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三章
20、夕暮れの帰り道
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バートは、お母さまの護衛騎士とエーミルに付き添われて宮殿に戻ることになった。
「ごめんなさい」と何度も謝るバートは涙声で。時々、エーミルが木綿のハンカチでバートの涙をぬぐっていた。
小さなバートのそばにひざまずくエーミル。
怒られるんじゃないかと、びくっと身を竦めたバートの頭を、エーミルは撫でようと手をのばした。けれど途中で手を止める。
「あの、撫でてさしあげるのは失礼でしょうか」と、わたしの方を向いて確認する。
「いえ、何も問題ないわ。きっとバートも安心するわ」
「で、では……」
恐る恐るという風に、エーミルはバートの頭を撫でた。
しゃくりあげながらも、バートは目を細めている。そしてエーミルにしがみついた。まるでとびつくように。
「殿下に何事もなくて、本当に良かったです」
「うぇーん」
「本当に心配したんですよ」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
バートは小さな頭を、ぐりぐりとエーミルの胸に押しつけている。
エーミルは「服が濡れてしまいますよ」と言いながらも、バートの頭を撫でてあげている。
いたわるような指の動きは、バートを包み込むような優しさを感じさせた。
見た目は全然違うのに。小さなわたしとアレクの姿が彼らに重なった。
バートは、エーミルともっと一緒に居たかったのね。その気持ちは分かるわ。わたしも同じだったもの。
でも、わたし達は心のままに一人では行動できないの、してはいけないの。
それを窮屈と思ったことはないけれど。
ふと、だからお父さまはわたしにアレクを、バートにエーミルをお付けになったのかもしれないと感じた。
親しく接してくれる護衛ではなく、あくまでも仕事として儀礼的に接するだけの護衛が常に傍にいたら。きっとわたし達は、とても息苦しい毎日を過ごすことになるわ。
「お送りします。姫さまも戻りましょう」
「ええ」
アレクの言葉に、わたしは顔を上げた。
すでに辺りは宵の色に包まれている。青と紫が混じった、透明な世界。しんとした夜のはじまり。
アレクが当たり前のように、わたしに手を差し出してくる。
わたしが大きな手に触れると、アレクは固く握りしめてきたの。
子どもの頃と今では、その意味も違うけれど。あなたはずっと傍にいてくれる。
「マルティナさまも怖かったでしょう? ちゃんと妃殿下の騎士を供にして、おりこうでしたね」
「おりこう?」
「手を離してはなりませんよ」
まるで子どもに対する言いように、わたしはくすっと笑ってしまった。
アレクもようやく気づいたみたいで、はっとして目を見張っている。
「いけませんね。姫さまはもう大人でいらっしゃるのに。いつまでも子どものように接してしまいます」
「そうよ、もう大人なの」と、わたしは胸を張る。
「……前言撤回します。本当の大人は、自分のことを『大人なの』とは言いませんよ」
アレクは苦笑しながら、つないだ手をぶんぶんと振った。子どもにするように。
まぁ。なぁに、前言撤回なんてひどいわ。
広場には徐々に人が戻り、地面に散乱した商品も片づけられた。
湖の中を泳ぐように、わたしたちは転がったかごや木箱を避けて歩く。
水の色ような黄昏の色に沈む広場を抜けると、大通りは何事もなかったかのように人が歩いていた。
大事になる前に片づいたのね。
この国は安全だし治安も良いけれど。まったく事件が起こらないわけではないことを、治安官吏や騎士のお陰で穏やかな日々が守られていることを心得ておかなければ。
「あら?」
まっすぐに歩いているはずだったのに、なぜか隣のアレクに肩がぶつかってしまった。
踵が高い靴を履いているわけでもないのに、どうしたのかしら。
「甘いものでも召し上がってから帰りますか?」
「え。別にお腹が空いているわけでは。それにもうすぐ夕食なのよ」
「慌てて走って、お疲れなのでしょう。それにバート殿下が無事と分かるまで気を張っていらしたでしょうから」
そうね。そうかもしれないわ。
「ごめんなさい」と何度も謝るバートは涙声で。時々、エーミルが木綿のハンカチでバートの涙をぬぐっていた。
小さなバートのそばにひざまずくエーミル。
怒られるんじゃないかと、びくっと身を竦めたバートの頭を、エーミルは撫でようと手をのばした。けれど途中で手を止める。
「あの、撫でてさしあげるのは失礼でしょうか」と、わたしの方を向いて確認する。
「いえ、何も問題ないわ。きっとバートも安心するわ」
「で、では……」
恐る恐るという風に、エーミルはバートの頭を撫でた。
しゃくりあげながらも、バートは目を細めている。そしてエーミルにしがみついた。まるでとびつくように。
「殿下に何事もなくて、本当に良かったです」
「うぇーん」
「本当に心配したんですよ」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
バートは小さな頭を、ぐりぐりとエーミルの胸に押しつけている。
エーミルは「服が濡れてしまいますよ」と言いながらも、バートの頭を撫でてあげている。
いたわるような指の動きは、バートを包み込むような優しさを感じさせた。
見た目は全然違うのに。小さなわたしとアレクの姿が彼らに重なった。
バートは、エーミルともっと一緒に居たかったのね。その気持ちは分かるわ。わたしも同じだったもの。
でも、わたし達は心のままに一人では行動できないの、してはいけないの。
それを窮屈と思ったことはないけれど。
ふと、だからお父さまはわたしにアレクを、バートにエーミルをお付けになったのかもしれないと感じた。
親しく接してくれる護衛ではなく、あくまでも仕事として儀礼的に接するだけの護衛が常に傍にいたら。きっとわたし達は、とても息苦しい毎日を過ごすことになるわ。
「お送りします。姫さまも戻りましょう」
「ええ」
アレクの言葉に、わたしは顔を上げた。
すでに辺りは宵の色に包まれている。青と紫が混じった、透明な世界。しんとした夜のはじまり。
アレクが当たり前のように、わたしに手を差し出してくる。
わたしが大きな手に触れると、アレクは固く握りしめてきたの。
子どもの頃と今では、その意味も違うけれど。あなたはずっと傍にいてくれる。
「マルティナさまも怖かったでしょう? ちゃんと妃殿下の騎士を供にして、おりこうでしたね」
「おりこう?」
「手を離してはなりませんよ」
まるで子どもに対する言いように、わたしはくすっと笑ってしまった。
アレクもようやく気づいたみたいで、はっとして目を見張っている。
「いけませんね。姫さまはもう大人でいらっしゃるのに。いつまでも子どものように接してしまいます」
「そうよ、もう大人なの」と、わたしは胸を張る。
「……前言撤回します。本当の大人は、自分のことを『大人なの』とは言いませんよ」
アレクは苦笑しながら、つないだ手をぶんぶんと振った。子どもにするように。
まぁ。なぁに、前言撤回なんてひどいわ。
広場には徐々に人が戻り、地面に散乱した商品も片づけられた。
湖の中を泳ぐように、わたしたちは転がったかごや木箱を避けて歩く。
水の色ような黄昏の色に沈む広場を抜けると、大通りは何事もなかったかのように人が歩いていた。
大事になる前に片づいたのね。
この国は安全だし治安も良いけれど。まったく事件が起こらないわけではないことを、治安官吏や騎士のお陰で穏やかな日々が守られていることを心得ておかなければ。
「あら?」
まっすぐに歩いているはずだったのに、なぜか隣のアレクに肩がぶつかってしまった。
踵が高い靴を履いているわけでもないのに、どうしたのかしら。
「甘いものでも召し上がってから帰りますか?」
「え。別にお腹が空いているわけでは。それにもうすぐ夕食なのよ」
「慌てて走って、お疲れなのでしょう。それにバート殿下が無事と分かるまで気を張っていらしたでしょうから」
そうね。そうかもしれないわ。
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