小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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三章

1、バートの騎士

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 十五歳のわたし、マルティナはずいぶんと身長も伸びました。
 お母さまと同じくらいだから、高い方ではないのだけれど。それでも大人っぽいドレスも似合うのよ。

 そろそろ十六歳になるのだから、もう立派な大人ね。
 
「バート。お散歩の用意はできて?」
「はぁい。おねえさま」

 六歳になったばかりのバートは、かしこまって答えるけれど。「はぁい」はどうなのかしら。
 うーん、と首をかしげるわたしにバートは「早く、早く」と手を引っ張ってくるの。

「マルティナさま、バートさま。入ってもよろしゅうございますか?」
「え、ええ。大丈夫よ」

 扉の外から聞こえるアレクの声に、胸が自然と弾んでしまう。
 お庭の散歩だけれど、ちょうど春の盛りで、お外は心地よい風が吹いているのよ。アレクも誘っちゃおうかしら。

 だけどお部屋に入ってきたのはアレクだけじゃなかったの。もう一人、わたしより少し年長の少年がアレクの後ろに立っていた。

 琥珀色の肌と金色の髪のアレクとは違い、少年はまるで銀糸でできたようなさらりとした髪と白い肌をしている。
 
「こちらはエーミル・リンデルゴート。先日騎士見習いから正式な騎士になったばかりですが。本日よりバート殿下のお傍に仕えることとなりました」

 リンデルゴートって。わたしはアレクの顔を見上げて視線だけで問うた。
 わたしの疑問を正確に読み取ったアレクは、静かに頷く。

「お察しの通り、エーミルはリンデルゴートの一族です。私の兄の子、つまり甥になります」
「初めまして、マルティナさま、バートさま。ご紹介にあずかりましたエーミル・リンデルゴートと申します」

 わたしの小さい頃に似てバートは人見知りだから、すぐにわたしの背後にまわったの。

「バート殿下。心を込めてお仕えさせていただきます。よろしくお願いいたします」

 バート。お返事は?
 ああ、焦ってしまう。いくらアレクの甥とはいえ、初対面の騎士よ。ちゃんと対応しなくては。
 バートはこっそりとエーミルの様子を覗いては、わたしを見上げて目で訴えてくる。「おねえさまぁ、どうしたらいいの?」って。
 
 ちゃんと前に出てご挨拶すればいいのよ。というか、あんまりひっぱらないでぇ。スカートがすぽんと脱げちゃったらどうするの?

「初めまして、エーミル。バート、ご挨拶は?」と、わたしは微笑んだ。
「は、はじめまちて」

 ああ、緊張しすぎて幼児言葉に戻ってるわ。
 そして、またバートは隠れてしまった。
 小さな手が、わたしのスカートをきゅっと握っている。

 え? 違うでしょ。だから挨拶を済ませたからといって隠れてはだめなのよ。おろおろとしつつも、バートを前に出しつつ……でも、また背後にまわるから。ああ、もうどうしたらいいのかしら。

 アレクー、と目で訴えるけれど。アレクは無表情のままだった。
 エーミルは立ち上がると、胸に手を当て右足を少し引いてお辞儀をする。
 お辞儀をされたバートは、意味が分からなくてきょろきょろした。

「これなぁに?」
「ご挨拶ですよ、バート殿下」

 バートはまた私の後ろにまわってしまった。これで三度目。
 ほんとうに似ているのよね、この人見知り具合が。と困ったのを通りこして小さく苦笑してしまう。

「マルティナさま。バートさまに心を込めてお仕え致します。今後よろしくお願いいたします」

 すっと手を取られたと思うと、エーミルがわたしの手の甲にキスをした。
 軽く触れるか触れないほどの、騎士が姫にするキス。
 いや、確かにこれは挨拶なんだけど。
 わたしの騎士はアレクなのよっ。

 ちらっとアレクを見遣ると、何か苦い薬でも飲んだような顔をしていた。明らかに眉根を寄せつつ、困惑した瞳でわたしを見つめた。
 わたしも困惑してますー。

「エーミル、バート殿下は人見知りでいらっしゃる。次第に慣れてくださると思うぞ」
「はい、叔父さま」
「……名前で呼びなさい」
「では。はい、アレクサンドル副団長」

「階級もいらないんだが」と、アレクは困ったように腕を組みながら唇を引き結んだ。

 知らなかった。アレクってば、いつの間にか副団長になっていたの?
 そういうこと全然教えてくれないんだもの。まぁ、わたしも聞かないんだけど。
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