は姫さまに目が届かない。
 ああ、もう本当に。困った。

「あ、クリームがこぼれちゃう。アレク、早くっ」

 急かされて、私は反射的に屈んで口を開いてしまった。

 あ、しまった。
 口中に広がる甘さと酸っぱさを感じて、激しく後悔した。
 
 もし姫さまがいらっしゃらなかったら、自分の頭を木の幹にでもぶつけて反省することだろう。
 主従の間で「あーん」はないだろ。立場をわきまえろ、自分。

 とろりとしたクリームが絡まるベリーの味は、いつまでも消えることなく残っていた。

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