小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

文字の大きさ
46 / 78
三章

7、お選びください

しおりを挟む
 アレクは春色のにじんだような青空を仰ぐと、小さく息をついた。
 次にわたしの方を向いた時、彼の表情は真剣そのものだった。

 わたしは居ずまいを正して、背筋をぴんと伸ばして座り直す。まるでお洋服の背中に棒を差し込んだみたいに。
 
 木の枝では小鳥が朗らかにさえずり、花の香りも甘いし、蜜蜂の翅音すら聞こえるのどかさなのに。
 アレクは唇を引き結び、少し怖いような顔をしていた。

「いつかは姫さまが相応しい方を夫に迎え、私は変わらず姫さまをお守りするものと考えておりました」

 わたしにガーゼのハンカチを手渡したアレクは、真正面からわたしを見据えてくる。
 花の匂いを含んだ風が、わたしの頬をそっと撫でた。

「私は姫さまの影。光溢れるあなた様の隣に立つ身ではない、姫さまの背中を見据え続けながら生きていくと、重々承知していました」
「そんな寂しいことを言わないで」
 
 ガーゼのハンカチをぎゅっと握りしめて、わたしはうつむいた。

 だって、そんなのつらすぎる。
 アレクが後ろにいるのに、わたしの隣には他の男性がいて。その人の腕に手を添えて、その人に向かって微笑んで、その人にキスをされて。
 アレクが見ているのに? そんなの絶対に嫌。

「ですが、私の心は本人が思っているよりも我儘だったようです」
「え?」

 これまで硬かったアレクの雰囲気が、一瞬ふっと緩んだ。
 ジジ……という微かな翅音。
 ほんの少しの間、鳥の声も蜜蜂の翅音も聞こえていなかったことにわたしは気づいた。

「エーミルが姫さまの手にキスをした時。私は自分でも驚くほど嫉妬しました」
「そんな風には見えなかったわ」
「ええ、呆気に取られていましたから」

「嫉妬という感情が、その時はよく分からなかったのです」と、アレクは自嘲気味に告げる。
 
「不思議ですね。多分、エーミルが姫さまとお似合いだったからかもしれません。年も近いですし、エーミルの方が見目麗しいですから」

「勝手に決めないで。わたしはアレクがいいって、ずっと言ってるわ。もうずっと……」
「ええ、存じておりますし、姫さまの気の迷いとも思っておりません」

 ガーゼのハンカチを持つ手に、力がこもっていたみたい。アレクの指がわたしの手に触れて、てのひらに爪が食い込んでいることに初めて気づいた。

「私は姫さまがとても愛しいのです。長い間、ずっとこれは庇護欲でした。ですがエーミルに嫉妬して初めて気づいたのです。私は姫さまを誰にも渡すつもりはない、と」
「アレク……」
「甥っ子を恋敵と、一瞬でも思ってしまったのです。その言葉に、自分が姫さまに恋をしていると知ったのですよ」

 奥手にも程がありますよね、とアレクは苦い笑みを浮かべた。
 
 それって、それって。もしかして。

 わたしの心臓が口から飛び出しそうなほどに、バクバクと音を立てている。
 もう全然優美じゃないけれど、ガーゼのハンカチを握りしめた手を、わたしはアレクの前に突き出した。

「どうか、私を夫に選んでください。我が姫さま」

 アレクは、ハンカチごとわたしの右手を取って、優しくキスをしてくれた。
 恭しく、そしてとても丁寧に。
 アレクは紳士だけれど、普段よりももっともっと何倍も素敵で優雅だった。

 庭の丈高い草の揺れる音と「うわぁ」というバートの声に「見てはいけませんよ」というエーミルの声。
 さっきまでバクバクしていた心臓は、今は不思議と落ち着いて。まるで静かな水面のよう。

 アレク、あなたは不思議。
 わたしを動揺させることも、落ち着かせることも瞬時にできるのだから。

「お返事はすぐにではなくとも……」
「お受けしますっ」

 早っ、ちょっと即答しすぎたかしら。
 とっさに恥ずかしくなって、上目遣いでちらっとアレクを見やる。
 すると、とっても柔らかく微笑んでいたの。まるで白いお花が花開くように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モンスターを癒やす森暮らしの薬師姫、騎士と出会う

甘塩ます☆
恋愛
冷たい地下牢で育った少女リラは、自身の出自を知らぬまま、ある日訪れた混乱に乗じて森へと逃げ出す。そこで彼女は、凶暴な瘴気に覆われた狼と出会うが、触れるだけでその瘴気を浄化する不思議な力があることに気づく。リラは狼を癒し、共に森で暮らすうち、他のモンスターたちとも心を通わせ、彼らの怪我や病を癒していく。モンスターたちは感謝の印に、彼女の知らない貴重な品々や硬貨を贈るのだった。 そんなある日、森に薬草採取に訪れた騎士アルベールと遭遇する。彼は、最近異常なほど穏やかな森のモンスターたちに違和感を覚えていた。世間知らずのリラは、自分を捕らえに来たのかと怯えるが、アルベールの差し出す「食料」と「服」に警戒を解き、彼を「飯をくれる仲間」と認識する。リラが彼に見せた、モンスターから贈られた膨大な量の希少な品々に、アルベールは度肝を抜かれる。リラの無垢さと、秘められた能力に気づき始めたアルベールは…… 陰謀渦巻く世界で二人の運命はどうなるのか

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

これは政略結婚ではありません

絹乃
恋愛
勝気な第一王女のモニカには、初恋の人がいた。公爵家のクラウスだ。七歳の時の思い出が、モニカの初恋となった。クラウスはモニカよりも十三歳上。当時二十歳のクラウスにとって、モニカは当然恋愛の対象ではない。大人になったモニカとクラウスの間に縁談が持ちあがる。その返事の為にクラウスが王宮を訪れる日。人生で初めての緊張にモニカは動揺する。※『わたしのことがお嫌いなら、離縁してください』に出てくる王女のその後のお話です。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

呪われた黒猫と蔑まれた私ですが、竜王様の番だったようです

シロツメクサ
恋愛
ここは竜人の王を頂点として、沢山の獣人が暮らす国。 厄災を運ぶ、不吉な黒猫─────そう言われ村で差別を受け続けていた黒猫の獣人である少女ノエルは、愛する両親を心の支えに日々を耐え抜いていた。けれど、ある日その両親も土砂崩れにより亡くなってしまう。 不吉な黒猫を産んだせいで両親が亡くなったのだと村の獣人に言われて絶望したノエルは、呼び寄せられた魔女によって力を封印され、本物の黒猫の姿にされてしまった。 けれど魔女とはぐれた先で出会ったのは、なんとこの国の頂点である竜王その人で─────…… 「やっと、やっと、見つけた────……俺の、……番……ッ!!」 えっ、今、ただの黒猫の姿ですよ!?というか、私不吉で危ないらしいからそんなに近寄らないでー!! 「……ノエルは、俺が竜だから、嫌なのかな。猫には恐ろしく感じるのかも。ノエルが望むなら、体中の鱗を剥いでもいいのに。それで一生人の姿でいたら、ノエルは俺にも自分から近付いてくれるかな。懐いて、あの可愛い声でご飯をねだってくれる?」 「……この周辺に、動物一匹でも、近づけるな。特に、絶対に、雄猫は駄目だ。もしもノエルが……番として他の雄を求めるようなことがあれば、俺は……俺は、今度こそ……ッ」 王様の傍に厄災を運ぶ不吉な黒猫がいたせいで、万が一にも何かあってはいけない!となんとか離れようとするヒロインと、そんなヒロインを死ぬほど探していた、何があっても逃さない金髪碧眼ヤンデレ竜王の、実は持っていた不思議な能力に気がついちゃったりするテンプレ恋愛ものです。世界観はゆるふわのガバガバでつっこみどころいっぱいなので何も考えずに読んでください。 ※ヒロインは大半は黒猫の姿で、その正体を知らないままヒーローはガチ恋しています(別に猫だから好きというわけではありません)。ヒーローは金髪碧眼で、竜人ですが本編のほとんどでは人の姿を取っています。ご注意ください。

【番外編】小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃
恋愛
主従でありながら結婚式を挙げた護衛騎士のアレクと王女マルティナ。戸惑い照れつつも新婚2人のいちゃいちゃ、ラブラブの日々。また彼らの周囲の人々の日常を穏やかに優しく綴ります。※不定期更新です。一応Rをつけておきます。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...