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三章
7、お選びください
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アレクは春色のにじんだような青空を仰ぐと、小さく息をついた。
次にわたしの方を向いた時、彼の表情は真剣そのものだった。
わたしは居ずまいを正して、背筋をぴんと伸ばして座り直す。まるでお洋服の背中に棒を差し込んだみたいに。
木の枝では小鳥が朗らかにさえずり、花の香りも甘いし、蜜蜂の翅音すら聞こえるのどかさなのに。
アレクは唇を引き結び、少し怖いような顔をしていた。
「いつかは姫さまが相応しい方を夫に迎え、私は変わらず姫さまをお守りするものと考えておりました」
わたしにガーゼのハンカチを手渡したアレクは、真正面からわたしを見据えてくる。
花の匂いを含んだ風が、わたしの頬をそっと撫でた。
「私は姫さまの影。光溢れるあなた様の隣に立つ身ではない、姫さまの背中を見据え続けながら生きていくと、重々承知していました」
「そんな寂しいことを言わないで」
ガーゼのハンカチをぎゅっと握りしめて、わたしはうつむいた。
だって、そんなのつらすぎる。
アレクが後ろにいるのに、わたしの隣には他の男性がいて。その人の腕に手を添えて、その人に向かって微笑んで、その人にキスをされて。
アレクが見ているのに? そんなの絶対に嫌。
「ですが、私の心は本人が思っているよりも我儘だったようです」
「え?」
これまで硬かったアレクの雰囲気が、一瞬ふっと緩んだ。
ジジ……という微かな翅音。
ほんの少しの間、鳥の声も蜜蜂の翅音も聞こえていなかったことにわたしは気づいた。
「エーミルが姫さまの手にキスをした時。私は自分でも驚くほど嫉妬しました」
「そんな風には見えなかったわ」
「ええ、呆気に取られていましたから」
「嫉妬という感情が、その時はよく分からなかったのです」と、アレクは自嘲気味に告げる。
「不思議ですね。多分、エーミルが姫さまとお似合いだったからかもしれません。年も近いですし、エーミルの方が見目麗しいですから」
「勝手に決めないで。わたしはアレクがいいって、ずっと言ってるわ。もうずっと……」
「ええ、存じておりますし、姫さまの気の迷いとも思っておりません」
ガーゼのハンカチを持つ手に、力がこもっていたみたい。アレクの指がわたしの手に触れて、てのひらに爪が食い込んでいることに初めて気づいた。
「私は姫さまがとても愛しいのです。長い間、ずっとこれは庇護欲でした。ですがエーミルに嫉妬して初めて気づいたのです。私は姫さまを誰にも渡すつもりはない、と」
「アレク……」
「甥っ子を恋敵と、一瞬でも思ってしまったのです。その言葉に、自分が姫さまに恋をしていると知ったのですよ」
奥手にも程がありますよね、とアレクは苦い笑みを浮かべた。
それって、それって。もしかして。
わたしの心臓が口から飛び出しそうなほどに、バクバクと音を立てている。
もう全然優美じゃないけれど、ガーゼのハンカチを握りしめた手を、わたしはアレクの前に突き出した。
「どうか、私を夫に選んでください。我が姫さま」
アレクは、ハンカチごとわたしの右手を取って、優しくキスをしてくれた。
恭しく、そしてとても丁寧に。
アレクは紳士だけれど、普段よりももっともっと何倍も素敵で優雅だった。
庭の丈高い草の揺れる音と「うわぁ」というバートの声に「見てはいけませんよ」というエーミルの声。
さっきまでバクバクしていた心臓は、今は不思議と落ち着いて。まるで静かな水面のよう。
アレク、あなたは不思議。
わたしを動揺させることも、落ち着かせることも瞬時にできるのだから。
「お返事はすぐにではなくとも……」
「お受けしますっ」
早っ、ちょっと即答しすぎたかしら。
とっさに恥ずかしくなって、上目遣いでちらっとアレクを見やる。
すると、とっても柔らかく微笑んでいたの。まるで白いお花が花開くように。
次にわたしの方を向いた時、彼の表情は真剣そのものだった。
わたしは居ずまいを正して、背筋をぴんと伸ばして座り直す。まるでお洋服の背中に棒を差し込んだみたいに。
木の枝では小鳥が朗らかにさえずり、花の香りも甘いし、蜜蜂の翅音すら聞こえるのどかさなのに。
アレクは唇を引き結び、少し怖いような顔をしていた。
「いつかは姫さまが相応しい方を夫に迎え、私は変わらず姫さまをお守りするものと考えておりました」
わたしにガーゼのハンカチを手渡したアレクは、真正面からわたしを見据えてくる。
花の匂いを含んだ風が、わたしの頬をそっと撫でた。
「私は姫さまの影。光溢れるあなた様の隣に立つ身ではない、姫さまの背中を見据え続けながら生きていくと、重々承知していました」
「そんな寂しいことを言わないで」
ガーゼのハンカチをぎゅっと握りしめて、わたしはうつむいた。
だって、そんなのつらすぎる。
アレクが後ろにいるのに、わたしの隣には他の男性がいて。その人の腕に手を添えて、その人に向かって微笑んで、その人にキスをされて。
アレクが見ているのに? そんなの絶対に嫌。
「ですが、私の心は本人が思っているよりも我儘だったようです」
「え?」
これまで硬かったアレクの雰囲気が、一瞬ふっと緩んだ。
ジジ……という微かな翅音。
ほんの少しの間、鳥の声も蜜蜂の翅音も聞こえていなかったことにわたしは気づいた。
「エーミルが姫さまの手にキスをした時。私は自分でも驚くほど嫉妬しました」
「そんな風には見えなかったわ」
「ええ、呆気に取られていましたから」
「嫉妬という感情が、その時はよく分からなかったのです」と、アレクは自嘲気味に告げる。
「不思議ですね。多分、エーミルが姫さまとお似合いだったからかもしれません。年も近いですし、エーミルの方が見目麗しいですから」
「勝手に決めないで。わたしはアレクがいいって、ずっと言ってるわ。もうずっと……」
「ええ、存じておりますし、姫さまの気の迷いとも思っておりません」
ガーゼのハンカチを持つ手に、力がこもっていたみたい。アレクの指がわたしの手に触れて、てのひらに爪が食い込んでいることに初めて気づいた。
「私は姫さまがとても愛しいのです。長い間、ずっとこれは庇護欲でした。ですがエーミルに嫉妬して初めて気づいたのです。私は姫さまを誰にも渡すつもりはない、と」
「アレク……」
「甥っ子を恋敵と、一瞬でも思ってしまったのです。その言葉に、自分が姫さまに恋をしていると知ったのですよ」
奥手にも程がありますよね、とアレクは苦い笑みを浮かべた。
それって、それって。もしかして。
わたしの心臓が口から飛び出しそうなほどに、バクバクと音を立てている。
もう全然優美じゃないけれど、ガーゼのハンカチを握りしめた手を、わたしはアレクの前に突き出した。
「どうか、私を夫に選んでください。我が姫さま」
アレクは、ハンカチごとわたしの右手を取って、優しくキスをしてくれた。
恭しく、そしてとても丁寧に。
アレクは紳士だけれど、普段よりももっともっと何倍も素敵で優雅だった。
庭の丈高い草の揺れる音と「うわぁ」というバートの声に「見てはいけませんよ」というエーミルの声。
さっきまでバクバクしていた心臓は、今は不思議と落ち着いて。まるで静かな水面のよう。
アレク、あなたは不思議。
わたしを動揺させることも、落ち着かせることも瞬時にできるのだから。
「お返事はすぐにではなくとも……」
「お受けしますっ」
早っ、ちょっと即答しすぎたかしら。
とっさに恥ずかしくなって、上目遣いでちらっとアレクを見やる。
すると、とっても柔らかく微笑んでいたの。まるで白いお花が花開くように。
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