小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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二章

14、腕の中

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 アレクったらベリーが嫌いじゃないと思うんだけど。とっても難しいお顔をしているの。
 眉間を寄せて、まるで気難しい人みたい。

「おいしくなかった?」
「いえ、とても美味しいです」

 じゃあ、どうしてそんなに唇を引き結んでいるの?

 男心って分からない。お父さまは分かりやすいんだけどなぁ。
 こんな風にベリーをあげたら、とろけそうな笑顔だよ。
 この間もバートがお父さまにメレンゲをあげてたの。「おとうさま、あーんするの」って。

 メレンゲは、とっても軽い焼き上がりだから。バートがしっかりを握りしめたせいで、たった一分ほどしか持っていなかったのに、すでに周りがくだけてぼろぼろになっていた。

「ああ……お掃除したばかりですのに」と嘆くメイド。でも、お父さまは「おいしいよ、バート」ってにこにこの笑顔で、メレンゲを食べていた。
 もしかして「あーんして」って、子どもっぽすぎるのかしら。わたし、別にアレクのことを子ども扱いなんてしてないわ。当然でしょ。

「あの、姫さまのことを怒っているわけではないんですよ」
「うん」
「その……これは仕事で」
「お仕事じゃないわ。わたしがアレクと一緒にお出かけしたかったの。でも、アレクにとってはお仕事なのね」

 わたしの言葉に、アレクははっきりと「しまった」というような表情を浮かべた。
 そんなにおしゃべりな方じゃないけれど、アレクは顔に気持ちが表れやすい。
 
「もしかしてお休みしていたかった? わたしは余計なお仕事を増やしちゃった?」
「いえ、そういう訳では」

 ああ、だめ。こんな質問は良くないわ。だって優しいアレクが「姫さまとの外出はすべて仕事になります。頼まれれば断ることなどできやしません」なんて、答えるはずがないもの。

 なんだかたまらなくなって、わたしはアレクに背中を向けた。
 ちょうど湖畔の焚き火が目に眩しくて。家族やお友達と一緒に焚き火を眺めている人達の姿が見えて。
 でも、わたしはアレクと二人で来たかったの。それは我儘だったのかなぁ。

 こんもりと盛られていたクリームが柔らかくなって、形が崩れていく。
 箱の中は、ベリーの赤い汁で染まっていた。
 
 その時、急に後ろから腕が伸びてきた。
 なに? と思った瞬間には、背後から抱きしめられていたの。

 ベリーの箱を落としそうになって、何が起こったのか理解できなくて、ただ瞬きを繰り返していた。
 瞬きごとに、湖畔の焚き火はその形を変えている。
 まるでわたしの心みたいに。

「申し訳ございません。そんなつもりではなかったのです」
「アレク?」

 アレクの声が、耳元で聞こえる。
 苦しそうな、なにかを我慢しているような声。

 わたし、アレクの腕の中にいる。しかも小さい時みたいな抱っこじゃない。

「姫さまから招待状をいただいた時、とても嬉しかったのです。ですが私は護衛騎士。まずは任務を優先させなければなりません」

 わたしは身動きもできなくて、箱を落とさないように必死だった。小刻みに手が震えている所為か、二本の木のスプーンが触れ合っている。

 木のスプーンは音を立てないけれど。でも、アレクは気付いているはず。わたしがとても緊張していることを。

「ご一緒できて、本当に嬉しかったんですよ。嘘ではありません」
「……本当に?」
「私もマルティナさまと出かけたかったんですね。お誘いいただけて、初めて自分にそんな気持ちがあることを知りました」
「そう、なの?」
「はい。自分でもびっくりしましたが」

 たくましい腕に閉じ込められて、わたしはアレクの胸に頭をもたれさせた。
 いつまでも暮れきらない夜は不思議。まるで小さい頃のように、素直になれるんだもの。

「わたしね、アレクのことが好きなの」
「存じております」
「うん。ずっと好きって言い続けているものね。でもね、その『好き』がちょっと違ってきているの」
「……はい」

 説明しなくても、アレクはとうに知っていたのね。
 好きなのに、飛びつきたいのに、それをするには恥ずかしくて。
 一緒にいて楽しいはずなのに、なぜだか切なくて。
 いつかあなたが、素敵な大人の女性と結婚しますなんて言い出したらと考えたら、夜も眠れなくなって。
 蝋燭はとうに消えているのに、暗い天井をずっと眺めている夜もあったわ。

「好き」って楽しくて嬉しいものだとばかり思っていた。以前はそうだった。
 物語の中の王子さまとお姫さまは最初はつらい思いをしても「しあわせになりました」で終わっていたし。
 お父さまとお母さまも二人でいらっしゃる時、とても仲睦まじくて楽しそう。

 でも最近のわたしの「好き」はつらいの、苦しいの。

 一番近いあなたに、それを言うことができなくて。もし言ってしまえばアレクは苦しむだろうから。
 義務じゃなくて、任務じゃなくて、なんにも用事がなくてもわたしの傍にいてほしいから。
 でも、それって我儘なのかなぁ。
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