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二章
16、手を離してはいけませんよ
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夜って不思議。しかも一年でいちばん昼が長い宵祭りの日は、普段ならもう眠っている時間なのに外が明るいものだから、夜中でも起きていても大丈夫。
そのせいでまるで夢見心地の時が続くの。
「ア、アレク。もう顔を覗きこまないで」
「困りましたね。姫さまは、このアレクに花冠を載せたお姿を見せてはくださらないのですか?」
違うの。アレクはこんな口が上手くないのよ。お父さまとは違うんだから。
でも、もしかしてお父さまの護衛を長く続けていたから、そういう態度が移ってしまったのかしら。
「殿下も妃殿下も、バート殿下もマルティナさまの姿を見たいと望まれると思いますよ」
「バートは小さいから、もう眠ってるもの。お父さま達だって、きっと起きてないわ」
指の間からそーっとアレクの様子を窺う。どうして微笑んでるの?
長い夕映えが、徐々に深い紫へと変わる。湖畔に集う人々もアレクの姿も、紫水晶の色に染まったように不思議な雰囲気だった。
「では、私だけが花冠のお姿を拝見できるのですね。光栄です」
いやーっ。やめてぇ。
そんなに嬉しそうにしないで。
いくら薄紫の色に染まったとしても、きっとわたしの頬がとてもとても赤いのは分かるはずよ。
その時、大きな手がわたしの頭を撫でた。
「将来のお約束はできません。ですが、私は他の誰かを愛することはないでしょう」
「アレク?」
「姫さまは、まだお子さまでいらっしゃいますから。あ……失礼。ですが、お気持ちはとても嬉しいのですよ。それは本当です」
わたしの気持ちがアレクの未来を縛り付けてしまうかもしれない。その考えが一瞬、頭をよぎったけれど。
でもね「他の誰かを愛することはない」って言った時のアレクは、とても柔らかな表情をしていたの。
うん。わたしもずっとアレクのことが好きよ。アレクが大好きよ。
湖畔の焚き火が燃え尽きて、辺りは一気に暗くなったように思えた。
見上げる空には星が輝いて。白夜の暮れきらない空も、もう深夜だから夜の色に染まっている。
対岸の森から、フクロウの鳴く声が聞こえてくる。
露店は店じまいの準備を初め、人々は徐々に帰宅の途についている。
女の子が頭に載せた花冠の色が、うすぼんやりと仄白く見えた。
やっぱり好きな人に買ってもらった子が多いのかな。
わたしはむりやりアレクを誘ったけれど。その勇気が出なかったら、一人で湖に来ていたのかしら。
それともお部屋で膝を抱えて座っていたのかしら。
一人きりは……寂しいな。
「さぁ、姫さま。もう帰りましょう」
下草につまずかないようにと、アレクが手を繋いでくれた。
ふわふわした心地のまま、わたしはきゅっと彼の大きな手を握る。
そうしたら、強く握り返してくれたの。
「あの、ちょっと痛いかも」
「ああ、失礼しました。つい。辺りが薄暗いので、姫さまを見失ってはいけませんから」
わたしのちっぽけな手は、アレクの手に包まれてしまっている。
手だけなのに、まるで全身が包まれているみたいで。
ど、どうしよう。手に心臓ができちゃったみたいに脈打ってるよ。
何か話さなきゃ。夜風がわたしの花冠を撫でて、さわさわと小さな音が立った。ほんの少し遅れて、軽やかな甘い香りが漂ってくる。
そうだった。お花、集めていたんだった。
「今夜はね、アレクの夢を見るの」
「では、起きていても眠っていてもずーっとお会いすることになりますね」
「だってもう一緒に眠ってくれないんだもの」
何気ない言葉だったのに、アレクは突然噎せたように咳き込んだ。
「姫さまが五、六歳の頃ですよね。それ」
「うん」
「もう姫さまも添い寝が必要なお年ではありませんから」
もうっ。さっきまではわたしを惑わせるような態度だったのに。いつものアレクに戻っちゃった。
堅物っていうのかしら? まじめなんだから。
「もう辺りは暗いですから。私の手を離してはいけませんよ」
「うん」
「たとえモモンガが飛んでいても追いかけてはいけませんからね。猫が出てきてもですよ」
堅物でまじめなアレクに、さらに口うるさいも足すことにした。
ほんと、一瞬だったわ。どきどきしたのは。
そのせいでまるで夢見心地の時が続くの。
「ア、アレク。もう顔を覗きこまないで」
「困りましたね。姫さまは、このアレクに花冠を載せたお姿を見せてはくださらないのですか?」
違うの。アレクはこんな口が上手くないのよ。お父さまとは違うんだから。
でも、もしかしてお父さまの護衛を長く続けていたから、そういう態度が移ってしまったのかしら。
「殿下も妃殿下も、バート殿下もマルティナさまの姿を見たいと望まれると思いますよ」
「バートは小さいから、もう眠ってるもの。お父さま達だって、きっと起きてないわ」
指の間からそーっとアレクの様子を窺う。どうして微笑んでるの?
長い夕映えが、徐々に深い紫へと変わる。湖畔に集う人々もアレクの姿も、紫水晶の色に染まったように不思議な雰囲気だった。
「では、私だけが花冠のお姿を拝見できるのですね。光栄です」
いやーっ。やめてぇ。
そんなに嬉しそうにしないで。
いくら薄紫の色に染まったとしても、きっとわたしの頬がとてもとても赤いのは分かるはずよ。
その時、大きな手がわたしの頭を撫でた。
「将来のお約束はできません。ですが、私は他の誰かを愛することはないでしょう」
「アレク?」
「姫さまは、まだお子さまでいらっしゃいますから。あ……失礼。ですが、お気持ちはとても嬉しいのですよ。それは本当です」
わたしの気持ちがアレクの未来を縛り付けてしまうかもしれない。その考えが一瞬、頭をよぎったけれど。
でもね「他の誰かを愛することはない」って言った時のアレクは、とても柔らかな表情をしていたの。
うん。わたしもずっとアレクのことが好きよ。アレクが大好きよ。
湖畔の焚き火が燃え尽きて、辺りは一気に暗くなったように思えた。
見上げる空には星が輝いて。白夜の暮れきらない空も、もう深夜だから夜の色に染まっている。
対岸の森から、フクロウの鳴く声が聞こえてくる。
露店は店じまいの準備を初め、人々は徐々に帰宅の途についている。
女の子が頭に載せた花冠の色が、うすぼんやりと仄白く見えた。
やっぱり好きな人に買ってもらった子が多いのかな。
わたしはむりやりアレクを誘ったけれど。その勇気が出なかったら、一人で湖に来ていたのかしら。
それともお部屋で膝を抱えて座っていたのかしら。
一人きりは……寂しいな。
「さぁ、姫さま。もう帰りましょう」
下草につまずかないようにと、アレクが手を繋いでくれた。
ふわふわした心地のまま、わたしはきゅっと彼の大きな手を握る。
そうしたら、強く握り返してくれたの。
「あの、ちょっと痛いかも」
「ああ、失礼しました。つい。辺りが薄暗いので、姫さまを見失ってはいけませんから」
わたしのちっぽけな手は、アレクの手に包まれてしまっている。
手だけなのに、まるで全身が包まれているみたいで。
ど、どうしよう。手に心臓ができちゃったみたいに脈打ってるよ。
何か話さなきゃ。夜風がわたしの花冠を撫でて、さわさわと小さな音が立った。ほんの少し遅れて、軽やかな甘い香りが漂ってくる。
そうだった。お花、集めていたんだった。
「今夜はね、アレクの夢を見るの」
「では、起きていても眠っていてもずーっとお会いすることになりますね」
「だってもう一緒に眠ってくれないんだもの」
何気ない言葉だったのに、アレクは突然噎せたように咳き込んだ。
「姫さまが五、六歳の頃ですよね。それ」
「うん」
「もう姫さまも添い寝が必要なお年ではありませんから」
もうっ。さっきまではわたしを惑わせるような態度だったのに。いつものアレクに戻っちゃった。
堅物っていうのかしら? まじめなんだから。
「もう辺りは暗いですから。私の手を離してはいけませんよ」
「うん」
「たとえモモンガが飛んでいても追いかけてはいけませんからね。猫が出てきてもですよ」
堅物でまじめなアレクに、さらに口うるさいも足すことにした。
ほんと、一瞬だったわ。どきどきしたのは。
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