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四章
1、寝不足
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秋になりわたしは、読書に夢中になった。
なんでも、王宮の図書室にはない本が街の図書館にはあるのだと文学や詩担当の家庭教師の先生が教えてくれたの。
――街にも王立図書館があるけれど。そこではなくて?
――ええ、王立の図書館は資料や研究書などが主な蔵書ですから。気軽な読み物はないですね。
女性の先生が貸してくださった本は、うちの図書室にあるような革張りの重厚な本ではなくて、持っても軽いものだった。
――お買い求めになってもいいんですけどね。でもマルティナさまがお小遣いでお求めになる物は、執事に報告しないといけませんからね。まずはお貸しいたしますね。お勉強も公務のお手伝いもお疲れでしょう? お気に召しましたら、図書館で借りることができますよ。
ぱらぱらとページをめくると、中にはペンで描かれた挿し絵がある。
たおやかな淑女が物憂げに椅子に座っている絵だった。
つけペンの青いインクがしみついた指先で触れるには、申し訳ないほどに愛らしい絵だった。
――これ、文学にしては文字が少ないわ。でも、詩ほど少なくもないし。
――まぁ、気楽な読み物と思っていただければ。
先生は苦笑しながら宿題を言い渡した。文学は苦手じゃないから、分厚い本もびっしりと埋まった文字も苦手じゃないけれど。
子どもじゃないのに絵本みたいに挿し絵があって。それを大人の先生が読んでるから、ちょっとびっくり。
その夜、自室に戻ったわたしはソファーに座り、先生から借りた本を読みはじめた。
静かな夜。窓から差し込むレモン色の月光は、四角い形に切り取られて床を照らしている。まるでレモネードの中をたゆたっているかのよう。
夜が更けて、ちりちりとオイルランプの燃える音とページをめくる音だけが、辺りを支配する。いつしか月明りは雲に隠れ、わたしははっと顔を上げた。
「大変。もう真夜中だわ」
早く寝なくっちゃ。ああ、でもあと一ページだけでも、いいえ、一段落、一行だけでも読みたいわ。
ベッドに本を持って入り、枕に頭を預けて再び読みはじめる。
そして気づいた時には、室内は燦燦とした朝日に照らされていたの。
わたし、いつ眠ったの? 覚えていないわ。
こんなお行儀の悪いこと、今までしたことがなかったのに。
家庭教師の先生が貸してくださった本は、ロマンス小説というものだった。
◇◇◇
一気に本を読み終えたわたしは、同じジャンルの物を図書館で借りることにした。
だって、買えないわ。先生の本は『嵐でドキドキ。伯爵さまと私の秘密の逢引き、執事にせせら笑いされても負けないわ』っていうタイトルだったもの。
でも……面白かった。
うん、読んでいてわたしまでドキドキしてしまったもの。
最初はね「うーん、伯爵って遊び人じゃないの? 主人公は侍女だし、結婚は難しいと思うんだけど」と思っていたんだけど。後半には「そうよ。身分を越えてこそよ。伯爵は爵位を返上してもいいという決意なのよ」と、手に汗を握っていた。
まぁ、実際に侍女と結婚するために爵位を手放したら、大問題でスキャンダルになるんだろうし。せせら笑う執事は、悪者として描いてあるけれど。実際は、伯爵と侍女が恋仲になったら、笑うどころか解雇させるんじゃないかしら。
朝食の席で、あくびを噛み殺したわたしを、隣の席のバートが心配そうに覗きこんでくる。
「おねえさま、おねむなの?」
「いいえ、大丈夫よ。少し寝つけなくて」
「じゃあ、ぼくとおひるねしよ。あのね、おにわでねるときもちいいんだよ」
それは心躍る提案だった。
お庭の草がさわさわと風に揺れる音を聞きながら。秋薔薇の甘やかな香りと、夏ほどには強くない優しい日差しに照らされて。日焼けも気にせずに下草の上に敷いた布の上で、存分に体を伸ばす。
「そうね。じゃあ今日はバートと一緒にお昼寝しましょ」
「わぁ」
あまりにも喜び過ぎたせいで、バートの手にしたフォークから林檎が飛んで行ってしまった。元気よく。
なんでも、王宮の図書室にはない本が街の図書館にはあるのだと文学や詩担当の家庭教師の先生が教えてくれたの。
――街にも王立図書館があるけれど。そこではなくて?
――ええ、王立の図書館は資料や研究書などが主な蔵書ですから。気軽な読み物はないですね。
女性の先生が貸してくださった本は、うちの図書室にあるような革張りの重厚な本ではなくて、持っても軽いものだった。
――お買い求めになってもいいんですけどね。でもマルティナさまがお小遣いでお求めになる物は、執事に報告しないといけませんからね。まずはお貸しいたしますね。お勉強も公務のお手伝いもお疲れでしょう? お気に召しましたら、図書館で借りることができますよ。
ぱらぱらとページをめくると、中にはペンで描かれた挿し絵がある。
たおやかな淑女が物憂げに椅子に座っている絵だった。
つけペンの青いインクがしみついた指先で触れるには、申し訳ないほどに愛らしい絵だった。
――これ、文学にしては文字が少ないわ。でも、詩ほど少なくもないし。
――まぁ、気楽な読み物と思っていただければ。
先生は苦笑しながら宿題を言い渡した。文学は苦手じゃないから、分厚い本もびっしりと埋まった文字も苦手じゃないけれど。
子どもじゃないのに絵本みたいに挿し絵があって。それを大人の先生が読んでるから、ちょっとびっくり。
その夜、自室に戻ったわたしはソファーに座り、先生から借りた本を読みはじめた。
静かな夜。窓から差し込むレモン色の月光は、四角い形に切り取られて床を照らしている。まるでレモネードの中をたゆたっているかのよう。
夜が更けて、ちりちりとオイルランプの燃える音とページをめくる音だけが、辺りを支配する。いつしか月明りは雲に隠れ、わたしははっと顔を上げた。
「大変。もう真夜中だわ」
早く寝なくっちゃ。ああ、でもあと一ページだけでも、いいえ、一段落、一行だけでも読みたいわ。
ベッドに本を持って入り、枕に頭を預けて再び読みはじめる。
そして気づいた時には、室内は燦燦とした朝日に照らされていたの。
わたし、いつ眠ったの? 覚えていないわ。
こんなお行儀の悪いこと、今までしたことがなかったのに。
家庭教師の先生が貸してくださった本は、ロマンス小説というものだった。
◇◇◇
一気に本を読み終えたわたしは、同じジャンルの物を図書館で借りることにした。
だって、買えないわ。先生の本は『嵐でドキドキ。伯爵さまと私の秘密の逢引き、執事にせせら笑いされても負けないわ』っていうタイトルだったもの。
でも……面白かった。
うん、読んでいてわたしまでドキドキしてしまったもの。
最初はね「うーん、伯爵って遊び人じゃないの? 主人公は侍女だし、結婚は難しいと思うんだけど」と思っていたんだけど。後半には「そうよ。身分を越えてこそよ。伯爵は爵位を返上してもいいという決意なのよ」と、手に汗を握っていた。
まぁ、実際に侍女と結婚するために爵位を手放したら、大問題でスキャンダルになるんだろうし。せせら笑う執事は、悪者として描いてあるけれど。実際は、伯爵と侍女が恋仲になったら、笑うどころか解雇させるんじゃないかしら。
朝食の席で、あくびを噛み殺したわたしを、隣の席のバートが心配そうに覗きこんでくる。
「おねえさま、おねむなの?」
「いいえ、大丈夫よ。少し寝つけなくて」
「じゃあ、ぼくとおひるねしよ。あのね、おにわでねるときもちいいんだよ」
それは心躍る提案だった。
お庭の草がさわさわと風に揺れる音を聞きながら。秋薔薇の甘やかな香りと、夏ほどには強くない優しい日差しに照らされて。日焼けも気にせずに下草の上に敷いた布の上で、存分に体を伸ばす。
「そうね。じゃあ今日はバートと一緒にお昼寝しましょ」
「わぁ」
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