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三章
9、お夕食
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仕事を終えたアレクが振り返ってくれたのに、わたしったら恥ずかしさのあまりバルコニーの柵に隠れてしまった。
ど、どうしよう。気分を害しちゃったかしら?
でも、アレクはそんなことで怒らない。うん、大丈夫。
夕食の時間。わたしはお父さまとお母さま、バートと共に席についた。
お顔、にやけちゃってないかしら。
きりりと表情を引き締めて、キノコのクリームスープをいただく。
かちゃん、と銀のスプーンがスープ皿に当たって。ああ、緊張しちゃう。
隣に座るバートが、子ども用の小さいスプーンを握りしめてわたしを見上げてくる。
見なくていいのよ。
そして蒸したアーティチョーク。こんな日に限って、食べにくいものが出てきてしまう。
巨大な松ぼっくりみたいな緑のアーティチョークは、外側の硬い咢の部分は一枚ずつめくって手でいただく。そしていちばん中の芯の部分はナイフとフォークで。
卵黄とレモンとバターのソースをつけて。
おいしいのよ、普段だったらおいしいの。
でも今日は、お父さまやお母さまにアレクのことが知られないか心配で。
ああ、味が分からない。
ころん、とわたしの手から緑の咢が転がり落ちた。そしてなぜかテーブルの上に一枚、二枚、三枚と積まれていく。
え? そんなに落としていたかしら。
「あー、マルティナ。いろいろと思うところはあるだろうが。その、食事には集中しなさい。ほら、バートが真似をするだろう?」
お父さまに言われて隣を見ると、バートがアーティチョークの咢を一枚一枚めくっては、まるで不安定なタワーのように積んでいる。
「おねえさま、じょうずね。ぼくもがんばるね」
「あ、ありがとう」
じゃなくって「駄目でしょ」でしょ。でも、自分がしちゃってるから注意もできやしない。
結局お母さまがバートに注意をしてくださった。
「マルティナ。そわそわする気持ちも分かりますけど、落ち着きましょうね」
「え?」
優しい口調のお母さまの言葉。もしかして、もしかしたら……ばれたりしている?
お父さまとお母さまは互いに顔を見合わせると、うなずいた。
わたしは心を落ち着けるために、レモンの入った水を飲む。
「アレクから聞いている。マルティナと結婚したいと」
「げほっ」
レディにはあるまじきことだけれど、盛大に噎せてしまった。
「返事ももうもらったとも聞いたな」
「ごほっ、げほっ」
「相手がアレクサンドルでなければ、さすがにまだ早いと反対するのだが。そんなことをすればマルティナは家出をしそうだしなぁ」
「王女が王宮を家出というのは、さすがに恥ずかしいですね」と、お母さまがうなずいた。
だめ、まともに器官に入ってしまったわ。わたしは白いナプキンを上品に口に当てつつも、どこかのおじさんのように豪快な咳をする。
「まだ結婚年齢に達していないから。しばらくは婚約期間だな」
「よかったですね、マルティナ。初恋が実るなんて、そうそうないと言いますから」
「え? デイジーは私が初恋じゃないのか?」
驚いたように目を丸くするお父さま。そしてお顔を赤らめるお母さま。
あの、デイジーって誰ですか?
「わたしの初恋は、もちろん殿下ですよ」
「そう? そうだよな。うん。そうだと思っていた」
「あと、子どもの前で愛称は……恥ずかしすぎますから」
突然、目の前で照れながらにこにこと微笑みあう両親を見せられる娘の気持ちにもなってください。
そうね、お母さまの名前はマルガレータで。これはお花のマーガレットのことで、それよりも小さくて愛らしいのがデイジーだものね。
由来は分からなくはないけれど。
なんだか聞いているこっちが恥ずかしくなってしまった。
その後の夕食は、ほとんど会話もなく。銀のカトラリーが立てる音だけが、やけに大きく聞こえた。
グリルした羊にはミントのジェリーが添えられていたのだけれど。普段は苦手なその料理が、気にならないくらい味が分からなかった。
「ミントのあめとおにくをいっしょに食べてるみたいで、おいしいねぇ」
呑気に食事に集中していたのは、バートだけだった。
うーん、ちょっと酸っぱいミントジェリー。どうしてお肉に添えるのかしら?
ど、どうしよう。気分を害しちゃったかしら?
でも、アレクはそんなことで怒らない。うん、大丈夫。
夕食の時間。わたしはお父さまとお母さま、バートと共に席についた。
お顔、にやけちゃってないかしら。
きりりと表情を引き締めて、キノコのクリームスープをいただく。
かちゃん、と銀のスプーンがスープ皿に当たって。ああ、緊張しちゃう。
隣に座るバートが、子ども用の小さいスプーンを握りしめてわたしを見上げてくる。
見なくていいのよ。
そして蒸したアーティチョーク。こんな日に限って、食べにくいものが出てきてしまう。
巨大な松ぼっくりみたいな緑のアーティチョークは、外側の硬い咢の部分は一枚ずつめくって手でいただく。そしていちばん中の芯の部分はナイフとフォークで。
卵黄とレモンとバターのソースをつけて。
おいしいのよ、普段だったらおいしいの。
でも今日は、お父さまやお母さまにアレクのことが知られないか心配で。
ああ、味が分からない。
ころん、とわたしの手から緑の咢が転がり落ちた。そしてなぜかテーブルの上に一枚、二枚、三枚と積まれていく。
え? そんなに落としていたかしら。
「あー、マルティナ。いろいろと思うところはあるだろうが。その、食事には集中しなさい。ほら、バートが真似をするだろう?」
お父さまに言われて隣を見ると、バートがアーティチョークの咢を一枚一枚めくっては、まるで不安定なタワーのように積んでいる。
「おねえさま、じょうずね。ぼくもがんばるね」
「あ、ありがとう」
じゃなくって「駄目でしょ」でしょ。でも、自分がしちゃってるから注意もできやしない。
結局お母さまがバートに注意をしてくださった。
「マルティナ。そわそわする気持ちも分かりますけど、落ち着きましょうね」
「え?」
優しい口調のお母さまの言葉。もしかして、もしかしたら……ばれたりしている?
お父さまとお母さまは互いに顔を見合わせると、うなずいた。
わたしは心を落ち着けるために、レモンの入った水を飲む。
「アレクから聞いている。マルティナと結婚したいと」
「げほっ」
レディにはあるまじきことだけれど、盛大に噎せてしまった。
「返事ももうもらったとも聞いたな」
「ごほっ、げほっ」
「相手がアレクサンドルでなければ、さすがにまだ早いと反対するのだが。そんなことをすればマルティナは家出をしそうだしなぁ」
「王女が王宮を家出というのは、さすがに恥ずかしいですね」と、お母さまがうなずいた。
だめ、まともに器官に入ってしまったわ。わたしは白いナプキンを上品に口に当てつつも、どこかのおじさんのように豪快な咳をする。
「まだ結婚年齢に達していないから。しばらくは婚約期間だな」
「よかったですね、マルティナ。初恋が実るなんて、そうそうないと言いますから」
「え? デイジーは私が初恋じゃないのか?」
驚いたように目を丸くするお父さま。そしてお顔を赤らめるお母さま。
あの、デイジーって誰ですか?
「わたしの初恋は、もちろん殿下ですよ」
「そう? そうだよな。うん。そうだと思っていた」
「あと、子どもの前で愛称は……恥ずかしすぎますから」
突然、目の前で照れながらにこにこと微笑みあう両親を見せられる娘の気持ちにもなってください。
そうね、お母さまの名前はマルガレータで。これはお花のマーガレットのことで、それよりも小さくて愛らしいのがデイジーだものね。
由来は分からなくはないけれど。
なんだか聞いているこっちが恥ずかしくなってしまった。
その後の夕食は、ほとんど会話もなく。銀のカトラリーが立てる音だけが、やけに大きく聞こえた。
グリルした羊にはミントのジェリーが添えられていたのだけれど。普段は苦手なその料理が、気にならないくらい味が分からなかった。
「ミントのあめとおにくをいっしょに食べてるみたいで、おいしいねぇ」
呑気に食事に集中していたのは、バートだけだった。
うーん、ちょっと酸っぱいミントジェリー。どうしてお肉に添えるのかしら?
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